73.再起
封印!
「シルヴィ!」
【――旧き友に願い奉る 我は其の代理人にして世界と光に復讐する者】
転移で現れると同時に自分の名を呼ぶ自分の兄に応え、シルヴィは唄う様に望まれた言ノ葉を紡ぐ。
【この世の隅まで友の秩序を敷く為に 今一度この背に咎を背負う】
天まで届く極光の柱の中で、人間離れした超然とした雰囲気を放つシルヴィへその場の全ての視線が注がれる。
【あ、ァあ……やはり、貴方様は……】
空の向こう側と見紛う黒銀の長髪も、天に昇る日と月を思わせる黄金の瞳も、その全てを見透かす視線と何を考えているのか読めない表情も全て【■■の天使】は見覚えがあった。
【貴方様こそ我らの上に立つお方――】
【我が目は星々の輝きに眼差し 我が耳は星辰の嘆きを拾う】
光の鎖が【■■の天使】を縛り上げ、その罪状に比例してキツく締め上げた。
【主の旧き友、いつも我らを見守ってくださるラ――】
【神罰代行――失楽園】
光の鎖に繋がれたまま四肢を捥がれ、頭部を八つに分割された【■■の天使】はそのまま極光に溶ける様にその姿を消失させていく。
【……】
後に残ったのは耳が痛くなる静寂のみだった――
カルステッドは一連の出来事をぼんやりと眺めて、そしてただ俯いた。
戦闘の余波からシルヴィとルゥールーが守ってくれたとはいえ、その安全圏の中で彼の周囲だけポッカリと空間が出来ていた。
それまで彼の周囲で調子の良い事を言って煽てていた者たちは最初から従っていなかったと装うつもりなのか近付こうとも、身を呈してカルステッドを守ろうともせず離れていった。
その他の者たちにとってはカルステッドはただの迷惑な存在で、無理やり自分達を拘束して洗脳しようとした敵である。
シルヴィ達も彼一人だけを気に掛ける余裕もなく、こうして放置されていた。
「道化、だな……」
ポツリと漏れた呟き――周囲を見れば自分に義弟のような人望が存在しない事は嫌でも分かる。
先ほどの戦闘を見れば、これで魔王の力に対抗できると思っていた天使でさえも義弟の敵ではなかったと馬鹿でも気付ける。
皇国最強の騎士と謳われたアルトゥールに憑依した天使の攻撃は一切通用しないのに、ギルベルトの攻撃はひとたび当たれば即致命傷で人外の存在を容易く粉微塵にして見せた。少なくともカルステッドにはそう見えた。
瓦礫を背に座り込む自分が居る場所だけ、ギルベルト達と違って陽の光が届かず陰が出来ている様は文字通り彼との明暗を分けているかの様に思える。
(俺のように内心で人々に見下され蔑まれ、誰からも鑑みられないような無能の声でも拾い上げてくれるような、強き国ではなく……優しい国にしたかった……)
人々の憎しみの籠った視線を受けるのが怖くて顔を上げられない。
「暗い……寒い……」
カルステッドはもう、完全に心が折れていた――
【――光を】
目を閉じ掛けていたカルステッドの足下に柔らかな光が差し込む。
「あの、大丈夫ですか? えっと……これで暗くないですよ、ね……?」
ゆるゆると顔を上げた先には優希が、カルステッドにとって義弟と聖女の近くに居た普通の少女という認識だった存在が心配そうな顔をしている。
「ぁ、っ……あ……」
彼女の顔を、彼女が生み出した光を見ていると何だか視界が広がっていく気がする――カルステッドの心に、勇気の火が灯る。
彼の心の奥底をそっと撫で、慰める……あの天使の権能とは違って本当の意味で〝慰撫〟されている心地に包まれた。
幼子が母の胸に抱かれるように絶対的な安心感を齎し、厳格な父に自らを認められたような自尊心が得られる。
もう大丈夫だと、ただ無条件にそう信じる事が出来た。
「あな、たの……お名前は……」
「え? あっ、優希です。篠田優希と言います。優希が名前で、篠田が姓です」
「ユウキ……ユウキ・シノダ……」
ただ意味もなく、彼女の名前を舌で転がす。
「あの、本当に大丈夫ですか? 封印も終わるのでシルヴィちゃんに診て貰った方が――」
優希が全てを言い終えるより先にカルステッドは自らの足で立ち上がり、そしてコチラに近付いて来ていた義弟へと真っ直ぐな視線を向ける。
「――ギルベルト、お前に決闘を申し込む」
腰から玉飾りを抜き去り、それを震える手で義弟の足下に放り投げた。
「なんの真似だ?」
今さらなんのつもりだ、潔く処刑台に送られろ……そう口々に囃し立てる周囲とは違い、カルステッドの義弟は不機嫌そうな顔をしながらも何処となく嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
突然の出来事にアワアワと慌て出す愛らしい少女――優希に向けて心からの「ありがとう」を贈り、そして義弟へと向き直ったカルステッドはただ一言だけを告げた。
「玉座を賭けて、男と男の勝負だ――ギル、受けてくれるか?」
自分と彼とじゃ役者が違う。十中八九負ける事は分かり切っていた。
ただ自分には責任がある。皇族として、大逆者として、形だけでも自分に付いて来てくれた臣下や部下の為にただの馬鹿で終わる訳にはいかない。
震える唇からか細く息を吐き出し、優希という少女がくれた小さな勇気を精一杯に掻き集めて背筋を伸ばす。
「処刑台に送られるのではなく、ここで名誉の戦死をさせてくれと?」
面白がる義弟の疑問に、カルステッドは苦笑する。
何処までも無能な自分にそういった気持ちが全く無いとは言わないが、ただ馬鹿正直に肯定するのも反論するのも少し面白くないと思った。
「最後にギルと剣を合わせたのは何年前だったか……僕はまだ、一度もお前に負けた事はないぞ?」
恐る恐るとそんな言葉を口に出せば、カルステッドの義弟は珍しく鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな面を晒した。
「……ククク、何年前の話をしてんだよ? 今戦ったら僕が勝つに決まってんだろ」
未だに事態が呑み込めていない周囲を置いてけぼりにして、兄弟二人はただ静かに向かい合う。
「受けて立つ」
「ありがとう」
カルステッドの胸に灯った勇気の火は、小さくも彼の身体に熱を篭めた。
皆さんも優希セラピーどうですか?安くしときますよ……




