59.顔合わせ
シルヴィ達の視点
それはシルヴィと優希の二人がいつもの様に王宮図書館へと向かっている最中の事だった。
「――なんか騒がしい」
多くの人々の足音と、内容は聞き取れずとも何か興奮したような話し声が段々と近付いて来るのを感じる。
シルヴィも優希も、最初はエルフとの和平を祝う式典が近くなって来た為にその準備に関わる人達が奔走しているのだと思った。
しかし騒ぎが近付いて来るにつれ「シルヴィ」「聖女様」「どうか救いを」「天使様」といった単語が拾えるようになり、二人は顔を見合わせて警戒の体勢を取る。
「居ましたぞ! あちらです!」
「おぉ! シルヴィ様! どうか我らに救いを!」
「祝福をお恵み下さい!」
曲がり角から姿を現した人々はシルヴィの姿を目にするや、口々に何かを叫びながら歩く速度を速めて足早に殺到してきた。
「えっ、えっ、なに? なんなの?」
「ユウキ、離れないで」
殺到してくる人々に統一感は全くなく、老若男女や身分の垣根なども存在しない。
もう隠居していなければおかしい身なりの良いヨボヨボの老爺に、浮浪児としか思えない薄汚れた子ども、メイドや兵士も居れば城に勤務していないだろうと思われる商人や大工の格好をした者たちまで居る。
誰が見てもおかしいと感じる異様であり、兵士たちもアチラに居る事から一時的にこの皇城の警備は一部機能していないと思われた。
【――さぁ、皆さん、新しい聖女様を迎えましょう】
そんな騒動の中で一人だけ異質な人物が居た。
まるで適当に彫られた人型としか形容しようがない、動く石膏像のような存在が顔に亀裂を走らせながら悠然と歩み出てくる。
現れると同時に後光が差し、空間に光が増してその場の影が濃くなった。
「おぉ、天使様!」
「我らに救いを!」
熱狂的に〝天使〟を迎え、シルヴィと共に祈る姿勢を見せる人々の目と口からは羽毛の様なモノが溢れていた。
自らの目と口を塞ぐそれらを気にした様子もなく、まるでこれが普通の状態であるかの様に振る舞う集団に優希は恐怖で息を呑む。
「魔王を倒せ!」
「魔王の血を絶やせ!」
「聖女様の救済を!」
「聖女様は我らにあり!」
「世界に真の光を!」
シルヴィは酷く冷めた目で天使を名乗る人物を見詰めていた――目の前の存在からは魔力しか感じられず、いくら神々しい雰囲気を演出していても彼女は騙されない。
そんなシルヴィの様子に天使は首を傾げ、そして優希へと視線を向けてまた首を傾げる。
【ワタシの影響を受けないという事は、本当にあの聖女の娘らしい……しかし、そちらの娘はなんだ?】
思わずといった様子で漏れた呟き――それだけでシルヴィは即座に敵対行動を取られたと判断した。
何よりも彼女の怒りを買ったのは、自分が気付かないところで優希にも手を出した事だった。
【――神焔】
【判断は早いですが、無駄ですよ】
シルヴィが速度を重視して詠唱を省略しながら放った神罰の光球は、天使に直撃したと思った瞬間その身に呑み込まれて消えていった。
目を丸くするシルヴィ達に対して、天使を名乗る者はあくまでも優しく語り掛ける。
【天使に神の裁きは通用しません】
「おぉ! 流石は天使様!」
「やはり本物!」
シルヴィは目を細めて原因を考える。逆さの悪魔はダメージ自体を自身の権能で反転する事で、受けた影響を無かった事にしていた。
ではこの目の前の天使を名乗る何かは? ダメージを受けていた様子はなく、また防ぐ動作すら無かった。
シルヴィは目の前の存在が天使ではないという確信を持ってはいるが、いったいどんな権能によって神罰をやり過ごしたのか……魔王から下賜されたちぃと能力という可能性もある。
【さぁ新しい聖女よ、ワタシの手を取るのです――この者たちを解放したいでしょう?】
シルヴィへと伸ばされた手を見ながら優希は悟った――これは人質を盾にした脅迫であると。
どうして今、この時に、まだ反魔王派の重鎮を失脚させてもいないのに天使が自ら現れたのかを考え、自らの力でここ数日で一気に有名になったシルヴィを支配して自陣営に引き込む為だと理解した。
シルヴィには支配が通用しなかった様だが、それでも人質になれる民衆を引き連れて現れた辺り用心深い。
どうするのか、シルヴィは大真面目に「それで人々が救われるのなら」と真顔で魔王をどうにかすると公言する少女であるため、優希にはこの人質が有効に思えてならない。
【――解放】
それは魔に魅力された者、恐ろしき呪いに侵された者を苦しみから解放する祝祷術。
シルヴィが祈り、神が応える――その場を爽やかな風が吹き抜けると同時に、周囲に羽毛が散らされ、人々が正気を取り戻す。
優希の心配も、天使の自信も全て吹き飛ばす規格外の祝福。
「私の祝福、が……欲しい……ん、だったよね?」
自らが支配していた群衆の言葉を聞いていたのか、そんな返しをするシルヴィに天使の表情がすこんと抜け落ちる。
「こ、ここはいったい……?」
「自分は今まで何を?」
「な、なんなんだお前たち!?」
正気を取り戻した人々が騒ぎ始め、段々と混乱が周囲へと伝播していく。
その中心に在りながらやけに落ち着いた佇まいで、無表情でシルヴィを見詰めていた天使が何かに気付いたように顔を上げる。
【やはり、魔王の子は正攻法では無理ですね】
その言葉のみを残して、天使は一瞬でその場から消え去った――それとほぼ同時にギルベルトとケルン侯が現場に到着する。
「「これはいったい何の騒ぎか」」
自分の声と重なった相手を視認し、ギルベルトは露骨に嫌そうな顔をした。
どうなっちゃうの〜!?




