世界で一番嫌いな姉
こんな夢を見たのでそのまま出力しただけです。
善悪も分からない程の幼い頃に、友達みんなと肝試しで入った地下遺跡が、何もなかった私の運命を変えた。
危険な立入禁止区域として指定されていた遺跡は今や聖遺物と呼ばれ、国を守る結界を張っている。
私がそれに触れるまで、伝説だと思われていたそれが、歴史に埋もれた真実だと判明するまでにそう時間は掛からなかった。
それまでは村の中や草原、たまに街中でさえもこれ見よがしに闊歩していた魔獣が、一切国内に現れなくなったからだ。
誰もが口を揃えて奇跡だと言った。
たかが犬の紋章を持つ娘が、こんなことを出来るだなんて、と。
私の紋章は強くもなく、弱くも無い。
何せ、犬だ。
大半の人が私と似たような紋章を持つ、大多数の中の一人であるはずだった。
この世は外見と紋章の強さだ。王族や貴族は生まれながらにしてドラゴンや不死鳥のような強い紋章を持つ。
それだけ魔力が多くて沢山の強い魔法が使えるということで、つまり、私のような犬の紋章なんてせいぜい生活魔法と、初歩魔法が楽に使える程度。
もっと弱い紋章の人も居るから、贅沢だと言われれば、それはそう。
可もなく不可もない、平凡で、普通。
姉さえ、居なければ。
姉は、透き通るような美しい金色の髪に、エメラルドをはめ込んだような、宝石のように煌めく瞳を持った、とても美しい少女だ。
瞬きをするたびに頬に影が落ちるほどの長い睫毛、ビスクドールのように白い肌、形のいい小さな鼻と、花弁のように色付いた唇。
手足は細くて、驚くほど全てが完璧に整っていた。
その上で姉は、狼の紋章を持っていた。
対して私は、癖のあるくすんだ金髪に、そばかすの目立つ三白眼。唯一瞳の色は姉と同じ宝石のようなエメラルドなのに、三白眼のせいでそれも分かりにくい。
背も低くて痩せっぽちで、姉とは似ても似つかない。
私は姉の下位互換だった。
比べられないわけが無い。姉はあんなにも優秀なのに、どうしてお前は、なんて言葉は物心つく前にすら聞き飽きていた。
頭の回転も、教養も、魔力も、言動も、何もかも私よりも優れた姉。
品行方正、才色兼備、誰にでも優しくて美しい姉。
私は姉が嫌いだ。世界中探しても、ここまで嫌いになれる人間なんて二度と居ないと言い切れるほどに。
ただ優れているだけなら良かった。優しくて、なんでも出来る姉が誇らしく思えただろう。なのにどうしてか姉はいつも、私を卑下するのだ。
「ケリーは私と違って目つきが怖いんだから、気をつけなきゃダメよ」
優しい言葉で、棘を刺す。
「ダメよケリー、その色はそれじゃ出ないわ。線も歪んでるし、ほら、ここはこうするのよ」
描きかけの私の普通の絵は、途中で姉の素晴らしい絵になった。
「なんで私だけそんな事言われなきゃならないの?」
「ケリー、ワガママ言っちゃダメよ。お父様もお母様も、あなたの為に言ってるんだから」
どこがワガママなの?
両親は、姉のようになれとしか言わなかったのに。
「お姉様は良いわよね。努力しなくてもなんでも出来るんだから」
「私は才能に愛されてるみたいね。大丈夫よ、ケリーはダメな子だけど、私の妹なんだもの」
……ならどうして、私をダメな子だって思ってるの?
「あんまりワガママ言わないのよケリー。大丈夫よ、私がついてるでしょ!」
何が大丈夫なの?
何を根拠に言ってるの?
「……お姉様、私、あなたがとても嫌い」
「あらケリーったら素直じゃないのね。私はあなたが大好きなのに」
嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い。居なくなれば良いのに、って、そう思ってしまうくらいに、心の底から大嫌い。
どうしてこんなにも嫌いなんだろう。だけど家族だから、姉妹だから、私達は共に暮らして、共に生きている。
そんな最低な私に神様がくれた役目。唯一の、私だけにしか出来ないこと。それが『聖遺物の巫女』だった。
月に一度、満月の夜に行われる儀式。地下遺跡の魔法陣の中央で、私は歌を捧げる。
私の、強すぎず弱すぎない、この魔法陣を起動させるために生まれたかのような魔力を、歌に乗せて。
たまたま見つけたこの魔法陣が、私の魔力の乗った声に反応したあの日、私はようやく息が吸えるようになった気がした。
本当に偶然だったのだ。
肝試しだったから数人で入ったその遺跡で、私は迷子になった。どこをどう進んだのか分からないけど、余りにも暗いその場所で、私は己を鼓舞する為に、最近覚えたばかりの歌を歌っただけだった。
犬の紋章は、弱くもなく強くもない。だけど、魔力は声に乗りやすい性質がある。それは太古の昔に、遠吠えで連絡を取り合っていたらしいということから、そうなっているのだと授業で習った。
だから恐怖を振り払う為の歌に魔法陣が反応して、そして月光の魔力を利用した結界が発動したのだ。
何事かと国が動いて、そうして私が見つけられた。
色んな学者が顔を付き合わせて議論して、検証して、その結果分かったのは魔力の乗った歌声が必要だということと、それが出来るのは私だけということ。
起動させるためになぜ歌う必要があるのかは分からない。だけど、私の歌声でこの国は守られている。それだけで私はまだ、ここに居ていいんだと思えた。
「きっと何かの間違いよ。ケリーにそんな大変な役目が命ぜられるわけないわ。あの子の紋章は犬なのよ?」
姉はそう言って、儀式に乱入した。
私の歌声が姉の大きくて強い歌声に掻き消され、バキリ、という嫌な音が聞こえた。
「ケリーに出来ることが私に出来ないわけないでしょう? それに、対外的にも私が巫女の方が、国にもきっと良いはずよ」
何かが割れていく音が聞こえる。結界の音なんだろうか。それとも、私自身だろうか。
「あ、あああぁあぁぁぁぁぁぁぁ……!」
私の居場所が、結界が、魔法陣が、消えていく。すぐ近くで聞いた事もないような慟哭が聞こえた。
儀式を補佐していた人々が、酷く焦っている様子が見える。まさかこんなことが起きるなんて、という言葉が聞こえる。
私は知っていた。彼らがいつも私を蔑んでいたのを。
どうせなら姉の方が良かったのに、と言っていたのを。
あぁ、姉が来たのは彼らの手引きか。
姉は自分が何をしたのか、全く理解していない無垢な顔で、私を見て微笑んだ。
「どうしたのケリー。大丈夫よ、私が代わりにやっておくわ」
───────あぁ、本当に嫌いだ。むしろ死んで欲しいと、そう思ってしまうほど、姉が憎くて憎くて、仕方ない。
私の誇りを、唯一を、居場所を、国を守る魔法陣を壊しておいて一体何を言っているんだろう。
己が選ばれるのは当然で、不変であるかのような、そんな傲慢な姉。
どうして、こんな愚か者が私の姉なんだろう───────
という夢を見たんだ。
…………続きは???




