61 メリーハッピーな世界
レゼダに送られ家に戻ったイリスは、両親の狂喜乱舞に慄いた。
早朝にもかかわらず、レゼダを迎え入れ朝食まで用意すると言い出した。レゼダもレゼダで当然の顔をしてくつろいでいる。
「な? 何事?」
ニジェルは残念な子を見るような眼でイリスを見て、こめかみをグリグリと押しながらあからさまな溜息をつく。
「何事って、イリス……。男性と朝帰りなどしたら婚約したと言っているようなものだよ。知らないわけじゃないだろ?」
「へ?」
イリスは驚いてレゼダを見た。レゼダはニッコリと笑って頷いた。
イリスにしてみれば子供の頃から家を抜け出し、朝帰りすることなど珍しくなかったからだ。土痘の流行時には、チェリーと魔導宮の者たちと一緒に夜を徹して対処に当たったこともある。
さすがに男性と夜を共に過ごすことが、婚約につながることくらいは知っていた。しかし、いつも通りミントがチェリーとお出かけから帰って来た、という気分だったのだ。
しかし、父をみれば「昨夜はお楽しみでしたな」とでも言いだしそうな顔をしている。
自分で脱着不可能な豪華なドレスで、馬車の馭者も一緒に丘へ行った。そんな見方をされるとは思いもしないイリスである。
イリスは冷や汗をかいた。慌てて頭を下げる。
「あ、レゼダ様、すみません。誤解がおきているようで」
「誤解ではないから大丈夫だよ」
レゼダの即答にイリスは混乱した。レゼダとの約束は、イリスが聖なる乙女に選ばれた暁には、正式に結婚を申し込むというものだったはずだ。
「でも、私、聖なる乙女ではないですし」
「聖なる乙女でなくとも問題ないでしょう?」
「でも」
「君は以前、僕の傷になりたくないと断った。蹴落とす理由になりたくないと」
忘れてはいない。レゼダのことが大切だからこそ、自分の存在がレゼダの足を引っ張ってはいけないと思ったのだ。
「もう、そんな心配はない。イリスが僕の傷にはなり得ないよ」
イリスは口をつぐんだ。『神に見放された娘』というのは迷信だと、宮廷の重鎮たちも国王陛下の前で認めた。
カミーユはニジェルを選んだ。
もう、レゼダを拒絶しなければならない理由はないのだ。
イリスは何も言えなくなった。
「レゼダ殿下がお望みなら、我が娘、喜んで差し上げます」
シュバリィー侯爵が言ってイリスがギョッとする。
「イリスは貴方の物ではないよ。侯爵。それに僕はイリスの外側が欲しいわけじゃない」
レゼダがきっぱりと答え、イリスは胸を打たれた。
レゼダならただ望めば済むことだ。「イリスが欲しい」そう言えば、イリスはレゼダの妻になる。イリスに逆らうことはできない。
それでもレゼダはそうしない。どんな残酷な手段を取ったとしてもカミーユを逃がさなかった『籠の中の愛』のレゼダとは違うのだ。イリスを侯爵家の令嬢ではなく、一人の人間として見てくれている。イリスの意思を聞いてくれる。
そんなレゼダだからイリスは当たり前のように信じ、頼りにしてきたのだ。
その言葉はとても嬉しい。
「いや、でも、それは」
でも、婚約って、あれでしょ? ゆくゆくは結婚とかで、そのあの、ムフフな……。
イリスは頭を抱えた。レゼダと結婚する自分が想像できないのだ。
「さすがレゼダ殿下、仰ることが違いますな。後は殿下にお任せし、私たちは席を外すとしよう」
シュバリィー侯爵に続いて、夫人も部屋を出る。
ニジェルもそれに続く。
ニジェルはドアを閉める間際、縋るような眼で見つめてくるイリスを見て言った。
「イリス、認めた方がいいよ」
ニジェルがボソリと呟く。
「?」
「だって、イリスは殿下以外にエスコートされたくなかったんでしょ? だったらそれが答えだと思うけど」
イリスは言葉を詰まらせた。
「それとも、開きもしなかった手紙の中から伴侶を選ぶ覚悟はある? 遅かれ早かれそういうことになるよ」
「え、え、え?」
「貴族の結婚なんてそんなものでしょう?」
突き放すようにニジェルは言って、ドアをパタリと閉めた。
これ以上はイリス自身が考え決めることだ。
閉じるドアにオロオロとして、イリスはレゼダを見た。
レゼダは嬉しそうに笑っている。
「手紙、開きもしなかったんだ」
喜びを隠せないと言った風に、ニヤニヤと口角が上がっている。
「だって、そんなの、見るだけ無駄ですもの! 誰だって同じだわ」
憤慨して答えれば、レゼダはもうこらえきれないという様に破顔した。
「それだと、僕は誰とも同じじゃないって聞こえるけど?」
イリスは指摘され顔を赤く染めた。ハクハクと空気だけ吸う、真っ赤な金魚のようだ。
そうなのだ。そういうことなのだ。今まで気が付かなかったけれど。
イリスにとってレゼダは特別で、その特別が当たり前すぎていた。
「イリスだって昨夜誓ったじゃない。『これからも共犯』だって」
レゼダはまるで百花の王のように、それはそれは美しく笑った。
イリスは花の香りにあてられたように眩暈を感じる。
ドキドキと胸が高鳴ってしまう。
確かに言った。そう思った。ずっと一緒に生きていきたいと。答えはとっくに出ていたんだわ。
イリスはオズオズとレゼダの顔を見た。
「……レゼダ様」
「もう様はいらないでしょ?」
「……レゼダ……?」
「そう、正解」
イリスが遠慮がちにレゼダをうかがい見れば、レゼダは照れたように笑った。
「私、レゼダの共犯でずっといたい」
イリスがそう答えれば、レゼダはガバリと立ち上がり、イリスを抱き上げクルリと回った。
「やった!」
「ひっ!」
思わずイリスが悲鳴をあげる。
「やっとレゼダは捕まえたか」
ボソリと呟いたのはいつの間にか現れたソージュだ。
レゼダは困った顔をして、人差し指を唇に当てソージュに合図を送るが、妖精の長がそんなことを気にするはずもない。
「どういう……?」
レゼダの腕の中でイリスが聞けば、ソージュは笑う。
「それはそうだろう? 子どもの頃からレゼダはずっと、イリスが皆に認められるよう周到に立ちまわってきたからな。それに、王家の馬車など使うから、おぬしらが城を抜け出したことなど、みんな承知だぞ。一夜を共にしておきながら婚約もしないなどとは、なんとふしだらな男女かと思われる」
「ふ、ふ、ふしだらぁ?」
「ふしだらじゃ、ふしだらじゃ」
ソージュが揶揄うように言えば、小さな妖精たちも現れて、楽しそうに復唱する。
「ふしだらじゃ、ふしだらじゃ!」
「ふしだらじゃ、ふしだらじゃ!」
キャッキャと飛び回る妖精たち。
真っ赤な顔のイリスがキッとレゼダの顔を見れば、レゼダはツッと視線をそらした。
「嵌められた……のね?」
「人聞きが悪いよ。僕はちゃんと事前に手紙で確認したよ。『僕の家へ迎えてもいいか』とね」
確かに似た文面の手紙は貰った。そして私は「お待ち申し上げております」と確かに返事をしたのだ。
でもそれは、夜会へのエスコートの話では……。
「レゼダ!!」
思わずイリスが呼び捨てにすれば、レゼダは嬉しそうに笑った。
「うん、ちゃんと呼び捨てだ」
イリスはそれを見て毒気を抜かれてため息をついた。
「怒ってる? イリス」
恐る恐るとイリスの瞳をのぞくレゼダ。
「怒ってる……わけないでしょう?」
捕まったのは悔しいが、怒る気にもなれない。
さすが『籠の中の愛』のレゼダと感心してしまうほどだ。外堀の埋め方が巧妙すぎる。
捕まってしまったのに、それが嬉しく思えてしまうのだから。
私も末期だわ。
「では私から言祝ごう」
ソージュが二人の頭を一緒に撫でる。
「二人の未来に幸あらんことを」
ソージュが声高らかに告げた。妖精からの言祝ぎはめったに得られるものではない。
「幸あらんことをー!!」
小さな妖精も復唱し、祝福のラッパを鳴らす。
これってハッピーエンドなの? それともメリーバッドの伏線なの?
イリスは一瞬思って頭を振る。
違うわ。これで終わりじゃないのよ。幸せになれるかは、きっとこれからにかかってる。
私、転生悪役令嬢なので、メリーベリーハッピーエンドを目指させていただきます!!
イリスはレゼダを見て、鼻息荒く宣言する。
「絶対、幸せになりますからね!」
「もちろん一緒にね」
イリスは腕を伸ばしてレゼダの頭を押さえ込み、誓いを込めて額に口づけた。
レゼダがパッと顔を赤らめる。イリスはニヒヒと笑ってしまう。
レゼダは仕返しだと言わんばかりに、イリスの額に口づけた。お互いに祝福をし、互いに互いを守護しあうことを誓う。
「イリスの祝福ー!」
「レゼダの祝福ー!!」
「祝福ー! 祝福ー!」
妖精たちが羽ばたいて、世界が一層華やいだ。
これにて本編完結です。
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