54 聖なる乙女
初めの聖なる乙女の謁見の間に戻る。イリスとカミーユは、聖なる乙女リリアルの両脇に控えた。
「最終審査の結果、カミーユ・ド・デュポンを次代の聖なる乙女に指名する」
リリアルが声高らかに宣言する。
鼻高々なデュポン男爵に、動揺を隠せない貴族たち。学園長はホッと胸をなでおろす。シュバリィー侯爵は悠然と構えていた。
よかった、お父さまが取り乱したらどうしようかと思ってたのよ。
イリスは一安心だ。
「しかし! 前例がありません! 今は男爵令嬢を騙っておるが、あの娘は下賤の生まれではないか!」
貴族がカミーユを指さし荒々しい声をあげる。
カミーユがビクリと体を縮めた。
はいはいはいはい、ゲーム通りー!!
イリスはサド伯爵を見た。ここで、シティスルートならサド伯爵が父の名乗りを上げるはずだ。しかし、サド伯爵は何も言わない。
やっぱりシティスルートではない! 王都炎上阻止成功!
イリスは心の中でガッツポーズをとる。
あとは、残る二人の攻略対象者がカミーユの出自を明らかにするはずだ。
デュポン男爵が小ばかにしたように鼻を鳴らす。
「昔から続いた血が、尊い血とはかぎらないということではないか」
「シュバリィー家を侮辱するのか」
初めに声をあげた貴族が反論する。シュバリィー侯爵は黙っている。
イリスはムッとした。
勝手にカミーユとイリスの戦いを、庶民と貴族の戦いにすり替えないでほしい。これは単なる聖なる乙女を決める審査だ。
「……あの、わたし……」
カミーユがオズオズと声をあげた。ここへきてカミーユが辞退すようなことがあっては困る。
カミーユの出自が明らかになるまで、私が時間稼ぎをしなくっちゃ!!
イリスは声を張り上げた。
「面白いことを仰られますのね?」
イリスに注目が集まる。
イリスは左腕を掲げ、制服の袖をまくった。
まだ残る土痘の痕。ザワリ、貴族たちが眉をひそめた。シュバリィー侯爵も何事かとイリスを見る。
「私は『神に見放された娘』ですのよ?」
悠然と微笑むイリスの様は、まるですべてを見下す魔女のようで、立ち並ぶ貴族たちはゾッとしてたじろぐ。
「し、しかし! イリス嬢は妖精の長から祝福を受けたと聞いておる!」
「そうだ、そんな根拠のない迷信を今更イリス嬢は持ち出されるのか?」
「聖なる乙女の候補者にあがっている時点で、迷信だと明らかだろう」
貴族たちの声が飛ぶ。とんだ掌返しである。
イリスは面倒くさいと思いながら、シュバリィー侯爵を見た。イリスの父シュバリィー侯爵は何も言わないが、まんざらでもないように鼻が上を向いている。
イリスはチラリと聖なる乙女リリアルを見た。リリアルは穏やかに微笑んでいるが、その後ろに控えるパヴォは顔をそむけた。
聖なる乙女のさらに奥に座する国王たちは驚いたように目を見開き、レゼダは肩を小刻みに揺らしている。笑いをこらえているのだ。
「でしたら、カミーユ嬢は妖精の長のみならず、聖獣からも認められておりますわ」
貴族たちを宥めるようなイリスの声に、謁見の間は一瞬静まる。
「……し、しかし、だとしても貴女は緑の聖なる乙女で彼女は平民だ……」
貴族の一人が苦しまぎれに呟いた瞬間、謁見の間の大扉が開かれた。
大扉から外の光が差し込む。その光の中にニジェルがいた。ニジェルは胸の前に銀の盆を持っていた。
「火急のことゆえ、失礼いたします。カミーユ嬢の出自を示す物をお持ちいたしました」
「こちらへ」
パヴォの答えにニジェルはツカツカと聖なる乙女の前に歩み出て跪く。
そして銀の盆を掲げた。銀の盆には、サド家の鷲の紋章のついたアミュレットと青い髪、そして椿の刺繍の入ったお守り袋とそれを結んでいた濃紺の組紐が置かれていた。
ニジェルはあの池での騒動のあと、カミーユからお守り袋を預かっていたのだ。中を見たニジェルはそれが何を意味するものか察した。カミーユを害するものに奪われてはならないと直感したのだ。
そのことをニジェルから聞いていたイリスは、聖なる乙女の決定に時間がかかるようなら、この場に届けて欲しいと頼んでいた。
「……まさか……」
ニジェルの声に動揺したのはデュポン男爵だった。デュポン男爵は、カミーユの出自を示すものがあるとは知らなかった。だからこそ、カミーユが聖なる乙女の候補になる噂を嗅ぎづけて養女にしたのだ。カミーユへ高貴なものが秘密裏に養育費を届けていることも知っていた。だから、養育費を届ける使用人を買収し、父に頼まれ養育することになったとカミーユの叔父たちに言ったのだ。
デュポン男爵は、自分の家から聖なる乙女を輩出すれば、一代限りの男爵の称号もそうではなくなるのではないかと考えていた。カミーユは聖なる乙女候補者だ。聖なる乙女にならなくとも高貴な家に嫁ぐ可能性は高い。養女が高貴な家に嫁げば、何かと融通が利くと思ったのだ。
カミーユの父は、そもそも自分で引き取れない理由があるのだ。本当の親だと名乗りを上げる確率は少なく、もし名乗りを上げたとしてもきっと内々だと高をくくっていた。そうなれば逆に恩を売ればいいと思ったのだ。
パヴォがニジェルから銀の盆を受け取り、リリアルに見せる。
リリアルがサド伯爵を見た。
「サド伯爵。これはサド家の紋章では?」
サド伯爵は一歩前に歩み出て、胸の前に手を置き頭を下げ粛々と答えた。
「間違いございません。カミーユは私の娘でございます」
ザワリ、貴族たちがサド伯爵を見る。サド家は古くから魔導に通じた家柄である。サド家から聖なる乙女とその補佐官は何人か輩出されていた。
サド家の娘となれば、庶子といえども誰も文句は言えないのだ。
「お父様……?」
カミーユが驚きのあまり声をあげる。
「君の母は貴族の世界で生きることを拒んだ。だから、私は君も街で自由に生きるのが良いのだろうと思っていた」
そうしてサド伯爵はチラリとデュポン男爵を見た。シティスは隠れて小さく息を吐いた。
「しかし、君が聖なる乙女を望むなら私が後ろ盾となろう。サド家の名を名乗りなさい」
サド伯爵の言葉に、カミーユはイリスを見た。イリスは微笑んで頷き返す。カミーユこそ聖なる乙女だ。
カミーユはイリスを確認し、サド伯爵をみた。
そして力強く頷いた。
リリアルは静かに頷くと、謁見の間を見渡した。
空気が静謐に変わる。
「最終審査の結果、カミーユ・ド・サドを次代の聖なる乙女に指名する」
リリアルは厳かに再度そう宣言した。








