073-傷心少女
本日は2話更新となっております。
まだ未読の方は前回も合わせてお楽しみください(といっても掲示板回なので読まずとも影響はほぼありませんが)。
はあ、と再びルオナの目の前の少女は溜め息を吐いた。
その少女の名前はキリカ……彼女をじっと見つめるルオナの片想いの相手であり、そして絶賛失恋の傷を療養中の少女でもある。
キリカは元より、片想いの相手であるクラスメイトを追って『オニキスアイズ』をプレイし始め(ついでに水先案内人としてルオナを巻き込みつつ)、その片想いの相手が第一回イベントでアリシア・ブレイブハートによって手酷い殺され方をされたものだから、その仇を討たんとしていたのだが……。
「……殺してあげるのに、……いくらでも、……キリカも」
三度、はあ、と深く溜め息を吐く。
イベントが終わった後に彼女が目にしたのは『いいか! 俺はアリシア様に殺された男なんだ! あの時俺は生まれ変わった! うおお! アリシア様最強! アリシア様最強! アリシア様最強!』と両手を上げて叫ぶ片想いの相手の姿だったのだ。
そう、彼は変わってしまった。
アリシア・ブレイブハートに蹂躙され、美しい少女の手で惨殺される快楽に目覚めてしまったのだ……ちなみにこんな酷い性癖に目覚めたのは彼だけではなく、ある程度いたりする。
カマキリのオスも一説では交尾後メスに頭を貪られている際、絶頂を迎えているというし似たようなものなのだろう。
「……で、キリカ。アンタが追ってた相手はアリシアに取られちゃったわけだけど……まだ、続けるの? このゲーム」
そんなこんなで落ち込んでしまっている幼馴染へとルオナは恐る恐る聞いてみる。
元々キリカは片想いの相手を追いかけてオニキスアイズを始めただけだ……その片想いの相手に実質フラれたとあれば、もうこのゲームを続ける意味はないに等しいのだから、やめると言い出してもおかしくはない。
……が、本音を言えば、キリカの水先案内人として始めたとはいえ、普通に普通なゲーマーであるルオナは普通にこのゲームを楽しみ始めているし、まだまだキリカと一緒に遊んでいたい……だけれど、キリカの意思を尊重すべきなのは違いなかった。
「……当然、……負けっぱなしじゃヤダ、……別の男探す」
元からゲームには興味が薄いキリカのことだし、やめる、そう言うだろう―――と思って、半ば諦めていたルオナの耳へと良いニュースと悪いニュースが同時に飛び込んできた。
良いニュースはキリカがまだオニキスアイズを続けようと思っている、ということで、悪いニュースはキリカが新しい男を見つけようとしている、ということ。
……どうしてアタシじゃダメなの? こんなに傍にいるのに……ずっとずっと……。
ルオナは瞳からすうっとハイライトを消して無言でキリカを見る……が、まあ、それはいつの日かなんとかするとして。
それよりも喜ぶべきは彼女がまだオニキスアイズを続けようと考えている、ということだ。
「続けるんならさ、そろそろ私たちも身を固めない?」
だとすれば、今後のことを考えてそろそろ所属するべきなのだ、どこかの『連盟』に。
そう、今までは一方的に狩られる側の存在であった生産職の獅子奮迅の活躍と、誰かがSNSに流した『寒冷対策ポーション』の存在によって雪原を突破するプレイヤー達が徐々に増え始めた今日この頃。
今までは武器を修理すること以外に取り柄がないと思われていた生産職の真の実力を発揮するためには、連盟を結成し『拠点』を購入することで使える『工房』という施設が重要だという情報がすっかり広まり、世はまさに連盟設立ブーム……大小様々な連盟が次々と生まれる時代となっていた。
しかし、そんな時代だというのにキリカもルオナも連盟には未所属。
第一回イベントではアリシア・ブレイブハートに惜しくも敗れてしまい、王都セントロンドへのチケットを入手できなかったのでトッププレイヤー達の仲間入りとはならなかったが、それなり以上の実力者であることは確かであり、恐らくはどんな連盟であっても歓迎されるのだろうから、早いうちにどこかの『連盟』に属し、その恩恵を得るのが正しい選択と言える。
「……しないよぉ? ……結婚、……ルオナちゃんとは」
「なあっ!」
……そう思ってのルオナの提案だったが、普段ゲームをしない挙句に恋愛脳であるキリカからすれば急に『身を固める』とか言われれば求婚だと思うのは当然。
眉を八の字にしてお前はなにを言っているんだ、とでも言いたげな表情でキリカが小首を傾げる。
「こ、このっ……変な勘違いしないでよっ! 連盟のことよ連盟!」
そんなキリカのリアクションに思わず体温が3度ほど上昇したような錯覚を覚えつつ、ルオナは早口気味に捲し立てた―――き、キリカと結婚……? してくれるの……結婚を、アタシと!?
口では変な勘違いをするな、と言いつつもルオナの心臓は高鳴ってしまう……いや、キリカは数秒前にルオナとは結婚しないと言ったはずだったのだが、どうにも彼女は都合の悪いことは全て聞こえなくなる体質のようだった。
「……ああ、……どうでもいいよ別に、……男がいればどこでも」
「どうせそんなことだろうと思った。でもアタシは違うから、ある程度目星をつけてリストアップしてきたの」
結婚はともかく連盟にはまるで興味が沸かないらしく、テーブルに顔を突っ伏すキリカの様子を見てルオナは自分の予想が的中したことを察し、インベントリから一冊のノートを取り出して広げる。
これは前日、最初にそう言っていたように、そろそろ連盟に所属したほうが良いと判断したルオナがSNS等を用いて集めた連盟関連の情報をまとめたものである。
流石に手製の資料を出されるとキリカも『どうでもいい』で片付けて突っ伏してるわけにはいかず、顔を起こしてノートを覗き込む。
「で、最初に考えたのがこの『松竹梅を見る会』っていう連盟。いまのところメンバーは世にも珍しい刀使いの『マツ』、マツとは真逆のSTR振りパワーアタッカー『タケ』、『白式神』とかいう聞いたことない魔法を扱うヒーラーの『ウメ』、これまた聞いたことない『黒式神』とかいう魔法を扱う遠距離火力の『マド』の計4人だけって噂。タンク職を募集してるらしいし、盾使いのアタシと回避盾とかやれそうなアンタなら歓迎してくれると思うけど」
そして最初に目に飛び込んできたのは刀を持ったおじいちゃん、大斧持ったおじいちゃん、白い杖持ったおばあちゃん、黒い杖持ったおばあちゃんの計四人で構成された連盟だった。
明らかに隠し撮りだろう遠方からのぼやけた写真ですら、おじいちゃんとおばあちゃんしかいないのが分かる程度にはおじいちゃんとおばあちゃんしている……キリカは思わず眉をひそめ、思う。
なんなんだこの要介護(年齢的な意味で)連盟は……今時看護師とかいうレアすぎる職を体験できるではないか、と。
「……召されそうな男性はちょっと、……子供三人作る前に」
「子作り前提で連盟選ぶんじゃないわよ」
「……遊びで付き合う気はないの、……軽い女じゃないから、……キリカは」
とりあえずキリカとしてはお付き合いしてもすぐに逝ってしまいそうな男達には興味が無かったので首を横に振る。
……いや別に今はアンタの相手を決めようってんじゃなくて、単純に所属する連盟を決めようって話をしてるんだけど? ルオナは軽い女じゃないという割には結構な数の男と交際関係を持ち、そして全ての男に逃げられている重すぎる女ことキリカをジト目で睨む。
しかし、嫌だというならば強制はしたくない……ルオナは『松竹梅を見る会』への所属は諦め、次のページを捲る。
「なら次は『かいでんぱふぃーるど』。第一回イベントで二位の好成績を残したシェミーとフレイが率いる大規模連盟。ふざけた名前をしてるし、集まってるのはリアルが充実してない負け犬ばっかりだけど、トップのシェミーとフレイは可愛い顔してエグい性格をしてる毒蛇みたいな人達よ。必然的に女性比率は少なめだろうし、たぶん女ってだけで入れてくれると思う」
続いてルオナがキリカへと見せたのは白髪の少女と金髪の少女が手を合わせてハートマークを作ってる写真がデカデカと載ったページだ。
なんという吐き気を催すあざとらしさだろうか。
キリカは瞬時に眉をひそめたが、隣に載せられたリザルスマッシャーなるモンスターを美しいコンボで片付ける動画と、プレイヤーらしき少女から装備を剥いだ後に崖から突き落として『ピースピース! アハハ!』等と言ってる動画を見て思わず顎に手を当てる。
……悪くはない、気が合いそうだ。
だが、しかし……。
「……やだな、……権力争いみたいになりそう、……女同士の」
「ああ、それなら安心して。こいつら女の顔と声を作ってるだけの男だからさ。現状男子率100%よ」
「……え、……こわぁ。……不審者じゃん、……やめようよ」
……男女比率が崩れてる場所で、少ない側の性別が増えれば見るに堪えない状況になるのは必然……故にキリカは『かいでんぱふぃーるど』への所属を渋ったが、それに対しルオナがシェミーとフレイは男であることを教え、当然ながらキリカはそんな意味不明なことをしているシェミーとフレイに恐怖を抱いた。
まあ、怖いだろうな、アタシもちょっと近寄りたくないし……とルオナは心の中でだけ同意し、次のページを捲る。
「あとは……アンタが嫌いなアリシアが作った『グランド・ダリア・ガーデン』を除けば、有力そうな連盟は次がラストね。『リヴ』とかいう男が立ち上げた大規模連盟『フィードバック』。悪目立ちを避けたいトッププレイヤー勢がこぞって入ってる手堅い強豪連盟。その豊富な人員で稼いだ大金を使って相当大きな拠点に手を出したらしく、今絶賛メンバー募集中らしいわよ。簡単なテストはあるらしいけど、アタシたちなら問題ないはず」
ならば、これが最後、とルオナがキリカに見せたのは学年ひとつ分程度の人が集まっている写真が掲載されたページ……その写真に写るメンバーは、どいつもこいつも面構えが違う。
当然だ……彼らはかの有名な事件『王都セントロンド爆破テロ』を目の当たりにした者達であり、そしてまた、カナリアやアリシアのような特出した力を持つプレイヤーの存在が自分達のような普通のプレイヤーに対し、どれだけ暴力的な存在であるかを十分に理解し、自分達こそが彼女たちのような『イレギュラー』に対抗する人類最後の希望であることも理解している戦士達だった……。
……そう、戦士だ……心に余裕が無さそうな人ばかりである。
「……キツそう、……ノルマとか」
「まあ、それは確かにね……」
であれば、恐らく噂に聞く『ノルマ』なるものが課せられ、遊ぶためにギルドをやっているんだか、ギルドするために遊んでいるんだか分からなくなってきてしまうかもしれない。
キリカはそれは避けたい……というか、元よりキリカは組織に所属することが苦手な人種であり、そもそもとして知らない相手が多い連盟は不向きだろう。
それはルオナも知っているはずなのに、どうして老人の塊の他には大規模連盟しかリストアップしなかったのだろうか。
「しかし、そうかもとは思ったけど全部ダメか。どうする? いっそ自分達で立ち上げちゃうのも手だけど……」
「……それでいいよぉ?」
ノートをぱたりと閉じたルオナに対し、面倒くさそうにキリカが答え―――瞬間、ルオナは心の中で大きくガッツポーズを取った。
計画通り……!
そう、ルオナはわざとキリカが興味を惹かれなさそうな連盟ばかりをリストアップし、自分達で連盟を立ち上げる流れに最初から持っていきたかったのだ。
己と、キリカのみを構成員とする愛の園……! それを作りたかった!
「やれやれ、少々面倒だけどしょうがないわね」
「……ニヤニヤしながら言ってもな」
「なぁあああーっ! してないし! してないわよ!」
もちろんそんなルオナの企みなど最初からキリカは察していたので、いかにも不本意といった様子で肩を竦めるルオナを鼻で笑い、ルオナはルオナで顔を真っ赤にして頬を膨らませて抗議する。
その赤面の理由は怒りか、羞恥か……恐らくは後者だろう。
ルオナがハナからまともに連盟を見繕う気などなかったことがバレてもキリカが気にしてないことを喜ばなくて、なにを喜べというのか……怒りなどあろうはずもない。
腕を組んで不機嫌そうなポーズは取るものの完全に顔が緩み切っているルオナは『連盟』を作るべくギルドハウスへと足を進ませ、そんなルオナの背を溜め息を零しながら追いつつキリカは道端に良い男が落ちてないかと周囲を見回す。
……いや、そんなもの道端に落ちていてたまるか。
「ようやく見つけたぜ……」
そんな時だ、一人の少年がルオナとキリカの前に姿を現した。
その小さい身体が背負うには大きすぎる上に歪な形状をした大剣もそうだが、より目を引くのはその容姿。
恐らくはどこかのNPCが販売しているのであろう特徴のない防具―――ただし、それは割れ、溶け、歪み、ボロボロとなっていた―――の上に、姿を隠すように―――これもまた崩れ、汚れ、ボロボロな―――ローブを羽織っている……、そこまでは良い。
異質なのは唯一防具もなにも装着せずに露出している右腕と、その先にある右手。
そこには黒い炎でも思わせるような鱗がびっしりと生えそろっており、それは二の腕程度までを侵食している。
「あんたらが、キリカに……ルオナ、だろ? 第一回イベントでアリシアを追い詰めた……」
「ひゃあ!」
「…………」
フードを取り、少々伸ばしすぎと言わざるを得ない黒髪を揺らしながら少年はぎたりと笑みを浮かべる。
そのあまりの威圧感にルオナは竦み上がってキリカへと抱き着き、キリカはそんなルオナを一瞬邪魔そうに見ながらも少年から視線は外さない。
……もしかしたら、それで友好的な笑みを浮かべているつもりなのかもしれないが、残念だが今の彼の笑みは肉食獣そのものであり、好意的に捉えるのは難しい。
「どうなんだ……?」
「…………」
「違うのか……?」
「そ、そそ、そうですけど……なにかご用でしょうか……」
到底年下とは思えない少年の威圧感に、(キャラ作りすら忘れながらも)ルオナは警戒して喋ろうとしないキリカの代わりに少年の問いに答える。
すると、少年はその顔から笑みを消し、ゆっくりと膝をつき、続いて手も地面に付け……ルオナは思わず絶叫しそうになる―――なに!? なんの構え!? 邪竜の構え!? 街中で暗黒竜でも呼び出すつもり!?
……ただ少年が四つん這いになっただけだというのに、酷い怖がり様だ……とは笑えない。
そう思わせてしまうだけの〝圧〟が目の前の少年にはあった。
「俺を……弟子にしてくれ……!」
「えっ」
「…………」
しかし、続いて少年は額を地面に擦り付けながら自分を弟子にしろとふたりに懇願する。
そう、その構えは邪竜の構えではなく、土下座であり……あまりにも急な展開にキリカとルオナは思わずきょとんとして、沈黙してしまった。




