069-無限お使いクエスト その3
「……大丈夫、騎士なんて死ぬほど倒して来たじゃん! ビビんな、ウィン!」
久々の単独でのボス戦に軽い震えを覚えるほど緊張しながらも、ウィンはかつて葬ってきた数々の『騎士』を思い出して自らを奮い立たせる。
クロムタスクのゲームにおいて『騎士』の名を冠するボスは数多く、当然ながらクロムタスクのファンであるウィンが撃破した数もまた多い。
であれば、目の前の『騎士』もまた、やりやすい相手と言えよう。
「いくよ……『妖体化』! ポワァ!」
覚悟を決め、その身を高次元の存在へと変貌させてウィンは『YES』の選択肢を選ぶ。
ダンゴはウィンと『無限』を囲むようにしてドーム状の障壁が出来上がったのを見て、戦いの始まりを予感し、思わず息を呑む。
……エイリアンvsアポカリプスナイト……凄まじいZ級映画感だ……! その手の映画に興味があるお年頃故、少しだけ胸を躍らせながら。
「ポワァアアア!」
ゴング無き戦いで先に動いたのはウィン……『マジックランス』を晶精の錫杖で『結晶化』した『クリスタルランス』を放つ。
魔術師の強みといえば遠距離における単体への高火力攻撃……であれば距離が離れている戦闘開始時は必然的に有利であり、それを活かさない理由はなく、極めて理にかなっている攻撃といえる。
だからこそ、だろう。
『無限』はそれに対し自らの左腕―――手の甲が薄く広げられ盾のような形状となっており、更には鋭い爪がずらりと並んでいる―――で『クリスタルランス』を防ぎながら、その背から白い煙を吹き出しつつ滑るようにしてウィンとの距離を詰めようと動き出す。
……防いだとはいえ『クリスタルランス』は物理・魔法の2つの属性から成る魔術。
『妖精』も素材の一部として用いられてるが、決して『妖精』そのものではない『無限』は一応最大HPの2%程のダメージは負うが、これでは浅い。
(あれに防がれてたらジリ貧だ……飛び込むしかないっ!)
右手に握ったウィンの身の丈ほどもある巨大な剣を構えながら突っ込んでくる『無限』に対し、ウィンもまた肉薄する。
盾による防御が固い相手ならば、防御するのが容易い『クリスタルランス』よりも近距離における『クリスタルソード』のが効果的だと考えたのだ。
横薙ぎに振るわれる剣を前に飛び込んで回避し、振り向き様にその背へと『クリスタルソード』の一撃を叩き込む。
基本的な攻撃力は『クリスタルランス』に劣るものの、盾に軽減されなかったその一撃は目に見えて『無限』のHPを削る―――大体8%程といったところか。
倒しきるまでに必要な数は後15発程度……少ない数ではないが、無理な数ではない。
(どうせ次は振り向きながらの横斬り、だからっ!)
ふとすればもう一撃加えられそうな隙に見えるが、積み重ねられた『騎士』系のボスとの戦いの経験からウィンは後ろに飛ぶことを選択。
すれば、『無限』はウィンの読み通り振り向きながら先程までウィンが立っていた場所目掛けての横斬りを放っており、そこに対しウィンは完全に横斬りが来ると踏んで詠唱していた『クリスタルランス』を放つ。
それは見事『無限』の胴体を貫き、HPを大きく削る―――大体15%程度。
先程までのダメージと合わせて25%程度で悪くはないペースだが、『無限』も振り向き様の攻撃を避けられるのは想定されていたのだろう……振り切った勢いを殺さずに『無限』は剣を勢いよく突き出す。
「ポワァアアッ!」
だが、それこそウィンの読み通り―――回避読みのディレイを掛けた攻撃、それこそが『騎士』系の最大の特徴だと知っている。
剣が突き抜けるすれすれを駆け抜けて『無限』へと再び肉薄したウィンが『クリスタルソード』でその腹を裂く。
……これで33%、1/3を削った。
「ッ!? ~~~っ!」
「うわっ!」
その瞬間、凄まじい恐怖を感じ取ったウィンが全力で『無限』から距離を離すと全く同じタイミングで『無限』は全身から真っ白な煙を吐き出し始め、外野のダンゴですら自分を襲う熱気に思わず顔を覆った。
ウィンは男を殺した最初の一撃でなんとなく察してはいたが、どうにも『無限』の放つ白い煙……いや、『蒸気』は凄まじい熱量を誇るらしく、それこそが『無限』の持つ最強の武器のようだった。
(一撃も貰えない……よね)
ここからが本番だと言わんばかりに、両肩のマフラーのようなパーツから常に蒸気を吹き出すようになった『無限』を見てウィンは気を引き締め直す。
蒸気という形の捉えづらい武器による攻撃は見切って避けるのは難しいだろう……大体の攻撃エリアを予想し、そもそもそこに入らないように立ち回る必要がある。
……となれば、先程全身から蒸気を吹き出したのを考えると近距離戦は賢くなく、『クリスタルソード』は有効打とは最早言えない。
ならば、隙を見つけ……いや、作り出して『クリスタルランス』を叩き込むしかない。
綺麗に入れば一撃で15%削れることを考えると、あと5発……MPの残量的に全弾命中させなければ、濡星装備によるMPの自動回復を待たなくてならなくなる。
……少々苦しい状況になってきたからだろうか、思わず一歩下がったウィンに対し、今度は『無限』から仕掛ける。
ウィンに倣うかのように大きく後ろに引きながら蒸気を撒き散らし―――瞬間、凄まじい勢いで剣を突き出しながら突撃してくる。
「ポワァッ!?」
白く、濃い蒸気により自らの姿を一瞬隠し、構えを見せずに急襲を仕掛ける。
あまりにも騎士らしからぬ卑劣な一手にウィンは一瞬対応が遅れるが、半ば倒れるように横に飛ぶことでなんとか回避する。
……だが、それでは足りない。
突きを回避されたことを察した『無限』はマフラー部と、その剣の刀身から蒸気を放ちつつ素早く回転する。
(まっずいッ! じゃんっ!)
その攻撃の意味を察したウィンはなんとか立ち上がり、もう一度飛び跳ねて『無限』から更に距離を取る……それにより直撃は免れたが……足りなかった。
ウィンの脚が人を一瞬で溶かす程の高熱に襲われ、掠っただけだというのにHPが2/3ほど消し飛ぶ。
―――まずい、劣勢だ! もう一撃も貰えない、回復をするべきだが……現状隙が分からないのにアイテムを使う余裕はない! それに、先程振り撒いた蒸気の壁によって再び『無限』の姿は見えなくなっている……!
「ウィン! 熱には熱攻撃だ!」
そんな、焦りを覚えるウィンの耳へとダンゴの声が響く。
……熱攻撃? なにを言っているんだろう、彼は……自分は熱攻撃など……いや!
……ある。
たったひとつだけ、熱を操作する攻撃が。
普段やっているクロムタスクのゲームらしからぬ技だけに、緊急時にパッと思いつかなかったが、『雪嵐の王虎』を撃破し入手した『天術』のひとつ……周囲に凄まじい吹雪を齎し、範囲内の全ての存在の攻撃力を限りなく低下させる恐るべき術が。
(『雪嵐』っ!)
再び蒸気の中から飛び出してくる『無限』をしっかりと見据えながらウィンは晶精の錫杖を突き出す。
瞬間、先程までは超高熱の蒸気によって発生した陽炎に歪められていた戦場に、突如として暗雲が掛かり凄まじい勢いの吹雪が吹き荒れる―――だが、それでは『無限』の動きは止まらず。
回避の間に合わなかったウィンの身体は、床ごと斬り上げるような『無限』の斬撃によって打ち上げられ、地面に叩きつけられる。
「そんな、ウィン!」
明らかに死に至る攻撃……。
思わずダンゴは悲鳴をあげたが……おかしい。ウィンの身体が消滅する様子はなく、むしろ、そのHPを回復している。
その現状をダンゴが理解しようと目を凝らすと……ウィンは静かに立ち上がり、その右手には回復用ポーションの空き瓶が握られていた。
そう、かつて、カナリアのクロスボウによる攻撃が低威力であると見て甘んじて受け入れながら回復したスコーチと同じである。
ウィンは『雪嵐』の効果によって『無限』から与えられるダメージが即死級ではなくなったと踏み、ライフで受けたのだ。
(危ない賭けだったけど……勝った!)
態勢を立て直し、2本目の回復用のポーションも使用してHPを全回復させるウィンは、一瞬自分のHPが一桁まで減ったのを思い出して思わず身震いしたが、ぐっと拳を握って気を取りなおす。
それでも耐えた、賭けには勝ったのだ……ならば問題はない。
環境に直接関与する『雪嵐』による攻撃力の低下は例えボスモンスターであろうと通用する。
この吹雪の中では『無限』の攻撃力は僅か1/3しかないウィンのHPすら削り切ることが出来ず、脅威とは呼べない。
そして『雪嵐』が『無限』へと齎した変化は攻撃力の低下だけではなかった。
自身が凄まじい熱量を持つ存在だというのに、吹雪によって急激にその身体が冷やされた『無限』は目に見えて動きがぎこちなくなり始め、その剣、盾、マフラー、その他蒸気を噴射する機関が仕込まれていたであろう部位が急激な温度差に耐えきれず悲鳴を上げ、割れ、砕ける。
「やった! 効果は抜群だ!」
(そうだけど……、雪国で作られてる兵器としてどうなんだろう、それは……?)
確かに急に『雪嵐』をぶつけたのはウィンではあるが、そもそもとしてこのオル・ウェズアは『雪嵐』に囲まれた街だ。
だのに、その『雪嵐』によって機能不全に陥る『無限』は明らかな失敗作だったが……そもそもとして、彼は開発中に暴走しだしたのだとウィンは思い出した。
であれば、こういったエラーも仕方がないのかもしれないし……助かるのだから文句はない。
「ポワァアアッ!」
目に見えた好機に、ウィンは迷わず『クリスタルランス』を放つ。
対する『無限』は最初にそうしたように、左手の盾でそれを受けようとするが……その盾は既に砕けている。
見た目通りその盾はろくな防御として機能せず、『クリスタルランス』によるダメージを十割通し、そして左腕ごと爆ぜた。
「え!? 『雪嵐』の中なのにダメージが落ちてない!」
再び『無限』のHPを15%ほど削った『クリスタルランス』を見てダンゴが驚きの声を上げるが、ウィンとしては当然の結果だった。
雪原に出現する『雪鹿』と『雪嵐の王虎』が魔法ダメージに対し高い耐性を持つ『妖精』である理由、それをウィンは最初からこう考えていたが故に―――。
『雪嵐の中であっても、魔法によるダメージは低下しない』
―――考えてみれば当然だ。
『雪嵐』の天候で与ダメージが減る理由は『あまりの寒さに体が凍えるから』であり、クリムメイスが用意したような寒冷対策のポーションを用いれば回避することが出来る。
つまり、なんらかの超常的な理由によって攻撃力が減っているわけではなく、寒さのあまり普段の力が発揮できていないだけなのだ。
ならば、肉体的状態が関係しない魔法属性によるダメージは低下しないのは当然であり、だからこそ『雪嵐』では低下しない魔法属性のダメージに耐性のある『妖精』が強敵として配置されているのだろう。
……そこに気付いたからウィンはどうしても欲しかった。
『雪嵐』という天候を……魔術師が最も苦手とする、距離を詰め続けてくる相手に対し、その攻撃の主である物理属性の攻撃力を限りなく低下させ、自分は元々の攻撃力で一方的に殴りかかれる最高の環境を作り出す天候を張れる術が。
(……ま、そもそも『天術の導書』を選んだ理由は、先輩みたいなタイプの相手に対しては環境ダメージを与えるしかないって思ったからなんだけどね)
とはいえ、元々最初にイベントの報酬として『天術の導書』を選んだ時はそこまで考えてはいなかったのだが……結果的には自分にとって大きなプラスになったのだから気にしないことにして。
砕け散った左腕から無数の黒い触手を暴れさせている『無限』に集中する―――既に勝負は決しているが、それでも彼……あるいは彼女はまだ戦う気らしい。
残った右手に握る剣の切っ先を、既に震えているそれをウィンへと向けている。
(……なんだか苦しそう。いいよ、終わらせてあげる)
とはいえ、『無限』には既に蒸気を用いた高速移動をする力も残されておらず。
吹き荒れる雪の中を、その走るにはあまりにも鈍重そうな身体を引きずるようにして突撃してくる『無限』へと、ウィンは別れの意味を込めた青白い結晶の槍を放った。




