062-二人で歩む街中 その2
「意外だなぁ、ウィンってこういうゲーム慣れてそうなのに」
「うーん、まあ、慣れてるっちゃ慣れてるんだけど、慣れてるのはあくまでクロムタスクのゲームであって、オンラインゲームは全然……」
っていうか、これが初めてだしね……と、付け加えるウィンに今度は逆にダンゴが驚く番だった。
彼の中でウィンは、SNSを駆使して情報を収集するまでにオンラインゲームに慣れているのだと思っていたが、どうにも逆のようで、慣れていないからこそSNSを用いて熱心に情報を集めているらしい。
同じくオンラインゲーム慣れしていないカナリアとは……、流れるままに生き、流れるままに殺すカナリアとは真逆のアプローチといえる。
「へえ……、いや、ま。僕もオンラインゲームなんて全然分かんないけどさ。あいつから良く話は聞かされたりしたけど……」
「あー、分かるそれ。ウィンもリアルですっごいオンラインゲームばっかりやってる友達居るんだけど、とりあえず話題ないと冒険譚聞かせてくるよね!」
「そうそう! ……っていうかその友達、案外あいつと知り合いだったりして」
「あはは! まさかだけど、そうだったら面白いね!」
というわけで、楽しく喋り合いながらふたりは踵を返すことになった。
仕方ない、クエストを受けるためには先程なにも考えずに飛び出したばかりである『ギルドハウス』を利用するしかないのだ。
「まさか『ギルドハウス』出て即座に戻ることになるとはなあ……ごめんね、なんも考えてなくて」
「ううん、いいよ。僕は根詰めてやるより、こうやってのんびりプレイするほうが好きだし……」
とはいえ、考えが足りなかった自分のせいで完璧に無駄足を踏んだことを苦笑交じりにウィンは謝るが、ダンゴはまるで気にしてないといった風に笑顔を浮かべた。
しかし―――。
「…………」
―――どうしたのだろうか? 不意に、ウィンの顔にふっと影が差す。
基本的に笑顔の絶えないウィンが初めて見せた、どこか少し思い詰めたような表情にダンゴは思わず、どうしたの? と声を掛けてしまった。
「いや、さ。ちょっと不安なんだ。……ほら、先輩ってなんだか凄い勢いで強くなるしさ、最近はハイドラちゃんとか、クリムメイスさんとか……凄い人たちが先輩の周りに集まって来てるから」
珍しく暗い雰囲気を纏ったウィンを見て、不思議そうな表情を浮かべたダンゴだったが、誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべながら頬を掻いたウィンの言葉を聞いてみれば、(失礼とは思いつつも)内心、なるほど確かに、と頷いてしまう。
ウィンが雪原にて雪鹿に対し有効打を持っておらず、雪嵐の王虎戦でも(あまりの原始的ファイトスタイルで目立ってはいたが)他の三人と比べれば活躍もしていなかったことは(直接その場にいなかったとはいえ)ダンゴもハイドラの目を通して知っており、それで少しばかり自信を失っても、まあ、おかしくはない……そう思えるから。
でも気にすることはない、自分もそうだし―――なんてダンゴは言えない、……言わない。
そもそも彼女はそういう言葉を欲しがっているんじゃないだろうし、それに実際握ったのがハイドラとはいえ、雪鹿や雪嵐の王虎に対し大きな優位性を持っている銀聖剣シルバーセイントを生み出したのはダンゴなのだから、客観的な視点で見ればウィンよりは勝利に貢献していると言えるのだ。
「こう言っちゃなんだけど、僕とハイドラはもう、どこの『連盟』だって入れてもらえると思うんだ」
「……うん? まあ、そうだね。ハイドラちゃんすっごい動き良いし、ダンくんが作る装備も強いし」
一方、口にした後で、別に人に話す程の事ではなかったかな、と少々の後悔を覚えたウィンだったが、その小さな後悔は返ってきたダンゴの言葉に対する疑問で掻き消されてしまう―――なにせ、ダンゴの言葉は先程の話とまるで繋がらないように思えた。
とはいえ、生産職であるというデメリットを打ち消す程に与えられた装備を十全に使いこなすハイドラの実力と、そもそもとして生産職であるということをデメリットとしない程に優秀な装備を作れるダンゴの力……それらの実力の高さは、特異なプレイで異質なビルドとして完成しているカナリアや、順当に近接ビルドとして完成しているクリムメイスと並べても遜色がないことから明らかであり、ウィンは素直に首を縦に振った。
「だけどさ。僕は好きだから、『クラシック・ブレイブス』の空気が。他の『連盟』に入る気にはなれないんだ。……この『連盟』って凄いよ、ウィンも含めてだけど、このゲームの中でも上位に位置する人達ばっか入ってるのに、みんな自然体じゃないか。ほんと、良くも悪くも好き勝手に遊んでて……楽しんでる、って感じするんだ、このゲームを」
いまひとつ言いたいことを理解していないウィンをやや置き去りにしつつ、続くダンゴの言葉を聞いて、ウィンは確かに、と小さく頷く。
特にリーダーのカナリアが、王都セントロンドを木っ端みじんに吹き飛ばすテロリズムを行うほどには好き勝手に遊んでいるからだろうか、『クラシック・ブレイブス』の面々はクリムメイスも、ハイドラも……あくまで自分の我を通して、やりたいように遊んでいる。
本気で『連盟』に与するつもりであれば、本気で『連盟』を大きくするつもりであれば……露骨に怪しいクリムメイスは間違いなく入れるべきではないし、ハイドラはドロップ品だろうがなんだろうが使うべきなのだ。
だが、クリムメイスは普通に迎え入れられ、ハイドラは『獣舞の導書』を手にしていない。
だからきっとウィンも別に急いたり、無理をしたりする必要はない……好きなように遊べばいい―――と、ダンゴは言いたいのだろう。
ようやくそう分かって、思わずウィンは笑ってしまった。
「な、なに? なんか変なこと言った? ちょっと、クサすぎたかな……」
「ううん、めっちゃ良い事気付かせて貰えたんだけどさ。でも……正直、まだ『空気が好き』とか言えるほど長い間活動してないよねって思っちゃって。だって、この『連盟』出来たの昨日だよ?」
くすくすと笑いながらウィンが指摘する。
……そう、ダンゴはさも『クラシック・ブレイブス』に入って半年程経ってそうな感想を口にしたが、そもそも『クラシック・ブレイブス』が結成されたのは実に昨日の出来事だ。
普通に考えれば空気感が好きもなにもないだろう。
「う……まあ、それは、そうなんだけど……昨日、みんなでご飯食べてたでしょ? あれ見てたら……なんかさ」
「ご飯食べてるとこ……っていうか、最後のアレでしょ? クリムメイスさんの『王虎の舞』! がおっ! ってヤツ!」
言いながらウィンは真顔で昨日クリムメイスが取っていた完璧なおにゃんこポーズを再現して見せた。
すれば、一瞬ふたりの間に沈黙が流れ、そして同じタイミングで噴き出す。
あれは酷かった! ほんと酷かったねー! などと言いながら。
「そっか。そっかそっか……自然体で、自由に、ね……なんかさ、やっぱり、普段一人用のゲームばっか遊んでる身としては、こういう多人数プレイが基本のゲームだと、みんなの役に立たなきゃ! ってのが最初に来ちゃうんだ。……でも、言われてみればそうだよ! 先輩絶対そんなこと一切考えてないもん! ウィンに脳漿飲ませるし!」
「クリムメイスさんにあんな『導書』渡して逃げるしね」
「「それに王都吹き飛ばして大量虐殺するし!」」
完璧にハモって、またウィンとダンゴは笑った。
そうだとも、そもそもリーダーがテロリストなのだ……こんな『連盟』に真面目に尽くすことなんて考えなくていい。
ただただ、自分が楽しいと思える遊び方をして、それを仲間と共有すればそれでいいのだ。
『連盟』のためにゲームをするのではなくて、自分がするゲームを楽しくするために『連盟』に入るのだ。
そう気付き、ウィンは一気に肩の荷が下りた気がした。
「でもさ! やっぱ置いてかれるのって悔しいし! 今日中にクエスト終わらせちゃお! 絶対先輩クエストとかノータッチだからさ!」
「うん、そうしよう! なんか凄いの手に入れてさ、驚かしてやろうよ!」
だけれど、それはそれとして……焦りや不安を振り払ったからといって、現状に満足していないことに変わりはないのだから―――ちょっとぐらい無理なペースでこのゲームを遊んでみるのもアリ、だと……そういう結論にウィンは至る。
そして、ウィンは満面の笑みをダンゴに向け、ダンゴもまた、笑顔で首を縦に振った。
「それじゃあ……先んずれば人を制す! ですわーっ!」
「あはは! なにそれ、全然似てない!」
同行者の了承を得たウィンは更に笑みを深めると、右手を突き上げ―――今だ遠い、自分の道を(良くも悪くも)切り開いてくれた連盟長の真似をしながら走り出し、その背を更にダンゴが追う。
雪原に包まれ、常に寒空の下にあるオル・ウェズアの道を、普段から小さい弟二人の面倒を見ているからだろう、歳の割にはしっかりしたところはしっかりしているウィンと、その数奇すぎる運命から何処か諦観したようなところもあるダンゴが珍しく年相応のハイテンションで楽しそうに笑いながら『ギルドハウス』へ向けて走っていく―――。
「はぁーっ……はぁーっ……ふぅううう……」
―――そんなふたりの姿を物陰より、口端に涎を滲ませ、血走った目で眺める影がひとつ。
「尊いもん見せてくれるじゃないか……、お姉さん、キュン死しちゃいそうだったのら……ジュルッ……!」
その名はクリムメイス。
第一回イベントで4位を手にし、普段は露骨に怪しい媚び媚びのツンデレキャラを演じ、後に裏切ることが確定しているであろう少女だ。
その名はクリムメイス。
第一回イベントで4位を手にした少女、クリムメイスだ。
本人はすっかり忘れているが、彼女はアリシア・ブレイブハートに『連盟』を組まないか? という話を持ち掛けられており、尚且つアリシア・ブレイブハートはその答えを心待ちにしている……が、自ら聞きに行けば嫌がられるだろう、ということで毎日毎日彼女が自分を訪ねるのを悶々としながら待っている。
このまま彼女を放っておけばなにか良くないことが起きるであろう。
その名はクリムメイス。
第一回イベントで4位を手にした少女……。
クリムメイスだ。
「もっと……もっと見せてくれ……! 尊い、尊いから……クククッ……データ収集は骨が折れるなあ! ふふふ!」
ちなみにこうしてストーキングしている理由は、つい先程初めて出会った存在にひとつの疑問を抱いたから。
ハイドラの肉体を借りる兄……そのダンゴこそが生産職のオッサン共が萌えている『ちょっと天然気味なロリ巨乳僕っ娘』なのではないか? という、ひとつの疑問を……。
別に、好みの可愛らしい少女達がキャッキャと遊んでいる様を見て性的興奮を得るためではない。
断じて違う。
これは真実の探求である。
「はぁ……最高だ……実に最高だよ、貴様ら……」
うっとりとした表情で呟くクリムメイス―――そう、彼女こそはクリムメイス。
第一回イベントで4位となった少女、クリムメイスである。
後に『クラシック・ブレイブス』を裏切るイベントと、ほったらかしにしたアリシア・ブレイブハートに凄まじいことをされるイベントが控えているかもしれない少女、クリムメイスだ……。




