019-毒蛇との邂逅 その2
「……や、やっぱり無理かな!? 可能な限り男っぽい顔つきにしたけど……無理かな!?」
「……いやむしろその顔だから無理って感じだし、なんでそんな顔にしたの?」
「……だって! 元の顔だと普通に姉妹って言われるし、どんだけ男って言っても信じて貰えないし! やだよ、ゲームの中でまでさ!」
「……私からすると普通に姉妹って言われたほうが面倒くさくなくていいんだけど」
硬直するカナリアとウィンを見てふたりがこそこそと話し始める。
その話し声の内容までは聞こえてこないが、声を潜めて喋ると兄の声はより一層女性的となり、完全に男要素が消し飛んでしまう。
「あー、ごめんなさいね、お気になさらないで……。どういったご用件でして?」
なんだかややこしい兄妹に絡まれたなあ、なんて思いつつカナリアはこそこそと(恐らく中身がないうえに平行線になっている話を)話し続けるふたりへと声を掛け、とりあえず話を進めることにした。
このままではらちが明かないのは火を見るよりも明らかだ。
「あ、ああ。えっ……とですね。盗み聞くつもりはなかったんですけれど、お二人が蛇殻次へ向かうって聞こえまして……」
「そこで私が欲しいスキルを手に入れられるんだけど、流石に二人じゃ辛くってさ」
今もちょうど死に戻ってきたとこだし……と妹が付け加える。
どうにも蛇殻次へと向かうのならばパーティーを組んで同行したい、ということのようだ。
「入手が確定してるスキルっていうと、『武器組み立て』だから……もしかして生産職なの?」
近頃発見されたばかりの蛇殻次だが、関する情報は既にいくつか出ており、その中にはとあるギミックを解除すれば、材料とゴールドを用いてオリジナルの武器を生成できるスキル『武器組み立て』を習得できる称号が必ず入手できることも載っていた。
それは蛇殻次に関する話題の中で最もホットなものであり、スキルを取りに行きたいと言うならば、彼女は生産職だろうとウィンは推測する。
「そうだよ。……つっても、あんま乗り気じゃないんだけどさ」
妹が肩を竦めながらウィンの推測を肯定する。
自分の推測が当たったことで、ウィンは小さくガッツポーズを作り、そして即座に微妙な表情となる。
生産職……生産職か……あの、生産職……。
ウィンが秒で顔を曇らせる『生産職』……それとして生きる道は、あるクエストを達成することで拓ける……が、開いたその道は一切楽なものではないし、派手でもない。
戦っていれば自ずとスキルが手に入る戦闘職と違い、生産職のスキルは閃きと試行回数が全て。
戦場から遠く離れた工房に籠りっきりとなり、幾星霜を経て、ようやっとひとつのスキル……例えば、武器を強化する際にその武器をより一層強化するための〝魔石〟をはめ込むためのスロットを増設できるようになるスキル、などの重要ながらも極めて地味なスキルを手に入れられる……らしいのだ。
らしい、というのはそのスキルもまだ日が浅いのもあってか誰も手に入れておらず、更に言えば武器にはめ込むらしい〝魔石〟すら発見されていない。
情報は全て公式ホームページに載っていることだけ……。
しかし、蛇殻次にて生産職用のスキルである『武器組み立て』を手に入れれば、生産職は己の絞り出す知恵によってとりあえずオリジナルの武器を生成できるようになる。
そして、既にそれを使ってアニメや漫画等の武器を再現して作っては、グロウクロコダイル相手に試し切りをしてロクな火力が出ずに笑いながら死ぬ動画がいくつか出回っている。
故に、いま生産職の間では蛇殻次とそこで手に入る『武器組み立て』の話題で持ち切りだ。
……まあ、といっても『武器組み立て』によって生み出された武器は総じて火力があらず、なんらかの使い道を誰かが見つけなければ現状あのスキルは死んでいるというのが結論だ。
だがしかし、こういうスキルに限ってきちんとした使い方が分かれば非常に強いのは世の常なので、今現在このオニキスアイズの中で『武器組み立て』の入手は全生産職の悲願となっている。
「普段は前に出てるんだけど、今回は兄貴が男らしく前に出たいって言うからさ、仕方なくね。……まっ、おにーちゃんってばそのわりにはザコいんですけどぉ~?」
「う、うるさいな……」
そして、そんな修羅の道を自分のために進むことを決めた生産職の妹に、誰のせいで殺されちゃったのかなあ~? 等と煽られつつ脇腹を肘で突かれた兄は不本意そうに唇を尖らせてそっぽを向く。
どうやら兄妹仲は睦まじいらしい……微笑ましいことだ。
声だけ聞くと完全に姉妹なのは問題だが。
「まあ、そういうことなら……別にいいですわよね? ウィン?」
「うん? んー……うーん……」
特に兄妹の提案に問題点を感じなかったカナリアは、ウィンは当然首を縦に振ると思いつつも一応確認だけの了承を求めたが……意外にも、ウィンはどうしたものか、といった様子で顎に手を当てていた。
「もしかしてPK可能エリアのこと心配してんの? 大丈夫よ、兄貴も私もザコだからさ」
その様子から、ウィンが渋っている理由を察したらしい妹がけらけらと笑いながら肩を竦める。
PK可能エリア―――オニキスアイズのオープンエリア内にいくつか点在する『他プレイヤーへの攻撃が自由となるエリア』の総称だ。
ウィンは自分達がPK可能エリアに入った瞬間に豹変して襲い掛かってくることを警戒しているのだろう、と妹は考えたらしい……そして、実際それは的中していた。
「でもさ、一回は無事に蛇殻次に辿り着けたんでしょ?」
基本的にオニキスアイズではダンジョン内を除く全エリアにおいて他プレイヤーへの攻撃はダメージが発生しないようになっているが、その縛りを取り払い、プレイヤーが他のプレイヤーへと攻撃を加えて殺害する行為……PKを行えるのが『PK可能エリア』。
そこには他者を地に伏せて成り上がることを夢見る、悪ぶりたい盛りなヤンチャ共が集い、通りがかった者へと攻撃を仕掛けて殺しては装備や所持品を奪い去っていく……という風になってはいるが、勿論そんなエリアには腕のあるプレイヤー以外赴かず、実際危険なのは悪ぶりたい盛りなヤンチャ共のほうだ。
考えてみて欲しい、カナリアのような奴が通りがかった時に、ヒャッハー! と襲い掛かった男の末路を。
そこらで道端に吐き捨てられたガムのように死んでいる男達と同じに決まっている。
だが、目の前のこのふたりはどうだろうか? 本人たち曰くザコらしいので、ヒャッハーされてしまうように思うのだが……彼女たち、いや、彼と彼女は一度は蛇殻次へと辿り着き、それでいて死に戻ったのだと言っている。
ならば、それは矛盾しているのではないか? ウィンは鋭い(と自分なりに思った)指摘をしてみる―――。
「まあ、僕達襲っても……なあ?」
「ねえ? ってか、道案内してくれたしね。完全に慣れてたよねアレ」
―――が、矛盾してなかった。
大した装備もしていない、目に見えて初心者同然な兄妹はPKプレイヤー達の獲物にすらならなかったらしい……どころか、道案内までされたという。
……まあ、蛇殻次で生産職が新たなスキルを手に入れられる、という話題は既に広まっているのだし、PKプレイヤー達からすればこのふたりのようなプレイヤーが歩いて来ても『あー、またはした金とゴミみたいな装備ひっさげたDEXだけ無駄に高いザコが通ってるわー、迷われてうろつかれても邪魔だし道教えとこ……』ぐらいなものなのだろう……。
……悪とは正義があってこそ初めて成り立つ。
刃を向ける先に抵抗する力すらないのならば、そこに刃を向けるのは最早悪ではなく、それを越したもの……外道であり、PKプレイヤー達はそこまでにはなりたくないと思うものが大半だ。
ちょっと悪ぶりたいお年頃なだけなのだ、彼らは。
たぶん現実では頼めばなんでもやってくれる優しい(あるいは都合のいい)者共だろうし。
「……と、いうことですし。良くてはなくって? 道も知ってるとのことですわよ?」
「まあ……そっかあ、そうだね、うん」
さり気無く、ネットの情報から蛇殻次のある程度の場所を割り出したという自分の功績が、道を知っているこのふたりの登場によって水泡に帰したことは少々気掛かりだが……なんにせよ、ウィンはこのふたりが裏切ろうがなんだろうが、カナリアが虐殺して終わりだということに気付いてしまった。
であれば、自分が警戒しようがしまいが関係ない。
それに、このふたりからは別段なんの恐怖も感じない。
現に、やった! なんて言いながらハイタッチしているこの姉妹……兄妹からは悪意が一切感じられないのだ、このハイラントを滅亡させたカナリアと違って。
……いや、悪意が一切感じられないのはカナリアも同じだし、むしろそうだからカナリアは厄介なのだが。
「それじゃ、自己紹介ね。私はハイドラ」
同行する方針で話がまとまったところで、妹の方が(背丈に見合わず不自然なまでに)豊かな胸へと手を置いて快活そうな気持ちのいい笑顔と共に名乗る。
その容姿に似合わず凶暴そうな名前だし、なんとも生産職っぽさがないのは若干気になるが、それ以上に気になるのは兄のほうの名前だ……。
まあ、どうにも男っぽさをアピールしたいらしいので、無難に『レックス』とか『ウルフ』とか『レオン』とか、そんな感じだろうか? あるいは思い切って『ギルガメッシュ』とか、『スパルタクス』とか……?
「僕はダンゴっていいます!」
「いやもうちょっとなんかありますわよね」
「ごめん兄貴ってネーミングセンスがマジで最ッ高サイアクにザコなの、許してあげて」
全然男っぽくなかった、……ダンゴ? ダンゴ、とは……。
団子……いや、確かに、まあ、男? かもしれないが、男……というよりは、枯れた老人がペットにでも付ける名前だろう、それは……せめてゴを抜いてダンとかなら男っぽいのに……なぜ、ダンゴ……。
カナリアは思わず目を見開いて小首を傾げ一切流暢のない悍ましい声でツッコミを入れ、こんな名前を自信満々に名乗った兄を見てハイドラはなぜか自分の方が恥ずかしくなって顔を手で覆ってしまう。
「……ひどくないですか?」
「まあ、確かにね、あはは……」
そんなカナリアとハイドラを指差しながら片頬を膨らませたダンゴに同意を求められ、ウィンは視線を逸らしながら同意しておく……。
同意しておくが……、その同意先がどちらなのかは微妙なところだった。
カナリアとハイドラの反応も酷いとは思うが、ダンゴのネーミングセンスが最ッ高サイアクにザコなのは事実だ……本当に、ひどい。
それになんだ、その女の子みたいな膨れっ面は……ともウィンは思ったが黙っておく。
「まあ、いいですけれど……わたくしはカナリア。そしてこっちが……」
「ウィンだよ。よっろしくぅ~」
ここまでダンゴという名前が似合わないクールワイルドな顔もそうそうないだろうな、と思いながらカナリアとウィンは自己紹介をする。
……若干かわいそうになってきた、ダンゴという……アバターが。
名前もそうだし、中身の彼には悪いが……声が絶望的に合ってない。
生理的に受け付ける範疇から外れていると言わざるを得ない……その声でその顔は無理がある。
「鳥さんに、風さん……、花より団子とも言いますし、団子は満月状の形をした菓子……つまり、我々は花鳥風月というわけですね!」
「は? ごめん兄貴、急になにそのクソポエム? 恥ずかしくて死にそうだからマジで黙って……しかもそこに私いないし……いやいなくていいけど……」
本当にかわいそうだ、ダンゴというアバター。
こんなにも酷いセリフを吐かされて彼はどんな気持ちなのだろうか。
勝手に、謎過ぎる挙句に花と月に無理矢理感しかあらず、本人がそう言うようにハイドラが含まれていない花鳥風月に突如組み込まれたカナリアとウィンは思わず真顔となり、心の中で涙した。
いや、本当に、マジでかわいそう……ダンゴっていうアバター……。
この様な辱めを受けるぐらいならば死んだほうがマシなのでは? そして、是非とも彼には妹そっくりなアバターを与えてあげて欲しい。
こんな酷い台詞でも、顔が可愛らしい少女なら多少は許されるのだから……。
だが世の中、キャラメイクが失敗したからといって簡単に作り直せるほど甘くはない。
多くのVRMMOがそうであるように、このオニキスアイズでもキャラクター作成に必要なシリアルコード1本に対してキャラクターは一人しか生成できず、キャラクターデリートもすることはできない……一度生み出された命はボタンひとつでは消せない。
もしも新たな顔が欲しければ下手に旅行より金が掛かるあのシリアルコードをもう一本買わなければならないのだ。
故に、恐らくダンゴは一生このままだろう……かわいそうに……。




