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013-ダンジョンにて、後輩と その1

 RPG、ロール・プレイング・ゲームとはどういうゲームであるか?

 単純に表してしまえば、こうだろう。


 『強敵を倒し、経験値やアイテムを手に入れて強くなり、更なる強敵を倒すゲーム』。


 だとすれば、強敵を討てば討つだけプレイヤーは強力になって然るべきであり。

 ウィンの目の前で戦う少女、カナリアは強敵との遭遇には事欠かないプレイヤーであった。

 ならば。


「いや全然違うゲームやってんだけど」


 ウィンがそう思わず呟いてしまう戦いぶりをカナリアが見せるのも仕方がないことなのかもしれない。

 駆け寄るゴブリンに対し、一切の構えなどを見せずに右手のダスクボウによる射撃を行って殺し、射線を潜った者へは愚直な肉削ぎ鋸の一撃を与えて殺し、それすらも掻い潜ったゴブリンが自らに粗悪な武器を叩きつけようとも展開した障壁によって攻撃を無効化し怯むどころか瞬きすらしない。

 ただただ作業的に死を周囲に齎しながらひたすらに前進し続ける……その姿は最早人の形を成した死そのものである。


「へ? なにか言いまして?」


 呟いたウィンの言葉に対し、カナリアが振り返りながら飛び掛かってきたゴブリンの首を肉削ぎ鋸で刎ねる。

 どうやら以前装備していた陽食いより遥かに高い攻撃力を誇る肉削ぎ鋸は無事武器としてカナリアに認められたらしい。


「えへへ、なんでもなーい……あはは……」


 呼吸するような手軽さでゴブリンをまた一匹処したカナリアへと、思わず苦笑いを浮かべ手を振るウィン。

 ……自分、レプス、ナルアの三人のパーティーであれだけ苦戦した相手であるゴブリンたちが、たった一人のプレイヤーによって蹂躙されている―――その事実に少なからず気落ちするウィンだったが、彼女は同時にこれは好機とも捉えた。

 カナリアは確かに自分の遥か先を突き進んでいるように思える……だが、幸運なことにそのカナリアは自分の前の障害を切り裂いてくれる存在だ。

 ならば、自分は彼女の切り開く道を全力で走って追いつけば良いのだから。

 ……追いつく先がカナリアだということを考えてないポジティブさが吉と出るか凶と出るかの問題はあるが、ウィンはそこについては故意的に考えないことにしたので実質問題はない。


「にしても数ばかりで質がない相手ですわねえ」


 頭上から飛び掛かってきたゴブリンの攻撃を展開した障壁で無効化し、そちらを軽く一瞥だけしてダスクボウを撃ちこんだカナリアが嘲笑交じりのため息を漏らす。

 いや、そんなことはないでしょ……とウィンは心の中だけで呟く。

 いまの不意打ちだって通常ならば一度目は(余程勘が鋭くなければ)回避できないし、そもそも回避したとして、態勢を立て直す前に再び飛び掛かられて殺されるのがオチだし、実際にウィンはそうであった。

 即死攻撃以外を無に帰す、1か0かだけの超極端なゲームをやっているカナリアが異常なだけなのだ。


「あら?」


 恐らくはゴブリンたちが自らの住処として掘り進めたのであろう坑道……橙色の奇妙な水晶が散見されるその洞窟の、ありとあらゆる場所から挑戦者へと休む暇を与えないようにと現れ続けるゴブリン達を処し続けるカナリアがふとその足を止めた。


「あー、もうここかあ……勝てなかったんだよねぇ、あの大きいゴブリン……」


 急に止まったカナリアの肩越しに彼女が見たものを覗き込んだウィンが、その理由を察して溜め息交じりに呟く。

 ふたりの視線の先にあるのは、金砕棒をその手に持ち仁王立ちでプレイヤーを待つゴブリンだ。

 その体躯は非常に巨大であり、大きくてもカナリアの腰ほどしかない他のゴブリンと比べ3倍近くはある。

 そのうえ、腕に至ってはカナリアとウィンの腰を足して丁度同じぐらいの太さなのではないかと錯覚させるほどに太い……。


「おぉお~、なかなか強そうですわね」

「アレ強いよ~、ウィンは昨日アレ倒せなくてやめたんだぁ」

「へえ! でしたら、わたくしも少々やる気を出させて頂きますわね!」


 分かりやすい強敵の登場に、少しばかり気分を高揚させながらカナリアが背負った大弓……殺爪弓を構える。

 それを見たウィンは、口でこそ『あの大ゴブリンは強敵だ』とは言ったが、なんとなく察している。

 たぶん耐えて1発なんだろうな、と。


「『夕獣(ゆうじゅう)の解放』!」


 気合十分なカナリアの掛け声に合わせ、『夕闇の供物』によってHP9800を代償に『獣性の解放』が発動し、カナリアのSTR値が突如として49も上昇、同時にHPが5%以下になったことによって殺爪弓と『称号:恐れぬ者』の効果が発動し、+150%のダメージボーナスとHP及びMP以外のステータスがカナリアのレベルの1/3に等しい数値だけ上昇する。


「あー……なんかやばそ……」


 ギュインギュインと謎の効果音を発しながらメキメキとHP以外皆無であったはずのステータスを伸ばしていくカナリアが身に纏う赤黒いオーラを見て、ウィンは思わず恐怖心を覚えて震える……彼女は間違いなく仲間だというのに。


「ヌゥウウウンッ! 破ァ!!」


 そして放たれる絶死の一撃。

 殺爪弓から放たれた大矢が仁王立ちする大ゴブリンの心臓を一撃で周囲の胸筋ごと丸々ぶち抜き、よろめき倒れることすら許さずに粒子化させる。

 どうやら1発を耐えるなど夢のまた夢であったようだ。


「なんだ、雑魚ですわね」

「うわあ、これはひどい」


 あれだけ苦戦していた大ゴブリンが秒殺……ウィンはいちいち落ち込むのも馬鹿らしくなって、思った感想を素直に口にしてしまう。

 確かに、これはひどい。


「『緩やかな回復』でHPだけ溜めておいて、と……さあ進みますわよ!」

「あ、はい」


 ウィンが死んだ目で自分を見ていることに気付かないカナリアが右手を突き上げて再び歩み出す。

 そんな彼女の背を追いつつウィンは密かに心の中で突っ込む。


 『先輩、HPを増やすのは溜めるっていうんじゃなくて、回復するっていうんだよ』と……。


「あら?」

「お?」


 再び歩く『死』と化したカナリアの背を追い続けていたウィンだったが、ふたりはふたつの扉を前にしてその足を止めていた。

 片方は、ボス戦へと続くであろう扉……『大鰐の棲家』でそうだったように、この『小鬼道』の入り口にもあった黒い太陽が描かれた大扉である。

 その先には間違いなく、このゴブリン達を統治する存在……差し詰めゴブリンキングとでも呼ぶべき輩が待っているのであろう。

 だが、もう一方は正体不明の扉だ。

 基本的な形状は黒い太陽が描かれた扉と同じであり、その扉にも同じく太陽が描かれてはいるが、たった一つの違いとして、その太陽の中心に見開かれた目が描き加えられている……その目は、太陽よりも更に暗く、黒い……まるでオニキスのように。


「ね、ねえ。先輩、そっちの扉は……やめない? なんか、すっごいイヤな予感が……」


 どこまでも深く暗い、その真っ黒な目に意識を吸い込まれそうになりながらウィンはカナリアの手を引いた。

 ……ウィンのプレイスキルは決して非凡なものではない……しかし、それを補って有り余るほどの危機察知能力を持つ。

 だからこそ、ゴブリンの不意打ちを回避することが出来るし、この扉の先に〝なにか恐ろしいもの〟が待っているのだと予感出来る。

 そして、見事その予感は当たっている。


「え、もう開けちゃいましたわ」


 しかし、残念ながら一緒にパーティーを組んでいるカナリアはウィンと真逆に危機察知能力は皆無……どころかマイナスに振り切れ、危険だと思われる方へと突っ込んでいく状態だ……その上考えるより早く手が出るタイプでもある。

 カナリアはウィンが自分の手を引く頃には既に扉へと手をかざして開け放っていた。


「なんでぇ!? パーティープレイなんだから、そこはウィンの意見をまず聞くべきっしょ!?」

「え!? こんな露骨に怪しい扉を前にして入らないという選択肢があったんですの!?」


 眉間に皺を寄せたウィンに対し、目をまん丸にしたカナリアが驚いて見せるが、勿論入らないという選択肢もある。

 いくら『オニキスアイズ』における死亡時のデメリットが所持金の一部消失だけとはいえ、せっかくボス部屋前まで来たのだから、とりあえずはボスを倒しに向かう選択肢は全然アリだ。

 わざわざ初回から危険そうな方へと進む必要はないし、実際、この場に居たのがカナリアではなくレプスであれば『こちらは嫌な予感がするからやめておこう』と言い出し、問答無用でボス部屋の扉を開け放つのだから。

 ……そう、レプスがこの場に居れば問答無用でボス部屋の扉を開け放つ。

 であれば、この禍々しい扉を開け放てるのはレプスを殺害した恐るべきプレイヤーだけである。

 だとすれば、確かにこの扉を開けない選択肢はないともいえるので、結果としてはカナリアの判断が正しくはある……が、そんなことをウィンは知る由もなく……開け放たれた先から吹き付けてくる薄ら寒い風に身震いをした。


「あー! なんかめちゃくちゃ良さげな雰囲気ですわね! 冒険を感じますわよ!」

「えええ、なんでこれを目の前にしてテンション上がるかなあ……」


 一方、その薄ら寒い風に冒険なるものを感じたらしい狂った感覚を持つカナリアが、軽い足取りで扉の先にある―――先程まで進んできた坑道とは打って変わって学院か病院を彷彿とさせる、なんらかの研究機関の廊下らしきものを進み始める。

 細長く、ずっとずっと続く薄暗い廊下……光源は先程の坑道に散見された橙色の水晶、それを加工して作ったらしきランタンや、照明などだ。

 明らかに先程までとは違う雰囲気、ウィンは即座にこのダンジョンがロクな場所ではないことを察する……坑道の奥に隠された研究機関がロクなものであるはずがないのだ。


「うぅ……普通に怖いんですけど……ひあっ!?」


 ひしひしと嫌な予感を覚えつつも……なにか見てしまったら嫌だが、見えないなにかに襲われるのはそれ以上に嫌なので、無警戒でずんずん突き進んでいくカナリアと対照的に周囲を忙しく警戒しながら進んでいったウィン―――そんな彼女は、通り過ぎようとした横の部屋に黒い影が蠢いているのに気付き、思わず悲鳴を上げてしまう。


「おっ、敵ですの!?」

「えー! なんで迷いなく入るのー!? 嘘じゃん嘘じゃん! 待って先輩待って待って待って!」


 そのウィンの声を聞いてカナリアが嬉々としてダスクボウと肉削ぎ鋸を構え、迷うことなくウィンの視線の先にある部屋へと突入してしまう……どうやら恐怖心を母親の腹かどこかに忘れてきたらしい。

 『勇敢』などという表現をとうに通り越して無鉄砲に近いカナリアの行動に泣きそうになりつつ、付いて行くのもイヤだが、それ以上に置いて行かれるのを恐れたウィンがその背を追って部屋に入る。

 薄暗くも橙色に照らされる部屋の中、その隅で蠢く黒い影。

 それは橙色の水晶と同じ色合いの橙色の光を放つ、液状の生命体……俗にいう〝スライム〟だった。

 とはいえ、その体は黒い外皮によって大半が包まれているし、頭頂部は外皮が網目状となっているせいで蓮の葉でも連想とさせ、集合体恐怖症を患う人間は直視に耐えない悍ましい外見だが。


「ぐ、グロいんだけどあのスライム……」

「死体になればどうせ全部グロいですわよ」


 侵入者であるカナリアとウィンを気に留めることもなく、部屋の隅で忙しく拡縮を繰り返すその生命体に対し、カナリアが迷いなく肉削ぎ鋸を振り下ろす。

 ……こちらに明確に敵意を向けているわけでもないのに、なぜそうも簡単に命を奪おうと思えるのだろうか……。


「あらっ? んにゃあ!?」


 だが、今回ばかりは少々不用心に過ぎたと言わざるを得ないか。

 スライムは振り下ろされたカナリアの一撃をその柔軟な肉体で容易に受け止め、お返しとばかりに俊敏な動きでカナリアへと飛び掛かり押し倒す。


「うわっ、うわうわ! 大丈夫先輩!?」

「~~~っ!」


 背丈は高くないとはいえ、大型犬ほどもあるスライムに覆いかぶさられては喋れるはずもなく……うぞうぞと蠢くスライムの下からカナリアのくぐもった抗議の声だけが響く。

 当然だが、その光景を見てウィンは現状を維持することが良くないと察し、未だ今日一度も使用していない己の得物……魔術師の杖を構える。


「『マジックランス』!」


 スキル名の宣言と共に、ウィンの構えた木製の杖から青白い魔術の槍が放たれた。

 それはナルアを象徴する魔術であり、カナリアがナルアの死体より剥ぎ取ったスキルノートを(流石に断る理由が見つからず、しぶしぶ)ウィンが受け取ったことによって習得した高火力な魔術スキルである。

 ややゆっくりと進むその槍は、カナリアに覆いかぶさっていたスライムを容易く撃ち抜いて一撃で粒子化させた―――どうやらこのスライムは物理攻撃にめっぽう強い一方で、属性攻撃には非常に弱いらしい。


「はあはあ……助かりましたわ、仲間っていいものですわね……」


 今日初めて危機に陥ったカナリアが息を整えながらウィンへと礼を述べる。

 障壁によってダメージ自体は受けてないようだが、どうにもカナリアもまたスライムへの有効打を持っていないらしい……もしも、このダンジョンへとカナリアがひとりで足を運んでいれば、永遠にあのスライムの下敷きになっていたかもしれない。 

 そして、このゲームにはHPが削り切られて死ぬ以外にも、酸素を失って死ぬ窒息死等も普通に存在しているので恐らくはそうなっていたことだろう。

次回更新は(何事も無ければ)18時からの1時間おきです。

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