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121-本当の戦いの始まり……ですにゃ

「連盟長、準備完了ですにゃ」


 第三回イベントに不参加であるプレイヤー達が集うハイラントの広場中央から少し離れた場所。

 そこには百数名にも及ぶプレイヤーが乱れなく整列しており―――その先頭に立つ、ファンタジー系の世界にありがちな猫耳猫尻尾の少女は、ステレオタイプな猫語尾を付けながら真面目腐った顔でひとりの男に向かって敬礼をしていた。

 ちなみにこのオニキスアイズという世界において獣人というものは全く一般的ではない。

 亜人という存在は大概がウィンやジゴボルトの変身後のような異形である。


「了解ですにゃ~」


 故に、希少生物極まりない古のカワイイ・ジャパンの体現者たる猫耳少女がビシッと敬礼をしたのに対し、連盟長と呼ばれた男―――言わずもがな、全身鎧に身を包む闇のプレイヤー……リヴが猫なで声で猫語尾と共にヘナヘナした敬礼を少女へと返す。

 瞬間、少女は腹の底から怒りが沸き起こるのを感じ、全力で目の前の男を引き裂いてやりたくなったが……耐える。

 少女はこの『フィードバック』という連盟に所属している間だけは、あの鬱陶しい父親の拘束から逃れられることができ、そしてそれは(自分、または目の前の男の)身を引き裂くような怒りを飲み込んででも手放したくなかったのだ。


「シヴァにゃん隊長、やっぱ可愛いよなぁ~」

「彼女のような少女を、古き言葉でこう表現するらしい……シヴァにゃん萌え~」

「お前古代語使えるとか学があるな……どれ、俺も使おう……シヴァにゃん萌え~」


 耐えてはいるが、その怒りに反応して彼女の尻尾はおっ立ち、膨れ上がり……それを後ろから眺めていた部下達がニヤニヤとした笑みを浮かべながら『シヴァにゃん萌え~』と口々に呟く。

 残念ながら無駄に高性能な猫耳によって彼らの言葉をシヴァにゃんことシヴァは拾っており、そちらにも極めて強い怒りを覚える。


(……バカ親父が消えたらこいつら全員殺すッ……!)


 ……そう、なにもシヴァという少女は好き好んで語尾に『にゃ』など付けて、性的に消費されようとしているわけではないし、心の底から猫を愛するあまり自らも猫になってしまった(と思い込んでいる)わけでもない。

 全ては彼女が身に付ける指輪―――『猫の指輪』という、呪われた装備が原因で……この指輪は装着者の脚部を著しく強化し、小さな音も拾う高性能な猫耳を装着者に与える代わり、触られるとふにゃあん♡となってしまう弱点部位『猫尻尾』を生やし、語尾に『にゃ』と付けるのを忘れた瞬間に頭部が内側から弾けて即死する呪いを付与するのだ。

 こんな呪いさえなければ、シヴァは間違っても語尾に『にゃ』など付けはしない―――そもそも、シヴァは犬派であり、その名前も『柴犬』から取ったものであるし。


「うし、んじゃそろそろ行くぞてめぇら。スレッド・ワーカーが『昔話』を終えたら、カナリアとの決戦だ」


 今すぐ全てを破壊したい衝動に襲われながらも、なんとかそれを抑え込むシヴァを見たからか、それともシヴァが一度も見たことない『フィードバック真の連盟長』こと……『スレッド・ワーカー』なる人物から連絡が来たからか……リヴがパンパンと手を叩いて『シヴァにゃん萌え~』以外の言葉を忘れた仲間達の気を引き締めさせる……。


「……ったく、屈辱だわ! この私が、こんなスマートじゃないキモいオッサン共と一緒に戦わなくちゃならないなんて……!」

「疑問、なのだけれど。イーリ、だったら参加しなければいいと思うわ?」

「それはダメ! あんな酷いことされたんだから、やり返さなきゃ気が済まないでしょ!」

「別に、なのだけれど。イーリ、フレイジィがたかがゲームにそこまで本気になる理由が分からないわ?」


 ……が、リヴのアクション一つでしん、と静かになった他のメンバーと違い、一切空気を読まずにぐちゃぐちゃと喋っている少女達がふたりほどおり、この場の全員の視線がそこへと集中した。

 そのふたりの少女は―――先程カナリアとウィンに手酷い殺され方をされた二人組、鎖で雁字搦めにされたウエディングドレスの少女……フレイジィと、モルフォ蝶のような色合いのゴシックドレスの少女……イーリだ。


「あー、もしもしキュートガールズ? 一応マジな作戦だから私語は謹んでな」

「はあ!? なんで……いや。うぅ……分かった、わよ」

「不満、なのだけれど。イーリ、怒られる道理がないわ?」


 放っておけば延々喋り続けそうなふたりに対し、面倒くさそうにリヴが声を掛ければ―――少々の反発は見せども、少女達は静かになり……そして、周囲の男衆が『おぉ……』と静かな感嘆の声をあげた。


「す、凄い……あのフレイジィとイーリがリヴの言うことを聞いておるぞ……!」

「狂犬少女をああも手懐けるとは……流石はわからせおじさん連盟長リヴ様や……!」

「……いいや、リヴだけの手柄じゃあねえ……あの二人がリヴの言うことを聞いちまうようになるぐらいにゃ、カナリアがヤベェんだろうよ、きっと……!」


 そして僅かに小さく続く男達の言葉―――それを聞いてシヴァは『不公平だ』と思った。

 ……別に、明らかに自分を舐め腐っている男達がフレイジィとイーリには畏れにも似た感情を抱いていることが不公平だというわけではない……そこは自分の力量が彼女達に及ばないせいであるし。

 ただ、なぜ、このフレイジィという少女とイーリという少女は、強力な力を得たにも関わらずなんのデメリットも得ていないのか……自分は犬派にも関わらず猫語尾を強制され、性的に消費され続ける運命を背負わされたというのに。

 そこは凄まじく不公平だと思わざるを得ない。

 ちなみに実際不公平であり、そして特に理由はなかった。

 かわいそうに。


「……さて! 『戦争の試練』をカナリアさん率いる『クラシック・ブレイブス』が攻略したことで……お待たせしました! 全プレイヤーの皆様! ここから10分間、カナリアさん達はログアウトやエリアの移動が不可となり、あなた達には【戦争】の力を得たカナリアさん達に挑み、その力を簒奪する権利が与えられます! さあ、どうぞ! ゲートを潜り、挑みましょう! さあ! 挑みましょうよ!! ね!!」


 力を得た奴全員猫に呪われればいいのに、と死んだ目でシヴァが考える中……彼女達が集まっている広場に良く通る男の声が響く。

 それは、彼女たちの集まりから少し離れた所―――広場の中央で、イベントの実況(という名の残虐な映像に対するリアクションを取り続けるだけの仕事)をしていた男……青ざめた修道士『アルファド』こと声優の深夜の声だ。

 どうやら、この『黙示録の試練』というイベントの最大の見せ場こと、ゲーム内に五組しか存在しえない【騎士】の力を得たプレイヤーに、その力を欲する無数のプレイヤーが襲い掛かり……壮絶な非対称PvPが繰り広げられるという、なんとも盛り上がりそうな展開がそろそろ幕を開けるらしい―――。


「いやーーー、行く人いないでしょう。私でも行く気しませんもん。これならまだ学校の旧校舎の下に隠された防空壕の霊を祓う仕事行く方選びますよ」


 ―――いや幕を開けるわけがない……それは当然この場の全員の総意であり、それを霊能力者のツキムラ改めウル・ザーランドがパタパタと手を振りながら真顔で代弁する。

 これで相手がNPC100万人殺して笑顔だったカナリアというプレイヤーでなければ、かなりの人数が殺到しただろうが……。

 残念ながら【戦争】の力を得たのはNPC100万人殺して笑顔だったカナリアであり、自分達と同じだけの力しか持ってなかった頃ですら、あんなにも強く、恐ろしく、ついでに怪獣まで従えているのに……さらに強くなった彼女に対し、挑もうとするプレイヤーなど……いるわけがないのだから。

 尚、言うまでもないが深夜とてそんなことは重々承知している……しているが、台本を無視するわけにはいかなかった。

 この業界から干されようが、霊能力者として食っていけるツキムラと違い、深夜はこの世界で食っていくしかないのだ……。


「もぉ~、ダメですよウル・ザーランドさん! そんなこと言ったら! ホントに誰も行かなかったらどうするんですか~?」


 盛り上がる展開のはずなのに、完全に沈黙した会場をぐるりと見渡して、ウル・ザーランドさんがそんなこと言うから~、とでも言いたげな雰囲気で、カナリアが殺害したNPCで最も有名な女性『シヌレーン』こと声優の駒城が(ウル・ザーランドを真似してか)ぱたぱたと手を振る。

 当然ながら会場には『いやその霊媒師がなんと言おうが、むしろなにも言わなかろうが俺達はわざわざ霊になるつもりはねえ』と無言で誰もが告げる空気が漂う。


「……えーっ! 誰か行ってくださいよぉ! 私、みなさんがカナリアさんに酷い殺され方して、どんな顔するのかラーニングしたいですよぅ!」


 最大級に盛り上がるところで最大級に盛り下がっている会場に対し、最初に不満げな声を漏らしたのはAiIの愛々だ。

 いくらこの場の男性比率が高く、現在人気急上昇中アイドルが不満げな声を漏らして眉を八の字にしたとはいえ……彼女があいつに突っ込んで死んでくれと指差す相手はNPC100万人殺して笑顔だった挙句、なんかゲーム内で5組しか得ることの出来ない力を手に入れた上、ペットとして熱線吐く恐竜侍らせている女だ。

 普通に考えれば誰もその声には心動かされるはずがない―――のだが、そこは流石の現在人気急上昇中アイドル。

 たかだか小娘一人(しかも有機物に見せかけた無機物)の声に対し、仮にもアイドルなのにさらっと『酷い殺され方』とか口にしないで欲しい……でもあいあいが俺の死に顔ラーニングしてくれるのなら殺されてもいいかも……だなんて内容のどよめきが会場に広がり始め、思わず深夜は引いた。

 命が安い世界での人間……怖い!


「ククク……いいぜ、お嬢さん。俺達が行ってやるよぉ……なあ?」


 ……とはいえ、やはりそれでもカナリアは十二分に恐ろしく……お、俺行こうかな? え、お前行くの? じゃあ俺はいいや……といった感じで醜い譲り合いが発生し始めた頃、闇の右手を高く突き上げた闇の男……リヴが高らかに闇の宣言する。

 これより我々は、あのカナリアに挑戦する。と。


「ば、バカな……なんて献身的なアイナーなんだ……あの男達……」

「いや、違う! あいつらは……『フィードバック』だ! 現在最大規模の連盟……!」

「なんだって!? それじゃあ、あいあいに自分の死に顔をラーニングさせるという背徳的行為のためではなく、本気でカナリアに勝つために突っ込もうとしてるってワケか!? こいつぁクレイジーだぜ……」


 そのリヴの闇の宣言を聞いて、ざわざわっとにわかに騒がしくなるプレイヤー達……彼らの言葉を耳にして、ふっ、と短く笑ったリヴは心の中だけで思う。

 いや、アイドルに自分の死に顔覚えさせるためにカナリアに突っ込む方がよっぽどクレイジーだろ、と……。


「わぁーい! えへへっ、お兄さんたち。とーってもかっこいいよくて、好き、ですっ! らぶらぶ~」


 確実に闇側の人間のはずのリヴが引く程度には闇が深いファンを量産している、真なる闇の偶像マスト・ダークネス・アイドルこと愛々が手でハートマークを作ってリヴ達にとびっきりの笑顔と共に向けてみせる。

 瞬間、当然ながら会場の賑わいは更に大きくなった。


「なんということだ……あんな男どもがあいあいにらぶらぶされてしまったぞ……」

「最悪だよッッッ!!!! あいあいは生身の肉体を持たぬ汚れなきアイドルだから僕以外にはらぶらぶしないと思っていたのにッッッ!!!! かくなる上はあの男を殺すしかないねッッッ!!!!」

「落ち着け、わざわざ俺達が殺すことはない。どうせ奴らはカナリアに殺されて死ぬ……そしてその後、弱ったカナリアを俺達が倒せば……俺達は更にらぶらぶしてもらえる! 愛は取り戻せる!!」


 当然だが、その賑わいを構成する声の大半は愛々にらぶらぶされてしまったリヴ達『フィードバック』に対する恨みのものだ。

 ……あのアイドルまがい、なんてひでえことしやがる、とリヴは心の底から思ったし、声を大にして言ってやろうと思ったが……んーっ? と首を傾げながら笑顔を向けてくる愛々を見て……口を噤まざるを得なかった。

 大変可愛らしい笑顔をこちらに向けてはいるが……そのAIが笑顔の裏で一体なにを演算しているのか、まったく理解できなかったからだ。

 やだ、このAIもしかして人類に敵対するタイプ……? リヴは鉄兜の裏で泣きそうになる。


「ヘッ……、マ。どーでもいいか……。おい、いくぞ、てめぇら」


 とにもかくにも、ゲートの先で待っているらしい『スレッド・ワーカー』から送られてくる、自分達を急かすチャットの間隔がそろそろ凄まじく短くなってきているので、リヴ達は愛々の暗黒ファン達からの攻撃的な視線を受けながらゲートを潜る。

 すると、最初に目に飛び込んできたのは夕焼けに照らされる尖塔―――それこそ、先程まで『連盟長』リヴ、『副連盟長』ギンセ、『釘の花嫁』フレイジィ、『冥府蝶』イーリが戦っていた場所なのだろう、と……リヴに続いたシヴァは理解した。

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