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113-ツークツワンク、第十三層にて その2

「全て覚悟の上か。だったら見せてやる……貴様には少々勿体無いぐらいだがな!」


 珍しく真剣な様子で自分を睨みつける自分と同じ顔をしたリヴに、確かな強い意志をクリムメイスは感じ、ならば、と―――導鐘の大槌と怨喰の大盾をインベントリにしまい、代わりに一本の短刀とタリスマンを手にし、リヴへと素早く突撃していく。


「なにぃっ……!?」


 多めに振られたSTRを十全に生かす大槌と大盾の装備から一転し、普通であればDEXに多めに振った者が握るであろう〝短刀〟という武器種を手にして自分へと突っ込んでくるクリムメイスを見て、思わずリヴは驚愕の声を上げ―――そこからクリムメイスは、自分がインベントリに色々と隠し持っていることに彼が気付いていないことから、彼のスキルではインベントリの中の装備まではコピーできないのだと理解する。


「『招雷』、『流撃(りゅうげき)』!」


 急かつ極端なクリムメイスのバトルスタイルの変化に驚きつつも、リヴは素早く繰り出された一撃を怨喰の大盾で綺麗に受け止める―――本来であれば、短刀などという小型の武器で大盾に対し大きく振りかぶって攻撃を行ったクリムメイスには怯みが発生するのだが、使用したスキル『流撃』の効果で発生しない。

 つまりそれは本来大盾が持つ、短刀のような小型の武器に対する優位性が失われたということであり、リヴは思わず渋い顔をするが……ともかく、雷属性の乗った短刀の一撃を受け、怨喰の大盾は黄金の輝きを纏って雷属性に対するカット率を50%から100%へと上昇する。


「『夜帷(よとばり)』、『流撃』!」

「ぐっ……!」


 それにより、二撃目の攻撃は完全に防ぐことが可能……のはずだったが、クリムメイスは振り下ろす前に武器に魔法属性を付与する信術『夜帷』を使用。

 刃は紫色に輝き、雷属性の攻撃を受けたことによって魔法属性へのカット率を50%から0%へと落した怨喰の大盾ではダメージを防げず、リヴのHPが少しばかり削られる。

 ……そう、少しばかりだ。

 所詮は短刀による攻撃―――しかも、DEXに一切振っていないクリムメイスの握った短刀による攻撃だ、大したダメージが出ることはない。

 そんなことはクリムメイスとて理解しているはず……リヴはいまひとつクリムメイスの考えが読み切れず、ざわざわとした不快な焦りを感じる。


「『招雷』」

「……っ!」


 しかし、怨喰の大盾の魔法属性へのカット率が100%になり、雷属性へのカット率が0%になったのと合わせてクリムメイスは握る短刀へのエンチャントを再び雷属性へと戻したことに気付くと、リヴは怨喰の大盾を構えるのをやめて少し後ろに下がることでクリムメイスの攻撃を回避することにした。

 クリムメイスは盾の上から殴り続けることで自分の動きを鈍らせ、彼女達『クラシック・ブレイブス』が『悪夢の魔晶』にて得ている特殊効果の一つ……『出血』の効果を発動させようとしているのだと、そう気付いたからだ―――。


「……あぁ!?」


 ―――しかし、結果を言えばそう思わせることこそがクリムメイスの狙いだった。

 ガードを解いて後ろに下がった瞬間、待っていましたと言わんばかりに勢いよく飛び込んでくるクリムメイス……そして腹部に当たる固い金属の感触。

 直後、リヴの腹はなにかに貫かれ、痛みこそ感じないものの凄まじい異物感を覚える。

 そして口から大量の空気が吐き出され……リヴは一瞬の間に消え去った自分のHPを横目で見つつ膝から崩れ落ちた。


「おいおい……どこで見つけてきたんだよ、そんなオモチャ」


 クリムメイスが右手に装着した武器を―――自分を容易く一撃で仕留めた恐るべき武器を、素早くインベントリにしまうのを見上げながらリヴは震えた声で呟く。


「無論、作らせた。『火薬の設備』が実装された時点でな。……黒い鳥を討つならばコレだと、昔から相場が決まっているだろ?」


 既に粒子化が始まったリヴへとクリムメイスは自信に満ちた……口調こそ違えど、普段『クラシック・ブレイブス』で振り撒いているような笑みを浮かべてみせる。

 久しく見れなかったその笑みを見てリヴは微かな喜びと、大きな後悔を呆れた笑みの裏側に抱く。

 ……ここで負けてどうする、馬鹿野郎、と、心の中だけで呟きながら。


「だが、なあ、最後に教えてくれ。……どうしてこんなことをした? 話が違うだろう」


 複雑な内側を全て闇の笑みで隠すリヴへと心底不思議そうな様子でクリムメイスが問う。

 そう……彼女にとってリヴ達『フィードバック』が自分達とマッチングしたのは想定外だった。


 なにせ、自分は()()()()()()()()のだから。


 まったくもって理解出来ない、とでも言いたげな表情を浮かべるクリムメイス……その顔をリヴは見上げ―――。


「……ヘッ!! だーからテメェは友達ができねえんだよ! バーカ!」

「はあ!? なによそれっ!」


 ―――本当に面白くなさそうに、苛立ちを隠しもせずに吐き捨てて消えた。


「ったく……」


 ……リヴの言葉の真意は気になるところだが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 クリムメイスは普段通りの装備をインベントリから取り出して装備し、ついでに頬を軽く張って気合を入れる。


「……よし!」


 感覚を(リヴ)側の人間から(カナリア)側の人間へと戻し―――別にカナリアも光ではないな、とも思いつつ―――予想通りギンセを相手にして苦戦しているハイドラの元へと向かった。


「くそっ! なによコイツ……やりにくい!」


 駆け出したクリムメイスの視界の先、悪態づくハイドラに向けてなにか必殺の一撃を放とうとしているのだろう……背中側が銀色に染めあげられた灰色の鎧を身に纏った騎士、ギンセが得物である異様なまでに細い大剣を〝∞〟の字を右上から描くように振るって右下に構えてみせていた。

 まずい、と思うよりも先に―――それなりの期間、彼のあの〝技〟を受けてきた身として反射的にクリムメイスの体は動いていた。


「『雷・槍』ッ!」

「むッ……シッ!」


 態々ギンセの注意を引き付けるように大きめの声でその信術の名を叫び、導鐘の大槌より黄金に輝く槍を放つ。

 幾度となくカナリアの『八咫撃ち』やウィンの『クリスタル・ランス』と比較され、低火力であるとハイドラに笑われ続けたその槍がギンセを狙って突き進み―――直撃の寸前、その剣で切り払われ命中こそしなかったが―――彼が放とうとしていた必殺の一撃を阻止する。


「っ……クリムメイス……!」


 軽く肩で息をしながらハイドラは攻撃の主の名前を呼び……そして、忌々しそうに舌打ちをして顔を背ける。


「ちょっと、助けてあげたのに、なによその反応は?」

「……だって、こんなタイミングで助けられたら感謝しなきゃいけないじゃない。バカ」


 あまりにもあんまりなハイドラの反応に思わず不満そうに眉を顰めたクリムメイスだったが、それに対しハイドラは(こちらもまた)不機嫌そうに唇を尖らせる。

 どうやらハイドラは、クリムメイスが入れた横やりで状況が一旦リセットされたことを本当にありがたいと感じたらしく……そんな感情をクリムメイスに対し抱くのが、心底面白くなかったらしい。


「そんな捻くれた礼の言い方ができるのは、もう一種の才能ね……」


 兄とは違い、どこまで突き詰めても素直ではないハイドラの反応にクリムメイスは苦笑いを浮かべつつ。

 ようやっとまともに呼吸が出来る、といった様子で息を整える彼女を背に怨喰の大盾を構えて、静かに自分達の様子を窺っているギンセへと視線を戻す。


「……連盟長が落ちるまでに片付けられなかったか。うん、やはり……シルーナの再来と呼ばれるだけはあるようだ」


 自分を軽く睨むクリムメイスの顔を一瞥だけしてギンセは、異様なほど細い剣の柄を両手でしっかりと握りながらその切っ先をハイドラに向けて実に楽しそうにくつくつと喉の奥で笑ってみせた。


「ハア……、あんたもシルーナ、ね。……ホント終わってるわ、どいつもこいつもバカの一つ覚えみたいにシルーナ、シルーナって。たかが女の子一人にムキになっちゃって」


 一方、その笑みを向けられたハイドラはギンセの『シルーナの再来』という表現が―――というよりは、自分に誰かの影を重ねられるのが面白くなかったらしく、心底忌々しそうな表情で溜め息をひとつだけ吐き、続けてギンセを嘲るような笑みを浮かべながら肩を竦める。


「そう言うなよ若人。我々ぐらいの歳になると、これほどまでなにかに熱中できるのは貴重なんだ」

「それが自分の娘ぐらいの女の子っての、最ッ高サイアクに大人としてダメって分かんない?」

「フフフ……子供の君には分からんだろうが。我々大人はダメだダメだと言われるだけ殊更熱に浮かされるのだッ!」


 なんともダメな大人極まりない台詞を吐きながら駆け始めるギンセ、それに対しハイドラはボソッとマジでキモい、と呟きつつ手に持っていたウォン&キルをインベントリにしまい、今回のイベントでは未だ未使用だったひとつの武器を取り出す。

 そして、ハイドラの言葉が耳痛かったクリムメイスは気配を消し去りつつ導鐘の大槌と怨喰の大盾を構えてギンセに備えた。


「ハイドラ! もしかしたらもう分かってるかもしれないけど、ギンセの剣は―――」

「―――スキル一切無しなマジでただの剣術! でしょ、分かってるわよ!」


 声を張り上げるクリムメイスに対し、食い気味にハイドラが返す通り……このギンセというプレイヤーはほぼ全てのVRゲームに存在している〝スキル〟―――俗に『アクティブスキル』と呼ばれる、システムアシストによって自動的に身体が動いて相手を攻撃するスキル―――を一切扱わず、鍛え上げた自らの剣術のみで戦うプレイヤーだった。

 故に、その剣は他のプレイヤーが振るうそれよりも切れ味に劣る―――が、その代わりにギンセは全てのゲームで自らの経験を活かすことが可能であり、その剣に限界(レベルキャップ)は存在しない。


「ゼイッ!」


 駆け出したギンセが放つ上段に剣を構えたまま右に一回転しての回転斬り。

 ハイドラの前に出たクリムメイスが怨喰の大盾でそれを防ぐが、どうにもギンセの持つ剣は貧相にさえ見える外観に反し分類的には特大剣らしく、ギンセには大盾で防がれたことによる怯みは発生せず、むしろ受け止めたクリムメイスが半歩後ろに下がってしまう。


「肩、借りるわよ!」

「ちょっ……いきなり!?」


 そして、そのクリムメイスの肩を踏み台にハイドラが攻撃を終えたばかりのギンセへと向けて飛び掛かる。

 その手に握るのは仲間であるクリムメイスすら見たことが無い斧槍―――黒い刃に赤い柄の……刃部分に取り付けられた円形状のパーツが特徴的な斧槍だ。


「この武器出させたこと、後悔させてやるわ!」

「……若いッ! 武器を変えようと私と君の力量差は変わらんッ!」

「変わるわよ―――!」


 飛び込み際に縦に振り下ろされるハイドラの斧槍をギンセは素早く横に避け、お返しとばかりに横一閃。

 それは確実に胴を捉えた一撃―――だが、ハイドラは素早くしゃがみ込んでその一撃を回避し、立ち上がる勢いをそのまま乗せて斧槍を再び縦に振るう。


「―――これが一番慣れてんだから、私!」

「ムウッ!?」


 間違いなく最初の縦振りに対するギンセのアンサーを分かり切って用意していた決め打ちの回避からの素早すぎる二撃目、ギンセはなんとかギリギリで防御を挟み込んで直撃を避けるものの、そのHPを確かに減らす。

 そして、当然ながらそれで終わりではない。

 明らかに防御に不向きな剣でハイドラの攻撃を防御したことによって僅かな怯みを見せたギンセへとハイドラは斧槍を突き出さんとする―――それは腹部を狙った、防御の難しい点での攻撃。

 ……だが、それはギンセほどの猛者にとっては好機以外の何物であらず……その切っ先を右足で勢いよく踏み付け、反撃に転じる―――寸前で、ギンセはひとつの可能性に気付くと、ギリギリで思いとどまり右手側に剣を置いて防御姿勢を取る。


「ちィッ……」


 そのギンセの動きは傍からみれば極めて不自然なものだっただろう。

 ハイドラは腹を狙って突きを繰り出そうとしているにも関わらず、ギンセが防いだのは自らの右手側……しかし、突き出されんとしていたはずのハイドラの斧槍はいつの間にか引っ込められ、今にも振りぬかんと左上段に構えられていたのだからギンセの防御行動が正解だったのは火を見るよりも明らかだった。


「やはり……!」


 上段に構えた斧槍を静かに下ろして攻撃を中断したハイドラを見て、再びギンセは楽しそうに笑いながら自分の直感が的中していたこと、また、それによって副次的に証明されたあるひとつの〝真実〟に喜びを覚えて身を震わせた。

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― 新着の感想 ―
「ハイドラ! もしかしたらもう分かってるかもしれないけど、ギンセの剣は―――」 「―――スキル一切無しなマジでただの剣術! でしょ、分かってるわよ!」  声を張り上げるクリムメイスに対し、食い…
[良い点]  そうかなるほどなるほど私は誤解していたようだ。  私はてっきり彼が地位や名誉立場を求めてそれを行ったのだと思っていたが違っていたのだな。  ただ単に寂しかっただけとはほとほと呆れる理…
[一言] クリムが若螺旋流組の総長的なやつだったのかな?
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