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111-昇華し散華する華奢、第十層にて その3

「オラァアアア! 『ヘヴィエッジ』!」


 ジゴボルトが驚異の変態を見せる中、XXが右手に握った長大な剣を振り上げてアリシア・ブレイブハートへと斬りかかる。

 それはかつてパリィで返された時のような愚直な一撃。


「『パリィ』……っ!」


 当然ながらそれはアリシア・ブレイブハートの手で容易く『パリィ』され、大きく弾かれると同時に右腕は千切れ飛んだ……が、上手く攻撃を弾いたはずのアリシア・ブレイブハートの表情はどこか苦し気だ。

 ……その理由は間違いなく、XXの肩と、吹き飛ばされた右腕の断面から素早く伸びた細い触手が絡み付いて彼の右腕を再生させたのが原因だろう。


「そらァ!」

「くっ……!」


 再び人の形を取り戻そうとする右腕をXXが乱雑に振るい、それに対しアリシアはガードで応えた。

 ダリアステインで綺麗に防御したので物理的ダメージこそ発生しなかったが、自身のHPバーの横に表示されたゲージ……『侵蝕』という名の状態異常の進行度を表しているらしいゲージが再び増えたのを確認し、この膠着状態が自分にとって好ましくないものだと感じる。


「『ヘヴィエッジ』!」


 右腕が綺麗にくっついたことを確認したXXが、最早何度目かも分からない上段からの振り下ろしを放つ。

 それは相も変わらず隙を晒すことを一切躊躇わない愚直な一撃……普通のプレイヤーがこんな隙をアリシア・ブレイブハート相手に晒せば即死に至って終わりだろう。

 だが、ことXXにおいては、XXにおいてのみは話が違う。 

 『宿龍体(しゅくりゅうたい)』という称号を得た彼は、部位破壊をされた場合に即座にその部位を再生する肉体を持っており、尚且つ、通常ならば部位破壊ダメージが(『フェイタルエッジ』等の一部のスキルを用いない限り)通ることのない『致死部位』の判定が喪失している。

 故に、ありとあらゆる行為全てで部位破壊を行える―――否〝行ってしまう〟アリシア・ブレイブハートに対しては無敵に近い耐性を誇っているのだ。


「どうだ! お前を殺すために俺はここまで来たぞ!」


 人の形から繰り出される人ならざる剣撃と、それによって蓄積される謎の状態異常に顔を顰めるアリシア・ブレイブハートへとXXが叫ぶ。

 ここまで……というのは、この階層まで、という話ではなく、人の身を捨てた、という話だろう。


「……ふふっ、私のためにそこまでしてくれた男の人は、あなたが初めてです……」


 振り下ろされた刃をサイドステップで回避しつつ、最早狂気に近い色を見せるXXの目を見て、アリシア・ブレイブハートは窮地に陥っているにも関わらず恍惚とした表情を浮かべた。

 ……初めて出会った頃、自分に対し口で文句を言うことしか出来なかった少年が今、自分を殺すために、殺す為だけに! その身体を人外に堕とし、刃を向けてきている!

 そう考えるだけで、ぞくぞくとしたものがアリシア・ブレイブハートの背筋を駆け上がり。

 そして実感する、生を。


「……俺も初めてだよ、こんなにも……誰かを殺したいと思ったのはッ!」


 はぁ、と熱っぽい息を吐くアリシア・ブレイブハートを見て、XXは距離を詰めるべく駆け出す。

 ……少年は、いくらVRといえど、たかがゲームだと思っていた―――第一回イベントで母と父をアリシア・ブレイブハートに惨殺されるその瞬間までは。

 ……大好きな母の首が、尊敬する父の首が、笑みを浮かべた少女の手によって易々と刎ねられる光景を見るまでは。

 死が迫った瞬間こそ、生を最も実感する……アリシア・ブレイブハートが人から敵意を向けられ、殺意を振りかざされる瞬間に己の生を実感するように……そう、XXは両親の死を目にして、この世界に(リアル)を感じた。

 だからこそ、今のXXにとってこの世界は『遊戯(ゲーム)』ではない。

 この世界は母と父が死んだもう一つの『悪夢(リアル)』だ。

 そしてこの悪夢は、アリシア・ブレイブハートを討つまで覚めることがない。


「うふふふふっ! いいゲームですよね、このゲームは!」

「お前さえいなければッ! お前さえいなければ俺は! ただ幸せにゲームで遊べたんだッ!!」


 悪夢を生み出した根源である少女へと向かって、XXは幾度となく剣を振るう。

 上から下へ、右から左へ……アリシア・ブレイブハートの全ての攻撃が自らに害を成さないと分かったいま、なにも彼を止めるものはないのだから。


「『グラップル』、『フェイタルエッジ』!」

「カハ―――ッ!」


 そんな彼の首を、下から不意打ち気味に投げられたキトゥンゴアが刎ねる―――しかし、頭が捥げても彼の中に巣食う寄生生物()は宿主が死ぬことを許さない。

 即座にそれぞれの断面から黒く蠢く触手が飛び出して、断たれた首をひとつに戻す。


「効くかっ! 『ヘヴィエッジ』!」

「きゃあっ!」


 高所から元の位置に戻る視点に若干の不快感を覚えながらXXは大剣を振るい、流石に断頭した直後でも平然と動くとは思っていなかったらしいアリシア・ブレイブハートは、思わず雑なガードをしてしまう。

 ……それによってアリシア・ブレイブハートの象徴である武器……中盾が弾き飛ばされ、更に、勢いを殺しきれなかったのかアリシア・ブレイブハートは可愛らしい悲鳴と共に尻餅をついた。


「チェック・メイト」

「あ……」


 かつての自分であれば、間違いなくは見ることが出来なかったであろう……アリシア・ブレイブハートの追い詰められた姿。

 両手になにも持たず、呆然と自分を見上げる彼女の姿……。


 ―――勝った。


 XXは徐々に表情を恐怖に染め、目尻に涙を溜めはじめたアリシア・ブレイブハートの姿を見て……静かにそう感じた。


「キリカ先生をこうやって殺したんだろ……だったら、お前もそうやって殺されるべきだ……!」


 一瞬の高揚……後、次に湧き上がった感情は怒り。

 XXは倒れ込んだ彼女の腹の上に跨ると、大剣の柄と剣先を握ってアリシア・ブレイブハートの喉元へと押し当てんとする。

 それはさながら手製の即興ギロチンだ。


「やだっ……やめ……!」

「これで遊びは終わり(ゲームオーバー)だ……! 大人しく、死ね……!」

「う、うぅっ……う……!」


 己の首とギロチンの間にアリシア・ブレイブハートは自らの腕を挟み込んで抵抗し、いやいやと首を振る。

 ……その姿が、より一層XXの中の怒りを煮え滾らせ、刃を握る手に力を込めさせ―――。

 

「う……ふッ……ふふっ! ふふふふふっ! あはは……!」

「……っ!?」


 ―――また、その怒りがXXの目を曇らせた。


「『コールバック』、『パリィ』」

「な!?」


 不意に笑いだしたアリシア・ブレイブハートの手の中に先程投擲されたキトゥンゴアが淡い光と共に現れ、それによって放たれた『パリィ』でXXの両腕が吹き飛ばされる。


「ダメですよ、XXくん、女の子の涙なんか信じちゃ!」


 状況が理解出来ずに硬直する―――そんな中でも自動的に失われた両腕は再生されている―――XXの胸へと、アリシア・ブレイブハートは上半身を起こしながらキトゥンゴアをインベントリにしまって、代わりに装備したブラッキィマリスを突き立てる。

 それは綺麗にXXの心臓を貫いていており……ここにきて、初めてXXのHPバーが大きく削られた。


「なにいっ!?」


 戦いの中で、初めて自らのHPバーが減ったことに驚くXX……。

 アリシア・ブレイブハートは、先程までの仕返しとばかりに大きく目を見開いたXXの身体を地面に押し倒し、自らが彼に馬乗りになる。


「……たまに、心臓は脳から指令されなければ動かないし、心臓は替えが利くから一番重要な臓器は脳……だなんて言う人がいますけれど……私はそうは思いません。だって心臓が壊れてたら人は死にますから」


 心臓を貫き、床まで貫通させてXXを縫い付けたブラッキィマリスをぐりぐりとグラインドさせながら、アリシア・ブレイブハートが楽しそうに言う。

 実際、『最も重要な臓器は心臓』というアリシア・ブレイブハートが口にしたその言葉を裏付けるかの如く、XXのHPバーは見る見る減っていく上、両腕を再生させようとする龍の動きも鈍く、明らかに活力を失っていく。


「だから、これでも死なないなら、もうあなたは人間じゃないですし。そうならば、今の私では勝てません。……けれど、ふふっ、無理みたいですね……?」

「ちく、しょう……!」


 ゆっくりとゼロへと近付いていくXXのHPバーを見ながら、アリシア・ブレイブハートは倒れ込むようにして少年の体にしなだれかかる。


「でも、よく頑張りました。80点をあげましょう」

「っ……!」


 優しく微笑むアリシア・ブレイブハート、その距離は互いの息が交わるぐらい近くて……XXの頬をアリシア・ブレイブハートの栗色の髪が擽った。

 ふたりのその姿は、彼女が彼の心臓に刃を突き立ててなければ、愛し合う(少々歳の差が大きいが)恋人同士のようにも見えるだろう。


「これは私からのご褒美です」


 だが、いくら間近で見たアリシア・ブレイブハートが、美しく、儚げで……魅力的に見えたとしても、彼女は憎悪の対象だからと強く睨み付けるXX―――しかし彼は不意に、頬に柔らかく、少しばかり湿り気のあるなにかが触れるのを感じた。


「は……?」


 自分の頬になにが触れたのか……それは理解できるが、なぜそうなったのが理解出来なくて。

 XXは腹の上に跨り、少々気恥ずかしそうに自らの唇を撫でるアリシア・ブレイブハートを呆然と見つめてしまう。


「……ふふ、また遊びましょうね。XXくん」


 さながら一時の別れを惜しむ恋人のように、少々寂しそうに微笑むアリシア・ブレイブハート。

 その顔を目に焼き付けたのを最後にXXのHPは全損し……黒三華は全滅―――先程までは激しい戦闘音が響いていたフロアの中に一瞬で静寂が戻った。


「えっ、アリシアん……アンタなんでちゅーしたの?」

「…………確かに? ……? ……??」


 ふぅ、と満足げな息を吐くアリシア・ブレイブハートへと、合計六本の腕でキリカ、ルオナ、ホロビの三人を容易く葬ったジゴボルトが若干引き気味に聞くが、アリシア・ブレイブハートはアリシア・ブレイブハートで自分がなぜあんな行動に出たのか分かっていないらしく、心底不思議そうな表情で小首を傾げるばかりだ。


「あ、アリちゃん……? ちゅーしたのか……? 俺以外の奴と……?」


 自分がなにをしたのか、どうしてそうしたのかが一切分かっていない様子のアリシア・ブレイブハートを見ながら、ジゴボルトが「相当重症よこれ……」なんて呟いて六本の腕をフルに使って肩を竦めつつ溜め息を吐いていると、絶望的な表情を浮かべてブルブルと震えだした男がひとり……復活したサベージだ。

 どうやら復活直後にジゴボルトの発言を耳にしてしまったらしい。


「ええ、まあ……そう、みたいですね」

「そんなッ……! だ、ダメだ! 兄ちゃんはまだ許さないぞ! アリちゃんにはまだそういうの早すぎるっ!」


 本当になぜ自分はあんなことをしたんだろう? と未だ不思議そうにしているアリシア・ブレイブハートだったが、鬼気迫る表情で自分の肩を掴んでくるサベージの言葉を聞いて何かが癪に障ったらしく、むっ、と頬を膨らませてサベージを下から睨み上げる。


「私とて今年で18です。遅いことはあっても早すぎるなんてことはないでしょう」

「えっ、待って同い年なんだけど」


 そして、子供扱いするな、という子供しか言わない台詞を口にしてみせる。

 そんな台詞がなんとも似合う彼女は顔や背丈だけ見れば中学生で通る容姿であり、その彼女の口から18という数字が飛び出したことに心底驚いたサベージは同タイミングで復活していたスザクへと視線を向け―――当然ながらスザクは私に振るなと言わんばかりに額に手を当てて首を振る。


「ちなみに、アリちゃん何月生まれよ」

「九月ですが」

「俺十二月なんだけど、えっ、年上じゃん」


 もうせめて同い年は同い年でも数ヵ月の差で兄になるしかない―――やや理解に苦しむ結論に至ったサベージだったが、無事に完璧に自分の方が年下であったことで撃沈する。

 どうすんだよこれ、俺もうアリちゃんの兄貴になれねえぞ……等と真剣な表情で呟き始めるサベージ……そんな彼の姿を見て全員が深い溜め息を吐いた。

 いや、別に誰もお前に兄になって欲しいとは言っていない……。


「いやいや待て待て、スザク……。お前は流石に俺より下だよな?」


 そんなサベージが不意に、この手の話には絶対に加わるまいと遠くから見ていたスザクへと話を振り……当然ながら余裕で学校ひとつ分程度は彼よりも年上であるスザクはびくりと一瞬体を跳ねさせ、硬直し、無言で視線を逸らす。


「……え!? 待てよ! お前年上かよ! 嘘だろ! 絶対年下だと思ってたわ! えぇ!?」

「う……」


 どれだけサベージが察しが悪い男だとしても、そこまで露骨な反応をされればスザクが自分よりも年上であることぐらいは分かり、そして信じられない! といった様子で口元を手で覆う。

 凄まじいほどサベージの言葉は無神経なものだったが、そろそろ自分の年齢が気になってきた頃合いであり、そしてリアルに限りなく近い(髪色と目の色しか変えただけの)アバターでプレイしているスザクは、サベージの言葉を咄嗟に無下にすることが出来ず、思わず赤面して俯いてしまった。


「やだなに、年齢カミングアウトの流れ? ねェねェサベージちゃん! アタシいくつに見える?」


 このまま放っておけばサベージは延々スザクに無神経なトークを掛け続けるだろうと、そう判断したジゴボルトが両手で自分の頬を指差して(腕六本の状態で)可愛い子ぶってみる。

 ……いくつに見えるもなにも、そもそも全身鎧ではないか、とスザクは静かに思うが……あくまで彼女はサベージの気を自分から逸らすためにやってくれたのだとは理解しているので、黙っておく。


「34ぐらいだろ! ジゴッサン!」

「おうそのオッサンみたいな響きのあだ名やめろやぶっ殺すわよクソガキ」


 一方でまさか自分の気を逸らすためにジゴボルトが話に加わってきたとはつゆほども思わないサベージは、気持ちの良い笑顔を浮かべつつ感心すら覚えそうなほど無神経な言葉を返し、当然ながらジゴボルトは可愛い子ぶりっこなポーズを止めて指の骨をバキバキと鳴らし始めてサベージへとにじり寄っていく。


「スザク」

「あ、は、はい。なんでしょうか、連盟長」


 久々にキレちまったらしいジゴボルトに六本の腕で掴みかかられ絶叫するサベージを何となくスザクが見ていると、不意にアリシア・ブレイブハートが彼女の服の袖を引っ張る。


「女、というものは。どんな時、男にキスをしたくなるのでしょうか?」

「……なっ、なんでそんなことを私に聞くんですかぁっ!?」


 ……そういう仕草が子供っぽいんだよなあ、なんて考えていたスザクだったが、そんな子供っぽい仕草の似合うアリシア・ブレイブハートから放たれたのは親を一番困らせる類の子供の純粋な疑問の言葉であり、思わずスザクは声を上擦らせてしまった。


「なぜ、って……スザクであれば私と違い男性との交際経験もあるだろうと思ったからですが。……まさか無いのですか?」

「うぐっ……あ、ありません、けどっ……?」


 恐らく悪意は無い(アリシア・ブレイブハートにしては珍しく)のだろうが、かなり心に突き刺さる言葉を放たれて思わずスザクは年甲斐もなく唇を尖らせてしまう。


「まあ……なんていうか、その……す、『好き』って感情が抑えきれなくなったら……したくなるんじゃないですかっ?」


 が、18になった、という割には気質が幼すぎるアリシア・ブレイブハートに対し『自分には分からない』で話を終わらせてしまえば、この後彼女がどういう行動に出るか予想がつかないので、一般論的な観点からスザクはアリシア・ブレイブハートの疑問に答えておくことにした。

 ……あながち嘘ではないので『赤ちゃんはヒクイドリが運んでくる』よりはマシだろうと思いつつ。


「…………? 『好き』って、『殺したい』ってことなんですか?」


 そして、それが裏目に出たらしく、きょとんとした表情でアリシア・ブレイブハートが末恐ろしいことを口走ってしまう。

 どうしてそうなるんだ……、スザクがそう心の中でだけ呟き、頭を抱えたのは言うまでも無い……。

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