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BLUE-HEAVEN  作者: 月色六華
Behind the scenes
35/40

エルドン・リー

      挿絵(By みてみん)




迂闊うかつだったな、ライラー?」


 大陸から独立したポリス・セントラルシティ。その世界的な経済特区に社を構える『エルドン・バイオニクス』。巨大な研究施設を併設へいせつした本社高層ビルの最上階。そこに社の創立者であり、レプリカント研究の博士号をもつエルドン・リー社長のオフィスはあった。


「零号もだが、十四号まで逃亡するとはな」


 高い上背うわぜいとほりの深い顔つきは、東洋人とはいえ遺伝的に混血を繰り返した結果だろうか。その研究者らしからぬ精悍せいかんな雰囲気は、年齢を越えてアスリートのような鋭敏さを醸し出していた。


「これも零号の仕業かね?」


 その問いに社長秘書であり、研究補佐官でもある女性型レプリカント。深紅のフォーマル・スーツジャケットとタイトスカートに身を包むライラー・E-A7Originが答える。


「いいえ、それは考えづらいかと」

「そう考える理由は?」

「実験データ暗号通信ライン。そこに発見された零号から全実験体への送信遮断には成功しました」

「送信には? 完全・・にではないのかね?」

「はい。実験データ収集の為、実験体からの送信は遮断できません」

「では、それを傍受した零号の関与は否定できまい?」

「はい。ただ、発現期であった四十二号のケースを分析した結果、零号は何らかの手段で実験体の『パラログag53BH』つまり『BLUE-HEAVEN』の発現ときょう発現するシグナルを検知。それによって四十二号のメタモルフォーゼに合わせて逃亡し、そのピンポイントなタイミングで長崎に現れたと推測されます。もし、あらかじめ発現期を特定できるとするなら、それを迎える前に接触を図るはず」

「その根拠は?」

「現状、軍用レプリカントをベースとした高度AIである零号ならば、実験体の破壊は容易であり、またそれが今回の四十二号と接触した主な動機と考えられます」

「やはり、我々の計画を知られたのはまずかったな」

「はい。そして、少なくとも零号は、各実験体の居場所を特定することが可能なはず。にもかかわらず、四十二号をメタモルフォーゼまで放置した消極的行動から、少なくとも発現期を直前まで特定できないと予測するのが妥当かと。そして、その中で発現期ではない十四号だけを破壊、もしくは手引きする可能性は限りなく低いと考えられます」

「なるほど。で、その零号の消極的行動をどう見る?」

「それは……」


 そう言って、ライラーは伏し目がちに思考を巡らせた。


 一瞬ではあるが、そのマネキンのごとく動きを止める姿は、高度AIを搭載したレプリカントにみられる特徴の一つであった。

 それは有限の情報処理能力の中。常時最適解計算を放棄する枠内思考プログラム『ヒューリスティック・フレーム/AIデジタルハック解析』が、人間社会での経験則からなる推論などを優先する際に起こるレプリカント特有の生理現象であった。


 何事も無かったかのように我に返るライラー。彼女は耳元にかかる長い黒髪を掻き上げると、当然とも言いたげに続ける。


「不可解です」

「不可解とは?」

「彼女の消極的行動は、論理的に矛盾と言わざるを得ません。これでは、まるで実験体のメタモルフォーゼを待っていたようにすら見えます」

「零号がメタモルフォーゼを待っていた? 何故?」

「分かりません。データが不足しています」


 ライラーの言う通り、零号の行動はリーにとっても不可解ではあった。しかし、ライラーの推論もリーには合点のいくものではなかった。


「何にせよ、零号は四十二号と接触した。これ以上の失策は看過できんな」

「はい、零号が各実験体の居場所を知っていると仮定し、監視と警備体制の強化を命令致しました」

「それで、十四号の行方は?」

「いまだ手掛かりを発見できておりません」


 それを聞いて、リーが苛立ちを見せる。


――まるで迷子探しだな。が、相手が零号や十四号であれば、デジタルは当てにならんということか――


 再びリーは、ライラーを見据えると問い掛けた。


「その手の仕事は、我が社の人間よりも適した者に任せた方がいいだろう。アナログな手法だがな。リストから候補を……」

「では、ロザリオの『S/エス』氏はいかがでしょう?」


 『S/エス』。彼はセントラルシティの衛星都市であるロザリオシティ、そこで大手産業廃棄物処理工場を経営するユーラシア系の人間であった。しかし、それは表向きの話で、裏の顔はマフィアそのもと言っても過言ではない。『エルドン・バイオニクス』に限らず、その手の違法活動を一手に引き受け、裏社会でのし上がったやり手であった。


「面白い。いいだろう」






※本作品中で使用されている画像は、全て作者のオリジナル撮影写真です。また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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