Sham Children
「タクム! 元気だったか!?」
2083年8月27日。大学四年の長い夏休み。俺は墓参りの為に日本へと帰郷した。それは、毎年東京で行われていた高校のクラス会に初めて参加する口実でもあった。
日本を離れて暮らしているせいか、三年半しか経ってないのに妙に旧友たちが懐かしかった。皆、子供臭さが抜け、いつのまにか立派なお兄さんお姉さんだっだ。
会場に入ると、親友である神総太が、手を振って俺をかつての仲良し四人組に招き入れた。
「俺はオマエが居なくて寂し~よ!」
と大げさにソウタは言うが、しばしばSNSでやりとりしているので互いの近況は知っていた。
「ハイハイ、新しいハウスロイドが可愛くて忙しいんだよな」
そんなソウタに開口一番。相変わらず容赦ない反応を見せる女子二人組。
「「ウエ~! ソウタって、ドリ系(Android Holic/アンドロイド精神依存症)!?」」
「う、うるせーな! オマエラだってアイドルやアニキャラ相手に『○×△様ぁ~、愛してるぅ❤』とかやってただろ!」
「「ソレとコレとは、ねぇ~」」
口を揃えて意味深な笑みを浮かべる女子二人。ソウタが食い下がる。
「同じだろぉが?」
「「全然ちがう!!」」
あまりの即答と二重奏による全否定に若干怯んだソウタ。
「ど、どう違うってんだよ!?」
「「だって、ねぇ~」」
再び不気味な笑い顔を浮かべた女子。
「う、うっせーな! 『パディフィールド』は黙ってろ! く、悔しかったらオマエらも可愛くなってみろ!」
「「ダ~メだ、完全アナログハックされてるわ……」」
まるでお手上げとでも言いたげにハモった『パディフィールド』。
『パディフィールド/Paddy field/田んぼ』。それは、ナンシー千水の『水』。育田かほりの『田』。それを合わせると『水田』になる。
ゆるい天然キャラのハーフ女子ナンシー。素朴で頑固な眼鏡っ娘かほり。対照的な二人ではあったが固い友情で結ばれ、いつも行動を共にしていた。そして、気の合う二人は事あるごとにハモる事が多かった。それ故「あの二人のエリアに近づくと、何かにつけて倍で返される」そう当時から恐れていたソウタが名付けた二人の仇名だった。
それはともかく、確かに俺とソウタは小学校から高校まで一緒で、別々の大学に進んだ今は遠く離れ、お互い寂しいのは事実だった。
「そういや、タクムんちのハウスロイド、イヴちゃんだっけ?」
「えっ、ああ」
「まだ現役? けっこう長いよな?」
「ま、まあ……」
「いいかげん、替え時じゃないか? 俺がオススメなのはだな……」
意表を突かれた感じがした。この時、というか、この数年。俺は我が家に居る『イヴ』の存在を完全に忘れてた。長年一緒に生活してたと言うのにだ。
ソウタの言う通り。新しモノ好きの親父が最新モデルのハウスロイドを購入してきたのは、記憶が定かではないが確か小学生低学年の頃。
――あれから、何年経つだろうか――
ハウスロイドを交えた思い出ばなしに花を咲かせ、しばらく俺も一緒にはしゃいだ。そして、話題は当然のように、あの事件の話になった。
「タクム、あれ聞いたか?」
「アレって?」
一通り話疲れて『パディフィールド』から離れ、俺たちはテーブル席に座った。するとソウタが、辺りを少し気にしながら小声で話しを始めた。
「ほら、例の女子高生」
「ああ、あの猟奇殺人事件?」
それは俺達が高校三年の時。夏休み明けに始まった、いわゆる『女子高生首無し連続殺人事件』の話だった。
発見された被害者の女子高生は、全員が頭部を跡形もなく吹き飛ばされていた。しかも、あの年の長崎を皮切りに、毎年夏になると同様の事件が日本のどこかで起こった。そして、今年も俺が帰省する少し前。またも同じ手口で惨殺された一人の女子高生の遺体が郡山で発見された。
ソウタが耳打ちをする。
――でも、事実は違うらしいぞ――
俺も小声に合わせる。
――違うって、ナニが?――
――なに! ネット見てないの?――
――えっ、あ、アレだろ。最近、炎上して噂になってるBBSの書き込み――
すると、急にソウタの声のトーンが普通に戻った。
「なんだ、知ってた?」
「ナンだっけ? 書き出しが『人造物がどうたらこうたら』とかいうヤツだろ?
――今までの小声はナンだったんだ?」
「それそれ!」
「いや、詳しく中身は読んでナイんだけどサ。ナンカ、憶測が憶測を、だろ?」
「まあ、そうだ」
若干、小馬鹿にした顔をするソウタが、改めて得意げに話し始める。
「お前の為に要約するとだな。殺されてるのは確かに女子高生らしいんだが、いや、どうもその女子高生というのが……」
「いうのが?」
一瞬、間を置いたソウタの顔が真顔になった。
「『シャム』じゃないかって話になってる」
「シャムって、あの『シャム・チルドレン』?」
『Sham Children/シャム・チルドレン』。それは実現不可能と言われている人造人間だった。
これまで人間は、多種多様の必要性と人類の友人という建前で多くの『人の似姿』を造った。金属やプラスチック、その他の有機物や無機物を使って数多のロボットやアンドロイドを製造してきた。
そして、科学技術が進むにつれ、そのクオリティは生命の神秘にも近づく。それは十五年ほど前に発明された『Replication evolution function/複製進化機能』を持つ『AG細胞:Artificial gene early embryonic cell/人造遺伝子初期胚細胞』による製造革命だった。
レプリカント第五世代までは、人工的なアミノ酸やタンパク質からなる『人造遺伝子多能性幹細胞』の培養によって別々に骨格や臓器を造らざるを得ず、それらを組織生体工学や神経工学、ロボティクス技術による緻密な組み立て作業の末に一体のレプリカントを製造していた。
しかし、第六世代からは、新たに開発された『AG細胞』が生物と同様に分裂増殖進化し、成長する事によって簡単に一体のレプリカントを生み出せるようになった。
ただ、『AG細胞』も万能ではなく、人間と同じ機能を果たす大脳辺縁系に当たる部位を造りだすことは未だ不可能で、従来のレプリカント同様にナノマシンを活用した神経工学処理と人工知能搭載の必要があった。
また、『AG細胞』以上の研究。つまり『シャム・チルドレン』の開発は、人の電脳化・脳移植による義体化の可能性を示すものでもあったが――生命の尊厳を侵す――という人権派お決まりの批判から倫理的道徳的観点を踏まえ、また、それに反対する既存のレプリカント製造企業のロビー活動によって国連決議でも世界的に禁止された。
それ故、人同様の脳機能を持った完全培養からなる人造人間『シャム・チルドレン』は、永遠に実現不可能と言われているレプリカントだった。
眉唾なソウタの話に、俺はメディアに流れていたニュースを思い出した。
「でもアレって、警察発表だと被害者が未成年。尚且つ遺族の意向って事で情報を公開してないんだろ? もし仮に『シャム』だとして、オカシクないか?」
若干、逆切れ気味にソウタが返す。
「オカシイって、何が?」
「例えば、何で『シャム』が、レプリカントが高校に通えるんだよ?」
「ン? まあ、どっかの金持ちが内緒で、とか……」
俺も負けじと切り返す。
「そもそも『シャム』なら、殺人事件にはならないだろ?」
「まぁ、確かに。『愛玩保護法違反』、ってとこか。いや、あまりの精巧さに人間と区別がつかない、とか……」
それは完成すればの話だが、『シャム・チルドレン』とは、『人』という生物を細胞や遺伝子レベルで全て人工的なモノに置き換え、完璧にコピー生成した『人造人間』という定義であるからだ。
「ただなあ……」
俺は考え込むように食い下がった。
「ただ?」
「仮に『シャム』だとして、『マーカー遺伝子』は?」
「さすがローゼン・バイオ・サイエンス徳吉博士の御子息。詳しいねえ」
レプリカント第六世代。彼らには本物の人間と区別する為の『マーカー遺伝子』が組み込まれていた。それは彼らを生み出す『AG細胞』、そこに埋め込んだ設計図とも言える人工DNA。その高分子化合物の不安定な結合を補う役目を持つ人工のアミノ酸でもあった。
「だって、第六世代以降のレプリカントは、『AG細胞』から造られるんだろ? という事は」
「が、その『マーカー遺伝子』は見つかってないらしい」
「ない!? って……」
これは有名な話だが、その特殊なアミノ酸由来の『マーカー遺伝子』があって初めて『AG細胞』は完成された。つまり、そのアミノ酸を持たないということになると、本物の人間、もしくは第六世代のレプリカントを越えたモノという事になる。だが、そんな技術が完成した話は、親父からも聞いたことが無い。
多少、絶句気味の俺にソウタが続ける。
「更に、その殺された女子高生の遺体。引き取り手がいないらしい」
「家族は?」
「いいや、身元は全くの不明。しかも」
「まだあんのかよ?」
「いいから良く聞け。もし殺された女子高生が人間だと言うなら、何故、捜索願いが出ていない?」
「捜索願い?」
「オカシな話だ。身元不明と言ってもだ、遺体は制服を着た状態で発見されている。だから『女子高生』なわけだ」
「そんなの在校生データから……」
俺は言いかけたが口籠った。
「そう、首から上が無い。だから『女子高生首無し殺人事件』なわけだが、顔からの照合は無理だ」
「じゃ、或る日……」
「早まるな! 話は最後まで聞け!」
「……」
俺を窘めたソウタは、蕩蕩と語り始めた。
「普通ならオマエさんの言う通り、身元なんて一発で分かる筈だ。ところがだ。顔はおろか、行方不明者が存在しない。その被害者が在籍していた学校からも、保護者からも、在校生に卒業生も含めて、ひとつも捜索願いなるモノが出ていないらしい。
俺たちが高三の夏に始まって、毎年夏に一人ずつ。長崎、山梨、岐阜、京都、そして、今年の夏の郡山で五人目。だから『女子高生首無し連続殺人事件』なわけだが、その間ひとつもだ」
確かに不思議な話ではある。実際に死んだ者の肉体が存在しているのに、行方不明者すら存在していないのは。しかし、どうしても最初の疑問、根本的な疑問が俺には腑に落ちなかった。
「チョット待ってくれ。でも、そもそもナンで女子高生が『シャム』だなんて話になったんだ?」
「だから、例の書き込みだよ」
『女子高生首無し連続殺人事件』とタイトルされたBBS。そこに匿名で書き込まれたモノ。
――人造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。それは、人造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです――
話を振り出しに戻した俺に向かって、ソウタは話を続けた。
「本来、あの言葉は新約聖書に書かれている『ローマ人への手紙 第8章 19,20節』だ。『神』が造りだした『人間』が、『神』の救いを待ち望んでいるという内容だ。だが、言葉が違ってる」
「言葉が違ってる?」
「ああ、聖書では『被造物』だが、書き込みは『人造物』に変えられてる。『人間』を意味している『被造物』を『人造物』にだ」
多少、芝居がかったように天を仰ぐソウタ。
「つまり、『人造物』にしてみれば、自分たちを造りたもうた我々『人間』こそが『神』。アレは虚無に服した『人造物』の、服従させた方『人間』に救いを求める言葉。即ち、その『人造物』とは、人間によってコピー生成された人造人間『シャム・チルドレン』!」
「じゃ、アノ書き込みは、それを知ってる誰かが書いたっていうの?」
「おそらくな。更に、もうひとつとっておきの情報が……」
「まだあんのかよ!」
「あっ、いや……」
調子に乗っていたソウタではあったが、不意に俺から視線を逸らすと気まずそうな表情を浮かべた。
「なんだよ、もったいぶらないで続けろよ!」
「えっ、ああ……」
俄かに困り顔を見せるソウタ。若干、俺の様子を伺うように彼は続けた。
「当然、警察は『首無し女子校生』の制服から、その学校への聞き取り調査は行っている。警察も馬鹿じゃない。彼らが調べている内に、一つの共通点が炙り出された。と言っても、事情聴取された在校生・卒業生の書き込み情報からだ。
『ウチでも、転校生について聞かれた』
ってな」
「転校生……」
つぶやく俺をチラ見しながらソウタが続ける。
「その被害者と思われる『首無し女子高生』の学校。どれも事件の直前。急に転校している生徒がいるということなんだが……」
それを聞いた瞬間。思わず不快感を表すように俺は呟いた。
「バカバカしい。ネタだろ……」
ソウタが俺に気を使う。
「やっぱ、真希ちゃんの事、まだ気にしてんのか?」
「いや、べつに俺は……」
とは言ったものの。確かに、四年も前の恋と言うには初心すぎる純情を俺は未だに引きずっていた。そんな照れを誤魔化すようにワザと明るく振る舞って見せる俺。
「てか、なんでわざわざ俺に、こんなファンタジックな話を?」
「そりゃあ、オマエのお袋さん、警察関係だろ? 確か、役職もけっこう上だったよな? ナンか、聞いてない?」
「ナンかって…。そんなの知ってても、俺なんかに言う分けないだろ」
「守秘義務ってやつか。ま、それもそうだな」
俺の肩に腕を回し、大げさに笑うソウタ。
「ハ、ハ、ハ、ハ! (笑)」
呆れ果てる俺。
そんな俺たちを
「「お~い、ソコの君たち!! 男ふたりで、ナニいちゃこらしてんのよ!!」」
向こうで『パディフィールド』がキモがっている。
つづく
・2083年8月27日の満月は夜20:01
※本作品中で使用されている画像は、全て作者のオリジナル撮影写真です。また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




