護衛騎士との再会。
少し忘れていた人物。
楽しんでいただければ幸いです。
今日もいつも通りシェルベートが公務に行くのを見送り、自室へと戻る。
それは突然の再会だった。燃えるような赤髪が目の端に写り込んだ瞬間、エメラルドの瞳が見開かれる。
「ユキノ?」
どっしりとした騎士の服を着て近付くのは私が異世界にトリップしてからシェルベートに護衛騎士の任を預かっていたアランだ。
まるで友人のように接してくれるアランは言葉を飾らないので実に親しみやすい存在であった。
あった、というのはシェルベートのことがありアランとは疎遠になってしまったからである。
今ではシェルベートも丸くなったというか、私が大臣(男)達と公務の話をしても不機嫌になることもなくなったのだ。
「久しぶりだな、陛下とユキノの結婚式から何故か北部の地方に飛ばされてなー。やっと帰って来れたんだ」
ま、じ、で、申し訳ありませんでした。
私は自分が飛ばしたわけではないが原因は言わずもがな私であることに罪悪感が隠しきれない。
「少し見ない間に…」
申し訳のなさに小さくなっていると、凝視してくるアランの呟く声が聞こえた。
「何よ、老けたとでも言いたいの?」
私が腕組みをして顔を背けると、アランは目を優しく細めてその大きな手で私の頭を撫でる。
「違う、美しくなったな」
優しい声音と予想外のナチュラル返事に、ボンッと顔から湯気が飛び出したのは言うまでもない。
こっ…んの!天然ホスト騎士がぁあああ!!!
昔から顔だけは良くて気さくでお兄ちゃん肌のアランにそんなことを言われたら、本気と思ってしまうだろうが!これを何人の罪なき乙女に浴びせたんだ!そこに直れっ!
私の思いとは裏腹にお口はパクパクしてしまい声を発することが出来ない。
人差し指でアランを差して必死に訴えては見るものの、アランは私が伸ばしている腕ごと手繰り寄せて唇にキスした。
「ちょっ…」
突然のキスに驚き、勢い良くアランの頬を引っ叩いた瞬間に全てを思い出す。
アランは動じず、引っ叩いたその手まで掴むと乾いた笑いとともに私の指先に唇を寄せた。
「……はは。俺は離れて漸く分かったんだよ、自分が誰に焦がれているのか、なあ?ユキノ」
アランの赤髪が朝日に照らされて美しく靡き、エメラルドの瞳が影を帯びた。
初めて見たはずの表情なのに、私はこれを何度も見ている。
アランは攻略対象者だ!
強く守ってくれる護衛騎士のアランはTrip Vampire loversの人気トップ2を収めていた。
人気の理由は何も顔と職業と性格だけではない。ルートに入ると今までのヤンデレとは一癖も二癖も違う、自分に依存させるように仕向けるヤンデレちゃんなのだ。
優しかったお兄ちゃん肌のアランが、ゾクッとする表情を見せてきたり寸止めをしたりと、暴力1:デレ7:ギャップ2と言った割合で依存させられる。
たまに見せるヤンデレの表情がイイのだと、当時のファン達は歩くATMと化した。
優しいボイスから始まりヤンデレボイスになるという幻のドラマCDが当たる応募ハガキが欲しいがために全国の書店、ネットでは大人買いをし流血沙汰にまでなる始末だった。私もそれに参戦していたのだが、怖すぎて2冊しか買えなかったことが記憶に残っている。もちろん、保存用は除いて。
それに、ルートに入ってからの攻略がとても難しいのだ。
気まぐれらしく、答えがランダムに変わるらしい。私も泣きを見た。
他のキャラ達はヤンデレの少しのデレにキュンキュンするが、アランは違う。ヤンデレのヤンの部分見たさで時間と金を湯水のように使うのである。
さて、そんなルートに入ってしまった私はどうすればいいのか。面食いの私はアランの手の上で簡単に転がされてしまうというのは自負している。だからこそ、ライトな関係でいたい。
「……戻ってきたっていうことは、また護衛騎士に付いてくれるの?」
安全ルートで行こう。刺激をしないように、普段のように接しよう。
「ああ、お前のことはまた俺が守ってやるよ。」
真摯な瞳にきゅんっ……って馬鹿野郎!!!!なに絆されてるんだ!相手はやり手のヤンデレだぞ!目を覚ませ私!!!
自分で自分の頬を叩くことにより意識を正常に戻す。
サラリと私の髪を解きながら、前かがみになるアラン。
「何してんだ?お前はたまに自分を傷付けるな」
悲しそうに微笑むと今度は優しく頬に触れた。
ゆっくりすぎて我を失っていたが、やばい。これ押し倒されるスチルだ。
後ろに下がろうとするが、焦っていたため足が縺れて後ろへ倒れてしまう。
衝撃に備えて手を下へ持って行くが、その手ごと掴んで腰に手をやり、アランではない違う誰かの胸に倒れこむ形となった。
「次は南部に行くか?それとも、殺してほしいのか?」
「…怖いな、陛下は」
私を抱きとめてくれたのはシェルベートだった。ゾクッとする声音とは違い、支えてくれる手は優しい。
そのままで済ますはずのないシェルベートは一歩退くアランを畳み掛けるように深々と、アランの綺麗な顔に傷を付けた。
傷を付ける瞬間は、シェルベートに片手で目隠しをされ見えなかったが頬から首に伸びるキレ傷は痕が残ることだろう。
後日談ではあるが、シェルベートはあの後アランに貴族令嬢の相手をさせ続けたらしい。着飾る女の相手をするのは苦手なアランには酷だったようだが、そこで好みの女性に出会えたそうだ。
令嬢ではなく、それは給仕をしていた1人の侍女で、それはそれでロマンスではないだろうか?
しかし、侍女には手を合掌させていただく。そして一言、頑張ってください。
こんな感じで今日も明日も明後日も、たまにスリルを味わいながら平和で幸せな毎日が流れていくのであった。
傷が残ったアランはより一層モテたのではないでしょうか。
気力があれば、もう1,2話ほど投稿しようかと考えています。
気力がなくなるようなマイナスな感想は受け付けておりませんので失礼します。




