If 〜男の子が生まれたら〜
完結済みだったのですが、男の子も欲しくなったのでもしもの話を載せます。
ほのぼのストーリーで残酷描写はありません。
したたかな息子とヤンデレに戻りそうなユキノ一筋のシェルベート。そんなことを思いながら書きました。
「本日は御足労頂き、誠にありがとうございます」
シェルベートは今、机を挟んだ隣国の姫、エリザベス殿下と輸出入の交渉に赴いている。
木材や鉄、真珠などの価格交渉を行っているのだ。
「そうですね。長引きそうなので、どうです?今晩食事を取りながらでも…勿論、この国の特産物を多様に使用した品物をお出ししますわ」
美しく線の細い目の前の姫は、桃色の髪を揺らし頬を赤く染めながら、瞳を潤ませてシェルベートを覗くように見ている。
側近のミカエルとシェルベート以外はその仕草と表情、美しさに嘆息を漏らしたがシェルベートはあくまでにっこりとした笑みを変えない。
「それは何とも心が踊る申し出ですね」
シェルベートの返事にあからさまに反応した姫は、次の言葉を促した。
「な、なら!」
「ですが、どうも私は物事を早く進めたい性格なのです。素敵な姫君との食事を楽しむには、こんな契約書など早々に決めてからにしたい」
シェルベートは契約書から目を上げた。長い睫毛が揺れ、艶やかな金髪がさらりと頬にこぼれる。
向かいのソファーに腰掛けていた姫君が明らかに表情が緩んだのを側近であるミカエルは見逃さなかった。
「この案件は、これでよろしいですね?サインをお願い致します。」
暗示にかかったかのように姫君は何の疑いもなくサインをしたのを脇目で見たシェルベートは席を立つ。
「さあ、早く食事を…」
姫君の声は聞こえている筈なのに歩く速度を緩めない。
「シェルベート陛下?」
とうとうシェルベートが扉に手を掛けたとき、姫君が無作法に立ち上がる。
「は、話が違うではありませんか!」
「誤解させてしまったなら申し訳ない。ですが、私は姫君と言っただけでエリザベス殿下と言ってはいないのですが…」
わざとらしく瞳を伏せて首を振ったシェルベートに、エリザベス殿下は憤慨を露わにした。
「そ、そんなの単なる言葉遊びじゃない!」
ーーー醜い。
シェルベートはすっと消した表情をエリザベス殿下に向ける。それは先程と比べ何とも冷酷であった。
「元々、この交渉は外務大臣と行うはず何故エリザベス殿下が?」
そう言い放つと、エリザベス殿下は声を詰まらせた。
「僕は早く素敵な姫君が待つ部屋に帰りたいんだ。失礼する」
誰もシェルベートを止めるものはいなく、残されたエリザベス殿下に紅茶を差し出す侍女は溜息をついた。
「だから言ったではありませんか。かの国の陛下であるシェルベート様はどんな美しく美味しい誘いにも乗らない。愛する方は王妃様ただ1人だから…と」
「……その王妃は舞姫と謳われた私よりも美しいというの!?」
「お姿までは拝見してないので何とも言えませんが、賢妃と言われ驕らず、その様は美しく陛下が溺愛しているのだとか。」
「もう!うるさいうるさい!分かったわよ!……あんなに完璧な陛下に愛される賢妃様は、羨ましいわね」
「ぜんっぜん羨ましくないから!!!ハッ!!!」
エリザベス殿下の羨望を含んだ溜息は遠く離れた場所にいるユキノに届く筈がなかったのだが、うたた寝をしていたユキノは勢いよく起きると同時にそれを口走っていた。
「母上…お口を」
「ん、あら…涎が。邪な妄想をする時しか余り流さないのに、ユナンありがとう」
10歳になる黒髪に碧眼の両親の遺伝子を良いとこどりしたユナンに指摘され涎を拭うと、その距離を埋めるようにユナンはユキノを抱き締めた。
「母上、怖い夢でも見ましたか?早く母上を守れる大人になりたいです」
KA!WA!I!I!
無垢な子どもの上目遣いなど身悶える可愛さである。身内目抜きでも可愛いユナンは私の1番の宝物だ。
こんなに可愛いユナンですもの、ファーストキスは生まれた直後にした。私がユナンの初めての相手である。ヤダ照れる!
だが、この国は家族のキスは当たり前らしく、少しつまらない。
まあそれを良いことにユナンには1日10回以上キスをしているのだが。
今日もいつも通りキスをしようとした矢先に、頭をぐりんとユナンではない違う方向に持って行かれた。
「むぐっ!」
唇を啄ばむような遠慮がないキスは、我が子の前でしてはいけないレベルである。
「ちょっと、シェルベーッ」
離れた瞬間に抗議してみたものの、又もや後頭部を抑えられ、唇にロックオンされた。
シェルベートの美しい金髪が私の頬にかかるものの、以前濃厚なキッスは止まらない。
「ユキノは僕が仕事に行ってるのをいいことに浮気ばかりだね」
やっと離してくれたかと思うと、目の前には髪を白く染めて、瞳が紅蓮の炎のようになったシェルベートが牙をあからさまにちらつかせていた。
「う、浮気?可愛い我が子にキスして何が悪いのさ!!」
久々の吸血鬼バージョンに恐怖しつつ、ユナンを抱き締めて抗議する。若干涙目になるのは仕方が無いと思ってほしい。
「僕には1日1回程度しかしなくなった癖に?」
どうもユナンが生まれてからというもの、シェルベートは以前に増して独占欲が強くなった気がする。キスだって、おはよう、行ってらっしゃい、おかえりなさい、おやすみのキスとして最低でも4回はしているのに。
「母上をいじめないでください!父上」
シェルベートに詰め寄られていると、横から小さな手が私を守るように出て来た。ユナンである。
「もう!何て可愛いの!!さすがは私の子!!!」
むぎゅっと抱きしめると、シェルベートはまたもや不機嫌になる。
「父上、嫉妬深い男は愛想を尽かされてしまいますよ」
私は驚いて喉から声を出す。少し口角を上げたユナンは、したたかというか何というか…怖いもの知らずだ。
現に今、シェルベートが吸血鬼化してしまっている。その表情は、うん。怖いっす、笑っていてヤバイです。
「我が子だからと、僕は甘やかしていたのかな?ユキノに近付く者は我が子だろうと…殺意は湧いてしまうんだよ」
小首を傾げたシェルベートは病んでいる目をして、何を考えているのか知るのが怖い。
ユナンやめなさい!!!シェルベートの顔は本気!マジになってるから!紅蓮の瞳が猛禽類みたいになってるから!!!
「……っていう夢を見たの」
私の膝上に頭を乗せているシェルベートを撫でながら、今日見た夢を話した。
サラサラの金髪が頬に掛かっていたので払うと、シェルベートの切れ長な瞳が私を映す。
「妬けてしまうな、君に毎日キスされているなんて」
伸びてきた手に委ね、頬を乗せる。目を細め、ふわりと微笑んだシェルベートに胸がときめいた。
こ、こんなスチル…ゲームのころは絶対になかったっっ!!!!
「そうだな、確かに息子が生まれたらそうなりそうだ」
「え?」
ニコニコとするシェルベートに寒気はするものの、手が頬を離れ後頭部に触れる。
そのまま流れるように触れるだけのキスをした。
「女の子がいいな、ユキノ。君によく似た、可愛らしい女の子」
これは、シェユラが生まれる前のお話。
夢でした。
結婚生活はのんびりと過ごしていそうです。
シェルベートは夢に出て来たよりもユキノ以外には冷たく接すると思います。
読んでいただきありがとうございました。




