しあわせ
不定期更新でしたが初の完結です!
一部修正をして、まとめてしまいました。
待ってくれた皆様ありがとうございました!
それではどうぞ。
心地の良い暖かさに、まだ寝たいという衝動に駆られながらも重たい瞼を上げる。
朦朧としている瞳に映ったのは私の背中に腕を回し、離すまいとしているシェルベート。若干震えているのか、縋るように抱きしめている力は加減してくれていて優しく、死ぬ直前に見たシェルベートとは全くの別人のようだった。
「すまない…すまないっ!」
ひたすら謝ってくる声は掠れ、私は金に戻ったシェルベートの髪を撫でた。
ーーーあぁ、この光景は。
死亡エンドのエンディングでヒロインが死んだあとのことだ。
殺したのは自分のくせに、痛々しく涙を流す美形たちに何度も心を震わせられた。
…生きてる。
そう、生きてるのだ。
それを実感して溢れ出てくる涙は止まらない。
だが、拭ってくれる人はいた。
優しく、初夜の前のようなシェルベートだ。
シェルベートは回していた腕を戻し、私の肩に触れる。
表情は少し目元が赤くなっていて、儚げに苦く微笑まれた。
「長い…夢を見ていたようだったんだ。夢が覚めたと思った途端、ユキノをこの手で殺していた」
私の肩に触れている手が、震えた。
「本当に、初めて自分が怖いと思ったよ」
肩に触れていた手が引き寄せられて、私は何の抵抗もなくシェルベートの胸に抱きついた。
元に戻ったのだろうか定かではないが、私を抱き返してくれるシェルベートは紛れもない『前』のシェルベートだった。
その胸で私はしゃくりあげながら泣き、酷く破顔させ、収まったころ微笑み返す。
「覚めるの遅いよ、シェルベート」
大好きなシェルベートに満面の笑みを向けた。
どうして私は死んでいなかったのか、いや生き返ったという方が正しいだろう。
後からシェルベートに聞いた話だが、お腹の中に生を宿した私の赤ちゃんが吸血鬼としての能力が強いらしくて、まだ小さい赤ちゃんのはずなのに私を体の一部として治癒したらしい。
それからひと月ほど、妊婦の私を労わりながらシェルベートは毎日といっていいほど調子を聞きに来た。
「身体は大丈夫か?」
「何か欲しいものはあるか?」
「ああ!そんなに動くな!ユキノ!」
…凄く心配性になっている。
「出産するときはなるべく通常通り動いた方が、あまり痛くないらしいのよ?」
「だがな!負担はあまりかけない方が…」
「あーもう!」
オロオロするシェルベートに喝を入れ、日に日に大きくなっているお腹を撫でる。
「早く会いたいね」
あ、そうそう。
蘭月と香夜はたまに会いに来てくれる。
村はバラバラにして、社で暮らしているらしいが会う頻度が高い。
お前らはいいからイチョウ君を連れて来なさい。
イチョウ君はイチョウ君で、未だに蘭月と香夜に仕えている。可哀想に…嫌になったらいつでも養子に入れてあげるからね!!
『ユキノはイチョウにばかり加担するからなー』
『姫様は常にイチョウを視界に入れたいのか』
当たり前だ!と答えれば美形双子のサンドイッチになったので考えてから行動することにした。
その場でシェルベートがいなかったことが幸いだ。
『こんなに整った俺たちを視界に入れてて満足出来ないんだもんな』
なんて言いながら寄せられてくる金の双眼が左右にあって、熱がキャバオーバーする勢いだったのだから、その後はみっちりどっぷりシェルベートに愛されましたとも!はい。
優しい夫に手を握られ、幸せいっぱいで生まれた子どもは女の子。金髪に碧眼で私の遺伝子のせいか少し彫りが浅いけど美人な子だ。
シェルベートは泣いて喜び、溺愛している。
これは、ハッピーエンドの何ものでもないでしょう。
そして、我が子が17歳になった時にまた始まるの。私がトリップしたように、娘も惹きつけてしまったのかしらね?
「きゃあああああ!!!!天使!素晴らしい!!エクセレントッ!!!!」
先ほどまで隣で談笑していたお母様が、光の速さで客人が現れた扉へと駆け寄っての一言だった。
私から見える位置ではいつものように金の髪と瞳を持っているお兄様達で、それでもお母様は屈かがんで発狂していた。
それを示す意味とは、私ぐらいの年の子が客人としてきている。
お母様があんなに興奮しているのは初めて見たので、ワクワクしながらお母様が離れるのを待った。
……離れない。
かれこれ30分はとうに過ぎているが、お母様は新しい客人を撫でまわし続けていた。
それを見兼ねた金の髪と瞳をもつお兄様達がお母様ではなく、客人を引き離す。
「だーから、嫌だったんだよ。連れてきたら絶対イチョウにばかり構うから」
金の髪が短い香夜お兄様が拗ねたようにお母様の腕を引いて立たせていて、愛おしそうに見つめるその表情が幼心で、好意を抱いているのだろうと分かる。
多分、長髪の蘭月お兄様も。
「いいじゃないの。あぁ、この銀のサラサラな髪と少し切れ長になった双眼!昔と変わらず真面目で落ち着いてるのが、もう本当にいいわ!!それでもやっぱり身体は変わってるはず!ぐふふふッ。あらヤダ!ちょっと蘭月!香夜!ドン引きを顔に出さないでくれる!?」
私も後方でドン引きしたのは仕方が無い。
本当にお母様?あの賢妃と謳われたお母様が、凄く不気味で穢らわしい笑みをしていた。ぐふふふって…。
私は唖然しながらいつも以上に輝きを放ったお母様の笑顔がようやくこちらを向いたことで顔を引き締める。
「シェユラ、こちらに」
優しい声で名前を呼ばれ、シェユラ・フィフスフェルト。この国の第一王女である私は淑女らしく歩いてお母様の元へ歩み寄った。
金の髪は毎朝巻いているが碧の瞳もお父様譲りだ。唯一お母様譲りな点は幼く見える彫りの浅い顔立ちという所だろうか。
17歳だというのに14歳ぐらいと間違われることが不可解で仕方が無い。
いざ同じくらいの年の客人の前に立つと、そこには美しすぎる儚いような印象がとれた男の子が凛と立っていた。
年は思ったより3つか4つは違うだろう。
若干お母様にもみくちゃにされたのか、サラサラな銀の髪が乱れている。
それでも、彼はサラサラな髪を揺らし私に礼儀正しい一礼をした。
「お初にお目にかかります。姫様の娘様であるシェユラ様ですね?会えて光栄です。私の名前はイチョウと申します。以後お見知り起きを」
最後に無垢な笑顔を向けられた。いや、無垢ではない。
何か綺麗な笑顔の裏に黒い塊を感じ取れる笑顔であった。
一歩引いた私に、イチョウ様はもっと笑みを深くする。
「あらあら、少し緊張しちゃったのかしら?ごめんねイチョウ君。シェユラは少し落ち着きのある大人しい子なの」
「いえ、姫様同様同じ香りがしたので。大事な血ですもの、今日は護衛として任務を賜るためにきました」
「あら、そうなの?」
お母様!?微笑んでる場合じゃないよ!今『大事な血』って言ったよ!!目を見て!その真意を見てあげて!!!!
私の心の叫びに気付かないお母様は尚もニコニコしながら、これから向かう視察への同行に必要な護衛の書類に判を押した。
手遅れだった!!!!!
あの書類に判を押してしまえば、これから共に行動しなければいけない。よからぬことを考えていそうなイチョウ様を一瞥すれば、先ほど同様にあの笑顔を向けられた。
背筋が震える。
私は思いもしなかった。
彼…イチョウが悪魔と吸血鬼のハーフであることを。
そして、その彼に私をお母様が勧めていたことを。
この視察に行く間に、彼に気に入られ私は怖い思いをすることになることを。
お母様に教わった単語を使わせてもらう。
ヤンデレなんて大っ嫌い!
新たに開く歪んだ恋の1ページ
---END---
最後はハッピーエンドで終わりました!
初めて出てきたと思われます。
フィフスフェルトがこの国の名前であり、シェルベートの名字でした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
南々




