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19/22

童歌の続き。手毬は笑う

お待たせいたしました。

急展開?です

少しホラーかもしれません。

苦手な方はお気をつけください。

7/24 加筆修正


 いつの間にか真っ暗な室内に鬼火が数個現れる。

 赤い炎に照らされる部屋は少し不気味で怖かった。

 鬼火に照らされた蘭月の金の瞳が伏せられ、前に血が出るほど引っ掻かれた太ももをツゥ…と指でなぞられる。


「引っ掻いたぐらいじゃ、痕は残らなかったね」


 若干、口端を吊り上げている蘭月のバックは天井だ。伏せられた瞳の睫毛がいつの間にか白く染まっていた。


「どうすれば姫様の中から、他の男を取り除けれるんだろう?」


 独り言のようで、はっきりと私に問いかけている瞳は真っ赤に変わり、冷たく見据えられる。


 この光景は当主ルートの第一イベント。しかしゲームでは香夜のことを思っているという設定だった。

 視線だけで責められているという感じが初っ端からウケたらしい。また、嫉妬するというのが可愛い!と蘭月クラスタが発狂していた。

 今思えば、これっぽっちも可愛くない。


 虚ろな瞳に眺められるのは『可愛い』と評するべきではないのだ。嫉妬も同様。


 私は双子の正解ルートを知らない。攻略本無しの一度したゲームをプレイしてないからだ。

 よって、何を選べは安全なのかがわからない。

 返事に詰まっていてもしょうがないと腹を括り、顔をあげた。



「私の心は私のものよ」


 口が動き、真っ直ぐに蘭月を見る。分からなければ本心を言えばいい…。

 これが吉と出ようが凶と出ようが、私の心は少し軽くなった。


「……蘭月も、私の中にいるわ」


 一拍置いて紡いだ言葉に蘭月は目を丸くしている。そんな蘭月を一瞥して、目線は敷布団へと移動した。


「だ、大体。傷を付ける=(イコール)自分の物っておかしいわ。キスマークがこの世界にも存在するのに、どうして好きな人の前に傷ついた姿でいなくちゃいけないの?そういうのはね、エゴっていうのよ!」


 ずっと怪我をさせられていた私にとって、それは大きな疑問だった。被害者の私からすればヤンデレなんて関係ない。傷つけられている者は辛すぎて、ぐちゃぐちゃの顔になってしまう。

 ゲームの世界だからーーーとずっと思ってきたが、キャラクターに心があると分かり何もかもが怖くなっていた。

 顔をあげて蘭月の顔を見るが視界が歪んでよく見えない。


「傷つける奴なんて大嫌い…!」


 鼻水まで出る始末で、何が何やらだけど私は蘭月の瞳を逸らさなかった。

 蘭月は意外と優しい手つきで肩を震わせる私の頭を撫でる。





「ーーー俺は好きだよ。愛している」


 鈴の音が転がったような声で、発言されたそれには甘すぎるほどの狂った歪みがあった。

 頭を撫でる手は優しいままで、とろんとした金の瞳に私の体は強張る。




「い、やっ!」



 蘭月を押し退けて、部屋を逃げ出した私に追いかけてくる気配はない。

 それでも決して足を止めようとはしなかった。

 (やしろ)の出口を軽々と抜け出たところで私の視界に転がった手毬が入り込む。



 えらくスローモーションで転がっている手毬は私の前でピタリと止まった。


 辺りを見渡すと子ども達がいたので、私はその子ども達に向かって手毬を転がす。微笑まれたので、口元が和らんだ。


「ーー姫様でしょう?」


 向こうにいたはずの子ども達の1人、片腕がだらんと力なく垂れている子どもに背後から声を掛けられた。

 驚いて振り返ると、子どもは私の左足に尖った棒を突き刺す。子どもとは考えられない早さで、私の左足はタラリと血が流れた。


「良い匂いね、有難う。姫様」


 そう言って私の血を口に含んだ瞬間、バキバキバキッと力なく垂れていた子どもの片腕が本来あるべき姿に戻る。

 指を動かして微笑む姿に、私は動けなかった。


「姫様…?」

「ーーー血だ!」

「姫様の血だ!姫様だ!」


 村の人達だろう者が、ゾンビのようにやってくる。


「姫様!姫様!姫様!姫様!姫様!姫様!」


 途轍もない欲望の塊に私の皮膚は、肉は、血は、食い尽くされていく。辺りは私の血で大地を染めた。

 〈喰われる〉とはこのことなのかと、意識が薄くなりながら思うが、老いぼれた男が私の顔面に向かって鋭い牙をたてようと口を開いた瞬間に、私に群がってきた者が炎に包まれた。


 喉が凄い勢いで焼けたのだろう。叫びにもならない声が耳に届く。

 ごろりと隣に転がった火達磨(ひだるま)は、先ほど私を喰らおうとした老いぼれ男だと僅かに分かる。

 泣いているのだろうか、感覚が麻痺してきて手の甲に何かが落ちた。

 何十人という人が火達磨となり未だにもがいている光景がある。それを消し去るかのように、はたまた私の血を洗い流すかのように大粒の雨が降り始めた。


「ひ…め、ざ。ひ、めざま…」


 喉が焼かれてない人達が口々に四方八方から姫様と呼ぶ。それは一種の呪いのようで、炎を出したと思われる蘭月と香夜の口は動いていないのに童歌(わらべうた)が聞こえた。



“ 黒髪姫様微笑みかける


姫様力を授けてくれる


足りない足りない力が足りない


姫様真っ赤に染まりゆく


怒る大地に火達磨(ひだるま)転がり


姫様涙で雨を降らせた


姫様姫様姫様姫様


愛しい皆の姫様はーーーー ”



 ざあざあと降り注ぐ雨の中、私はその童歌に合わせて歌を紡ぐ。



「ーーーー死んじゃった」



 目の端には赤い手毬がケタケタと笑っているように転がったのだった。






『シェル…ベート』


 赤い手毬を見て、ユキノ最後に思うのはシェルベートであった。酷いことをされ続けた、けれど一緒に居た時間は正真正銘のユキノ自身が体感し、幸せだと感じた時間でもあった。

 この何日間、シェルベートに会えない辛さにユキノ自身が狂ってきたのか、夢のような悪夢から冷めるのだったらシェルベートに殺された方がベストだったかな?と肩を竦ませて自虐的な笑みを漏らす。


 倒れて雨に濡れたユキノを蘭月、香夜が情けなく慌てた様子で駆け寄って、香夜なんて涙を流しているのか、雨とよく似たものが綺麗な顔を破顔させていた。


「ユキノ!」

「姫様!」


 必死な声が聞こえるが、所々を喰い散らかされたユキノは既に虫の息であった。

 

 蘭月と香夜が駆け寄ってくる前に、虚ろな瞳が村鬼達に紛れているシェルベートを捉えた。


 ユキノの瞳があからさまに揺れる。

 いるはずないのに、捉えたシェルベートの碧の瞳が醜い私を映したのが分かった。

 ゆっくりとした足取りで暴れている村鬼達も彼だけは邪魔をせずに、スムーズに私の前に片膝をついた彼の右手には、銀の短剣が握られていた。


 蘭月と香夜が制止しようと声を張っているのが聞こえるが、シェルベートは赤く染まった瞳を細める。


 端正な唇がにわかに動いて、美しく歪んだ笑顔に周りの音が一切無くなったような感覚で、シェルベートの言葉だけストンと胸に落ちた。




 愛 し て い る よ




 それと同時に胸の皮膚が、肉が裂けドクドクと脈打つ私の心臓を冷たくさせる。


 あぁ、やっと終わった。

この茶番のような乙女ゲームを、最期は愛しい人に殺されてーーー。

 最期にシェルベートに触れようと伸ばした手は力なく地面に落ちた。



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