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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第51話 第一次城壁防衛戦 Ⅱ

前回前半ロナウド視点と言っておりましたが、全てロナウド視点となります。

 他の冒険者達から離れた場所で、オーガを圧倒しするラウストの姿。


「……何だ、あれ?」


 転移陣で城壁外に飛んできてからまず目に入ってきたその光景に、"俺"はひきつった笑いを抑えることができなかった。

 迷宮都市に来た最初、リッチの魔術を阻止するために全力で空を飛んでいた時と違い、今はじっくりとラウストの戦闘を眺めるだけの余裕があった。

 だからこそ、分かってしまう。


 ラウストという存在の強さ、いや異常さが。


 変異しようが、オーガは変異していない超難易度魔獣に力が及ぶだけの、決して強くない相手だ。

 だが、記憶にある限りのラウストの姿では絶対に勝てない存在のはずだった。

 なのに、ラウストはオーガを圧倒していた。

 それも、誰もが想像できないだろうやり方で。


「……ロナウドさん?」


 ラウストに奪われていた意識が、隣から響いた声に引き戻される。

 隣にいたのは、信じられない表情でこちらを見つめるライラの姿だった。

 どうやら、人前で感情を露にしてしまうほど、自分は動揺していたらしい。

 少し冷静さを取り戻した僕は、いつもの笑みを顔に浮かべて口を開く。


「どうしてここに? ライラの持ち場はオーク達と戦う冒険者達の方だろう」


「独断ですが、今は私があそこにいても、ほとんど役にたたないと判断しました」


 そう言って、ライラが目を向けた場所では冒険者達がオーク、そしてホブゴブリン達と戦っていた。

 その戦況は決して悪くなく、たしかにライラがいなくても大丈夫だろう。


「だとしたら、私がやるべきことはオーガをジークが止められなかった時の想定。新手が来た時冒険者達に知らせることかと考えてここに来ました」


 そう言って、僕の顔を見上げてくるライラに思わず素で笑ってしまいそうになる。

 本当に、ジークはいい参謀を仲間にしたものだと考えながら。


 独断と言いつつ、僕にその考えを聞かせたライラは自分の経験不足を把握していた。

 だから、自分が間違えていれば指摘できる僕に意見を聞きに来ていたのだ。


 そしてそれを理解した上で、僕はライラの決断に何も言わない。

 何も言わないことこそが、ライラに対する何よりの返答になると理解していたから。

 ただ、無言でラウストの方へと目をやる。


「少し、お聞きしても大丈夫でしょうか」


 そんな僕へと、ライラが遠慮がちに声をかけてくる。


「ジークから、ラウストには才能がないと言っていたのを聞きました。……どうしてなんですか?」


 そのライラの言葉に、僕は思わず苦笑する。

 ライラが、ラウストに才能があると思い込んでいることを悟ってしまって。


「いや、ラウストには現在も才能なんてないよ」


「……え?」


 人間という種族が神に愛された種族言われる由縁のスキル。

 その力はたしかに強力だが、それは決してスキル以外に戦う術がないという訳ではなかった。

 スキルがなくても、ミストのようなエルフも戦えるし、他の種族も同じだ。


 スキルがなくても、魔力や気を扱う方法はこの世界にある。

 魔術によって魔力を扱え、身体強化で気を扱うことができる。


 ……しかし、その全ての技術においてラウストは無能だった。


 魔力と気を扱える。

 それはラウストの唯一の特性、強みだったかもしれない。

 だが、それ以外ラウストには何もなかった。

 魔力と気、どちらもが使えると分かった時点で、ラルマと僕は、ラウストにスキルを使わずにも魔力と気を扱うための技術を全力で叩き込んだ。

 それこそ、一流冒険者でさえ逃げ出してもおかしくないようなものを。

 それでもラウストは必死に食いついてきた。


 ……にも拘らず、ラウストはどれも初歩的な技術しか覚えられなかった。


 「ほとんど傷も直せない《ヒール》。生活に役立てばいい規模でしか使えない魔術。スキルを使える相手では、子どもにすら勝てない程度の身体強化」


 草原で戦うラウストを指さしながら、僕はライラに問いかける。


「そんな技術しか持たない人間のどこに才能を見いだせる?」


「……嘘」


 呆然と漏らした声が、ライラの内心を何より物語っていた。


「……あれだけ凄い身体強化を扱えているのに、ですか」


「あの身体強化が凄い?」


 その言葉を、僕は鼻で笑う。

 たしかに驚異的な力をラウストは発揮しているが、その実身体強化に限ってはあまりにも不安定だった。

 僕だけでは、気以外察知することはできず、魔力の動きなど一切分からない。


 それでもその不安定な気の動きだけで、充分に理解できる。

 あれは、戦闘に使える類の技術なんかではないことを。

 少しでも操作を間違えれば、敵ではなく自分の身体を蝕む類の技術だと。


「あんなのただの自爆技だ」


「自爆技……?」


「そうだな」


 一瞬、不安定な気の状態について、どう言えば伝わるか悩む。

 しかし、すぐにそんな思考はが無駄だったことにすぐ気づく。

 この状況において、ラウストの異常さを説明するのに必要なのは詳細な説明ではない。

 単純な事実なのだから。


「もし一分絶大な力を発揮できても、その直後動けないくらいに身体が破壊される力。そんな力があれば君は使うかい?」


「……え? そう、ですね。日常的には使えないでしょうが、切り札としてなら考えるかもしれません」


「ああ、そうだろうね。それが通常の判断だ。だが、ラウストはその判断を下さなかった。あの強さはその判断の結果だよ」


「……っ!」


 ライラの顔に浮かぶ驚愕の表情に、彼女が僕の言いたいことを察したことが分かる。


「分かったかい? ラウストの身体強化を自爆技と言った意味が」


 信じられず目を瞠るライラに、僕は断言する。


「ラウストが使っているのは、本来一分間で身体を破壊しつくす身体強化だよ。才能とも呼べない、自爆技。それをラウストは使いこなしている」


 戦っているラウストの動きからは、身体を負傷しているような様子は見えない。

 だが、そこまで身体強化を極めるのに少なからず、身体を傷つけたのは明らかだった。


 そして、自爆技と同義とも言える身体強化を行うラウストの技術は、当然のことながら超越したものだった。


 純粋な気を扱う技術だけに限れば、ラウストは僕を超えるだろう。

 気の動きを見る限り、魔力に関しても相当扱える違いない。


 呆然とするライラを他所に、僕はちょうどオーガにとどめを刺すラウストを眺める。

 本当に知りたくて仕方がない。


 ──どうすればたった数年で、技術だけとはいえ僕を越えられたのか。


「いつか聞かせて貰わないとな」


 久々に感じる胸の熱さに、気づけば無意識の内に口元が歪んでいた。


 ラルマが逐一報告してくるせいで、僕はナルセーナとラウストの過去を知っている。

 だからこそ、ナルセーナがどれだけ強くラウストを想っているかも、自然と理解できた。

 その想いを胸に、必死に研鑽を積んだからこそ、ナルセーナは一流冒険者でさえ敵わない程に強い。


 にも拘らず、そんなナルセーナでさえ霞むほど、ラウストは研鑽を積んでいる。

 その胸にあるのが何なのか、もう考えるまでもなく分かる。

 どうやら、ラウストはナルセーナ以上に情熱的で一途な人間だったらしい。


「愛されているね、ナルセーナ」


 そう呟いた時、僕の胸に浮かぶのは希望だった。

 ラルマが城壁を築いたことで、迷宮都市に一筋の希望が差し込んだとはいえ、決して楽観視できる状況ではない。


 冒険者達は逃げ出し、ギルド支部長は信頼できず、変異したフェンリルが押し寄せて来ている。


 それだけで、本来ならば迷宮暴走の対処なんて諦めるレベルだ。

 だが、ラウストがここまで使える駒であるならば、現状を打開できるかもしれない。


「……っ! 新手が」


 呆然としていたライラが、迷宮の方向を見て突然声を上げたのは、そんなことを考えていた時だった。

 目をやると、迷宮の方から新たな魔獣達が押し寄せていることが分かる。


「私は冒険者達の方に行きます」


「ああ。頼んだよ」


 去っていくライラの背中を一瞥した後、魔獣の群れの前にオーガの姿を見つけた僕は、細めた目を少し開く。


「明らかにオーガの出現具合が異常だな。いや、それでもナルセーナとラウストに任せて、ジークと共にフェンリルを倒せば……」


 徐々に傾き出した日を確認しながら、この分なら夜までに方がつくことだろうと判断する。

 最悪夜になって戦う事態も想定してはいたが、避けることができるだろう。

 僕は内心、安堵の息を漏らし……次の瞬間その顔は強張ることになった。


「……来たか」


 その言葉と共に、僕が目を向けたのは迷宮の方ではなく、隣街ネルブルクの方向だった。

 そこから、感じる強大な敵の気配に魔剣に手をかける。

 その瞬間、溢れ出す興奮を抑えながら、隣街の方向を睨みつける。


 変異したフェンリルは、僕であれ油断ならない敵だ。

 それでも、僕の心には警戒こそあれ緊張はなかった。

 今のこの状況でならば、フェンリルでも過度に恐れる必要はない。


「さて、手早く片付けないと」


 そう呟きながら、魔剣を抜く。

 そして、フェンリルを迎え撃つべく隣街の方向へと走り出そうとして。


 ……強敵の気配が一つでないこと気づいたのはその時だった。


「どんな悪夢だ」


 思わず悪態を吐き捨てる。

 しかし、悪態をつこうが目の前の光景がかわることはない。


 遠くに見えたその二つの姿を見て、僕は理解する。


「……グリフォン」


 ──迷宮暴走で現れた変異した超難易度魔獣は、二体いたことを。


 紫電を身体に纏うフェンリル。


 それに空を飛びながら続く鷹の顔を持つグリフォン。


 ……それは、今までの前提が崩れた瞬間だった。

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