第47話 ミストの対策
更新遅れてしまい申し訳ありません……。
「……っ!」
背後に現れたミストとハンザムに対し、僕は反射的に短剣の近くに手を動かしていた。
背後から声をかけらるまで、ミストの存在に気づかなかったその事実に自然と手を握る力が強まる。
この部屋に入る唯一の扉は正面を向いた僕の視界内にあるにも拘らず、いつミスト達が部屋に入ってきたのか僕は分からなかったのだ。
そう、まるでミスト達が瞬間移動してきたかのように。
それが僕だけでないことを示すように、部屋の中の全員の顔は険しかった。
ロナウドさんだけは、いつもと変わらない穏やかな表情だが、師匠は不機嫌さを隠そうともしない目でミストを睨む。
そんな師匠の目を向けられても、ミストから余裕が消えることはなかった。
「せっかく、迷宮暴走に対処するために動いてきた人間に対する仕打ちとしては、いささか酷くはないかね?」
「黙れ。悪趣味な登場をする人間にたいして当然の反応だろうが」
そう言って、師匠はミストの足元を見て忌ま忌ましげに顔を歪める。
そこに、魔法陣のようなものが刻まれていることに僕が気づいたのは、その時だった。
先程聞いたエルフの設置型魔術の話が頭によぎる。
これが、設置型魔術か?
そんな考えが頭によぎるが、すぐに僕はその考えを否定する。
その魔法陣には、既視感があった。
いや、既視感なんてものではない。
それが何なのか、僕が見間違えるわけがなかった。
そんな僕に、現実を突きつけるように師匠が吐き捨てる。
「抜け目のないやつだな。ギルド内に一体どれだけその魔法陣、いや転移陣を張り巡らせている?」
……そう、ミストとハンザムの足元に刻まれていたそれは、迷宮都市から迷宮に入るために使われる転移陣だった。
はるか昔、遺失技術で作られたと言われる迷宮の転移陣。
それと同じものをまるで便利な道具のように扱っているミストを見て、改めて僕は理解する。
このエルフが、一体どれだけ異常な存在なのか。
「嘘、遺失技術をこんな容易く……!」
ライラさんの呆然とした声が聞こえる。
その声に含まれた驚愕を感じながら、僕は悟る。
この転移陣は、自分達が説明したなど比較にならない程雄弁に、ライラさんへとミストの脅威を伝えただろうことを。
そして、ミストの脅威を強めたのは僕も同じだった。
転移陣という存在を目にし、僕は改めてそのことを胸に刻む。
転移陣を使って孤立した所から襲撃されれば、僕達も無事でいられないだろうから。
これから、一人でいることだけは避けた方がいいかもしれない。
突然響いた何者かが走ってくるような音が響いたのは、その時だった。
一瞬、ミスト達の姿があることに僕は焦るが、問題はなかった。
その足音に気づいた瞬間、ミストの足元にあった魔法陣が強く輝き、ミストとハンザムの姿が消えたのだから。
足音がどんどんと部屋に近づいてきて、勢いよく扉が開かれたのは、次の瞬間のことだった。
扉が開かれ現れたのは、マーネルだった。
焦燥を顔に浮かべたマーネルは、
「に、逃げ出した冒険者の生き残りが先程迷宮都市に! 超難易度魔獣がもう少しで来ると……」
焦って平静を失ったせいで、マーネルの言葉は途切れ途切れだった。
だが、その言葉だけでも、状況が遥かに悪化したことを示すには十分だった。
「超難易度魔獣だと!」
滅多に見せない焦燥した顔を浮かべながら、師匠はマーネルへと告げる。
「その冒険者の所に案内しろ。できる限り早く」
「は、はい!」
超一流冒険者の余裕のない表情に、マーネルが走り出し、僕達もそれを追って部屋を後にする。
マーネルの背を追いながら、師匠が強張った顔でロナウドさんへと問いかける。
「……今までに超難易度魔獣が、迷宮暴走初日で現れたことはあったか?」
「僕の知る限りはないね」
淡々とした師匠とロナウドさんの言葉。
だがその声には、隠しきれない焦燥が込められていた……。
◇◆◇
憔悴した冒険者が話したのは、迷宮都市を出た後のできごとだった。
どうやら、迷宮都市を後にしてから二時間ほどで、冒険者達は魔獣との戦闘に陥ったらしい。
最初は善戦していたものの、オーガに一流冒険者が倒されたことで、あっさりと陣形が崩れた。
その上、追い打ちをかけるように超難易度魔獣のフェンリルが現れたらしい。
それを見て、リーダーであった戦神の大剣が逃げ出し、それを追いかけるように冒険者達が隣街へと逃げ出していった。
それを追いかけて魔獣達も隣街に向かったおかげで、何とか迷宮都市の方にこの冒険者達は逃げられたらしい。
その話を聞き終えた後、逃げ出した冒険者を牢にいれた僕達は、改めて部屋に集まっていた。
ただ、部屋の中には出て言って戻らないミストだけではなく、ジークさん達の姿もなかった。
逃げてきた冒険者が、迷宮都市の前で騒いだこともあり、他の冒険者達にも超難易度魔獣のことが知られてしまったのだ。
そのせいで騒ぐ冒険者達を、ジークさん達が今宥めているのだ。
それは、ギルド職員達が逃げ出した故の弊害だった。
冒険者をまとめる役目の人間がおらず、そのせいでジークさん達に頼むことになっているのだ。
僕とナルセーナには冒険者を宥めることはできず、このままではジークさん達に冒険者達を任せることになる。
ジークさん達が欠かすことのできない戦力であることを考えれば、こうして消耗させるのはできれば避けたい。
対策を考えていなければならないだろう。
そう思考にふけていた僕の意識を取り戻せてのは、ロナウドさんの言葉だった。
「ねえ、ラウスト。君なら一人でフェンリルを足止めできるかい?」
「……え?」
僕は、その言葉に目を瞠る。
変異した超難易度魔獣を一人で足止めする、それを聞けば誰もが無謀だと考える。
……そんな言葉を、あのロナウドさんが告げたことを、僕は信じられなかったのだ。
反射的に僕はロナウドさんに、その言葉の意味を聞こうとするが、その前に怒りを顕にした師匠が口を開いた。
「ふざけるなよロナウド。無駄に貴重な戦力を減らすつもりか?」
「その貴重な戦力を無意味に温存すれば、ここで全員野垂れ死ぬ」
「超難易度魔獣と戦うなど無茶な命令が有意義な戦力の使い方か?」
「いや、確かにそれは違うね。でも、それができなければ迷宮都市は数日持てばいいだけだ。ラルマも分かっているんだろう?」
「……くそ」
険しい表情で言葉を交わす師匠とロナウドさん達に、ようやく今がどれだけ深刻な状況か、僕が理解できたのはその時だった。
僕が超難易度魔獣を足止めしておけるかどうかなんて、今の僕の戦いを見たことのない師匠達には予測もできないどころか、賭けと同義だ。
それでも、その可能性に賭けねばならないほど現状は追い詰められている。
そのことを僕が認識したのは、その時だった。
……いや、実際には理解はできていたのかもしれない。
ただ、受け入れることができなかっただけで。
「……っ!」
無意識の内に固く握りしめた手を見て、急激に胸の中で強い不安が存在を主張し始める。
その不安にようやく僕は、自分が知らぬ間に強い恐怖を覚えていたことに気づく。
それが仕方ないことだと自分で受け入れられる程に、現状は最悪だった。
そしてそれを避けるためには、僕が変異した超難易度魔獣を足止めしなければならない。
そう理解した僕は口を開こうとして、それを中断するかのように、少し前にある床の上、転移陣が現れたのは、その時だった。
それを目にし、ミストの帰還を悟った僕の胸に、浮かんだのは今までどこに行っていたのか、という思いだった。
それは師匠も同じだったのか、ミストの姿が現れた瞬間、苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「一体今までどこにいた? 今がどんな状況なのか分かっているのか?」
「ああ。変異したフェンリルが現れたんだろう」
その問いに、一瞬の間もなく答えたミストに師匠が気色ばむ。
それは僕も同じだった。
ミストの態度は、この最悪な状況を知っているとは思えない程に、平然としたものだったのだから。
そんな僕達を見回し、意表を突いてやったと言わんばかりの顔で笑いながら、ミストは告げる。
「まあ、とにかくついてくるといい。変異したフェンリルでも対処できる」
そう言ったミストの言葉に反応するように、ミストの足元の転移陣が僕達の足元にまで広がり、輝き始める。
「なっ!? 一体何を!」
突然のことに驚愕を露わにする師匠へと、ミストは方目をつぶって口を開く。
「最初に私は言っただろう? 迷宮暴走に対処するために動いてきたと」
今さらながら、ミストがこの状況にあってもなお余裕を失わないだけの何かを知っていることに気づいた師匠が、不機嫌さを隠さない態度でありながらも黙る。
そんな師匠に満足気に頷き、ミストは転移陣を発動する。
「では、行こうか。──迷宮都市の城壁を発動するために」




