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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第44話 話し合い

更新遅くなってしまい、申し訳ありません……。

「魔獣の囮……!」


 その言葉がさすのは、それは冒険者達をあえて逃がしたという事実。

 つまりロナウドさんは、逃げ出した冒険者を魔獣を迷宮都市から遠ざけるために利用したのだ。

 それはまるで想像したこともない可能性だった。

 普段なら、よく考えずに否定したかもしれない。

 だが、驚愕を抱きながら僕は気づく。


 ……リッチの率いる魔獣の群れが迷宮都市に来た後、未だ魔獣が迷宮都市にやってきていないことを。


 隣にいるナルセーナが驚きと共に小さく呟いたのは、僕がその考えに至ったのと同時だった。


「もしかして、魔獣が迷宮都市から離れて行くような気配があったのって……」


「ナルセーナ……?」


「あ、えっと、えへへへ……」


 思わずその言葉に反応してしまった僕に、ナルセーナは曖昧な笑みを浮かべる。

 それは何かを誤魔化そうとしているようにしか見えない態度だった。

 そのナルセーナの様子に僕は、リッチが魔獣を引き連れてきた時もナルセーナはいち早くオークの存在に気づいていたことを思い出す。

 もしかしてナルセーナは……。


「……つまり、冒険者達を魔獣が迷宮都市に来る時間を引きのはずために囮にした。そういうことですか?」


 そんな僕の意識をロナウドさんへと戻したのは、ジークさんの声だった。

 ロナウドさんへと、ジークさんは真剣な表情で詰めよる。

 その問いに答えのは、ロナウドさんではなく師匠だった。


「それ以外考えられないだろう? こいつを誤魔化して冒険者が逃げ出せるわけがない。計算して冒険者を逃がしたと考えた方がよっぽど納得できる」


 いつの間にか、一人だけ足を組んで椅子に腰掛けた師匠は、ロナウドさんを行儀悪くも足で指しながら、そう言い切る。

 そんな見るからに不機嫌さをアピール師匠に困ったような顔を浮かべながらも、ロナウドさんは告げる。


「いや、そんな大層なものではないさ。これは冒険者達の逃亡に気づくのが遅れた故の苦肉の策でしかないよ」


「嘘だな」


「僕が意図的に仕組めば、逃がす冒険者の数は百人程度で抑えている」


 まるで信じようとしない師匠に対し、ロナウドさんは淡々と言葉を重ねる。

 ただ、その顔にはいつのまにか後悔のような感情が滲んでいた。


「僕が冒険者達の逃亡に気づいた時には、逃亡の準備の八割方が終わっていた」


「お前が出し抜かれたのか?」


 未だ疑わしげな目を向ける師匠に、ロナウドさんは紙片らしきものを取り出した。

 それを僕達にも見えるよう机の上に広げる。


 ……広げられた紙片に記されていたのは、冒険者逃亡を唆す言葉だった。


「これは……!」


 その紙片に、僕達は反射的に理解する。

 これが、冒険者の逃亡の際に使われたものであると。


「僕が気づいた時には、この紙片がほとんどの冒険者に渡りきった時だった。あの時下手な対応を取れば、今など比較にならない人数の冒険者が逃げ出していただろうね」


 ……その言葉に今の被害は、ずっとましだったと僕達は理解する。

 しかし、一つだけ僕には理解できないことがあった。


「どうやってこれを……」


 確かにこの紙片ならば、比較的隠れながら冒険者達に逃げることを通達できるだろう。

 それを踏まえても、あの冒険者達がロナウドさんや、ジークさん達から隠れてあれだけの冒険者に逃亡を了承できるとは考えられなかったのだ。

 その僕の問に答えたのは、ナルセーナだった。


「……ギルド職員ですか」


「ああ、彼らが主犯だろうね。彼らが冒険者を唆してこの脱走を考えたのだろう。……愚かにも程がある」


 僕の脳裏に、ナルセーナから逃げる冒険者がギルド職員達を抱えていたと教えてもらったことを思い出す。

 その話を聞いた時、僕はてっきりギルド職員達は冒険者達に利用され、強引に逃げ出したのかと判断していた。


 しかし、あのギルド職員達がそんな生易しい人間なわけがなかったのだ。

 かつて、戦神の大剣にはめられたときを思い出す。

 あの時も、ギルド職員が関わっていた。

 なぜ今回も、ギルド職員達が関わっている可能性に気づけなかったのか。

 そう悔やむ僕を他所に、ロナウドさんは滅多に見せない苛立たしげな表情で言葉を続ける。


「迷宮都市のギルド職員には、迷宮暴走が起きた際のマニュアルが存在し、そのマニュアル道理に動くことが決められている。……ここのギルド職員達は、そのマニュアル道理に動くふりをして僕の目を盗み、冒険者達にこの紙片を広めた」


 有事の際であれば、冒険者達は犯罪者予備軍として恐れられる存在となる。

 故に迷宮暴走時、ギルド職員達には何より求められるのが冒険者のコントロールだ。

 つまり、冒険者達に一番接する機会があったのはギルド職員達で、そのことを利用して冒険者達を説得したのだろう。


「この手際から考えると、迷宮暴走が起きたその瞬間に、ギルド職員達は迷宮都市を捨てることを判断したんだろうね。……迷宮暴走で全てのギルド職員が逃げ出すのは、僕も初めての経験だよ」


 そう吐き捨てたロナウドさんの目には、冷ややかな光が浮かんでいた。


「……っ!」


 滅多に負の感情を表に出さないロナウドさんの怒りに、ジークさんの顔に動揺が浮かび、気づけば、隣にいたはずのナルセーナが僕の背に移動していた。

 弟子であるジークさんとナルセーナからしても、ロナウドさんがこれだけ怒りを露わにするのは、珍しいことなのか。


 ……とはいえギルド職員達の行為は、その反応も納得できるものだった。


 ギルド職員には大きな権限を持つ代わりに、有事の際は率先して動くことを義務付けられている。

 逃げ出したギルド職員達は、特権だけを貪り有事が起きた瞬間逃げ出した。

 僕の中にあったのは、怒りを超えた嫌悪感だった。

 正直、ギルド職員達は戦神の大剣共々、魔獣達に殺されるだろうが、何の感情もわかない。

 師匠も、先程までとは比較にならない苛立ちを顔にうかべて口を開く。


「ギルドが迷宮からの素材を内ではなく、外に出して儲けてることや、特定の冒険者に癒着し、実力のない冒険者達を率先して虐げていることも知っていはいたが……」


「どうやら、知っていたより数段腐敗していたみたいだね」


 ロナウドさんは穏やかに、けれど底冷えする目で普段ギルド職員達がいる方向を見つめながら吐き捨てた。


「度し難い愚かさだ。……秘密裏に他の冒険者を説得してくれた彼らがいなければ、どうなっていたことか」


 ロナウドさんはそう告げて嘆息を漏らす。

 何かを思い出したように僕の方へと振り向いたのは、その時だった。


「そういえばラウスト、君達の方から彼らを労っておいてくれない? 超一流冒険者ロナウドの名において、迷宮暴走が収まったあと正式に謝礼を渡すとも」


「……え? 僕よりもロナウドさんの言葉の方が普通の冒険者は喜ぶんじゃ……」


 ロナウドさんの突然の言葉に、僕は思わず首を傾げる。

 ロナウドさんの言う協力してくれた彼らとは、冒険者だろう。

 だとすれば、確執のある僕から労われたところで、迷宮都市の冒険者が喜ぶとは思えない。

 戸惑う僕に、ロナウドさんは言葉を続ける。


「いや、彼ら曰くラウストに恩義があるらしいと言っていてね。えっと、マーネルだっけ?」


「マーネルが!」


 そういえば、マーネル達は街の人達と仲良くなっているが、ギルド職員達が他の冒険者と同じだと思ってもおかしくない人間だった。

 街の子供達を鍛える彼らの姿を見れば、他の冒険者とは違うと分かるが、ギルド職員達はその姿を知らない。

 マーネル達ならば、他の冒険者に怪しまれないよう逃げないよう説得できたのも納得だった。

 納得しつつも、まさかのマーネル達の働きに驚く僕に、どこか嬉しそうにロナウドさんは続ける。


「ラウストのためになるなら。彼らはそう言って協力してくれたよ。変異した超難易度魔獣だけではなく、仲間まで得ているとは思ってなかったよ」


「……っ!」


 ロナウドさんのその言葉に僕は思わず目を瞠る。

 それは間違いなく僕を労う言葉だった。


「……まあ、私の弟子だからな」


 ロナウドさんの言葉に続いて、赤い髪を指で巻きながら師匠も小さくそう告げる。

 一見、適当なような態度であるが、師匠も自分のことを褒めようとしてくれることを僕が理解できない訳がなかった。

 超一流冒険者であり、何より僕に冒険者としての術を教えてくれた二人からの言葉。

 それは何よりも嬉しいもので、気づけば自然と僕の口元は緩んでいた。

 とにかく、何か言わなければそう考えた僕は口を開こうとして、誰かが強く僕の服の裾を握っていることに気づいたのはその時だった。


 一体どうしたのか、そんな疑問を抱きながら後ろへと振り返った僕の目に入ってきたのは──僕以上にロナウドさん達の言葉に喜ぶナルセーナの姿だった。


「くふふ」


 緩んだ口から微かに笑いを漏らすナルセーナは、興奮で頬を赤く染めていた。

 感情の昂りを抑えられなくなったように、ナルセーナは僕のローブの裾をさらに強く握る。

 そんなナルセーナが、僕が振り向いていることに気づいたのは、次の瞬間のことだった。


「……あ」


 僕と目があったナルセーナは、あからさまに動揺して、目を泳がした。

 その時、僕のローブの掴んでいる自分の手に目をやり、慌てたように手を離す。

 もしかして、ローブを掴んでいたのは無意識だったのだろうか?

 一瞬そんな考えが頭によぎるが、誤魔化そうとするように照れて赤くなった顔で笑うナルセーナに僕は何も言えなかった。

 ……正直、もう胸の中が一杯一杯でナルセーナに何かを言及できる余裕はなかったのだ。

 ただ、一つだけ不満を覚えて、僕は小さく呟いた。


「……もっと誇ってもいいのに」


 別に照れる必要なんかなく、もっとナルセーナには誇って欲しかった。

 変異したヒュドラだけではなく、マーネル達がこうして僕を慕ってくれているのも、ナルセーナがいてくれなければありえなかっただろう。

 本来で確執があるはずの迷宮都市の冒険者に対して僕が何も感じていないのも、ナルセーナが側にいてくれるからなのだから。

 だから、ナルセーナには別に堂々と誇って貰って構わなくて。


 ……だけど、今はその気持ちをナルセーナに伝えるのに気恥しさを覚えてしまい、火照った顔を隠すようにナルセーナから顔を逸らす。


 いつの間にか部屋の中の雰囲気が生温くなっているのに僕が気づいたのは、戻した時だった。


「どうしたんですか……?」


「はあ……」


 何事かと思わず僕が問いかけるが、なぜか返答は呆れるような溜息だけ。

 それに混乱を隠せない僕を無視して、師匠が疲れたような様子で口を開く。


「この二人は何時もだから気にするな」


「何時もなのか……」


「……とにかく話を戻すぞ。今は今後の方針を考えるのが先だ」


 なぜか僕を見て、曖昧な笑みを向けていくるロナウドさんをばっさりと無視し、師匠は話を戻そうとする。


「……少し、よろしいですか?」


 真剣な顔をしたライラさんがそう告げたのは、その時だった。

 ライラさんの言葉に、今まで少し緩んでいた部屋の空気が引き締まる。


「冒険者達が逃げ出した隣街は、大丈夫なんでしょうか? ──迷宮暴走に巻き込まれている可能性はないんですか?」


 不安げにライラさんが告げた言葉、それに僕達の顔から血の気が引いた……。

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