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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第40話 壊滅と敗走

今話は「ギルド職員ナンシー」から、「戦神の大剣のリーダー」と視点が変更します。

「うわぁ! やめろ来るな!」


 顔に絶望を貼り付けた冒険者が、そんな言葉を最後にオークに殺される。

 その冒険者だけではなく、私みたいなギルド職員などとは比較にならない実力を持つはずの冒険者達がどんどんと魔獣に殺されていく。


 ……そんな中、私はただ震えながら必死に身体を縮こまらせることしかできなかった。


 冒険者達の指揮を取っていた一流冒険者のパーティーの一つが壊滅し、もう一つのパーティーが逃げ出してから、戦況は坂道を転がるように悪くなっていった。

 ほとんどの冒険者が逃げ出した一流冒険者を追おうと逃げ出し、戦線があっさりと瓦解した。

 そして待っていたのは、魔獣による一方的な蹂躙だった。


 そんな状況で、もはや一ギルド職員でしかない、私ナンシーを救おうとする冒険者などいなかった。

 ほとんどの冒険者が私に見向きもせず逃げようとして、逃げきれず魔獣に殺されていく。


「……どうすればどうすればどうすれば」


 そんな状況で、私は必死にどうすれば自分が生き残れるのかを考えていた。

 今までと同じように冒険者を利用して、何とか生き残ろうと。


 ……が、どれだけ考えても、もう無駄であることに私も気づいていた。


「なんで、私がこんな目に!」


 そんな現実から目を逸らせなくなった時、私の胸に浮かんだのは迷宮都市から逃げるのではなかったという後悔だった……。


 ギルド職員である私は、迷宮暴走が起きた時迷宮からギルド職員や冒険者が逃げ出すのは、絶対にしてはならないことであると教えられていた。

 迷宮暴走が起きた時は、そのギルドの支部長や、指揮を取ったことのある冒険者を一時的な指揮官とし、その指揮官に絶対服従することが取り決めとそれていたのだ。

 それを破ったものには、指揮官が罰を与えられるとも。


 だが、私を含めたギルド職員達はその取り決めを守る気などなかった。

 なぜなら、指揮官となるだろう超一流冒険者達が民衆まで守ろうとしていることに気づいていたからだ。

 こんな状況でお荷物を抱え、自分の命を危うくするなど私達は許せなかった。


 だから、冒険者達を騙して私達は迷宮都市から逃げ出すことを決めた。

 そう、隣街に逃げ込もうと。


 迷宮暴走が起きてすぐに隣街に逃げ込むのは、絶対に許されない行為だと基本的に決められている。

 状況によっては話は別だが、隣街まで危険に晒しかねないその行為は、極刑と定められている。

 だが、私達は全てを恐怖に駆られた冒険者の暴走にしようと考えていた。

 つまり、恐怖に駆られた冒険者に私達は攫われたのだと、そう筋書きで罪を逃れようと考えていたのだ。

 後から冒険者達が何を言おうが、ギルド職員である私達の言葉の方が信じられるに違いないのだから。


 その計画は途中まで完璧だったはずだった。

 愚かな冒険者達は、ラウストに対する劣等感を煽り、民衆を超一流冒険者が助けようとしていることを教えてあげれば、すぐに乗り気になった。

 その上、全ての責任は迷宮都市支部長にある、私達が庇うといえば、あっさりと騙されて私達を抱えて逃げることも了承してくれた。

 自分達が罪を着せられる未来にもまるで気付かずに。


 ……そんな私達の唯一の誤算が、迷宮暴走に対する意識の甘さだった。


「なんで、こんな強力な魔獣に……!」


 迷宮暴走の際、魔獣が変異することについて、私は書類から知識としては知っていた。

 それが強力だと知っていたから、自分が逃げるために動くことを決めた。


 ……が、その私の認識でも


 迷宮暴走が起これば、指揮官に絶対服従。

 一見厳しくも感じるその取り決めの理由を、今になって私は理解できていた。


 迷宮暴走は、命惜しさに少数で動いた方が命の危険が増す、まさに災害だった。

 正しい知識がなければ、それだけで死の危険が増す。

 だからこその絶対服従なのだ。

 何も知らない人間が、勝手な行動を起こさないようにするために。


 ……そう、私達のような何も知らない人間達を止めるの。


 迷宮暴走の恐ろしさを目の当たりにして、私はようやく理解することができていた。

 これは、個人がどうこうできる何かではない。

 迷宮都市の人間全てが協力し、ようやく生き残れるかもしれないというような、正しく天災なのだと。

 足でまといが増えるのを忌避して、迷宮都市を逃げ出したことがどれだけの愚策だったのかを。


 しかし、もう全てが手遅れだった。


「あ、ああ、あああああああああ!」


 目の前で、オークを何とか切り捨てた冒険者が突然、あらぬ方向をみて悲鳴をあげ、その場から走り出そうとする。

 その冒険者を押しつぶしながら、《それ》が現れたのは次の瞬間だった。


「Fi─────i」


 場違いな美しさを感じてしまう程真っ白な白い毛皮と、その毛皮に覆われた巨躯を走る紫電。

 現実離れした美しさをその目いっぱいに写しながら、私は小さく声を漏らす。


「……超難易度魔獣フェンリル」


 その姿を認識したその時、既に私は自分の死を理解していた。


 振り切れた恐怖と絶望に、自分が遠く感じる。

 そんな中、フェンリルの背後遠い向こうに魔獣の群れから抜け出し、迷宮都市へと逃げ出すぼろぼろな複数人の冒険者達の姿が目に入る。


「Fi──i」


 それが私が見た、生涯最後の光景だった……。





◇◆◇





「はぁ、はぁ」


 一体どれだけ走っていただろうか?

 現在俺は、アレックスを抱えた状態で隣街へと走っていた。


 隣街がもう少しで見えてくることを支えに走るが、ずっと走り続けていた疲労で、目の前が歪んで見える。

 そんな状況になっても、足を止めれば後ろにいる魔獣達がやってくるかもしれないという恐怖から、俺は足を止められない。

 ……が、自分の身体が限界が近いことにも俺は気づいていた。


「っ、り、リーダーもう少し丁寧に走って……」


「……っ!」


 抱えたアレックスの言葉に、俺の胸の中強い苛立ちが生まれる。

 身体強化を持たないアレックスを抱えて逃げることは、俺にとっても大きなハンデだった。

 にも拘わらず、礼どころか文句をいうのは恥知らずとしか考えられない。


 人を一人抱え全力で走ってきたことで疲労に侵された頭に、アレックスをここでおいていってやろうかという思考がよぎる。

 が、その行為を実際にすることなどできはしなかった。


「くそ!」


 超難易度魔獣が現れる最悪の事態となった今、俺達は生き残るために魔獣を隣街に擦り付ける必要がある。

 そのためには隣街を覆う城壁をアレックスの魔法で破壊して、魔獣達が街の中に入り込めるようにしなければならない。

 故に、ここでアレックスを置いていくなんて選択肢は取れなかった。

 内心強い苛立ちを覚えながらも、俺はアレックスの身体を抱え直す。


「ありがとう、ございます」


 抱えられているだけにも拘わらず、疲れたような声を出すアレックスに、俺はさらに苛立ちを募らせる。

 だが、一番俺を苛立たせるのはアレックスだけではなかった。


「俺がアレックスを抱えているのに、堂々と前をはしりやがって……!」


 はるか先に、魔道具で身体強化した武闘家のマースバルが見える。

 マースバルは俺がアレックスを抱えてやっているにも拘わらず、俺に気を使うことなく前を走っていた。

 おそらくマースバルは、そのままアレックスが城壁を魔法で空ければ真っ先に入り込むつもりだろう。


「どいつもこいつも!」


 そう想像し、俺は苛立ちのこもった声を漏らす。

 疲労のせいか、それとも超難易度魔獣が後ろにいる恐怖か、俺は苛立ちを感じやすくなっていた。

 後ろを見ると、そこには俺を追ってきた冒険者達の姿がある。

 フェンリルがやって来ても、その冒険者達が真っ先に囮となってくれるだろう。

 けれど、それで稼げる時間などたかがしれている。

 早く、できるだけ早く隣街につかなければ……。


 遠い向こう、俺の目に青い巨大な建築物らしき何かが見えてきたのは、その時だった。


「……っ! あれは!」


 前を走っているマースバルの速度も心無しが早くなっている。

 それを見て、俺は確信を抱く。


 もう少しで隣街のところまで、自分達がやってきたことを。


「も、もしかしてもう着いたのですか!」


 抱え方のせいで、前が見えず俺に確認してくるアレックスを無視して、俺は笑みを浮かべる。

 が、その笑みは前方で突然足を止めたマースバルの姿に、疑問へと変化することになった。


「……マースバル?」


 突然のマースバルの行動を疑問を抱きながら、隣街へと足を早める。


「なっ!?」


 俺がマースバルが立ち止まった理由に気づくこととなったのは、次の瞬間だった。


 隣街に近づいた俺の目に入ってきたのは、城壁を覆うように展開された青い燐光を放つ障壁だった。


 その光景に、俺は思わず足を止めて呆然と立ち尽くす。

 魔法使いでない俺には、大した知識はない。

 それでもあの障壁がただならぬ労力で作られたものだと理解することができた。


「一体いつ? どうしてこんな障壁を……?」


 圧倒的な障壁を前に、俺は呆然と漏らす。

 そんな俺を正気に戻したのは、耳元でアレックスが漏らした言葉だった。


「そんな……。もう魔獣が!」


「……っ!」


 アレックスの言葉に反応し、後ろを見た俺の目に入ってきたのはオーク達と戦う冒険者達の姿だった。

 どうやら、逃げ出した冒険者を追いかけてきた魔獣達が追いついてきたらしい。

 幸いにも、オーガやフェンリルの姿はない。

 が、魔獣がここまでやってきたということはもう時間の問題だろう。

 そう判断した俺は、アレックスを肩から下ろして叫ぶ。


「アレックス、早く一番強い魔法であの障壁を潰せ!」


「は、はい!」


 そしてアレックスは、詠唱を始める。

 その姿を眺める俺の顔に浮かぶのは、強い焦燥だった。

 アレックスの魔法が障壁を突破できることに関しては、俺は疑っていない。

 何せ、アレックスの発動しようとしている魔法はあの超難易度魔獣に傷をつけたものなのだ。

 その魔法を使えば、アレックスはしばらく使い物にならないだろうが、魔法は城壁ごと障壁を打ち破ってくれるに違いない。


 だが、それだけの魔法には多くの詠唱が必要になることを俺は知っていた。


「……早く、早く完成させろよアレックス!」


 それまでにフェンリルが現れた未来を想像し、俺は小さく呟く。

 その声には、隠しきれない焦燥が滲んでいた……。

更新遅れたことと、もう少し他視点が続くことになってしまい、申し訳ありません……。

ただ確実に次回で、戦神の大剣視点は最後になります。

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