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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第39話 敗走

戦神の大剣リーダー視点となります。

 オーガの姿を認識した時、俺の胸に浮かんだのは激しい焦燥だった。

 オークでさえあれだけ強かった現状、オーガが俺達の戦っていた程度の強さであるわけがない。

 少なく見積っても、下層で最悪とされるリッチとオーガのパーティー以上の脅威はあるだろう。


 ……そんな相手に対し、今の戦神の大剣は戦士と治癒師が欠けた状態だった。


「ナルセーナがいなければ……!」


 戦神の大剣の戦士と治癒師を気絶させた青髪の武闘家に、強い憎しみを抱く。

 が、そんなことをしようが今はなんの意味もなかった。

 とにかく今は、この状況を何とかして切り抜けなくてはならない。

 他の冒険者達を囮にし、逃げるかという選択肢が俺の脳裏をちらつく。


 風火の精霊リーダー、ルイズの声が響いたのはその時だった。


「全員、真っ先にオーガを殺すぞ! 足止めしろ!」


 その声に、自分と同じくオーガを脅威だとルイズが判断していたことを俺は理解することとなった

 声の方向に目をやると、そこにはオーガを確実に殺すため詠唱を唱えるルイズと、詠唱の時間を稼ぐためにオーガへと突撃する前衛の姿があった。


「風火の精霊なら……」


 その光景に俺は思わず安堵を抱く。


 ルイズ率いる風火の精霊は、ルイズの圧倒的な魔法を前提としたパーティーだ。

 その構成は、魔法使いのルイズ、戦士三人に、武闘家。

 それだけ聞けば前衛が多めの他のパーティーと変わりなく聞こえるが、ルイズのパーティーの戦士は時間を稼ぐためだけに重装備を身につけている。

 いつもと違って今回は盾を身につけていないが、強固な全身鎧を身体にまとっている。

 その戦士達が時間を稼ぐ間に、ルイズが超高火力の魔法を魔獣に撃ち込む、それが以前俺が聞かされた風火の精霊の戦い方だった。


 その戦い方からして、ルイズ達はリッチ達のような相手を苦手とするが、今回のようにオーガだけしかいない状況には強い。

 だからこそ、俺はオーガがあっさりとルイズ達に倒される未来を疑わななかった。

 風火の精霊ならば、オーガにも負けないと俺は確信する。


 ……だが、現実が想像通りに動くことはなかった。


 風火の精霊の戦士達は、雄叫びを上げながらオーガへと突撃していく。


「死ねぇぇ!」


「オラァァァァァ!」


「オラオラオラァ!」


 戦士達はオーガの気をルイズと武闘家からそらすために、手に持つ大剣でオーガを滅多打ちにする。

 それはあくまでオーガの気を引くための、攻撃ともいえない行為だった。

 その攻撃でオーガを倒そうなど、戦士のうち一人として考えていないだろう。

 一心に詠唱するルイズを守るように立つその姿が、その何よりの証拠だ。


 戦士としての経験が異常を訴えたのは、その時だった。


「……ここまで叩かれて、ほとんど傷がない?」


 いくら傷つけることが本命でないとはいえ、大剣を叩きつければその威力は中々のものになる。

 戦士達が身体強化で扱う大剣には、それだけの重さがあるのだ。


 にも拘らず、オーガはまるでダメージを受けた様子はなかった。

 それどころか戦士達の攻撃を防ごうとさえせず、まるで煩わしそうに戦士達を見ている。

 そしてオーガは、ゆったりと手を振りあげた。


「っ! 逃げろ!」


 その瞬間、嫌な予感を感じ俺は反射的に叫んでいた。

 しかし、その警告はあまりにも遅かった。


 ……もう既に、オーガの腕は戦士の一人に振り下ろされていたのだから。


「あがァァァァァァァ!」


 戦士の身体を守る強固な鎧が陥没し、耳をつんざく悲鳴が上がったのは、次の瞬間だった。

 残った戦士達は、何が起きたのか分からず呆然と立ちつくしている。


「た、助けて! たすけて!」


 が、凹んで動きを阻害するゴミと成り下がった鎧でよろよろと歩きながら、助けを求める仲間の姿に、残った戦士達もようやく理解することになった。


 オーガの攻撃に対して、自分達の鎧は役に立たないことを。


「う、嘘だろ……!」


「ど、どうすれば! どうすればいい!」


 そして戦士達はあっさりとパニック状態に陥ることになった。

 あの戦士達はその鎧を身につけ、ここまで走ってきたことからも分かるように、ある程度動ける。

 にも拘らず、彼らは呆然とするだけで逃げようともしない。


 それは、常に強固な鎧を身につけており、身体を守られていると感じていたからこその弊害だった。

 それが役に立たなくなった時、彼らはまるで自分が丸裸で魔獣の前に立たされたように怯え、役に立たなくなる。


 その光景を、俺は一度見たことがあった。

 そう、超難易度魔獣を行った時に。


「あのオーガの攻撃は、超難易度魔獣並だというのか……!」


 かつて俺は、一流冒険者達と臨時のパーティーを結成して、超難易度魔獣討伐に参加したことがあった。

 風火の精霊の戦士達は盾も持っていたから厳密には違うかもしれない。

 それでも、魔獣に頼みの鎧を潰され、惨めに慌てるあの姿は、かつてのあの時とよく似ていた。


 ……それを理解できたからこそ、あまりの絶望的な状況に俺は動揺を隠せなかった。


 魔獣討伐の際は、戦神の大剣や風火の精霊の他、二組の一流パーティーが参加しており、すぐにフォローに入っていた。

 けれど、一番近い俺でさえすぐにはオーガのそばに行けない今、風火の精霊の戦士達を救えるものはいない。


「ヨワイナ」


「ぎぃあっ!」


 短い断末魔と共に、鎧が陥没した戦士がオーガに殺され、他の戦士達の顔に絶望がよぎる。

 そんな状況でも、唯一ルイズだけは冷静さを失っていなかった。

 仲間を正気に戻すため、ルイズは必死に声を張り上げる。


「狼狽えるな!」


 ……だがそのルイズの行動は、さらに最悪の状況を招くこととなった。


「気を確かに持て! まだ俺達は戦える! 戦わないと」


「オマエガカナメカ」


「死ぬ……え?」


 次の瞬間、呆然とする戦士と恐怖で動けない武闘家を無視し、オーガはルイズを標的とした。

 自分が殺した、かつて戦士だった鉄くずを驚異的な力で持ち上げ、ルイズへと投げつけたのだ。

 それに気づいたルイズは何とか避けようとするが、後衛のルイズに高速で飛来するそれを避けることはできなかった。


 鈍い音と共に、戦士だったものと重なったルイズが崩れ落ちる。

 死んだのかは、分からない。

 が、ルイズが戦闘不能になったのは明らか。


 風火の精霊の壊滅を俺が悟ったのは、その時だった。


「なんなんだよ、あれは!」


 リーダーが戦闘不能になり、動揺を隠せない風火の精霊を蹂躙するオーガの姿に、俺は震える声を漏らす。

 こんな光景を想定できるわけなどなかった。

 その時、俺の頭に蘇ったのはかつてのラウストの言葉。


 リッチが戦術級魔術を発動しようとしていたということだった。


「くそが!」


 それをまるで信じていなかった自分に、いまさらながら俺は後悔を抱く。


 しかし、俺には衝撃やそんな後悔を抱いている時間さえ与えられなかった。

 突然草原に響き渡った鼓膜が破れそうになるほどの高音の咆哮。


「Fii──────i!」


「なっ!?」


 それに驚愕し、咆哮の方へと振り返った俺の目に入ってきたのは、かつて見たことがあるヒュドラなどの超難易度魔獣とも劣らない白い巨体と、それに率いられるようにこちらにやってくる魔獣の群れだった。

 紫電を纏う、獰猛な狼のような顔を持つそれに、俺は震える声でその名を告げる。


「……フェン、リル! 雷速の超難易度魔獣!?」


 ──最悪の事態、変異した超難易度魔獣の出現を俺が理解したのは、その時だった。


「ふざけるよ! なんで、なんで……!」


 あまりの展開に、俺の口から誰に向けたものでもない恨み言が漏れ出す。

 フェンリルは、超難易度魔獣の中でもトップレベルに値する速度をもつ超難易度魔獣。

 この状況で遭遇するのは、最悪としか言えない。


 一瞬俺は、自分の死を覚悟する。

 が、そんな弱気を押し殺し、俺はオーガを睨みつけた。


「こんなところで死んでたまるか!」


 まだ死ぬと確定したわけではないと、俺は自分を鼓舞する。

 ……とはいえ、ここから生き残るために取れる手段は、一つしか存在しなかった。

 それをはっきりと理解して、俺は仲間へと叫んだ。


「お前ら、全力で走れぇえ!」


「ぐっ!」


 大剣を投げ捨て、未だ呆然としているアレックスを抱えた俺は、隣町を目指して走り出す。

 ギルド職員がどうとか、もはや言っていられる段階では、もうなかった。

 今ならば他の冒険者が囮になると判断し、俺は俺は後ろを見ることなく走る。


 ……その脳裏に焼き付いていたのは、迷宮暴走を軽視し、迷宮都市を後にした自分への後悔だった。

次回はギルド職員目線から、戦神の大剣リーダー視点最後となる予定です。

長くてもあまり面白くもないのではやく終わらせたいのですが、長引いてしまったら申し訳ありません……。

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― 新着の感想 ―
今ならば他の冒険者が囮になると判断し、『俺は俺は』後ろを見ることなく走る。 繰り返してる事に意味があるのでしょうか?
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