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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第38話 魔獣対冒険者

戦神の大剣のリーダー視点となります。

「くそ! 早すぎるだろうが!」


 はるか前方に見える魔獣達の群れ。

 異常な速度でこちらへと向かってくるそれを見つめながら、俺は悪態を漏らさざるを得なかった。


 迷宮都市から逃げ出して一体どれだけの時間が経ったのか、正確な時間を計っていた訳ではない。

 だが、距離から考えればまだ二時間程度しか経っていないはずだ。


 にも拘らず、魔獣が現れるなど想像できるわけがなかった。


「少し前にも、魔獣が現れていたんじゃねえのかよ!」


 リッチが戦術級魔法を迷宮都市に撃とうとしていた、ラウストが俺達に言った言葉はまだ記憶に残っている。

 戦術級魔法云々に関しては、ラウストが話を盛ったと俺は考えているが、リッチが現れたことまでは嘘だとは思っていなかった。

 このタイミングで迷宮都市を逃げた理由には、ラウストからリッチが現れたと聞いたことも含まれている。

 少し前に魔獣が現れたら、次の魔獣が現れるまで時間があると判断したのだ。


 運が良ければ、魔獣が現れるその前に街に入れるかもしれない。


 そう希望を抱いていたからこそ、俺は想像よりも早すぎる魔獣の出現に動揺を隠せなかった。

 他の人間もそれは同じで、急ぎ準備をしている冒険者達の顔には、焦燥が浮かび作業が明らかに遅い。


 その光景に俺は悟る。

 今から逃げても、状況を悪化させるだけだと。


「どうして何も上手くいかない……!」


 苛立ちに俺は歯を食いしばる。

 冒険者達は俺にとって、囮でしかない。

 それでも、無意味に失うことは避けたかった。

 俺の想定では、冒険者達を囮として使う場面はもっと先。

 こんな所で囮を失う訳にはいかない。

 それに、冒険者達以上に失う訳にはいかないものが俺にはあった。


「ま、魔獣!? 私達を守ってくれるのよね?」


「こんなことになるのならば、迷宮都市にいた方が……」


 突然の非常事態にまるで役に立たず、騒ぎ立てるギルド職員達。

 その姿は苛立たしいことこの上なかったが、それでも彼らは、街に逃げるに至って絶対に必要な人間達だった。

 ギルド職員達を連れて逃げられるだけの状況を作るために、俺はある決断を下す。


「全員武器をとって構えろ! まだ戦闘準備が整っていないやつを守りながら戦うぞ!」


 その言葉に既に準備をしていた冒険者の一部が、顔を歪める。

 が、その冒険者達は最終的に何も言わず武器を構える。

 その態度に俺は少し苛立ちを覚えるが、今はそれどころじゃないと、魔獣がやってくる方向へと目をやる。


 ……魔獣が現れたのは、すぐのことだった。


 百を優に超えるようなホブゴブリン達が雄叫びを上げながらこちらへと走ってくる。


「多すぎるだろうが……!」


 その光景に、自然と俺の顔は強張っていた。

 こっちは五百人の冒険者で、万が一にも負けることはないだろう。

 それでも迷宮からいつ魔獣が現れるかわからないこの状況では、時間の消費が致命的となりかねない。

 そして、この数の魔獣達を悠長に相手にしていれば、どれだけの時間を消費することになるか。


 ……最悪、冒険者達を諦め、自分達でギルド職員達を抱え逃げるか。


 そんな考えが俺の頭に浮かぶが、眼前に迫ってきた魔獣達に思考が中断されることになった。


 まず初めに、俺へと飛びかかってきたのは魔獣達の先頭にいたホブゴブリンだった。


「シネ!」


 無機質な声に殺意を滲ませ、ホブゴブリンは無手でこちらへと飛びかかってくる。

 そのホブゴブリンに、八つ当たりするように俺は大剣を振り下ろした。


「どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!」


 大剣はホブゴブリンの頭を潰すどころか、そのまま身体を縦に両断する。


「ギギ!」


 大剣を下ろした瞬間を隙だと判断したのか、さらにホブゴブリンが俺へと飛びかかってくる。

 が、その攻撃も俺の身体に傷つけることはなかった。

 俺の身にまとう鎧が、無手でしかないホブゴブリンの攻撃をあっさりと阻んだのだ。


「ギィっ!?」


「効かねえよ!」


 俺は鎧の硬さに驚くホブゴブリンの腹部を、硬い靴に守られた爪先で蹴りあけ吼える。

 そして動きが止まったホブゴブリンを大剣で切り裂いた。

 それに反応し、さらにホブゴブリン達が俺へと集まってくるが、無手のホブゴブリン達は到底俺の相手ではなかった。


 大剣の一振で複数人のホブゴブリンの胴体を切り裂き、攻撃は鎧に全て弾かれる。

 そんな俺の前からは徐々にホブゴブリン達が消えていき、いつの間にか俺には戦況を確認する余裕さえ生まれていた。


 ホブゴブリン達を相手にする冒険者達は決して無傷ではなかった。

 少し確認できるだけである程度の死人がいる。

 それも、中級冒険者以上の中にもだ。


 とはいえ、決して戦況は悪くはなかった。


「五百人いれば、こんなもんか」


 それを確認し、俺は笑う。

 少なくとも、これならギルド職員達は守れるし、冒険者達の損害も想定内だと判断して。


「っ!」


 ……だが、次の瞬間ホブゴブリン達の後ろから現れたオーク達に、俺の笑みは凍りつくことになった。


 中層に存在する魔獣オーク。

 それは、本来であれば下層を狩場とする俺にとって意識すべき存在ではない。


「あれがオーク? ふざけるなよ……!」


 その常識は目の前のオークを目にした瞬間、崩れされることになった。


 オークの人数はホブゴブリン達に比べるとはるかに少なかった。

 人数にして、五十人もいないに違いない。

 にも拘らず、俺は本能的に理解する。



 このオークの群れは、ホブゴブリンなど比較にならないほど厄介だと。



 その瞬間、俺は反射的に同じ一流冒険者である風火の精霊のリーダー、ルイズへと叫んでいた。


「ルイズ、真っ先にあれを潰すぞ!」


 俺が叫んだ時既にルイズは魔法を発動するべく、詠唱を始めていた。

 そのルイズの反応に、俺はルイズも自分と同じ判断に至っていたことに気づく。


 そう、オークには俺達以外が当たっても、相手にすらならないと。


 その俺達の判断は正解だった。

 俺達の前にオーク達と交戦を始めていた冒険者達の集団から悲鳴が上がるのが分かる。


「何だよ、このオーク……!」


「ノルズ! 目を開けろ!」


 先程まで有利だったはずの戦況は一瞬で変わった。

 誰かがその流れを止めなければ、ギルド職員達にも被害が及びかねない。


「くそ!」


 そのことをはっきりと理解し、状況を少しでも変えるために、 俺はオークへと走りだした。


 背後で詠唱していたルイズと戦神の大剣のアレックスの魔法が完成したのは、丁度俺がオークの元にたどり着いた時だった。


「風の精霊よ!」


「樹の精霊よ!」


 複数のオークの身体を風が裂き、さらにその動きを樹木が制限する。

 だが、そんな程度の魔法でオーク達が動揺することはなかった。


 樹木で動きを制限されることのなかったオーク達は、俺達を無視して他の冒険者達のところへと向かっていく。

 そして、動きを制限されたオーク達も、冷静な態度を一切崩すことなく、自身の動きを制限する樹木を剥がし始める。


「オークの力じゃないだろう!」


 瞬く間に、樹木の拘束は半分以上剥がされてしまい、その光景に背後のアレックスが悲鳴をあげる。

 本来ならばオーク程度なら、数分程動きをとめられるアレックスの攻撃が、まるでオークに通用していない。


 それでも、樹木を剥がすその瞬間だけは、オーク達も隙だらけだった。


「オラァァァァア!」


 もう既にオーク達の目前まで迫っていた俺は、その隙を見逃す訳がなかった。

 樹木を剥がしていたオークの一体の腕を俺は大剣で切り飛ばす。


「ブギィィイ!」


 腕を切り落とされたオークは薄汚い悲鳴を上げた。

 強い怒りに染まった目でこちらを睨んでくる。

 次の瞬間、オークは樹木の制限を剥がすの中断し、残った片腕で俺を掴みかかってきた。


 しかし、動きが制限された状態での片腕での攻撃では、俺に当たる訳がなかった。

 自分へと伸ばされたその腕を大剣で切りは払い、俺は笑う。


「遅せぇよ!」


「フギィィイイイイイ!」


 口から泡を吹き出しながら、激昂するオークから感じる殺気は下層のオーガに匹敵するもの。

 が、両腕を失って動きを制限されたオークなど、俺の敵ではなかった。


「死ね!」


 俺は大剣をオークの首へと叩きつけた。

 一瞬、骨に当たり振り下ろした大剣の勢いが弱まるが、強化された身体能力で強引に首を叩き斬った。

 動かなくなった首のないオークの亡骸に、俺は勝利の笑みを浮かべる。


「ホカノニンゲントチガウ」


「ヤッカイダナ」


 ……樹木の制限をオークが突破したのは、その瞬間だった。


 仲間を殺した俺を脅威と判断したのか、複数のオーク達が一斉に俺へと攻撃をしかけてくる。


「……っ!」


 その攻撃は俺の想像よりもずっと早いものだった。

 下層でのオーガにも勝るとも劣りはしないその攻撃に、俺は目を瞠る。

 それでも、下層でオークの集団を相手にしている俺には、対応可能な範囲でしかなかった。


「戦士を舐めるな!」


 身体に致命的になりかねない攻撃は大剣で、それ以外は鎧で受けながら、俺は複数人のオーク達と渡り合う。


 とはいえ、渡り合うまでが限界だった。

 次々と攻撃してくるオーク達に、俺は防戦一方になってしまう。

 そんな俺を嘲るように、オークは醜悪な顔を歪めた。


「コノジョウキョウデ、ヨクホエルナ」


 まるで、勝利を確信したかのように。


 そしてさらにオークの攻撃が苛烈さを増す。

 だがその状況下でさえ、俺の心には焦燥はなかった。

 冷静にオークの攻撃に対処していく。


 戦士とはたしかに、魔獣にダメージを与えるアタッカーでもある。

 が、それだけが戦士の役割ではない。


 仲間の魔法使いが魔法を唱えるため。

 遊撃手に攻撃が行かぬようにするため。


 魔獣の攻撃を一身に引き受け、勝利を得るための時間を稼ぐことこそが、戦士の一番重要な役割なのだ。

 故に俺はオークへと笑ってみせる。


「うるせえよ。負けるのはお前らだ!」


 余裕を崩さない俺に、オークの顔が歪みさらに何か言おうとする。


 ──しかし、その口から言葉が吐き出される前にオークは膝から崩れ去った。


 倒れたオークはその一体だけではなかった。

 俺へと集中して攻撃していたオーク達が数体、急に前のめりに倒れていく。


「隙だらけだ」


 そして、倒れたオークの背後から現れたのは、戦神の大剣の武闘家、マースバルだった。

 その姿に、俺は思わず口元に笑みを浮かべる。


 武闘家は本来身体強化するような能力を持っていない。

 にもかかわらず、冒険者達が優遇する理由がこの火力だった。

 いくら優秀な戦士であれ、このオーク達を一撃で倒すことなどできはしないだろう。

 が、武闘家のスキルならば一撃で戦闘不能に持ち込むことができる。


 その火力は時として、大きく戦況を変えるのだ。

 そう、今のように。


「ブギィ!」


 突然倒れた仲間と、その後ろから現れたマースバル。

 次の瞬間、マースバルを脅威だと判断したオーク達は振り返り、マースバルへと攻撃しようとする。


 けれど、それは考えられる限り絶対にするべきではない悪手だった。

 何せ、この俺に隙を晒すことになったのだから。


 身体能力を限界まで上げ、俺は叫びながらオーク達の首元へと大剣を振り下ろす。


「死ねぇぇぇええええ!」


 全力で横に振るった大剣の一撃は、一体のオークの首を跳ね飛ばし、二体目の首の半ばで止まる。


 人間なら致命傷となりかねない攻撃を受けてもなお、二体目のオークが倒れふことはなかった。

 それどころかそのオークは、怒りのこもった目で俺を睨み、腕を振り上げる。


「チッ!」


 その攻撃が振り下ろされる前に、俺は大剣を手放し大きく後退した。

 一応予備の短剣は持っているが、これではオークに大した傷は与えられないだろう。

 一体どうするか、俺の頭を迷いが支配する。


 背後から、アレックスの詠唱が聞こえたのはその時だった。


「豪炎よ! 燃え尽くせ!」


 次の瞬間、豪炎が俺の真上を通り、オーク達にまとわりつく。

 それを見て、俺は思わず口元に笑みを浮かべた。

 アレックスの発動した魔法は、かつてパーティー合同で超難易度魔獣の討伐をした時にも、有効だった最強の魔法だった。

 いくら変異し、異常な力を持つオークでもどうしようもないに違いない。

 その俺の予想通り、豪炎はオーク達を燃やす


「ブギィィィィイイ!」


「ブギィィィ! ブギィ!」


 アレックスの魔法に、黒焦げとなったオーク達が力尽きて死んでいく。

 俺達が相手にしていなかったオーク達の中で動くものがいないのを確認する。

 その後に、俺は少し柄が焦げて熱くなった大剣を手に取った。


「これが準魔剣じゃなかったから、買い直さないと行けないところだぞ……」


 一瞬、アレックスに怒鳴ろうかなんて思考が頭によぎるが、今はそれどころではないとその気持ちを押し込む。

 そして、俺は周囲へと目をやった。


 現状、戦況は決して良くはなかった。

 中級以下の冒険者達のほとんどは、オーク達に対抗できず、多くの死者が出ている。

 それでも、状況は最悪ではなかった。


「……この調子なら、オーク達は無事に討伐できるな」


 逃げ惑う冒険者達はろくな抵抗もできず、オーク達に殺されていっている。

 その被害は決して少なくない。


 が、冒険者達がオーク達の気を引いているお陰で、現在俺達一流冒険者達は安定してオーク達を撃退することができていた。

 ギルド職員達も怯えてはいるものの、傷一つない。


「これなら、ギルド職員達も無事に連れて行けるな」


 安定してオーク達を撃退しているルイズ達、風火の精霊などのパーティーを見ながら、俺は安堵の息を漏らした。


 ……しかし、この時の俺は気づくべきだった。


 これだけの魔獣が出てきている現状、オーク以上の魔獣が現れても決しておかしくはないことを。

 いや、出てこない方がおかしいことを。


 ──そのことに俺が気づいたのは、手遅れとなった時だった。


「……っ! 何だ!?」


 今までと比べものにならない地面の振動。


 それに反応して魔獣達がやってきた方向、つまり、迷宮がある方向へと俺は目をやる。

 その方向からこちらへと走ってきていたのは、俺がよく知るはずの魔獣だった……。


「お、オーガ……!」

次回は戦神の大剣のリーダー視点→ギルド職員視点となる予定です。

次次回で戦神の大剣のリーダー視点を終わらせる予定です。

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