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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第37話 逃亡の冒険者

前回逃げ出した冒険者の戦神の大剣のリーダー目線です。

「くふ、ふははは!」


 見回す限りの草原。

 その中で俺は堪えきれず喜悦に満ちた笑声を上げていた。


 意識を巡らせれば、あの忌ま忌ましい欠陥治癒師に、恥をかかされた記憶は鮮明に思い出すことができる。

 超一流冒険者達を盾に、俺達戦神の大剣が迷宮都市の冒険者の指揮を取ろうとしたことを邪魔したあげく、股間を蹴り上げ俺を昏倒させたこと。

 そのことに対する怒りは鎮静するどころか、時間を置いたことによりさらに強いものとなっていた。

 が、その怒りは今、俺の中にはなかった。


 代わりに俺の心を支配するのは、これから地獄を辿るだろうラウストや、超一流冒険者達への嘲りだった。


 背後を見ると、そこにいるのは草原に座り、迷宮都市からここまで走ってきた疲れを癒している冒険者達の姿。

 その数は五百人を超えているだろう。

 しかも、その中には迷宮都市の中でも上位の実力を持つとされる中級以上の冒険者達が含まれている。

 その上これだけの人数の冒険者が逃げ出せば、迷宮都市の人手どころか、戦力も大きく減っているに違いない。

 たしかにラウストやナルセーナ、そしてジークや超一流冒険者達の能力は他の冒険者達と別格と言っていいが、あくまで彼らの身体は一つしかない。

 できることには限りがあるのだ。


 ラウストに対する怒りがあるからこそ、その迷宮都市の現状に、俺は強い愉悦を感じずにはいられなかった。


 そばにいた戦神の大剣のメンバーの魔法使い、アレックスが話しかけてくる。


「今はあの欠陥治癒師も慌てているに違いないですね、リーダー!」


「ああ、そうだな」


 アレックスの言葉に、俺はさらに笑みを濃くした。

 あの治癒師が顔を青くして、慌てている姿を思い描くだけで、どうしようもなく愉快な気持ちが湧き上がってくる。

 その顔を見ることができないのが、惜しくてたまらないほどに。


「こんなに上手くいくとはな。あの足でまとい達を連れていくのに最初はいい気はしなかったが、どうやら正解だったらしい」


 そうして俺が視線を向けたのは、冒険者達の中に混じり、地面に座り込んでいるギルド職員達の姿だった。

 最初は俺は、足でまといにしかならないギルド職員達をを連れて逃げ出すことに、抵抗を覚えていた。

 仲間を抱えて逃げるだけでも負担な現状、戦えもしない人間達を連れて逃げるのは、リスクが高すぎる。

 だが、その考えが変わるほどの働きをギルド職員達はしていた。


 今回、これだけの冒険者達をジーク達に気づかれずに逃げるよう説得できたこと。

 また、圧倒的な身体能力を有するナルセーナ達から逃げるために、草原に迂回する提案をしたのも、全てギルド職員達のアイディアだった。


 それらを考えれば、ギルド職員達を連れだしたことは非常に有効だったと言えるだろう。


「それにギルド職員さえいれば、隣街に魔獣を擦り付けることとなっても、言い訳が聞くからな」


 迷宮暴走が起きているこのタイミングで逃げ出すことがどれだけ悪手であるか、それについては俺もある程度理解してはいた。

 そもそも迷宮都市冒険者は、ギルドから他の都市よりも手厚い恩恵を与えられる代わりに、有事の際力を貸すことを義務付けられている。

 特に高位の冒険者になるほど。


 迷宮都市ギルドが、特に強い冒険者を求めるのはそれが理由だ。

 全ては有事の際、つまり迷宮暴走が起きた時に戦力を確保するため。


 現在俺達はその取り決めを無視して逃げている。

 本来であれば、それは決して許される行為ではない。

 隣街に逃げたところで、ギルドの規約違反ということで、俺達は逆に牢獄行きとなるだけだ。

 だが、逃げたのが俺達だけでなく、ギルド職員も一緒に逃げていれば話は変わる。

 ギルド職員達を助けるため、逃げたとそう言い訳することができるのだ。


 それに、魔獣を引きつつれたまま隣街に入ることになっても、俺達を援護することをギルド職員達に条件としている。

 これなら、何があっても俺達が被害を受けるようなことはありえないのだ。


「全て上手くいっているな」


 完璧な未来予想図に、俺は興奮を隠せない。

 迷宮暴走に巻き込まれることなくやり過ごせる自分の計画に、口元が緩むのを抑えられない。


 俺の覚えている限り、迷宮暴走とは時が進む程に悪化していくものだったはずだ。

 そんな状況でありながら、悠長に迷宮都市内部に引きこもっているつもりなどなかった。

 そんなことも知らずに、迷宮都市に引きこもる選択をしたラウスト達を俺は嘲る。


 ……自分の曖昧な知識が間違っている可能性に気づかずに。


「……あまり調子に乗るなよ、アズール。状況は決して最善ではないぞ」


 そんな私へと苦々しげな顔で口を開いたのは、私と同じ一流冒険者である風火の精霊リーダーである魔法使いの男、ルイズだった。

 気分がいい所に口だしされたことに、一瞬俺は不満を抱く。

 とはいえ、ルイズの言葉は正論だった。


 俺もう一度、背後にいる冒険者達へと目をやる。

 そこにいる冒険者達の人数は、迷宮都市の三割以上だと考えれば、彼らを引き連れて逃げれたことは誇るべき事柄だろう。


 ……俺の本来の想定していた冒険者達の人数が、千人近くでなければ。


「分かってさ。本来の人数の二分の一の冒険者しかいなんだからな」


 そう呟いた俺は、ふとすぐ横にいる戦神の大剣メンバーを横目で見る。

 そこには、本来いるはずの戦士と治癒師の姿はない。

 ナルセーナに気絶させられ、真っ先にこの場から離脱したのだ。

 ナルセーナに気絶させられた冒険者はそれだけではなかった。


「……少なくとも、五十人以上はいたな」


 草原に走り込む最後、後ろを見た時に倒れていた冒険者の人数。

 それを思い出し、俺の背に寒いものが走る。

 たしかに冒険者達は逃げることに専念していたとはいえ、抵抗しなかったわけではない。

 にも関わらず、ナルセーナはあの短時間でこれだけの人数の意識を奪ったのだ。


 ……それは明らかに異常だった。


 しかし、一番やばいと思ったのは、あの眼鏡の超一流冒険者達の戦士、ロナウドだった。


 脱走にあたって、ラウスト達の異常さを知る俺達は油断しなかった。

 超一流冒険者の魔法使いと、ラウストがいなくなった後、それもロナウドやアーミアがギルドで休憩したところを狙って逃げ出したのだ。

 その狙い通り、アミーアは当然のことに魔法すら使えず、足が遅いジークは数十人程度の離脱だけで振り切った。

 ロナウドに限っては、現れた時既に俺達のほとんどが冒険者ギルドから離れていた。


 その時、俺達は脱走が完璧に成功したことを疑っていなかった。


 なのに、その時になってもロナウドに焦りはなかった。

 ただ冷静に異様な輝きを放つ大剣を抜き、明らかに当たるわけがないのに、俺達へと大剣を振り下ろした。


 近くにあった家の壁に傷を与えながら、背後にいた冒険者達が血を吹きながら倒れたのは次の瞬間だった。

 超一流冒険者に対する認識が甘かったこと、それを俺が理解したのは、その時だった。


 あの光景は、未だ脳裏にはっきりと映っている。

 その直後、恐怖に背を押されるようにただ前だけを見て走っていたから、その後何が起きたのかは分からない。

 けれど、この状況から推察すれば、多くの冒険者がロナウドを恐れ、足を止めたのだろう。


 ……ロナウドの休憩中でなければ俺達の逃走は失敗に終わっていたかもしれない。


 その想像に、俺の顔が歪む。

 すぐに俺は、こうして逃げられたのだから何も問題はないと、忌ま忌ましい記憶を頭から振り払う。


 だが、ルイズはそうではなかった。


「……なあ、俺達は逃げるべきじゃなかったんじゃないか?」


 他の冒険者に聞こえないようそう告げたルイズの言葉は震えていた。


「……っ!」


 その言葉に強い苛立ちを覚えた俺は、ルイズを睨みつけていた。


 俺の中にも、自分の決断が間違っていたかもしれない、という思いはたしかにあった。

 それでも、それをこうして口にするルイズを俺は許せなかった。


「ふざけるな! あの欠陥治癒師の下につけと言いたいのか!」


 俺がこうして迷宮都市を抜け出すことを決意した一番の理由、それはラウストの下に着くことがどうしても納得できなかったからだっあ。

 表向きには超一流冒険者達が指揮を執る形となるのだろうが、ラウストが俺達の上に立つという構図は変わりはしない。


 それは俺にとって、絶対に許せないことだった。


「なあ、ルイズ。お前だって、急にあの欠陥治癒師が成り上がったことをよく思っていないんだろう? だとしたら、今から戻ろうなんて馬鹿な考えを起こすなよ」


 そして、治癒師を快く思っていないのはルイズも同じだった。

 ラウストが変異したヒュドラを倒したことを見ていたこの魔法使いは、臆病にもラウストと表立って対立しようとはしなかった。

 が、ラウストに良い感情を抱いていないのは俺と同じで、それを利用して俺は説得しようとする。


「それに、あのロナウドという超一流冒険者達が、今から戻っても俺達を許すと思うか?」


「……そう、だな」


 その言葉に、ルイズの顔に悩ましげな表情が浮かぶ。

 これだけの戦力なら、戻っても罰せられることはないと、俺は内心考えていたが、それを表には出さず言葉を続ける。


「それにだ、俺達の足なら四時間あれば隣町につく。そうすれば、命の危険に晒されることもない。このまま逃げた方が何万倍もいい。そうだろう?」


 そして最後に俺は、ルイズの耳元で背後の冒険者達を指さし告げた。


「……いざというときには、五百人の囮があるんだしよ」


 その言葉に、ルイズの目に怪しい光が宿る。

 それを確認して、俺はルイズから離れた。


「そうだ、何があっても大丈夫だ」


 その時には、もう俺の心に先程ルイズと話したことで生まれていた不安は、消えていた。

 自分を安心させるため、俺は確認するように呟く。


「俺達は絶対にな」


 ……その俺達の中に、自分達が含まれていないと知りもしない冒険者達に、嘲りを浮かべながら。


 しかし、その俺の表情は次の瞬間起きた異常によって、焦燥に変わることとなった。


「……あれは、なんだ?」


「俺達をおってきた迷宮都市の連中か? いや、方向が違うよな……?」


 最初にそれ、に気づいたのは座り込んでいた冒険者達の一部だった。

 まるで緊張感の感じられないその会話に、俺もなんの気もなしにその冒険者達が見ていた方向へと目をやる。


「──っ!」


 緊急事態に俺が気づいたのは、その時だった。


「全員、早く動ける準備をしろ!」


「こんな時に……!」


 俺の言葉に、半数となる中級以上の冒険者達が事態を把握し、準備をし始める。

 だが、半数の冒険者達は未だ状況が理解できず呆然としている。


「何やってんだ! 早く立ち上がれ!」


 そんな冒険者達へと、俺は叫ぶ。


「──迷宮暴走だ! 魔獣達がやってくるんだよ!」


 ……その俺の言葉に、冒険者の顔から血の気が引くことになった。

次回は色々と設定を組むため、二週間後になるかもです。

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