第36話 その頃のナルセーナ
この度、ブックウォーカー様の新作総選挙に、「パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき」がノミネートされました!
また、2巻も発売中ですので合わせてよろしくお願いします!
(今回はナルセーナ視点となります)
「……大丈夫かな、お兄さん」
騒がしい迷宮都市の喧騒に紛れる程度の小さな呟きを私が零したのは、オークの群れを確認する時にも使った高台の上だった。
目の前の草原のさらに奥にある迷宮へと意識を向けながらも、他にやることがなく暇をもてあそばせた私はさらに口を動かす。
「お兄さんは、なんだかんだでラルマさんの無茶振りを断れないもんね。……ううん、今は自分のことに集中しないと」
そのまま私の意識はお兄さんのことへと移りそうになるが、頭を降って切り替える。
ラルマさんやお兄さんのことだ。
どんな相手でもら危機的状況になるとは考えにくい。
今は二人のことよりも自分の役目に集中しないといけない、そう判断した私は改めて草原へと集中する。
現在私は、迷宮から魔獣が出た際いち早く発見するため、見張りをしていた。
本来ならば見張りは下位の冒険者に頼み、迷宮都市有数の戦力である私は休息して何時でも戦えるようにするのが自然かもしれない。
だが今の迷宮都市は、そんなことを言ってられる状況ではなかった。
理由は分からないが、この迷宮都市にはなぜか防壁がない。
迷宮暴走の恐れがある迷宮都市には大抵、迷宮から守るように防壁が築かれているどころか、付近にある街にまで防壁があるにもかかわらずだ。
迷宮都市にある建築物は、今私が高台として利用している白いよく分からない何かで作られた建造物が四つ都市を囲むようにあるだけ。
そのよく分からない建築物以外には、迷宮都市には大きな建築物は存在しない。
そう、この迷宮都市では防壁を盾にしながら魔獣を殲滅できないどころか、迷宮都市に魔獣の群れが近寄ってきた時点で危機的状況に追い込まれる欠陥都市なのだ。
「……この迷宮都市こそが、一番防壁が必要なのに」
名も知らぬ都市の設計者に、私は思わずそんな文句を漏らす。
とにかく今の迷宮都市は、魔獣が迷宮に近づく前に殲滅しなければ速全滅の危機にあった。
だからこそ今は、強力な身体強化系スキルで視覚を強化でき、魔獣をいち早く察知できる人間が見張りに立つ必要があった。
「……オークの群れみたいなことはないようにしないと」
先程のリッチとオークによって構成された群れを私は思い出す。
あの時はラルマさんとロナウドさん、二人の超一流冒険者のお陰で助かったが、あれは幸運だったと考えるべきだろう。
少しロナウドさんの対処が遅れていれば、今頃迷宮都市は潰れていた。
もうあんな近くまで魔獣達が近づくのは、何としても避けなくてはならない。
「特に、ジークさんやマーネル達以外の冒険者は信用できないし……」
そう呟く私の顔は、自然と苦々しいものとなっていた。
あの忌々しい戦神の大剣のリーダーらしき男が、あっさりとお兄さんに潰された後、一見冒険者達は大人しくしている。
が、何か様子がおかしいことに、私は気づいていた。
「この状況ぐらい、協力すればいいのに」
今回の迷宮暴走はただごとではない。
そう本能的に理解しているからこそ、私は冒険者達の態度に強い不満を覚えていた。
今迷宮都市にいる冒険者は千五百人を超えるが、数字通りの戦力を期待することは今のままではできないだろう。
単純な実力であれば、ここにいる冒険者はかなりのものだが、あくまでパーティー単位での実力でしかない。
集団戦になれば、ここの冒険者達なら上の指示を聞かず、暴走しかねない。
「私だって、この状況だからお兄さんと一緒にいるのを我慢しているのに……!」
誰も見ていないのをいいことに、私は高台の上頬を膨らませる。
本当なら私も、ギルド支部長に会いに行くお兄さんの方について行きたかった。
冒険者達の中には、お兄さんがいなくなったのを隙と考えたのか、いやらしい目で見てくるどころか、声をかけようとしてくる者もいる。
それらは単純に不快だったし、こんな状況だからこそ、なおさら私はお兄さんのそばにいたかった。
非常時だとその思いを抑えて、私はこの場所で見張りをしているのだ。
それにもかかわらず、この場所に残る冒険者達にはごねるものは後を立たない。
どの冒険者も、自分が生き残ることしか考えていないのだ。
迷宮暴走下では、その考えこそが死期を早めることも知らずに。
「はあ……。せめて、魔獣が襲ってきた時にはきちんと戦ってくれたらいいのだけど」
そう呟きながら私は、かわらず草原の方へと目を向ける。
いつ何時、変化が起きても見逃さないように。
すぐに対応できるようにと。
……しかしその警戒心こそが、私の行動を遅らせることとなった。
「……っ!」
突然、複数人の人間の怒声とも悲鳴とも取れる声が響いたのを、私の強化された聴覚は聞き逃さなかった。
反射的に私は、何かよからぬことが起きたことを察知して立ち上がる。
が、私の行動はそこで止まった。
何をすればいいのか、そもそも何が起きたのかさえ分からず、私は呆然と草原を見回す。
「魔獣は来てないよね?」
それは、私が職務に忠実に従っていたからこその混乱だった。
常に高い警戒心を草原に向けていたからこそ、騒ぎが聞こえた時私は、反射的に原因が魔獣だと思い込んでしまったのだ。
私より後ろにいるはずの冒険者達が、魔獣に気づくことなんてありえないことを忘れて。
だが、その混乱はほんの一瞬のことだった。
自分以外の人間が魔獣に気づけるわけがないことに、すぐに私は思い至る。
「お兄さんがいないから気が張っていたのかな……」
未だ支部長と会話していると思われるお兄さんへと思いを馳せながら、そう呟いた私は草原から目を離し背後へと目をやる。
そして私は信じられぬ光景を目にすることとなった。
「…………嘘!」
そこにあったのは、身体強化スキルを全力で使い走る集団の姿。
1拍の後に、私は今何が起きているのかを理解する。
──冒険者達が迷宮から逃げ出そうとしているのだと。
魔法使いや、治癒師といった身体強化スキルや、魔道具を身につけていない面々を抱え、走る冒険者達の姿。
その光景を目の当たりにした私は、呆然と呟く。
「何を考えているの!?」
自分達だけを助けようとする思考が暴走の結果、冒険者達は迷宮都市から逃げ出そうとしているのだろう。
街の人達を守らなければならないなんて御免だと。
……が、逃亡が最悪の手段でしかないと知っているからこそ、私は冒険者達の正気を疑う。
本来冒険者達はギルドと契約し、迷宮暴走のようね有事の際には、協力することが義務付けられている。
特に今回のような災害時に逃げ出せば、罪人として指名手配されるのは確実だ。
そしてそれ以上に、迷宮暴走が起きているこの状況で逃げ出すのは、ただの愚行だった。
隣町まで逃げる途中、迷宮から魔獣達が溢れ出すことになれば、逃げ出す最中に冒険者達は魔獣の群れに襲われることになる。
そうなれば、どれだけの被害が出るのか考えるまでもない。
魔獣に襲われながら運良く隣町まで逃げることが出来る者がいても、それは隣町を迷宮暴走に巻き込むことにほかならない。
……そうなれば死罪は確実だろう。
それが分からず暴走する冒険者達の姿に、私は衝撃を隠せない。
「くそが! 止まりやがれ!」
そんな私の意識を取り戻させたのは、冒険者達を追いかけ走ってきたマーネル達の怒声だった。
その姿にようやく私は、今は混乱している暇などないことに気づく。
できるだけ多くの冒険者を止めなければならないと。
その瞬間、私は身体強化を発動して高台から飛び降りた。
そして私が降り立ったのは、走っていた冒険者達のちょうど前だった。
突然前に現れた私に、全速力で走っている冒険者達は顔を驚愕を浮かべ、その顔を忌々しげに歪めた。
「……っ! 欠陥治癒師の所の青髪の武闘家か!」
先頭に立って走る冒険者が、戦神の大剣であることに私が気づいたのはその時だった。
それが示している事実、今回の冒険者の逃亡が戦神の大剣の仕業であることに気づいた私は、怒りを露わに戦神の大剣を睨みつける。
「……どれだけお兄さんを困らせれば!」
その瞬間、私は感情のままに冒険者達へと走り出した。
最初に私が標的としたのは、戦神の大剣のボスを守るように先頭に飛び出た戦神の大剣の若い戦士だった。
私は一切の躊躇なく、戦神の大剣の戦士へと殴りかかる。
前に飛び出した戦士の手には、走っていても動きやすいようにか、予備の短剣が握られていた。
戦士はそれを掲げ防御しようとするが、走りながらの動きは、あまりにも鈍重だった。
私はあっはりと、その短剣を弾き飛ばす。
「あっ」
そして、呆然とした顔をする戦士の腹部を殴りつけた。
戦士は軽装の装備を身につけていたが、スキルを発動した私の拳はその装備を通過して衝撃を与える。
次の瞬間、力を失ったその戦士の身体はその場に崩れ落ちた。
その際、その戦士が抱えていた治癒師も地面に放り出され、当たりどころか悪かったのか甲高い悲鳴をあげて蹲った。
二人の人間が突然その場に崩れ落ちたことで、逃げる冒険者の一部の足が鈍ることになる。
それをチャンスととらえた私は、一番近くにいた名も知らぬ冒険者を次の標的とし、殴りかかった。
「ぐっ!」
その際、地面に転がっていた治癒師を踏みつけることになり、くぐもった悲鳴が上がる。
が、それをまるで意に介さず私は、標的にした冒険者を殴り飛ばし、意識を奪った。
気絶した冒険者という障害物が増えたことにより、さらに冒険者達の動きは鈍っていく。
それからは、私の独壇場だった。
逃げることに集中しているせいか、それとも私の腕が上がったのか、冒険者達の中で私の動きに反応できる者がは少数だった。
その上、冒険者のほとんどは逃げるため軽装にしており、非戦闘員というお荷物を抱えている。
時々、やぶれかぶれで攻撃してくるものもいるが、その対応は私にとって容易でしかない。
結果、私は五人、十人、二十人と次々冒険者を無力化していく。
……だが、私の顔に浮かぶのは紛れもない焦燥だった。
「おお、すぎる……!」
私がどれだけ冒険者達を無力化しようが、逃げる冒険者の数は減ることはなかった。
まるで増えているじゃないか、そんな錯覚さえ覚えるような人数が、迷宮都市から逃げ出さそうと走り続けている。
……その頃になれば、冒険者が抱える非戦闘員の中に、ギルド職員の姿もあったに私も気づいていた。
つまり、この冒険者達の大逃亡はギルド職員達も協力していたことを示していた。
ギルド職員の手を借りたということは、一体どれだけの人数の冒険者逃げているのか。
そんな思考が、心に強い焦燥をもたらす。
それでも私は、焦る心を落ち着かせ、必死に冒険者達へと拳を振るう。
今はとにかく、冒険者達を気絶させて止めるべきだと判断して。
しかし冒険者達の先頭にいた私は冒険者達の波に呑み込まれ……いつの間にか冒険者達の集団は私を追い越していた。
背後からはマーネル達が冒険者を止めようとはってくれていたが、焼石に水だった。
そして、冒険者達の大多数は迷宮都市を超えていく。
「逃がさない!」
その状況になってもまだ、私は諦めていなかった。
肩で息をしながらも、私は冒険者の最後尾へと走りより、冒険者達を殴り蹴り飛ばし、逃げる冒険者達を減らしていく。
集団で走っている冒険者達の集団に追いつくことは、私にとって難しいことではなかった。
「これなら!」
希望を見出した私の顔に希望が浮かび、こちらに視線を向けながら必死で逃げる冒険者の顔に恐怖が宿る。
が、次の瞬間冒険者達の逃走している先にあるものに気づいた時、私の顔に焦燥が浮かぶことになった。
「草原!?」
──冒険者が逃げている方向にあるのは、迷宮のある草原の奥深くだった。
冒険者達の計画が、想像以上に練られていたことを私は理解する。
このままでは、迷宮から魔獣が出てきた時私も巻き込まれることになる。
冒険者を止めるため散々暴れ、息が上がっている今、そんなことに巻き込まれるのは、最悪の状況だ。
走る速度が落ち、私の中に迷いが生まれる。
このまま冒険者を追うべきか、諦めるべきか。
自分の背後へと視線をやると、そこには意識を失い倒れた数多くの冒険者の姿があった。
だが、前を走る冒険者と比べればその数は微々たる人数に思える。
一瞬の躊躇の後、私は冒険者達へと走り出そうとして。
「ナルセーナ下がれ!」
「──っ!」
……ロナウドさんの叱咤が響いたのは、その時だった。
「その連中よりお前が大事だ! 諦めて戻れ!」
ロナウドさんの言葉は、正論だった。
それでも私は冒険者達を追おうとして……足を止めた。
冒険者達の背中はどんどんと遠ざかっていく。
……私には、それを見ながら唇を噛み締めることしかできなかった。
前書きにも書かせて頂きましたが、治癒師が新作総選挙にノミネートされました!本当にありがとうございます!
そして感想欄にたいする返答なのですが、私はこれからも治癒師を書き続けて行くつもりです。
新作に関しては正直短編、よくて中編程度の作品なので、そちらを主にするつもりはないです。
治癒師の更新が遅くなったのは、モチベーションが上がりすぎて質を上げようとした(無理でしたが)だけなので、できれば今後は、更新頻度を上げていければと思っております!
更新頻度などで、モチベーションなどについて勘違いさせてしまい、本当に申し訳ありません!




