第34話 処罰の理由
脱出経路が存在しないと告げた支部長に、師匠も一瞬目を見開く。
本当に脱出経路が存在していなければ、それは作戦が根元から崩れることになる。
だが、そんな情報を鵜呑みにするわけがなかった。
「誰がそんなことを信じる?」
師匠は冷ややかな目で支部長を睨みつける。
「こんな嘘で我々を騙せると思ったのか? 迷宮暴走を引き起こしていないが、前から知っていたとお前達は告げた。その上で、脱出経路は用意していない?」
師匠から殺気が漏れ、部屋の中を再び緊迫感が覆う。
「私達を馬鹿にするのも大概にしろ」
支部長ミストを睨む師匠に合わせ、僕も無言で戦意を高める。
今は限界まで戦闘は避けなければならない状況ではあるが、それを相手に知られれば脅しの意味がなくなる。
だから僕と師匠は、最悪戦闘に陥るぎりぎりのラインを装い、戦意をむき出しにする。
その戦意を前にして、バンザムの顔は強張り、緊張から僕の身体にも力がこもる。
自分よりもはるかに修羅場を渡ってきたであろう師匠さえ緊張しているのがわかる。
その中、支部長だけは自然体だった。
「そう勘違いされるのは心外だよ」
緊迫した空気の中、支部長は困ったような笑みを貼り付け笑う。
「私はただ、支部長という立場柄こういうことが起こり得ると気づいただけ。確信だって出来きていなかった」
そして鋭い目を支部長を僕に向け、言葉を続ける。
「それに、予兆に関しては、迷宮都市の冒険者の方が詳しいと思うのだが、どうだい? ──短期間で変異したヒュドラを討伐した英雄殿?」
「……え?」
突然話を向けられた僕は戸惑う。
師匠にも、何かを知っているのか、とでも言いたげな視線を向けられるが、まるで心当たりはなかった。
迷宮暴走に関する知識を僕は多少持っている。
だが、その知識の中にも迷宮暴走のきっかけなどない。
そんな僕が迷宮暴走のきっかけなんて察知できるわけもない。
支部長が僕の動揺を誘おうとしているのか、そう僕は考える。
僕があることに思い至ったのは、そう思い込む直前だった。
「短期間で変異したヒュドラ……!」
瞬間、迷宮暴走のせいで一旦頭の奥にしまわれていた記憶が蘇ってくる。
それは、今まで僕達をおそった超難易度魔獣のことだった。
あのヒュドラも、そしてジークさん達と討伐したフェニックスも、本来ならば有り得ないような速さで変異していた。
あの超難易度魔獣の変異に対する不安は、迷宮の出入り禁止や、迷宮暴走などが重なり、一時的に頭の奥に押し込められていた。
が、蘇ってきた記憶が支部長の言葉と合わさり、全てが繋がっていく。
「……もしかして、魔獣に起きていた異常全てが迷宮暴走の予兆だったと言いたいのか?」
「さあ?」
想像もしなかった結論を導き出し、呆然と尋ねた僕に対して支部長は断言はしなかった。
「ただ、中級冒険者が迷宮上層で死んだりと、あまりにも不可解な状況が重なり過ぎている現状を説明できるのが迷宮暴走だった」
支部長の言葉に、マーネル達が殺さないでくれと僕に謝りに来た一件を思い出す。
あの時聞いた中級冒険者が迷宮上層で死ぬことが多発しているという話、それを今の今まで僕は忘れていた。
ただの中級冒険者の失態だと思い込んで。
が、街に来たホブゴブリン達と討伐した今、僕は真実に気づいていた。
「あのホブゴブリン達が中級冒険者達を殺ししていた……?」
武器を持ち、マーネル達を襲おうとしていたホブゴブリン達の姿を思い出しながら、僕は告げた。
それならば、あのホブゴブリン達が持っていた武器の理由も分かる。
想像以上に散りばめられていた異常。
それらが迷宮暴走と繋がっていた可能性に動揺する僕へと、支部長は同意を求めるように笑いかけてきた。
「これで分かってくれたか? 私はあくまで、これまでの異常から迷宮暴走が起こりかねないと思っていただけに過ぎない。そんな推論で、脱出経路を用意しはしない」
「……っ!」
支部長の言葉、それは決しておかしいものではなかった。
今までの異常から、迷宮暴走を思い描くのをおかしいとは断言できない。
その上、推論だけだと考え、脱出経路を用意しないのもありえないとは言えない。
それでも僕は、支部長の言葉を信用することは出来なかった。
この状況でなお、未だ笑みを崩さない支部長の顔を見つめる。
支部長は迷宮暴走が起こり得る可能性を知っていただけだと告げたが、この落ち着きようを見てそれだけだと僕は思えなかった。
支部長の落ち着き具合は、迷宮暴走が起こることを確信していたがゆえのものにしか見えない。
それに、今の僕はギルドに対し、不信感しか抱いていなかった。
横にいた師匠が僕に、小さく囁く。
「……ラウスト、ミストの言葉を信用するな」
その言葉に師匠も支部長のことを信用していないことを理解し、僕は小さく頷く。
そして、支部長を睨みつけた。
「申し訳ありませんが、その言葉が本当でも僕にはあなたを信用することは出来ない」
「……っ!」
僕の言葉に支部長の横にいたハンザムが反応し、怒りに満ちた目で僕を睨んでくる。
だが、それだけで実害はないと判断した僕はさらに支部長に言葉を続ける。
「迷宮暴走が起きた時に、他のギルド職員たちを見捨て姿を消し、迷宮暴走が起こる可能性に気づきながらなんの行動も起こさなかった人間の言葉なんて、信用できるわけがない」
淡々と僕は支部長に告げる。
何があろうが、支部長の言葉を絶対に信用しないと。
「あの時の判断は適切なものだと思うが?」
そこまで言われてなお、支部長の僕に対する態度は変わらなかった。
それどころか、さらに親しみを感じさせる態度で、僕へと笑いかけてくる。
「今回私とハンザムが二人で姿を消したのは、あのギルドにいれば無駄に時間が奪われ、迷宮暴走に関して正しい情報が入ってこないと判断したからだ。君だって知っているだろう? 彼らの能力のなさを」
同意を求めるように告げた支部長の言葉に僕は返事を返さない。
が、その言葉が事実であることについては否定しようが無かった。
この迷宮都市のギルド職員や、一流冒険者達はレベルが低い。
考えているのは富や名誉。
この状況では、自分が助かることしか考えず、偏った情報しか支部長に持ってこないだろう。
とはいえ、僕にとっては支部長やハンザムもその同類でしないのだが。
そんな僕の思考に気づかず、支部長はさらに言葉を重ねる。
「それともう一つ、訂正しておきたいのだが、私は迷宮暴走が起こりかねないと知った時から行動は起こしていた」
「……っ! つまらない嘘を!」
次に支部長が告げた言葉に、僕は苛立ちを覚える。
僕の記憶が正しい限り、ギルドが何か役に立つ行動をしていた記憶などありはしない。
それどころか、散々な目に合わされた記憶しかない。
故に、支部長に告げた言葉は冷ややかになっていた。
「それとも、僕達や街の人達にあれだけ好き勝手なことをしたのが、迷宮暴走のための行動だったと言うつもりですか?」
それは、ただの皮肉だった。
街の人達が助けを求めてきた時。
また、迷宮への出入りを禁止された時。
それが善意からのものではないことぐらい僕は分かり切っていた。
「ああ、そうだ」
「…………は?」
……だから、次の瞬間の支部長の返答に僕は動揺を隠せない。
そんな僕から目をそらすことなく、支部長は断言した。
「街に素材を流さなかったのも、君への不当な処罰も、全て万が一の際に犠牲者を減らすための対策だった」
更新遅れてしまい本当に申し訳ありません!
伏線整理に想像以上に手間がかかり、少しの間更新遅れ気味になるかもです……。




