第32話 対面
僅かな躊躇の後、僕は師匠の背中を追って通路に降り立つ。
白い石の地面に降り立ち顔を上げると、少し先には、魔力で身体強化、魔法で防御力を上げる師匠の姿があった。
手早く戦闘準備を整えた師匠は、僕を一瞥し口を開く。
「ラウスト、短剣を抜いておけ。ここから先は常に警戒を怠るなよ」
一方的にそう言った後、師匠は通路の奥へと歩き出した。
その師匠の背中を見ながら、僕は小さく口を動かす。
「そういうことか」
その時になって僕は、今回なぜロナウドさんではなく自分を同行させたのか、その理由をようやく理解した。
狭い通路の中、ゆっくりと歩く師匠は周囲への警戒を絶やすことはない。
師匠のその態度は、この狭い通路の中戦うことを想定しているからのものだった。
屋内での戦闘を想定すれば、大剣を扱うロナウドさんでは明らかに不利、最悪戦闘の邪魔になりかねない。
それはジークさんでも同じだ。
武闘家であるナルセーナなら、この屋内でも戦闘は可能だが、このスペースでは一番の武器の速さは使えなくなる。
師匠とは違い、魔法に詠唱が入り、近接戦闘もできないアーミアに関してはお荷物にしかならない。
師匠はそれらの事情を考慮し、屋内での戦闘に一番弊害がない僕を同行させることにしたのだ。
その師匠の判断は合理的だった。
合理的な判断は、何より師匠の真剣さが伝わってくる。
そしてその師匠の真剣さこそが、支部長という男の異常さを物語っていた。
「何者、なんだ……?」
小さく僕が漏らした言葉には、迷宮都市支部長に対する驚愕が込められていた。
師匠がこれだけ警戒し、おそれる相手だと認識したことで知らず知らずの間に、僕の中にも緊張が高まっていく。
前を歩いていた師匠が立ち止まったのは、その緊張が最高潮に達した時だった。
「見つけた」
「っ!」
師匠の言葉に反応し、僕が師匠の肩口から前を覗くと、薄暗い通路の先に、厳重な扉があるのが見えた。
自然と魔力探知を行った僕は、扉の先が全く探知することができず、顔を引きつらせた。
魔力探知をしたにもかかわらず、まるで何も理解できない。
それは、僕にとって初めての体験だった。
そしてその異常こそが、扉の先に何かがあると、何より雄弁に告げていた。
僕の異常に気づいたのか、師匠が小さな声で僕に話しかけてくる。
「お前にもあの男の異常さが理解できただろう。私にもあの先がどうなっているかは分からん」
険しい顔つきの師匠に、僕の胸にさらに不安が広がる。
しかし、このままいつまでもとどまっておくわけにはいかない。
決意を固めた僕は、師匠へと口を開いた。
「行きましょう」
その言葉が本心か確かめるように、僕の目を覗き込んだあと、師匠は扉の方へと歩き出した。
すぐに扉まで僕たちは辿り着き、最後に師匠が僕の方をみる。
それに短剣を握りしめた僕は無言で頷く。
それ合図に、師匠は扉を開け放った。
次の瞬間、大きな音を立てて開かれた扉の内部が露わとなる。
部屋の中には、通路と同じく僅かな灯りしか存在しなかった。
その小さな照明に照らせれていたのは、人が住むのにはやや殺風景に感じる部屋と、その奥にたたずむハンザム。
そして、ハンザムを従えるように座る長い白髪の髪の白い衣をきた老人だった。
「っ!」
その姿を見た瞬間、僕は直感的に理解する。
師匠が警戒しているのは、この老人。
この男が、魔力探知を阻害していた張本人なのだと。
瞬時に僕が理解できる程の何かを、老人は持っていた。
この老人は師匠と同格だと、反射的に理解した僕は短剣を前に構える。
だが、短剣を向けられてもなお、老人の態度に何か変化があることはなかった。
「騒がしいな。せめてノックくらいは、するべきとは思わないのか?」
その老人の言葉には、まるで敵意が感じられなかった。
それどころか、老人は僕たちにまるで自分の子供にに接するかのよう、親しげに話しかけている。
その老人の好々爺じみた態度に対する親しみを自分が感じていることに気づき、僕の中さらに警戒心が膨れ上がる。
師匠が出来るだけ敵対するな、そういっていたのを覚えているにもかかわらず、短剣を下げることができない。
「返事もしてくれないとは、中々寂しいものだ」
そんな僕たちの様子を見て、老人は小さくそう告げて立ち上がる。
老人の顔のある部分が、僕の目にありありと晒されることになったのは、その時だった。
「なっ!」
長身な老人が立ち上がったことにより、老いてなお端正さを感じさせるその顔がさらに照明に照らされることになる。
結果僕の目にさらされることとなったのは、人間ではあり得ない長さをした耳だった。
まるで予期していなかった目の前の光景に動揺した僕は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。
「エルフ⁉︎なんで、神の寵愛を受けなかった種族が……!」
神の寵愛を受けなかった種族、それは亜人とも言われる、はるか昔に絶滅したとされる複数の種族の総称だった。
亜人達はそれぞれ、人間よりも遥かに強い力や魔術を使えたが、人間と違い創造神からスキルを与えられなかったことにより、数百年前に滅亡した。
そのことを本で読み知るからこそ、僕は激しく動揺してしまう。
だが一方で、頭の中の冷静な部分が師匠の言葉からこの可能性は推測できてもおかしくなかったと囁いていた。
師匠は、今回の件にはるか昔に消え去ったはずの異質技術が関わっていると言っていた。
その異質技術の生みの親こそが、数百年前に滅亡したとされる亜人の一種、エルフなのだ。
まさか師匠は最初から、エルフが支部長であることを知っていたのか?
その考えに至った僕は、師匠の方へと目をやろうとする。
が、次の瞬間響いた怒気に満ちた声に、僕の意識は奪われることになった。
「おい、欠陥治癒師。その忌々しい呼び名を口にするな」
声が響いた方へと目をやると、そこには僕を睨みつけるハンザムの姿があった。
突然の敵意に驚く僕に対し、さらにハンザムは言葉を重ねる。
「この方の足元にも及ばないお前が、一体どんな口を聞いている?」
殺気さえこちらに向け始めたハンザムへに、僕は自然と臨戦態勢に入る。
それに呼応するようにハンザムも腰の後ろに結びつけていた武器の柄に手をかける。
そんなハンザムをなだめたのは、とうの支部長だった。
「ハンザム落ち着きなさい。私は気にしていない。それにこの時代、一々目くじらを立てていたらきりがない」
「っ!ですが!」
支部長本人になだめられても、ハンザムは武器から手を離そうとはしない。
それを見た僕も、警戒度を上げ、部屋の中を先頭一歩手前の張りつめた空気が支配する。
しかしその空気は、師匠により粉々に打ち砕かれることとなった。
「余計な話は後にしろ。殺されたいのか?」
先ほどのやりとり全てを余計なことと評されたハンザムが、師匠の敵意を向ける。
が、その顔に浮かんだ敵意はすぐに霧散することになった。
──師匠が魔術を発動寸前まで構築し、ハンザムと支部長に向けていることに気づいて。
「なっ!」
そんなハンザムをつまらなそうに一瞥したあと、師匠は支部長に向き直り口を開いた。
「世間話も余計な話の内に含まれているのを頭に入れておけ。今からは私に聞かれたことだけを答えろ」
その時になって、この部屋にいる全員が理解する。
今まで師匠が一言も発していなかったのは、魔術を発動する準備を整えていたからだと。
「何が、出来る限り戦闘はさけるだ……」
そんな中、僕も少なからず動揺しながら身体強化を行なっていた。
師匠の魔法が完成しているとことを考えれば、ほとんど勝負が決まったようなものだが、念のために戦闘準備を整えていた方がいいだろう。
どちらにせよ、戦闘は避けられないのだから。
「くそ!」
そんな僕と師匠の態度を見て、もう遅いと分かりながらも、ハンザムが武器を抜き放つ。
しかしそんな状況になっても、ただ一人支部長の態度だけは一切変わることがなかった。
緊迫した空気の中、もはや異常さえ感じられる好々爺じみた笑みを浮かべ、口を開く。
「ラルマ、いきなりこの規模の魔術を発動するのはひどくないか?」
僕が支部長の言葉に、師匠に対する親しみが溢れていることに気づいたのは、その時だった。
ただの勘違いだと判断した僕は、すぐにその考えを頭から振り払おうとして……ある可能性が僕の頭に浮かんだのは、その直前だった。
最初、僕達がこの部屋に入ってきた時、支部長はまるで子供に話しかけるかのように、声をかけてきた。
それを僕は内心を伺わせないための演技、または僕のことなど子供程度の脅威しかない、と暗に告げているのかと考えていた。
が、それ以外の可能性に今なって僕は気づいたのだ。
そう、師匠と支部長が前からの知り合いである可能性。
「──間違っても師匠に向ける態度ではないと思うのだが」
「…………え?」
師匠を弟子と告げた支部長。
その顔には変わらず好々爺じみた笑みが浮かんでいる。
「それと一つ。この程度の魔術で私を、本拠地にいるエルフを止められると思っているのであれば、私は弟子の退化を嘆かざる得なくなるぞ?」
……だが、もはや僕はその笑みに畏怖以外の感情を抱くことは出来なかった。
更新遅れてしまい申し訳ありません!
色々と考えたのですが、今回かなり色々な設定とか伏線を一気に出してしまったので、混乱されてしまった方申し訳ありません……。
次回あたりも少し設定をかなり出すかもです。
また、ラウストの不遇から実力を得るまでとか、用語とかまとめないと……。




