第27話 戦術級魔法
高台に登った僕達の目に入ってきたのは、百を超える魔獣が迷宮都市に押し寄せる光景だった。
「……なんだよ、あれ」
マーネルが呆然と呟く。
その言葉は、震えていたがそのことを指摘する者はいなかった。
この場にいる誰もが、理解できていたのだ。
……今の状況では、マーネルの反応を責めることが出来ないと。
押し寄せる魔獣は、オークだけではなかった。
大量のオーク以外に、ホブゴブリンなどの上層の魔獣や、中層の魔獣、そして下層の魔獣、リッチさえ存在している。
通常の場合であれ、これだけの規模の魔獣の群れが迷宮都市に押し寄せれば、大きな被害が出る。
その上、押し寄せる魔獣達が先程のホブゴブリンのように強化されてる可能性もある。
そうなれば、一体どれ程の被害が出るか僕には想像もできない。
そんな状況を前に、僕は呆然と口を動かしていた。
「これじゃまるで………いや、あり得ない」
途中で、僕は自身の言葉を否定した。
それは、絶対に起こるわけがないとそう判断して。
頭に浮かんだその考えを直ぐに切り捨て、魔獣の群れへと意識を移す。
ここまで来た以上、迷宮都市から逃げるという選択肢も取ることはできない。
避難の準備が整う前に、魔獣達が迷宮都市に辿り着く。
もう戦う以外の選択肢は残されていないのだ。
そう判断した瞬間、僕は目の前の魔獣と戦う決意を固めた。
「マーネル達は、街の人達を頼む!」
「は、はい!」
僕の言葉に、街の冒険者達が急いで街の人たちの元に向かっていく。
それを見送り、僕は密かにある決意を固めた。
絶対に、魔獣達を迷宮都市の近くに来るまでに、決着をつけなくてはならないと。
迷宮都市から一番近い都市には城壁があるにもかかわらず、当の迷宮都市には城壁がない。
つまりここまでくれば、魔獣達はなんの障害もなく迷宮都市に入ることができる。
今の迷宮都市の状態では、中に入れた時点で何が起こるなど想像にやすい。
そうなれば、幾ら避難したと言っても街の人に被害が出るのは確実で、それどころか迷宮都市の冒険者全てが再起不能になる可能性がある。
それは、絶対に避けなければならない。
そう判断したのは、僕だけではなかった。
「ここを死守するぞ」
その言葉とともに、背中の魔剣に手をかけたジークさんから感じる威圧感が、膨れ上がる。
ジークさんは、自身も緊張を抱きながら、それでも僕達を勇気付けようと口を開く。
「ここに来る前に、ライラにもオークのことを言ってある。後もう少しで冒険者達がやって来るはずだ。そこまで持ちこたえれば、数はこちらが優位になる」
「私達なら、大丈夫ですね」
そのジークさんの気遣いに関わらず、ナルセーナにはまるで緊張はなかった。
一切の気負いを見せず、自分達なら絶対に出来ると言いたげな様子で。
それは、この状況下では楽観的すぎると言われても仕方ない態度かもしれない。
事実、ジークさんはナルセーナのその言葉に、驚いている。
だが、僕はナルセーナと同じ気持ちだった。
確かに、今は未曾有の危機だろう。
迷宮の魔獣が地上に、それも強化された状態で現れるという、まるで原因もわからない状況だ。
それでも、変異したヒュドラと戦ったあの時よりも、遥かに状況はマシだった。
ナルセーナは今までの強敵との戦いで、その技量が更に高められ、僕も大幅に強化の能力を身につけている。
出会った当初ならともかく、今の僕達は大幅に成長している上、今回はジークさんもいる。
幾ら強化されていようが、この程度の数ならば十分に時間を稼ぐことができる。
そう僕は、確信する。
……しかし、その考えは甘い見積もりの上で成立していることに、僕は気づいていなかった。
「………え?」
迷宮都市まであと数百メートルもないところで、突然魔獣達が立ち止まったのに最初気づいたのは、ナルセーナだった。
「……何が起きている?」
「急に止まった?このタイミングで何故……」
続いて、僕もジークさんも魔獣達の不審な動きに気づいたが、その理由に思い至ることはなかった。
ただ、どうしようもなく嫌な感覚が積み重なっていき、得体の知れない感覚に顔を歪める。
ナルセーナが切迫詰まった声をあげたのは、その時だった。
「………っ!魔法!あの、リッチは周囲の魔獣を利用して、強力な魔法を使おうとしています!それも、戦術級を超えるような」
戦術級の魔法、ナルセーナが告げたその言葉に、僕の頭の中とある記憶が蘇った。
それは、ギルドで読んだ戦争に関する本。
そこでは、数百人の魔導師の魔力を合わせることで、強力な魔法を発動する方法が書かれており、その魔法の呼び名が戦術級だった。
その話を今の状況に照らし合わせれば、リッチは魔獣の魔力を使って、強力な魔法を扱おうとしていて……。
「──っ!」
今自分の置かれている危機を正確に理解したのは、そこまで思考が及んだ時だった。
もし、本に書かれていたような魔法をリッチが放てば、迷宮都市がどうなるかなど考えるまでもなく理解できる。
危機を認識した僕とナルセーナは、焦燥を隠せない。
一人、ジークさんは状況を理解できておらず、僕は説明しようとして……その行動は無駄になることとなった。
「戦術級?それはいったい……なっ!」
次の瞬間、ジークさんの言葉を遮り、リッチのいる頭上あたりに半径10メートルを超える魔法陣が形成された。
その光景に、どれだけ今の状況が最悪か、簡潔に伝えられたジークさんの顔から血の気が引く。
空で輝くその魔法陣に、手遅れかと思い込んだ僕の頭に絶望の二文字が過ぎる。
だが、その僕をナルセーナの凛とした言葉が現実に戻した。
「まだ、魔力を溜めている段階です!今なら、止められる!」
魔法が完成するまで、後どれくらいの猶予があるのか僕には分からないが、決して長くはないだろう。
その間に、僕達はあの魔獣の群れを突き抜け、リッチを殺さなければならない。
それは、明らかに分の悪すぎる勝負。
「行くぞ!」
それでも、その勝負を制すること以外に道がないことを理解した僕達は、ジークさんの言葉を合図に、魔獣の群れへと走り出した。
文字数少なめで、申し訳ございません……
本来であれば、あともう少し入れようと考えていなのですが、入れると絶対に文字数がとんでもなくなりそうな気がして、今回はここまでにしました。
次回こそは、もう少し早く更新できたらいいなあ……




