第24話 最悪の異常事態
「くそったれ!ギルドは何を考えている!」
ラウストさんが迷宮を出入り禁止にされた大まかな事情、それをサラムスから聞いた俺は、苛立たしげにそう吐き捨てた。
専属冒険者を増やしたいギルドと、それを断り直属冒険者のパーティーメンバーになったラウストさんの間に確執があること、それは俺も知るものだ。
冒険者を軽視するギルドにとっては、一冒険者に逆らわれたというのは腹立たしいことなのだろう。
「ギルドの奴らは、やっていいことと悪いことも分からねえのか!」
それを考慮しても、今回のことは明らかにやってはならないことだった。
話を聞く限り、明らかに悪い方は最初にラウストさんへと喧嘩を仕掛けた、戦神の大剣の方だ。
それは冒険者ギルドだけではなく、俺たちのような冒険者でさえ一致する常識。
なのに本来であれば、それを優先して守るべきギルドがその常識を無視した。
それは、絶対に許してはならないことだ。
その思いに背を押されるまま、俺は仲間へと口を開いた。
「おいお前ら、急いで準備しろ!ギルドに抗議に行くぞ!」
「おしっ、とりあえず鎧を取ってこい!」
「おおっ!」
その俺の言葉にまずゴッズが賛同し、それに続いて他の冒険者達が声を上げ、鎧が置いてある倉庫へと走り出した。
その反応に、仲間のやる気を感じた俺は頼もしさを感じて口に笑みを浮かべる。
これだけの数の冒険者が武装してギルドに押しかければ、いくらギルドとてラウストさんに出した迷宮出入り禁止を解かざるは得ないだろう。
「これで、少しは恩が返せる」
そう考えた俺は、ぽつりとそんな言葉を漏らした。
これでようやく、ラウストさんの恩に報いることができると考えて。
「……本当に、俺たちの抗議程度でギルドが矛先を収めるのか」
「……え?」
……その俺の思いは、サラムスが告げたその言葉に消え去ることとなった。
突然のサラムスの言葉、それを聞いた俺の頭にサラムスが怖気付いたのか、という考えが浮かぶ。
だが、サラムスの顔に浮かぶ真剣な表情が、その俺の考えを否定することとなった。
「……なあ、覚えているか。迷宮でラウストさんに殺されるって思っていた時のこと」
「あ、ああ」
サラムスが真剣な声音で告げたその言葉に、戸惑いを覚えながらも俺は頷く。
今でこそ、そんなことはあり得ないと分かるが、ラウストさんに土下座したあの時、俺たちは本気でラウストさんに殺されると思い込んでいた。
その時のことを思い出しながら、俺は口を開く。
「そういえば、あの時俺たちはギルド職員達に、ラウストさんが迷宮で殺人を働いている可能性が高い、て注意されたんだよな」
そう、その時の俺たちの思い込みの原因、それはギルド職員達からの情報だった。
記憶を辿り、それを思い出した俺はそう呟く。
今から考えれば、あの時何度も俺達に警告してきたギルド職員の言葉が、ラウストさんに対する恐怖心の原因だろう。
「……俺、見たんだよ。ギルド職員達が、俺たちにラウストさんが犯人だって告げた時のような態度で、戦神の大剣にラウストさんの敵意を煽ってたのを」
「……は?」
衝撃的な事実をサラムスが打ち明けたのは、俺がその時のことを思い出している時だった。
ギルドからすれば一番の財産であるはずの高位の冒険者同士をぶつけあう、その意図が理解できず俺は呆然と声をあげる。
他の冒険者も、サラムスの言葉に動揺をまるで隠せていない。
しかし、そんな俺たちの反応に気づかず、サラムスは口を開いた。
「今から考えれば、俺にはギルド職員たちは俺たちにラウストさんに対する悪印象を与えようとしていたように感じて仕方ないんだ。──もしかしたらギルドは、ラウストさんをこの迷宮都市で孤立させようとしているんじゃないかって」
そのサラムスの言葉を耳にした俺の頭に、そんなことあり得ない、そんな考えが浮かぶ。
けれど、その言葉を俺が口にすることはなかった。
……改めて思い返すと、サラムスの言葉を裏付けるような態度をギルド職員がとっていたことに気づいてしまったのだ。
ラウストさんが冒険者殺害犯だと俺達に告げたギルド職員、ハンザムと名乗った男はラウストさんへの敵意を隠そうともせず、俺たちの憎しみを煽ろうとするような話の運びかたをしていた。
ラウストさんが、変異したヒュドラに勝利したあの光景を見ていなければ、間違いなく俺達はラウストさんに恨みを抱いていただろうと思えるような。
あれは間違いなく、俺達にラウストさんと敵対させようと考えての言動だ。
「何でギルド職員が、ラウストさんと敵対する……?」
それが理解できたにもかかわらず、いや、できたからこそ俺は混乱を隠すことが出来なかった。
迷宮都市からラウストさんを孤立さても、ラウストさんは迷宮都市を去る可能性が高くなるだけだ。
だが、迷宮都市最大クラスのラウストさんが迷宮都市から去ることは迷宮都市ギルドにとって損にしかならない。
つまり他にラウストさんを孤立させる目的がギルドにはあるはずで、それが理解できず俺は首を捻る。
「ま、マーネル!あ、あれを見ろ!」
しかし、それ以上俺がその事について考えを巡らすことは出来なかった。
突然倉庫の小さな窓を指差し、ゴッズが上げた切羽詰まった声に、思考が中断されることになったのだ。
「ん?」
何時もは豪胆な戦士であるゴッズの動揺。
それに疑問を覚えながら俺は顔を上げ、窓を覗きこむ。
「ミナゴロシダ」
「……っ!」
……街の中を集団で歩く、武装したホブゴブリン達に気づいたのは、その直ぐ後のことだった。
◇◆◇
「うそ、だろ……」
本来なら迷宮にしか存在しない化け物の集団。
それを目の前にして、俺は動揺を隠すことが出来なかった。
背筋に走った悪寒に、自分達では計り知れないような異常事態が起きていることを理解する。
「なんで、こんな所にゴブリンが!」
「っ!」
そんな俺に、今が呆けてる場合でないことを知らせたのは、倉庫の外から響いた街の人の声だった。
「鎧を着た奴らは急いで外に出ろ!俺達が出るまで時間を稼げ!」
その声に、このままでは街の人たちがホブゴブリンに襲われる可能性があると思い至ったその瞬間、俺は声を張り上げていた。
その俺の声に、他の冒険者達も正気を取り戻す。
「おう!ホブゴブリン程度、俺達で片付けてやる!」
次の瞬間、最初に倉庫に入ってきており、鎧を着ていた冒険者達は、そう声を上げて倉庫の入口へと走り出した。
「頼んだぞ……」
それを見届けた俺は、その冒険者達の背に祈るようにそんな言葉を告げ、鎧を身につける手を早める。
ただ戦うだけであれば、彼らだけで何も問題はないだろう。
何せ相手は幾ら多いとはいえホブゴブリンだ。
俺達、中層を攻略する冒険者の敵ではない。
だが、今回俺達の目的はただホブゴブリン達を全滅させることではない。
街の人たちを守り切らなくてはならないのだ。
それも、冒険者ではないただの民間人を。
「くそっ!何でこんなことが……」
そのことを改めて考え、俺は苛立たしげにそう吐き捨てた。
この迷宮都市にいるだけあり、街の人々は案外非常事態に慣れている。
ただの魔獣程度なら、自分達の力だけで対処してしまうかもしれない。
……しかし、今の相手は下層に出るとはいえ、迷宮の魔獣の集団だ。
あんな少人数の冒険者では、街の人に万が一の事態が起こり得る可能性がある。
「くっ!」
その考えは俺の中に焦燥を生み、腕の部分の鎧を取り落としてしまう。
こんな時に、そう叫びたい衝動に陥りながら俺は急ぎ鎧を拾い上げようとして。
「きゃあああああああ!」
「おい、嘘だろっ!」
「まだ間に合う!治癒師を呼べ!」
……倉庫の外、悲鳴と仲間の叫び声が響いたのはその時だった。
その騒ぎを聞いた瞬間、俺は鎧を拾うのをやめ、倉庫の扉に向かって走り出していた。
俺の頭の中を、最悪の可能性が過ぎる。
即ち、最早街の人が手遅れの状態になってしまったのではないかという。
「………………は?」
──しかし現実は、俺の想像を遥かに超えていた。
「がはっ、」
倉庫を開け、飛び出した俺の目の前に広がっていたのは、瀕死の重傷を負って血を吐く仲間と、ホブゴブリンとの戦闘に手一杯で、彼の側に近づけてさえいない他の冒険者達の姿だった。
その光景を、俺は一瞬受け入れることが出来なかった。
ホブゴブリンは俺達にとって、雑魚にも等しい敵だった。
それは、最早中級冒険者の中の常識。
……だったら、何故そのホブゴブリンを前にして仲間は此れほどまでに苦戦している?
「マダカクレテイタカ、ボウケンシャ」
「───っ!」
その疑問に答えをくれたのは、1匹のホブゴブリンだった。
そのホブゴブリンは、瀕死の冒険者を無視して、俺に向かってそう告げる。
新しい玩具を見つけた、そう言いたげに。
ようやく街に現れたのがただのホブゴブリンではないのに俺が気づいたのは、その時だった。
「お前は、お前らは、なんなんだよ!」
そのホブゴブリンから感じる、まるで中層の魔獣を相手にした時のようなプレッシャーを前に、俺はそう叫んでいた。
その俺の問いに目の前のホブゴブリンは答えることなく笑う。
魔獣には無いはずの知能を感じさせる、嗜虐的な光をその目に浮かべて。
「ニンゲンヲゼンメツサセナイト」
……俺達が、この状況が自分たちの予想を上回る最悪な事態であることに気づいたのは、その時だった。
更新遅れてしまい申し訳ありません!
……次回は一週間後に投稿したいと思っておりますが、遅れてしまった場合は申し訳ありません!
細かい構想が難しい……




