第23話 街の冒険者
ラウストに土下座した冒険者の一人、マーネル目線です。
「迷宮都市の街の人間の要求に応えて、中層の素材を無償で持ち込んでくれ」
土下座した俺たちに、そうラウストさんが告げた時の記憶。
それは未だ俺の記憶の中、鮮明に残っている。
何故なら、その条件は、今まで俺たちがラウストさんにしてきたことを考えれば、あまりにも軽いものだったから。
……そして俺が、初めてラウストさんにしたことに対して罪悪感を覚えたのは、その時だった。
今まで、それこそラウストさんに謝罪した時でさえ、俺は恐怖こそ覚えど罪悪感はなかった。
弱いものは虐げて当然。
誰も自分のためだけに生きる。
それが、この迷宮孤児として生まれてから、この迷宮都市で生きてきた俺の常識だったから。
その常識を当てはめるならば、本来俺はラウストさんに殺されても文句は言えないはずだった。
何故なら、強いものが好きにするのがこの迷宮都市で、それを利用して俺たちはラウストさんを虐げてきた。
だったら逆の立場になった今、今度はラウストさんにそれをやり返されても、文句など言えるはずもない。
なのにラウストさんは、そんなことをまるで気にしていないかのように、振舞っていた。
俺がラウストさんが、自分たちと違う特別な存在であることに気づいたのは、その時だった。
この迷宮都市で俺達と同じ迷宮孤児として、いや、それよりももっと劣悪な環境で過ごしながら、まるで俺たちと違う冒険者。
その存在に、どこか不思議な感覚を覚えながらも、その時俺は心の中である決心をした。
この人に自分がしてきたことを、償わなければならないと。
正直、街の人間が俺は好きではない。
戦うことができない弱い人間。
そんな自分よりも下の人間のために何かするのは、気が進むことではなかった。
それでも、ラウストさんのためならばその思いを忘れ、従わなければならない。
その決意の元、俺は街に素材を持っていくことを決めた。
だが、その時の俺は知りはしなかった。
ラウストさんに償いをしようと思いながらも、逆に返しきれない程の恩を与えられることになること。
さらに、街で過ごす日々、それが俺の中で掛け替えのないものとなっていくことを………
◇◆◇
「……おっさん、その、お願いします」
早朝、街の近くの空き地で剣を振っていた俺にそう声を掛けてきたのは、俺に剣を習いたいと言ってきた少年達のリーダー格、ルイスだった。
恐る恐ると言った様子で声を掛けてきたルイスからは、何時もの生意気さは消えていて、俺は思わず笑ってしまいそうになる。
おそらく、こうして俺に剣を習って迷惑にならないか、とでも考えているのだろう。
こっちが了承した時点で、迷惑なんて気にしないと言ったも同然なのに。
「誰がおっさんだ!マーネルさんと呼べ、そう言っているだろうが、くそがき!」
だが、その内心を隠して俺は、敢えてそう乱雑に言い放ってみせる。
いつもの様子を装いながら。
「なっ!うるせぇ!おっさんはおっさんだろうが!」
そんな俺の言葉に反応したルイスは、一瞬驚きを露わにした後、ムキになって叫ぶ。
その時には、何時もの様子に戻っていて、それに俺は思わず笑いを漏らしそうになる。
そう、その調子で良いんだと。
お前達子供は、妙な気を使うことは必要ない。
そんなことしなくても、俺たちはもう十分ルイス達に救われているのだから。
「生意気なガキめ。まあいい。とりあえず初日の今日は素振りからだ」
その思いを胸の奥に隠して、ルイスの言葉に憤慨したふりをしながら、俺は訓練を始める。
個別で、他の子供達に剣を教えている仲間達は、今頃子供達とどんな会話を交わしているだろうかと、そう考えながら。
迷宮都市の街、そこでは平和な日々が流れていた。
◇◆◇
ルイス達の訓練を終え、ルイス達の家で朝食を貰った後、俺はこの街に素材を売っている他の冒険者達と共に喫茶店に集まっていた。
最早常連となった俺達に、喫茶店の女性が果汁の入ったコップを置いてくれる。
「はい、これ。何時もありがとね」
彼女に礼を告げて、そのコップを受け取った俺はそのまま口にコップを運び、果汁を一口飲む。
「……上手い」
口の中、爽やかな風味が広がり、俺は思わずそう言葉を漏らした。
当たり前の話だが、果汁は決して安いものではない。
特に迷宮都市では、輸入するしか無いので必然的にその価値は高まる。
なのに、まるでそのことを気にせず果汁を渡してくれたこの喫茶店の人々に、俺は心が暖まるのを感じていた。
「ここはいい街だな」
隣に座っていたパーティーメンバー、ゴッズがそう俺に呟いたのは、その時だった。
そのゴッズの言葉に、俺は無言で頷き同意を示す。
この街に来てからまだ数日しか経っていない。
だがその短い間で、俺たちの価値観は大きく変わることになった。
最初、俺たちは街の人間に対して決して良い感情を抱いてはいなかった。
はっきりと言えば、見下していたというべきだろう。
あくまで、ラウストさんに対する義理立のために素材を渡していた。
それを察知したのか、街の人たちも最初は俺たちに対していい感情を見せることはなかった。
それが変化したのは、この街に素材を渡すようになってから二日後、俺が些細なミスで怪我を負って戻ってきた時だった。
それは決して珍しいことではなかった。
治癒師のいない俺たちのパーティーでは、傷を負ってもすぐに直せないことがある。
だからこそ回復薬は常備していたし、少しくらいの傷なら無視することもしばしばだった。
「あんた、これを使いな!」
しかし、それを知らない街の人たちの反応は違った。
宿屋を経営するメアリーと名乗る女性は、断る俺を無視して回復薬を渡してくれ、その後戸惑う俺を前に、頭を下げた。
ラウストさんが紹介してくれた人間に対して、悪いことをした。
怪我をしてくれてまで、素材を運んできてくれてありがとう、と。
街の人たちの、俺達への対応が変化したのは、それからだった。
本来、ラウストさんから報酬が貰えるので素材を無料で渡していた俺たちに対し、きちんと料金を払い、感謝の言葉を告げてくれるようになった。
……その変化に対し、最初俺たちは戸惑いを隠すことができなかった。
急激な街の人たちの態度の変化、それも戸惑いの理由の一つではあったが、それ以上にこんな好意的な対応が、俺たちは初めてだったのだ。
今まで生まれてからこの方、奪い合う生活が全てであったから。
しかしその街の人たちの対応は、決して嫌なものではなかった。
その街の人たちの好意的な態度に対し、俺たちは乱雑な態度を変えることができなかった。
それしか、知らないが故に。
なのに、それを街の人たちが嫌がることはなかった。
──そして、そうして過ごすうちに俺達にとってこの街の人々は、掛け替えのない存在へと変わっていた。
気づけば俺たちは、この街の人達と馴染むようになっていて、その内街の人たちのために頑張りたいと思うようになっていた。
身体を鍛えて、迷宮の素材を出来るだけ多くここに持ってこれるようにしたこと。
冒険者以外の子供達に、それぞれ冒険者が個別で剣を教えてあげ始めたのもことも。
全てその思いが元となった行動。
それら全てが、俺達にとって初めての体験で、また掛け替えのないものだった。
「ラウストさんには、返しきれない恩を貰ってしまったな」
この場所に連れてきてくれた恩人、その存在を思い出して俺はそう小さく言葉を漏らす。
今まで街の人に対する嘲りは、最早俺の中にはない。
いや、ラウストさんにこの街に連れてこられた冒険者の中で、街の人たちに対して嘲りを覚えているものはもういないらしい。
俺の漏らした言葉を耳聡く拾い、頷いた他の冒険者達の姿に、それを理解して俺は思わず笑う。
「おい、お前ら!」
けれどその笑みは、集合時間に遅れて部屋に駆け込んできた冒険者の姿に、崩れ去ることになった。
その冒険者は、俺のパーティーメンバーの魔法使いサラムス。
もうとっくに集合時間は過ぎており、俺は遅れてきたサラムスへと文句を言うべく口を開きかけ、けれどサラムスの真に迫った表情に気付き、思わず言葉に詰まることになった。
サラムスは、そんな俺の様子にさえ気づかない様子で、口を開く。
「──ラウストさんが、迷宮を出入り禁止にされた!」
そして、次の瞬間サラムスが発したその言葉に、喫茶店にいる人間から表情が消えることとなった。
更新遅れてしまい申し訳ありません。
こんな忙しい時期に体調を崩すことになるとは。
皆さんも体調にはお気をつけて下さい……




