第22話 ホブゴブリンとの戦闘
「くっ!」
動き出したホブゴブリン達の目に宿る嗜虐的な光に、僕は今起こっている異常について思考を巡らす暇もないことを理解する。
これだけの数のホブゴブリンだ。
一刻も早くこのホブゴブリン達を殲滅しなければ、街の人々にも被害が及ぶ可能性がある。
そう判断した次の瞬間には、僕は身体強化を施し、ホブゴブリン達の方へと走り出していた。
自分達の方へ向かってきた僕に対し、ホブゴブリン達は口元に愉悦を刻む。
それは、自分達が負けるとは露とも考慮していない表情。
「ガアアアア!」
だがそのホブゴブリン達の表情は、先頭のホブゴブリンの腕を僕が切り落としたことで消え去る事になった。
腕を切り落とされたホブゴブリンの上げる濁った悲鳴。
その悲鳴でホブゴブリンの目から嘲りが消え、僕に対する警戒が浮かぶ。
一方の僕も、表情は変えずとも内心少しの驚きを覚えていた。
先程のホブゴブリンの腕を切り落とした一撃、それは本来ならばホブゴブリンの命を奪っていたはずのものだった。
ホブゴブリンの腕を切り落とした時の強化は、決して全力の身体能力強化ではない。
それでも先程の一撃は、ホブゴブリンどころかオークでも殺せると判断してのもの。
なのにホブゴブリンはその一撃に反応し、そのせいで僕はホブゴブリン腕しか落とせなかった。
それは、ホブゴブリンにしては異常とも言える実力。
……もし、ここにいるホブゴブリンが全員これだけの実力を持っているのだとすれば、通常の冒険者では束になっても相手にならないだらう。
もし、ここ以外の場所にこのホブゴブリン達が現れていれば、そう考えた僕は思わず顔を歪める。
そんなことになれば、魔獣と戦いなれているこの迷宮都市でも、ある程度の被害が出るのは間違いない。
「僕たちなら対応出きる」
だから、ホブゴブリン達が僕たちの前に現れたのは、不幸中の幸いだった。
少し身体強化を上げれば、ホブゴブリン達は反応さえ出来なくなる。
それを目にし、僕は自分達にとってホブゴブリン達は決して強敵ではないことを改めて確信する。
直ぐに僕に勝てないと判断したホブゴブリン達は、数を生かして僕を囲んで襲おうとするがそれも無駄骨に終わる。
他方向から攻撃に慣れている僕には、囲まれようが特に問題無い。
視界に入った程度だが、ジークさんもホブゴブリンにたいしてまるで苦戦していなかった。
魔剣を発動していないにも関わらず、一撃で数体のホブゴブリンを切り殺している。
あの様子を見る限り、ジークさんには何の心配も要らないだろう。
どんどんと数が減っていくホブゴブリンという光景に、街の人達も徐々に冷静さを取り戻していた。
最初の頃こそ闇雲に逃げようとする人はいたが、今は僕たちによるホブゴブリンの蹂躙劇を鑑賞しているほどだ。
そんな街の人達の姿に、僕は安堵を漏らす。
この様子なら、無事被害も出すことなくホブゴブリン達を殲滅できる。
「サガレ!」
ホブゴブリンの一匹がそう声を上げたのは、僕がそう安堵を覚えていた時だった。
声を上げた一匹は、仲間の反応を見ることさえせず、僕とジークさんに背を向け走り出す。
他のホブゴブリン達も逃げ出した一匹を追って走りだした。
その瞬間、僕は勝負が決まったことを理解する。
逃げ出した今、最早ホブゴブリン達に敵意はないだろう。
この場にいるホブゴブリン達が、一斉に逃げに転じたのには薄気味悪いものを感じるが、魔獣が逃げることが無いわけではない。
だとしたら、今はホブゴブリンを一刻も早く殲滅しなければならない今、余計なことに気を回すことはないだろう。
そう考えながらも、僕は先程よりも余裕のある態度で短剣を握り直す。
確かに、これだけの数のホブゴブリンの殲滅は厄介ではあるが、僕達とホブゴブリンの身体能力の差を考えれば不可能ではない。
それを考えれば多少厄介であれど、命の危険が限りなく少ないことを考えれば、難易度は先程の戦闘と雲泥の差だ。
僕の気が抜けていたのは、そんな考えがあったからだろう。
その時の僕は、こちらに背を向けるホブゴブリンの姿に、もう敵には戦意がないと判断していたのだ。
その考えが、勘違いであることに僕が気づいたのは、殲滅戦に巻き込まないよう、ホブゴブリン逃げる方向を確認したその時だった。
「………え?」
次の瞬間振り向いた僕は、目の前に広がる光景──逃げ出したはずのホブゴブリン達全てが、街の人たちのいる方へと方向転換している光景に、惚けた声を上げた。
一瞬、僕は自分の目を信じることができなかった。
頭の冷静な部分は、ホブゴブリン達が街の人達を人質に取ろうとしているのではないか、と警鐘を上げる。
なのに僕は、その警鐘に従うことができなかった。
僕の動きを阻害するのは、今まで自分が信じてきた魔獣に人質を取れるほどの知能はない、という常識。
もちろん、魔獣も相手の弱点を突くことはあるし、ある程度パーティーを組んで動くこともある。
けれど、あくまでその程度だ。
魔獣が人質を取るなど、僕が冒険者をしてきた中で、見たどころか聞いたとこともない。
だからこそ、僕は動揺を隠せない。
「くっ!」
だが、醜い笑みを浮かべ街の人との距離を刻一刻と縮めていくホブゴブリンの姿に、僕は今は今は衝撃を受けている事態ではないことを思い知らさせる。
どうやらホブゴブリン達は、僕達に疑問に対して思考する時間どころか、動揺する時間さえ与えるつもりはないらしい。
「逃げろ!」
そう理解した僕は、未だ事態をまるで理解出来ていない街の人達へとそう叫び、ホブゴブリンを追って足を踏み出した。
次の瞬間、僕は身体を身体制御がぎりぎり可能な程に身体強化し、ホブゴブリン達までの距離を縮める。
……それでも、街の人達に一番迫っているホブゴブリン達には間に合わない。
そう判断した時には、僕は躊躇なく短剣を振りかぶっていた。
「はあぁぁあっ!」
走りながらの投擲準備、かなり強い身体強化の元行われたその無理な動きは、身体に強い負荷を与えるが、それを無視して僕は短剣を振り下ろす。
「ガッ!」
「ギギッ!」
その結果、僕の腕に鈍い痛みが走ったが、その甲斐あり短剣は一番街の人に迫っていたホブゴブリンと、その直線上にいたホブゴブリンの頭を突き抜け、即死させた。
「う、うわぁぁあ!」
「は、早く逃げるんだ!」
それと同時に、街の人々も事態に気づいて、ホブゴブリンから逃げるべく後ろへと走り出すが、戦闘スキルも有さない街の人では、ホブゴブリンから逃げられるわけがなかった。
直ぐに次のホブゴブリンが街の人に追いつき、手を伸ばそうとする。
「間に、あった!」
「グ、ギ」
しかし、その直前で僕の手がホブゴブリンの肥大した頭を掴み、地面へと叩きつけた。
ホブゴブリンの顔は地面で押しつぶされ、即死する。
「イマイマシイ、ニンゲンガ!」
頭を潰されたホブゴブリンよりも後ろにいたホブゴブリン達は、自分から逃げる街の人を阻むように立つ僕を見て、そう吐き捨てた。
けれど、武器を有していない僕の血まみれの手を見て勝機だと思ったのか、そのホブゴブリンの口が歪む。
それが、ホブゴブリンの最後となった。
「これで、最後か」
次の瞬間、ホブゴブリンの首に一筋の線が浮かび、その笑みを浮かべた表情のままホブゴブリンの頭は転げ落ちた。
「……ふぅ」
一拍置いて、ホブゴブリンの身体が倒れその後ろから露わになったジークさんと、息のないホブゴブリンの姿に僕は勝負が終わったことを悟り、安堵の息を漏らした。
一時は焦ったが、どうやら何とかなったようだ。
「もう大丈夫だ!全て、討伐済みだ!」
「え、嘘!」
「あれだけいたデカゴブリンをもう!?」
一方ジークさんは、走っていた街の人たちへと討伐が終わったことを知らせていた。
けれど、その顔は微かに引き攣っていて、それだけジークさんも先ほどのホブゴブリンに衝撃を受けたことを表している。
「本当になんだったんだ、あのホブゴブリンは?」
僕はホブゴブリンの血だらけの状態で家屋の壁に突き刺さっていた短剣を回収し、汚れをぬぐいながら、思わずそう言葉を漏らした。
それだけ、あのホブゴブリンの集団の知能の高さは異常だった。
そもそも、何故迷宮にしかいないはずの魔獣が街の中に現れただけで、今までにない異常事態なのだ。
その上、その魔獣は異常なほど強力だった。
本当に僕達の側に現れていなければ、どれだけの騒ぎになっていたか。
「はぁ……」
そう考えた僕は、何とかホブゴブリン達は殲滅したが、面倒ごとはまだ続きそうだと考え、嘆息を漏らす。
「………っ!」
僕が異常に気づいたのは、次の瞬間だった。
自分の気づいた異常が気のせいであることを祈りながら、僕は息づかいさえ止め、耳を澄ませる。
「ホブゴブリンは殲滅したのに、何でまだ悲鳴が……」
── そして僕は、自分の耳に聞こえたものが勘違いでないと理解し、思わず顔をひきつらせた。
僕達の所に来たホブゴブリン達は、間違いなく殲滅した。
なのにまだ悲鳴が鳴り止まない。
それが何を示しているか、その答えにたどり着くのは容易だ。
「この場所以外にも、ホブゴブリンが!」
その推測に、僕は心臓が止まりそうな衝撃に襲われる。
ほかにホブゴブリンが現れた場所が、冒険者ギルドならば、ナルセーナがいるし何も問題はないだろう。
だが、メアリーさん達が暮らしている街のあたりにホブゴブリンが現れれば、それは最悪の事態だ。
何故なら、そこから冒険者までは遠く、殆ど冒険者がいないのだから。
「ジークさん、そこに居る人達をお願いします!」
僕はジークさんに向け、それだけ告げるとジークさんの返答も聞かず、走り出した……
※被ることに気づき、第3話のオーガを、変異種から強化種に変更しました。
その違いは活動報告にて、ご説明させて頂く予定です!




