第21話 始まり
「………は?」
超一流冒険者になりたい、そう告げた僕に対するジークさんの反応。
それは、驚きをまるで隠せない唖然とした表情だった。
ジークさんの何度も瞬きを繰り返す目は、言外に僕の言葉を信じられないと告げている。
その反応は、ジークさんが僕の超一流冒険者になりたいという言葉を信じていない何よりの証拠。
それを理解しながら、僕が苛立ちを覚えることはなかった。
何故なら僕は、そのジークさんの反応を当然のものと認識していたのだから。
おそらく、僕がこの状況で逆の立場で、超一流冒険者になりたいと告げられれば、ジークさんと同じ反応を取っただろう。
僕が師匠とロナウドさんに鍛えられた期間は数ヶ月。
その短い期間の経験だけでも、僕の中に師匠達の人外の実力を知るには充分だった。
そんな僕とは比にならない期間、その人外達と付き合っていたジークさんは、僕なんて比にならないほど師匠達の実力を知っているだろう。
それを知りながら、ジークさんを責める気持ちになれるわけがない。
けれど、ジークさんは一つ大きな勘違いをしていた。
「……ジークさん、僕は師匠達みたいになりたいと思っているわけではないですよ」
僕がその勘違いを改めるべく発した言葉に、ジークさんはその顔を怪訝そうなものに変えた。
一体、何を言っているのだと言いたげに。
「何を言っている?超一流冒険者は、ライアさんと師匠のこと………っ!」
だが、その反応はほんの一瞬のことだった。
僕に尋ねるべく、言葉を重ねていたジークさんはその途中で何かを思い出したように言葉を詰まらせた。
その顔に、ジークさんが勘違いに気づいたと判断して僕は頷いて口を開いた。
「確かに師匠達しか超一流冒険者はいませんが、別に師匠達程の実力をつけることが、超一流冒険者になる条件ではない、ですよね」
ジークさんの勘違い、それは師匠と超一流冒険者を同一視していた点だった。
確かに、超一流冒険者は師匠達以外存在しない上に、ギルド非公式の称号だ。
そのせいで、今や超一流冒険者という称号は師匠達を表す別名となっている。
だからこそ、超一流冒険者と師匠達を同一視し、師匠達程の実力を持つことが超一流冒険者になる条件だと考える人間は多い。
「超一流冒険者になる、いえ、超一流冒険者として師匠達に認められる条件はたった一つだけ明確に決められている」
しかし、それは間違いであることを僕は知っていた。
何せ、僕は師匠達から直接その条件を聞いたのだから。
その時の記憶を思い起こしながら、僕は口を開く。
「「変異した超難易度魔獣を、一パーティーで討伐する」」
次の瞬間、僕の言葉とジークさんの言葉が重なる。
そう、それこそが僕が直接師匠から聞いた、超一流冒険者として最低限の条件だった。
「……ああ、確かに師匠から一度、超一流冒険者として認める条件として、そんな話を聞かされたことがある気もする」
ジークさんは、遠い記憶を探るように目を閉じながら、そう言葉を告げる。
どうやら、師匠と違ってロナウドさんは、ジークさんに明言したわけではないらしい。
それならば、普段記憶にないのも仕方ない。
「確かに、ラウストは超難易度魔獣を討伐していたな」
少しして、顔を上げたジークさんは僕を見ながらそう言葉を漏らした。
そう、幸運が重なっての結果ではあるが、師匠達が超一流冒険者としての最低限と呼んだラインを僕とナルセーナは超えている。
「まあ、だからと言って僕達がすぐに超一流冒険者になれることは無いとわかってます」
もちろん、その条件を満たしていても、直ぐに僕達が超一流冒険者として認められることはないだろう。
幾ら師匠達に認められたとしても、世間的な超一流冒険者の認識は、師匠達レベルなのだから。
「これから超難易度魔獣を討伐することで実績を積んでいけば、超一流冒険者に認められるのは決して難しくない。この迷宮都市なら、一番早く超一流冒険者になれるだけの実績を積むことができる」
だから僕は、最大の迷宮を有すると言われる、この迷宮都市に残りたいと切望する。
全ては、ナルセーナの両親に認められるため。
最終的には、自分との伝手を作ったことで、ナルセーナが両親に受け入れられることを僕は望んでいた。
「そこまで考えて……」
僕の言葉に込められた熱意に驚いたように、ジークさんは目を見開く。
僕へと向けられるジークさんの視線には、少なくない感心が込められている。
そんなジークさんの視線に、僕は思わず苦笑を浮かべ、口を開いた。
「大したことではないですよ。……これは全て、僕の勝手な思いを押し付けているだけなんですから」
僕は、自分がナルセーナの家族との不和を改善しようとするのが、あくまで個人的な感情からの行為であることを理解していた。
何せ、僕は別にナルセーナから言われて、両親との不和を改善しようとしているわけではない。
それに、僕の計画を成功させるには、これからも冒険者をやって行かなければならない。
常に命の危険がある冒険者を。
本来ならば、ある程度資金を蓄えた冒険者は店を構えたり、田舎に戻ったりして、冒険者という危険な職業を後にする。
それが多くの冒険者の理想で、なのに僕は未だ危険な冒険者を辞めるつもりはなかった。
決して、冒険者をやめる選択肢が頭によぎらなかった訳ではない。
今の僕とナルセーナの貯蓄は、二人で割ったとしても、冒険者が生涯で稼げる金額を等に超えているだろう。
おそらく、一生遊んで暮らせるのでないだろうか。
それを分かりながら、僕はナルセーナと冒険者として過ごすことを決めた。
危険な冒険者をやめられる道、それを知りながら僕はその道を知りながら、個人的な感情を優先した。
それは決して、褒められることではない。
それを知りながら、それでも僕は自分を抑えられなかった。
「孤児であるからこその幻想、なのでしょう。そうだとしても、僕にとって両親という存在は、憧れなんです」
頭に、孤児院いた頃に目にした街の親子の姿を思い出しながら、僕はそう告げる。
孤児院の院長は決して良い人間ではなかった。
その反動で、親子という存在に対する幻想を抱いているのではないか、今ではそう自分のことを認識できる。
それでも僕は、両親という存在に対する特別なイメージを拭い去ることはできなかった。
「僕は、ナルセーナだけは、その特別な存在との間に後悔を作ってもらいたくないんです。その理由に自分がなるなんて、絶対に御免だ」
だから僕は自分の個人的な理由で、踏み入れるべき問題では無いかもしれない。
それでも、自分を救ってくれたナルセーナには、幸せになってほしいと強く思うからこそ、僕は冒険者であることを決めた。
「……つまらない、理想の押し付けです」
これは、僕にとって決して誇るような話ではなかった。
ただ、自分を抑えられない情けない自分をさらけ出すだけのもの。
それが僕の認識。
「……そこまでの覚悟があるなら、俺の言葉は野暮でしかなかったな」
しかし、ジークさんは僕の話を違うように認識した。
ジークさんは、獰猛な笑みを浮かべ、口を開いた。
「確かに通常であれば、俺だけの権力でこの迷宮都市の支部長を抑えることはできない。だが、直属冒険者の身分を捨てるつもりで行けば、話は別だ」
「………え?」
そのジークさんの言葉に、僕は思わず惚けた声をあげる。
一拍置いた後、その言葉の意味を理解した僕は、そこまでする必要はないと慌てて告げようとする。
その前に、ジークさんは手を上げ、僕の言葉を中断した。
「別にラウストが気にする必要はない。お前と同じように俺も個人的な理由でやりたいことができただけでしかない。そもそも直属冒険者なんて立場、俺はあまり好きじゃないんだよ」
寧ろ、一冒険者になった方が気楽でいい、とジークさんは笑う。
その顔は、僕が見た限り演技ではなくて、それ以上僕は何も言えなくなってしまう。
そんな僕に、ジークさんは優しげな顔で口を開いた。
「それに、もう少しでライアさんもこの場所に来るはずだし、俺が直属冒険者を降ろされる可能性なんて、ほとんど無いだろうしな。まあ、気にするだけ無駄だ」
そのジークさんの言葉は、僕を安堵させるためか、少し戯けたような言葉だった。
それに僕は、ジークさんの気遣いを感じ感謝を抱く。
「ジークさん、本当にありが……」
そして僕は、その思いをお礼として、口にしようとして。
「──── っ!?」
「なっ!?」
突然轟音と、地面の揺れが、僕の言葉を阻んだ。
◇◆◇
地面が揺れたその瞬間、僕とジークさんは臨戦態勢に入っていた。
それは意図的な行動ではなく、反射的なもの。
地面が揺れたあの瞬間、僕は反射的に臨戦態勢を取ってしまうほどの、敵意を感じたのだ。
背中には嫌な汗をかいており、酷く気持ちが悪い。
「……くそ、一体何が起きた」
そう吐き捨てたジークさんの顔も引き攣っていて、ジークさんもその敵意を感じたことを僕は理解する。
それから少しの間、僕とジークさんは何が来ても良いように警戒心を露わにドアや窓を睨みつけていたが、何かがこの家に入ってくることはなかった。
いつまでもここにいても仕方がない、そう判断した僕とジークさんは、家にあった簡易な装備を手早く身に纏い、警戒しつつ扉を開ける。
「……何も、起きていない?」
けれど、扉の外に広がっていたのは、冗談としか思えないほどいつもと変わらない光景だった。
確かに街の人たちは、先ほどの揺れについて気味が悪そうに話し合っているが、それだけ。
あれだけの敵意を感じたからには、何かが居るはずなのだが、僕とジークさんの視界に入る場所には、脅威となる存在はまるで映っていない。
そのことに僕は、とりあえずの警戒を解きながらも、釈然としなささを感じて辺りを見回す。
「………うそ、だろ」
「ココガ、ニンゲン ノ マチカ」
そして、僕がそれの集団に気づいたのはその時だった。
それは、人間と似た造形をしながら、人間と根本的に違う雰囲気を有する何か。
腐る程見てきたそれの判断を僕が間違えることはない。
なのに僕は、目の前にそれが立ち、片言ながらも言葉を発している光景を認めることができなかった。
何故なら、そんなことは絶対にあってはいけないことなのだから。
「何で、迷宮の外に魔獣がいるんだよ!」
次の瞬間、僕は悲鳴にも聞こえる大声をあげていた。
動揺がまるで隠せていない声を。
「ゼンインコロセ。ミナゴロシダ」
その僕の声にそれ──一番先頭にいたホブゴブリンが嘲笑を浮かべ、そう告げた。
その声に反応するように、後ろにいたホブゴブリン達が動き出す。
………そして、この日迷宮都市は血みどろの戦場へと変わることになった。
更新遅れてしまい、申し訳ありません。
短期入院と、地図の作成を考えているため、次回も少し遅れそうな気が……




