第17話 思わぬ遭遇
パーティー戦神の大剣の襲撃があった翌日の昼ごろ、疲れを引きずりながら僕は、とある店に訪れるため街の中を歩いていた。
「はあ……」
目的地の店までの距離は、決して長くは無い。
だが何故か今日だけは、その短い道程がやけに疲れて感じ、僕は嘆息を漏らした。
と言っても、別に僕は肉体的な疲労を感じているわけでは無い。
未だフェニックス討伐から二日しか経っていないが、昨日の時点で僕の身体から疲れは完全に取れている。
だが現在精神的な疲れが、僕の足取りを重たいものにしていた。
その疲れの原因、それは昨夜のナルセーナとの一件だった。
昨日、家を買うことを僕が断った時、ナルセーナは隠しようが無いほど沈んだ様子を見せていた。
そのことに僕は罪悪感と心配を覚えていたのだが、日が暮れた後宿に帰ってきたナルセーナは、何時もと変わらない様子に戻っていた。
そのことにどれだけ安堵を覚えたか、僕は今でも鮮明に思い出せる。
そしてその気分のまま休もうと、僕は自室に戻った。
……しかしそのしばらく後、何時もよりも露出の多い部屋着を身に纏ったナルセーナが自室に来たことにより、僕の平穏は崩れ去ることになった。
いや、それだけであれば、まだましだったかもしれない。
そう、僕の部屋に来たときのナルセーナがほろ酔い気分でなければ。
何故かは知らないが、その時のナルセーナは普段はあまり口にしないお酒を飲んでいた。
そのせいか、昨夜のナルセーナは過度にスキンシップを図って来たり、挙げ句のはてには僕の部屋で眠ってしまったりというように、ひどく無防備だったのだ。
おそらくその無防備さはナルセーナの僕に対する信頼の現れなのだろう。
それは本当に光栄なことだ。
ナルセーナが意中の相手であることもあり、僕はその信頼が素直に嬉しい。
……だがそれでも、僕も一人の男なのだ。
ナルセーナが無防備な状態でいれば心が乱れる。
だが、ナルセーナが信頼してくれているのにも関わらず、邪なことを考えるわけにはいかず、昨夜の僕は必死に煩悩を払い続けた。
それこそが、いまの僕の拭いされない疲労の原因だった……
「……ナルセーナは、もう少し危機感を抱いた方がいいんじゃないかな」
昨夜のことを思い出し、僕は切実な響きがこもったそんな言葉を漏らす。
家族同然の相手にも最小限の警戒はするべきだ。
……いや、してほしい。
そんな風に昨夜の一件について考えている内に、僕は目的地である店、装飾品の職人の店にたどり着いていた。
「うん、誰もいないな」
一応周囲に人が居ないのを確認すると、僕は店のなかに足を踏み入れた。
店のなかにはいると、そこには恰幅のいい中年の女性が店番をしていた。
「いっらしゃい……て、何だラウストじゃないの」
その女性、この店の店主である装飾品の職人の妻エミリーさんは僕の姿を見た瞬間、顔に柔らかい笑みを浮かべた。
「エミリーさんこんにちは」
僕もエミリーさんに笑い返し、挨拶する。
それから僕は、本題に入ろうと口を開きかけて、しかしその先を口にする必要は無かった。
「ラウストが聞きに来たのは、装飾品の進捗でしょ。お熱いわねぇ」
「あはは……」
その前にあっさりとエミリーさんに見抜かれてしまったのだ。
最後に意味ありげな視線を寄越すエミリーさんに対し、気恥ずかしさを覚えた僕は思わず笑って誤魔化す。
その僕の態度を、少しの間エミリーさんは楽しそうな様子で見ていたが、次の瞬間顔を申し訳なさげにし、口を開いた。
「実は注文された装飾品の進歩なんだけど、ラウストからの注文だってうちの旦那、ナシアが最高の作品にするんだと張り切っちゃってまだ出来てないの。早く渡したいだろうけど、ごめんね」
「そうですか……」
昨日のパーティー共同の家に関する一件もあり、出来るだけ早く注文した品を手にしたいと思っていた僕は、そのエミリーさんの言葉に少し沈んだ表情を浮かべる。
「いえ、いくら時間がかかっても構わないので、ナシアさんによろしく伝えて頂けると幸いです」
だが次の瞬間、僕は気持ちを切り替えそうエミリーさんに頭を下げた。
確かに早くできるのにもしたことはない。
だがそれ以上にクオリティも大切優先してくれるのはありがたいことだ。
何せ、今注文している装飾品はそれだけの価値が必要なものなのだから。
「ああ分かったよ。遅れてしまった分、出来は楽しみにしておいて!」
エミリーさんも、その僕の気持ちを理解してくれたのか、笑顔で告げてくれる。
それに僕は笑って頷き、また来ますとだけ告げ店を出た。
装飾品の店を後にした僕は清々しい気分出歩いていた。
注文した装飾品に関しては、エミリーさんたちに任しておけば問題ないだろう。
だったら僕は、もし上手くいった時に好きな家を買えるよう、お金を貯めないと。
僕は浮かれた様子でそう判断し、ギルドに向かって足を進める。
「っ!」
……何者かに、肩に手を置かれたのはその時だった。
後ろに誰かがいることすら気づいていなかった僕は、突然のことに驚き、跳ねるように後ろを向く。
「……よ、ようやく見つけた」
「……え、ジークさん?」
……次の瞬間、後ろにたっていた人間を見て僕は驚きの声を上げることとなった。
僕に肩を置いた状態のジークさんは少し息を切らしていた。
それは、ジークさんが僕をかなり必至に探していたことを示して、その態度に僕は不安を覚える。
また超難易度魔獣でも現れたのかと。
「ど、どうしたんですか?」
その予想が外れることを祈りながら、僕はジークさんへとそう尋ねる。
「ナルセーナのことについて、一つ聞かせて貰いたいことがある」
「………え?」
そして、次にジークさんが告げた言葉に対し、僕は間の抜けた声を上げることになった……
◇◆◇
それから十数分後、僕とジークさんは喫茶店の中にいた。
あんな道端で話を始めるわけにもいかず、この場所までやってきたのだ。
「それで、ナルセーナに関する話とはなんなんですか」
椅子に座って直ぐ、僕はそう話を切り出した。
少し話を急ぎすぎている気はするが、ジークさんがナルセーナの話をしに来たことに対する動揺に、僕は自分を抑えることが出来無い。
もしかしたら、ジークさんとナルセーナが恋人だという報告だとしたら……
僕は、その自身の想像に顔を青ざめさせる。
「い、いや、そこまで身構えられても……俺が聞きたいのは、ナルセーナがあれだけ頼んでも、何故パーティー共同住宅を買わないのかってことだけだ」
「………え?」
だが、ジークさんが告げた言葉は、僕がまるで想像していないものだった。
いやそもそも、何故ジークさんがパーティー共同住宅のことを知っているのか。
「実は昨日、ライラとナルセーナが偶然会ったらしく、そこでパーティー共同住宅の話も出たらしい。俺はその理由を聞いてくるようにライラに言われてな」
その疑問が僕の顔に浮かんでいたのか、ジークさんはすぐにそう補足してくれた。
そしてそのジークさんの言葉で、色々と僕の中で疑問が解ける。
どうやら、昨日ナルセーナの立ち直りが早かったのは、ライラさんに相談に乗ってもらったからなのだろう。
……それにしても、まさかパーティー共同住宅を購入しない理由を聞かれることになるとは。
それはまるで想像していなかった事態で、僕は数瞬どうするべきか悩む。
「……ライラさん以外の人、特にナルセーナには言わないで下さいね」
だが、別段ジークさんとライラさん隠すほどではないと判断した僕は、条件付きで話すことにした。
それにこうして僕に理由を尋ねて来たのも、ジークさん達がナルセーナを心配してのものであるだろう。
そんな人達に無闇に隠し、心配させる必要はない。
そう考え、僕は話を始める。
「えっと、まず始めに断っておきますが、僕は決して共同住宅の購入が嫌なわけではないです。ただ、順序を踏んでからの方が良いと思っただけです」
「順序……?」
僕の言葉に、ジークさんが顔を怪訝なものにする。
その反応に僕は、自分の言葉が抽象的すぎたらしいことを理解する。
……やはりきちんと、はっきりした言葉にしないといけないらしい。
そう覚悟を決めた僕は、少々照れながらも口を開いた。
「はい。パーティー共同住宅を買う前に、僕はナルセーナに告白するつもりです」




