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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第16話 パーティー共同住宅

「話したいこと?」


真剣な表情でこちらを見つめてくるナルセーナ。

その視線に威圧感を覚えながら、僕はナルセーナの言葉を繰り返した。

拭いきれない嫌な予感を感じ、僕の顔が引き攣る。

だが、ナルセーナはそんな僕の様子に気づくことなく、口を開いた。


「そ、その!パーティー共同の家を買いませんか!」


「っ!」


……そして、そのナルセーナの言葉に、僕は自分の予感が当たったことを悟った。


「こ、今回のフェニックス討伐でかなりの収入がありましたし。それにほら、私達の仲も進め……ま、間違いました!いえ、間違えた訳ではなくて、その、なんというか……そう、絆!パーティー間の絆的なものを強めた方が良い気がするんです!」


ナルセーナは顔を真っ赤にしながら、さらに早口で何か言葉を重ねる。

その言葉の殆ど半分くらい、聞き取ることができなかったが、それでもその言葉から、どれだけナルセーナが共同住宅を望んでいるのか、僕に伝わってくる。

今ナルセーナに、犬のような尻尾があれば、ぶんぶんと振られているに違いないだろう。


「え、えっと………」


だが、そのナルセーナの言葉に僕は即答することはできなかった。

今までの態度から、ナルセーナがパーティー共同の家を切望しているのは僕も知っている。

何せ、今まで何度もナルセーナにこの話を持ちかけられているのだから。


……だけど、今の僕には家を買うつもりはなかった。

例え、どれだけナルセーナが望んでいたとしても。


そのことを伝えるべく、僕は胸が痛むのを感じながら、口を開く。


「その、まだパーティー共同の家は早いんじゃないかな?ほ、ほら、有事の際とかお金が貯まっていた方が良い……かもしれないし……」


僕の口から出たのは言い訳と呼ぶには、あまりにも苦しい言葉の羅列だった。

ヒュドラとフェニックスを討伐した僕とナルセーナは、この迷宮都市の中でもかなりの金額を有している。

つまり、もう僕達にお金を稼ぐ意味はない。

そのことは、ナルセーナだって分かっているだろう。


「……そう、ですね。いざって時の備えって、大切ですもんね……もう少し後になってから、ですよね」


……しかし、そのことを理解しながらも、僕が乗り気でないことに気づいたナルセーナは、そう自身の意見を取り下げた。

先程までと違う沈んだ表情を、笑顔の裏に隠そうとしながら。


「あはは、ちょっと頭を冷やしに散歩してきます」


ナルセーナはそう笑って、僕に背を向けて歩き出す。

その背中に、しょげた尻尾を幻視出来て、僕の胸は罪悪感で痛みを覚える。


だが、去って行くナルセーナを僕には追うことが出来なかった……




◇◆◇




「はあ……やっぱり駄目だったかあ」


お兄さんに散歩してくると告げた後、私は沈んだ気持ちで街の中を歩いていた。

パーティー共同の家、それをお兄さんが許可してくれないだろうことは私も分かっていた。


何故なら今までどれだけ頼んでも、お兄さんが頷いたことは無かったから。

それを見て、お兄さんが家を買うことに乗り気でないのに気づかないほど、私は鈍くはない。


「……別に私が嫌われてる訳では、無いよね」


……それでも、何度もお兄さんに私が共同の家を頼むのは、そんな不安を覚えているからだった。


パーティー共同の家をお兄さんが認めてくれれば、それはお兄さんが私を嫌っていない何よりの証拠。

そんな考えが心にあるからこそ、私は何度も何度もお兄さんに家を買わないか尋ねてしまう。

迷惑だと、そう理解しながら。


「……私、駄目な女だな」


その自分の行為に、罪悪感を覚え私は思わずそんな言葉を漏らす。


しかし、そう思いながらも私は自分を抑えることができなかった。

その理由は、お兄さんの私に対する態度の変化だった。


再開した当時のお兄さんは、私がパーティー共同の家を買いたいと頼んだ時も、明確に断るような言葉を口にしなかった。

まるで諭すような、そんな余裕のある態度で家の購入を断っていた。


……けれども最近、お兄さんには明らかに余裕が無かった。


今はまだ落ち着いているが、少し前のお兄さんは、私がパーティー共同の家に着いて話すたびにどこか落ち着かない様子を見せていた。

その上、何故か断固とした態度で家の購入を断わるようになったり、赤い顔で宿屋を別にしないか、と提案されたこともある。


宿屋を別にする話を私は、何とか有耶無耶にして無かったことにした。

だが、それでも私は安堵を抱くことはできなかった。

何せお兄さん私に対する態度が変わったのは、明らかだったのだから。

そして、その変化の理由が私には全く分からない。

だからこそ不安を覚えずにはいられないのだ。

もしかしたらお兄さんは、私を嫌っていたりはしないだろうか、と。


……そう考える度に、私は心臓が締め付けられるような感覚を覚える。

そんな感覚に陥る度に、今も優しく接してくれるお兄さんが、私を嫌っているわけがないと自分に言い聞かせる。

だが、それでも不安を拭い去れることは出来なかった。

もしかしたら……という不安が心から拭い去れない。


「はあ……」


私はその不安に、小さくため息を漏らした。

こんな時、普通ならば誰かに相談した方が良いのだろう。

だが、今の私の知り合いには、恋愛経験が豊富そうな人間が思い付かない。


「あれ?でも最近私、誰か凄く恋愛経験が豊富そうな人に会った気が……」


自分が誰かの存在を忘れている気がし、私は自身の記憶を探り始める。


「あら、ナルセーナ。そんなところでどうしたの?」


「ひゃあっ!」


突然、後ろから声をかけられたのはその時だった。

考え事をしていた私は、後ろに誰かいるのに気づいておらず、思わず奇声をあげてしまう。

その声は我ながら間の抜けた声で、私は恥ずかしさで顔を赤くする。


「あ………」


だが後ろを振り向き、立っていた人物を見た瞬間私は羞恥を忘れるほどの衝撃を受けた。

何せ、背後にいた人物こそ、私が今まで忘れていた、恋愛経験が豊富な人物だったのだから。


「ええと、大丈……」


「そ、その!」


次の瞬間、私は相手の言葉を遮っているのにも気づかず、そう話し始めていた。


「ライラさん、少し相談にのって頂いてよろしいですか!」


「……え?」


その私の必死な声に、背後にいた女性、ギルド直属冒険者であるジークさんのパーティーの治癒師、ライラさんは、顔を驚きに染めた……




◇◆◇




「それで、実はお兄さんが私を嫌いになったんじゃないかと心配で……」


それはとある落ち着いた喫茶店の中。

和やかな空気が流れるその室内では沢山の人がくつろいでいる。


……しかしその中で私、ライラは、想像もしない危機に陥っていた。


「私は、そんなことないと思うわよ」


表面上は冷静に、私はナルセーナの問いに答えて見せる。

だが実は、握りしめた手のひらは汗で濡れていた。


「そう、ですか?まだ少し不安なんですが、恋愛経験豊富なライラさんにそう言って貰えると、安心します」


「そ、そう?」


私の言葉にナルセーナは、本当に安心したような笑みを浮かべる。

しかし、何時もならば微笑ましく思えるその可愛らしい笑みも、今は私に酷いプレッシャーを背負わせる要因となっていた。


……そこまで私が追い詰められている理由、それはナルセーナの勘違いにあった。


ナルセーナはどうやら、私を恋愛経験豊富な女性だと思っているらしい。

けれども、事実は全く違う。


何せ私は、未だ初恋(ジーク)で一喜一優している恋愛初心者。

ナルセーナの方が私よりも恋愛上級者だ。

……だが、そのことを自信満々で相談を受けたが故にナルセーナに言えず、私は相談を受けながら冷や汗を流していた。


恋愛相談だと分かっていれば、何か理由をつけて逃げていたのに、と私は数分前にナルセーナの頼み事を聞いた自分を恨めしく思う。

その時は、フェニックス討伐の際、ラウストに豪語した程活躍できなかったこと、何時かアーミアの件の借りを返そうと思っていたこと、などの理由があり、迷うことなく相談を聞くことにした。

しかし今ならわかる。


それは明らかな失態だった。


「実は、この頃お兄さんが焦った様子で宿屋を別々にしたいと言ってくることがあって……」


「……それは気にしなくていいと思うわよ」


何が悲しくて、自分よりも恋愛経験があり、恋人一歩手前の人間達ののろけを聞かねばならないのか。


ナルセーナにそう返答しながら、私は嘆息を漏らしそうになる。

鈍いナルセーナは気づいていないが、宿屋を変えようとするのは明らかにラウストが、彼女を異性として意識しているからだ。

それは決して悪いことではない。

………共同の家にすんでいるにも関わらず、まるで反応を示さないジークとちがって。


「でも、お兄さんは絶対にパーティー共同の家を買うことに賛同してくれなくて……」


だが、何故ラウストがそこまでパーティー共同の家を避けるかについては、私にも分からなかった。

照れの感情でパーティー共同の家を買わない、そう考えるにはラウストの行動は過剰すぎる気がしてならない。

だとしたらナルセーナに話すかは分からないが一度、ジークに頼んでラウストから話を聞いてもらった方がいいかもしれない。


「……もう少し、大胆にアピールした方がいいんでしょうか」


「そうかもしれないわね」


私はナルセーナと会話しながら、そう考え続ける。

……そのせいで会話から意識がそれていたが、幸か不幸か、ナルセーナも私もその事に気づかず、時間は経っていった。


「あ、もうこんな時間……」


思考に更けていた私が時間に気づいたのは、そのナルセーナの言葉を耳にしたときだった。

気づくと空は暗くなり始めていて、時間の流れに気づいていなかった私は内心驚く。


「今日は本当にありがとうございました!ライラさんの言っていた通り、積極的に行ってみようかなと思います!」


しかし、そんな私の内心に気づくことなく、ナルセーナはそう頭を下げた。

そのナルセーナの言葉に、まるで聞き覚えの無かった私は一瞬あせる。


「えっと、頑張ってね」


だが、聞いていなかったなどカミングアウトできるわけなく、私は曖昧な笑みを浮かべて何とかそれだけ口にする。


「はい!本当にありがとうございました!」


その私の態度はかなり怪しかった気がするが、決意を改めて決めた様子のナルセーナは気づくことなく、最後に一礼して宿へと歩き出した。


喫茶店の扉につけられた鈴が鳴り、ナルセーナが喫茶店から出ていったあと、私はいつの間にか喫茶店の中にいた人がかなり減っていることに気づいた。

どうやら、私とナルセーナが喫茶店に入ってきてからかなりの時間がたっていたらしい。

だが、喫茶店が閉まるのはもう少し先らしく、ここから見える扉には閉店を知らす看板は置かれていない。


「はあ……疲れたぁ……」


それを確認した私は、店が閉まるまでの時間、少しだけ休むことにした。


「ん………」


ナルセーナと会ってから、常に抱き続けていたある思いが再度浮かび上がって来たのはその時だった。

今まで私は、その思いを封じ込めてきた。

だが、ナルセーナが去った今、もう気遣う必要はないだろう。

そう判断した私は、だらしなく机にもたれ掛かり、口を開いた。


「ナルセーナ、ラウストと明らかに両思いじゃないの……いいなぁ……羨ましいなぁ……私も積極的ならないと駄目なのかなぁ……」


その独り言というにはやや切実な言葉。

それは誰の耳にはいることもなく、空中に霧散していった……

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