第15話 呆気ない勝負
「……何で、ここに?」
突然武器を手に現れた一流パーティーに対し、僕は驚きを隠せなかった。
戦神の大剣という名前の目の前のパーティーが、一気に成り上がった自分達を敵視していることを、僕はもちろん理解している。
だが、このパーティーは実力差を知っていて、僕とナルセーナに対し嫌がらせ以上の行動をすることはなかった。
だからこそ、フェニックスを討伐したこのタイミングで冒険者達が襲ってくるのは、僕にとっては完全な想定外の事態だった。
「まだ分からないのか?」
驚きを露わにする僕に対して、パーティーのリーダーらしき戦士は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「お前達のパーティーが、ギルド直属冒険者に寄生しているのことを、俺達はもう知っているんだよ。この詐欺師が!お前に本当の一流冒険者を教えてやるよ!」
「……そういうことか」
その戦士の言葉には、僕の自身の疑問の答えを理解し、嘆息を漏らしてしまいそうになる。
実は今僕とナルセーナは、フェニックスを討伐した後から、ジークさんのパーティーメンバーだと身分を偽っている。
だがそれは、あくまで嘘だ。
ジークさんのパーティーに加入したことにしたのは、冒険者によるパーティーの勧誘や、僕達を専属冒険者にしようとするギルド職員を制限するための建前でしか無い。
だがそんなことを知るよしもない戦神の大剣は、今回僕達がジークさんのパーティーに入ったことを、前々から癒着があったからの行動だと思い込んでいるらしい。
つまり、僕達が変異したヒュドラを倒したのは全てジークさんの手柄で、僕とナルセーナの実力は大したことないと、そう戦神の大剣は判断したのだろう。
だからこうして、新人に釘を指す、打ちのめすためにやってきた。
そのことを理解した僕は、その判断の浅はかさに呆れを隠せなかった。
前までの僕ならともかく、ヒュドラを倒した僕ならば、ギルド直属冒険者のパーティーメンバーに誘われても決しておかしくはない。
なのに真っ先に癒着を考えて行動を起こすのは、視野が狭まっている証拠だ。
それは本来、迷惑極まりない勘違いだ。
だが今に関しては、僕にとってこの襲撃は迷惑なものではなかった。
魔力と気で身体を強化し、戦闘態勢を整えながら、僕は小さく口を動かす。
力を試す良い機会だ、と。
「ちっ!余裕ぶって居られるのも今のうちだけだぞ!おい、やるぞ!殺さないならギルドは全て私闘で済ませる!痛めつけてやれ!」
驚き以外、まるでなんの表情も見せない僕に対し、苛立ちを覚えたらしいリーダーらしき戦士は、後ろの仲間にそう叫ぶ。
その叫び声に反応し、戦神の大剣の人間は武器を構えて臨戦態勢に入り、場の空気は一気に張り詰めた。
相手は五人。
戦士二人と、武闘家、治癒師、魔術師がそれぞれ一人づつ。
一流パーティーと呼ばれるだけあり、彼らが発する殺気は、以前戦った災禍の狼とは比べ物にならない。
それに、ナルセーナと一緒にいる時ではなく、僕一人だけの時を狙っているのを考えれば、戦神の大剣に油断はない。
昨日までの僕ならば、負けはしないまでも決着がつくまでに多大な時間を有しただろう相手だ。
だからこそ、この勝負の結果で成長した自分の力がはっきりと分かる。
そう考え僕は一瞬、口角を上げる。
「はぁっ!」
次の瞬間、僕は戦神の大剣へと走り出した。
「は、早い!」
僕の身体強化された身体は、踏み出した次の瞬間には、戦神の大剣との間にあった距離を詰めていた。
その僕の動きに、戦神の大剣のもう一人の戦士は、驚愕の声をあげながら、それでも何とか反応しようとする。
「あがぁ!」
だが、その戦士には剣を少し上げる程度の動きが限界だった。
短剣さえ抜いていない僕に顎を殴られ、その戦士は白目を向いて倒れこむ。
「なっ!」
その突然の出来事に、戦神の人間たちの動きは一瞬止まる。
それは戦闘中に晒すには、あまりにも大きな隙だった。
「ひっ!」
戦神の大剣の前衛が反応するその前に、僕は距離を詰め魔導師を間合いに捉える。
まじかに迫った僕を見た魔導師は、その目に恐怖を浮かべ、必死に後ろに下がろうとする。
その形振り変わらぬ姿は、情けなく見えても、魔導師としての最適解で、僕は感心を抱く。
「ぐぼっ!」
だがそれで僕が手心を加えるなんてことはなく、僕は魔導師の鳩尾を殴り上げた。
その一撃で魔導師は息が止まり、地面で悶えはじめる。
「くそがぁ!」
その時になってようやく動き出せた武闘家が、僕が魔導師を殴った瞬間に出来た隙をついて殴りかかってきた。
迫り来る拳に対し、僕の背筋に怖気が走る。
武道家の能力はどれだけ身体を強化しようが、鎧を着込もうが意味のないものだ。
この武闘家の一撃を食らえば、今の僕でも戦闘不能に陥りかねない。
だが、ナルセーナよりも遥かに遅く、鋭さに欠けるその拳が僕に当たることはなかった。
胸から上を狙っていた武闘家の拳を、身体を沈めることで僕は躱す。
そして頭上を拳が通り過ぎのを見計らい、僕は肘で武闘家の顎を殴打する。
「く、そ、」
僕に肘を入れられた後、武闘家は直ぐに倒れることなく数歩後ろへ下がる。
それが彼の限界だった。
武闘家は最後に呻くように言葉を残し、地面に倒れた。
これであと、リーダーと治癒師の二人。
「ひ、ひ、《ヒール》《ヒール》」
「く、くそがっ!」
………そう考えて僕は振り返ったが、目に入った戦神の大剣の姿に、勝負はもう終わったことを悟った。
戦神の大剣の中で、最も若い青年の治癒師は、仲間の戦士を回復させようとしているものの、完全に冷静さを失っていて、一番効果の薄い《ヒール》しか唱えていない。
……折角ハンデとして最後まで残しておいたのに、何の意味も無かったらしい。
その治癒師に比べれば、リーダーの剣士はまだマシだった。
武闘家の拳を僕が避けようとした後にでも攻撃しようとでも考えていたのか、大剣を構えて僕へと向けている。
しかし、その顔は蒼白。
僕にほぼ一瞬で倒された仲間たちの姿に、最早戦意が挫けているのは、誰の目にも明らかだった。
「はあ……」
「っ!」
その戦意を無くした戦神の大剣の姿を見て、僕が覚えたのは勝負が終わった達成感でもなく、勝利した喜びでもなく、この程度かという失望だった。
今回の戦闘、僕が使った身体強化はそこまで強いものではない。
身体を慣らしてから、強化を強めていく予定だったからだ。
その前に勝負が終わってしまった。
そのことに僕は、強い不満を戦神の大剣に覚える。
たしかに戦神の大剣は、僕の動きに動揺していつも通りの連携が取れなかった。
それでもここまであっさりと勝負が決まるのは、弱すぎないかと。
……普通に考えれば、超難易度魔獣さえ傷つける僕の強化した攻撃を、未だ下層でうろうろする程度の冒険者が対処できるわけがないのだが、それに僕が気づくことは無かった。
戦神の大剣について考えようとするだけの関心が、僕の中から失われていたのだ。
「……急がないと、怒られるな」
後の僕の頭を支配していたのは、早く街に戻らないといけないという思いだけだった。
その想いに急かされるまま、僕は戦神の大剣に背を向け歩き出した。
もう、決着を付けるまでもないと言いたげに。
「くそがぁ!」
その僕の態度に、戦神の大剣のリーダーは激怒した。
「り、リーダー!折角見逃してくれるのなら……」
「黙れっ!」
「がっ!」
自分を止めようとした治癒師を殴り、僕へと走り出そうと足を踏み出す。
……だが、その戦士が怒りに身を任せていられたのは、そこまでだった。
「ひっ!」
僕が短剣に手をかけた瞬間、今までの激怒が嘘のように戦神の大剣のリーダーの顔は青ざめた。
何とか最後、怒りで戦意を取り戻そうとしたみたいだが、自分と僕の実力差が分からなかった訳ではないのだろう。
もう抵抗できる気力なんて残っていないだろう。
「仲間は自分達で見てくれ」
そう判断した僕は、その言葉を残してその場をあとにする。
想像以上に早い決着だったが、それでもかなり時間は迫っていた。
早く行かないと怒られてしまう。
「ギルドの連中、騙しやが………」
そう走り出した僕の耳に、戦神の大剣のリーダーが最後に呟いた言葉が、入ることはなかった……
◇◆◇
空き地を後にし、街に向かった僕が目的地に着いたのは十数分がたった頃だった。
「おせーぞ!兄ちゃん!」
「そーだ!そーだ!」
それは到着予定から少し遅れた時間で、僕は待っていた子供達に囲まれブーイングを浴びることになってしまう。
大分楽しみにしてくれていたらしく、かなりご立腹な様子だ。
「ごめんごめん。ほら、直ぐに話を初めるから許してくれないかな?」
「ちぇー仕方ないな!今回だけだぞ!」
「だぞ」
しかし僕がそう謝ると直ぐに、子供たちは僕を放してくれた。
そして僕に促されるまま座り、こちらへと期待で輝いていた目を向ける。
こうして自分に注目が集まることに少し奇妙な感覚を覚えつつも、子供達にせかされるまま僕は口を開いた。
「えっとそれじゃ、前の話の続きから」
今僕が子供達、主に男の子にせがまれてしているのはフェニックスや、変異したヒュドラと戦う時の話だった。
少し前から僕は、冒険の時の話を子供達に求められるようになっていた。
人にものを話すというのは不思議な感覚だったが、それでも僕はあまり嫌いではなかった。
だからこうして、時間があるときは、請われるまま子供に話すようにしていた。
「それじゃ、今回はここまで」
ある程度長い時間はなし、僕は何時ものように話を終わらせようとする。
……しかし、今日は何故か子供たちの反応が違った。
何時もならば、話が終わった後子供たちはごねていたのだが、何故か今回はひどくおとなしい。
その子供たちの姿に、僕は何か変なものでも食べたのかと首を捻りそうになる。
しかし、そんな余裕を抱けていたのも、子供たちの次の言葉を聞くまでだった。
「……そ、その、今度、俺達に剣を教えてくれない?」
「お、俺も」
「っ!」
次の瞬間、僕は言葉を失った。
子供たちの言葉、それは僕がもっとも危険視していた展開を予期させるものだったのだから。
即ち、子供達が冒険者になりたいという展開。
確かに冒険者なら、英雄になれる可能性があり、一番夢がある職業だろう。
けれども、安易な英雄志望で生きていける程、冒険者は優しいものではない。
……長く底辺として生きてきた僕は、そのことを誰よりも理解している。
だから僕は、話をするとき安易に夢を抱かせ過ぎないよう、厳しさについても話してきたつもりだった。
だが、多数の子供たちによる剣を教えてほしいという懇願に、話の仕方を失敗したかもしれないという後悔を覚える。
「……別に冒険者になりたい、とかいう訳ではないけど」
「……え?」
しかし、その僕の後悔は杞憂でしか無かった。
「冒険者がどれだけしんどいかくらい、俺も知っているし。それに母ちゃんに無駄に心配なんかさせたくない」
初めに剣を教えて欲しいと告げた、子供達のリーダー格に当たるその少年は、ひどく大人びた目でそう告げた。
そしてその言葉に、今さらながら僕は思い出す。
冒険者と共に生きるこのこの街の子供達が、冒険者に夢を抱くのはあり得ないことを。
少年達が強くなりたい理由は、安易な夢なんかでは無い。
「それでも俺達、素材を売って街を助けてくれた兄ちゃんとか、あの人達みたいに強くなりたい。いつか、家族を守れるくらいに」
少年達が強くなりたいと願った動機は、憧れから生まれた強い決意だった。
そう、照れ臭そうに告げた少年の姿に、僕は自分の浅慮を恥じる。
この子達を少し小さく見すぎていたみたいだと。
「このガキ!止まれ!」
「へっ!誰がそんなこと聞くか!」
僕に土下座して街に素材を売ることになった冒険者の内一人が、遠くで子供達を追いかけているのが見える。
少年が、素材を売ってこの街を救ってくれた人達、と言ったのは、おそらくあの冒険者達のことだろう。
どうやら僕の心配を他所に、冒険者達と街の人たちは馴染んでいたらしい。
その冒険者の顔が、記憶にあるものよりも柔らかくなっていることに気づき、僕は表情を緩めた。
元々、冒険者達にこの街に素材を売るようにいったのは、あくまで街の人を助けるためだった。
だがあの様子を見る限り、冒険者達にとっても最良の判断だったらしい。
「わわっ!」
その発見にどこか愉快な気持ちを抱いた僕は、驚く少年の頭を撫でながら子供達に向け口を開いた。
「分かった。空いているときになるけど、剣を教えるよ。それに、僕がいないときにも、ここにいる他の冒険者の人達に頼んでみたら」
「え、いいのかな?」
「たぶん聞いてくれると思うから、頑張って」
僕はそう一方的な考えを告げたあと、別れの挨拶をして宿に向かって歩きだした。
苦手意識もあり、今まで僕は冒険者達とあまり話していなかった。
だが、また今度じっくり話し合ってもいいかもしれない。
「お兄さん、お帰りなさい」
「ナルセーナ?」
そんな僕の思考は、宿の前にいたナルセーナの姿を目にし、途切れることになった。
「驚かせてしまってすいません……」
何故、ナルセーナが宿の前にいるのかわからず、驚くぼくにたいしナルセーナはそう申し訳なさそうに謝罪する。
けれども次の瞬間、ナルセーナは真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「でも、どうしても話したいことがあるんです」
長くなってしまい、申し訳ありません……




