第13話 ラウストの実力
ラウストの一撃、その後直ぐにフェニックス討伐は終わった。
ラウストの短剣で脳天を切り裂かれた後も、フェニックスは異常とも言える生命力で生きていた。
だが、最早フェニックスには、自身の傷を回復させるだけの体力さえ残っておらず、最後にナルセーナに頭を砕かれ、動かなくなった。
それが迷宮下層のフェニックス、もう少しの時間さえあれば変異し、迷宮都市を震撼させていたはずの超難易度魔獣の短い最後だった。
それは奇跡的な出来事だろう。
フェニックスは完璧に変異した訳ではない上、傷だらけの状態ではあった。
それでも、フェニックスは異様なまでの実力を有していたのだから。
「……こんなあっさりと、終わるとは」
……だが、無事に終わったクエストに対し、俺が覚えた感情は、安堵ではなく驚愕だった。
「はぁ、はぁ、」
横目に、未だ肩で息をするラウストの姿が見える。
討伐があっさり終わった、それは疲れを隠すことさえできないその姿を見て、口にするべき言葉ではないかもしれない。
そう思いながらも、俺はその感覚を心の中から拭い去ることが出来なかった。
それはフェニックス討伐を、ナルセーナとラウストの二人だけで殆どしてしまったからのもの。
おそらく、ラウストの実力は超一流冒険者として、勇者を除けば別格の実力を有すると讃えられる、師匠達と同じ域に足を踏み入れかけているのだろう。
ラウストがフェニックスの頭を切り裂いたあの斬撃を思い出し、俺はそう理解する。
「……嘘だろ」
……だが俺は、その事実を呑み込むことが出来なかった。
頭に張り付いたあの斬撃。
それは、ラウストの実力が飛び抜けていることの何よりの証明。
しかしそれを目の前で見てもなお、俺は受け入れられない。
ー ラウストには実力はない。一生努力して、凡百な冒険者となれれば、いい方だろう。
その理由は、弟弟子の実力をそう断言した師匠、ロナウドの言葉だった。
師匠は超一流魔法使いであるライアさんと違い、後継者育成に力を注いでいる。
国のお抱えの騎士の殆どは、師匠に稽古を付けてもらったことがあると言われるほどだ。
それだけの実績があるように、師匠の人を見る目は確かだ。
……そして、その師匠がラウストには全く才能がないと告げた。
その言葉には、通常の人間では想像できないだけの重みがある。
何故なら師匠は、どれだけ才能の無く見える相手であれ、その人間の才能を見出してきた。
そんな師匠が、はっきりと才能がないと告げたのだ。
だから、ラウストの変異したヒュドラ討伐を聞いた時、俺はラウストという人間に対して強い興味を抱いた。
しかしそれでも、俺はある程度の実力しかラウストは持っていないと考えていた。
ラウストと一緒に変異したヒュドラを討伐したナルセーナ。
彼女はロナウドさんが超一流冒険者に至るかもしれない才能と称した人間。
ナルセーナがヒュドラ討伐を主導し、ラウストの実力ははそれをサポートできる程度だと思い込んでいたのだ。
だから、まるで想像と違ったラウストの実力に驚きを隠せず、俺はラウストから目を離すことが出来ない。
現在フェニックスの素材を剥ぎ取っている最中であるにもかかわらずに。
何とか素材の剥ぎ取りに集中しようと思うものの、ラウストの方に視線が吸い取られてしまう。
「はぁ、はぁ、………ふっ」
息を切らしていたはずのラウストが立ち上がったのは、俺が何度目かも分からない視線を向けた時だった。
「なっ!?」
立ち上がったラウストに対し、俺は驚きを隠すことができなかった。
フェニックス討伐が終わってから今はまだ、数分程度しか経っていない。
当たり前の話だが、いつ倒れてもおかしくなかった、ラウストの疲労が抜けているはずがない。
そう考えた俺は、反射的に身体をを支えるべく、ラウストの駆け寄る。
「長々と、休ませて貰って、申し訳ありません」
……その俺の予想と反してラウストの足取りは確かだった。
ラウストの顔には、まるで2、3日寝ていなかったような、色濃い疲労が浮かんでいる。
だが、ラウストの疲労を表すのはそれだけ。
「………え?」
それを目にし、俺は驚きを隠せなかった。
ラウストは今回のフェニックスの中、全力で様々な動きをしただけあり、かなり疲労していた。
それだけあり、フェニックスを討伐した後、ラウストは倒れてしまいそうなくらいの疲労を見せていた。
それなのに、今のラウストは動き回れるほど回復している。
「えっと、動き回って大丈夫なの?疲れているんだったら休んでいて良いのよ」
そのことに、疑問を持ったのは俺だけではなかった。
ライラはラウストに対し、そう声をかけ、アーミアは心配そうな目を向けている。
「え?」
ラウストは、その時になってようやく自分が心配されていることに気づく。
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。ほら、僕もある程度は鍛えていますから」
……しかしその俺たちの心配に対し、笑って答えたラウストの言葉は、どこかずれたものだった。
たしかに鍛えれば、ある程度疲労回復は早くなる。
だがそれだけで説明するには、ラウストの疲労回復速度は異常過ぎる。
ラウストの言葉を冗談だとでも判断したのか、ライラ達は曖昧な笑みを浮かべるのが見える。
そしてそれを見た俺も、ライラ達と同じようにラウストの言葉を冗談だと認識しようとする。
「………っ!」
……俺の頭に、ある考えが浮かんだのはその時だった。
それは、突拍子も無い考えだった。
もしかしたら、あれだけの疲労回復速度を有する鍛錬も、ラウストにとってはある程度しかないのかもしれないという。
普段なら、その考えを俺が信じることはなかっただろう。
何せ、それは明らかに異常な訓練をラウストがこなしていることを示していたのだから。
だが、それ以上にラウストが異常であることを知る俺は、それを想像だと断じることができなかった。
頭に師匠が、ラウストには才能がないと告げた言葉が蘇る。
信じ難いことだが、ラウストはそこからこれだけの実力を有している。
それは、一体どれだけの努力があれば、出来ることなのか。
「……もしかして、本当にそれだけの努力を」
疲れをにじませながら、それでも確かな足取りで歩くラウストの背中、それを見て俺はそう呟く。
それが、俺の中でラウストの存在が、弟弟子の一人から、師匠に並ぶ戦士と変化した瞬間だった………
少し更新が遅れてしまい、申し訳ありません……




