第12話 異常事態
魔剣を前に構えたジークさんの巨体が、勢いよく宙を舞う光景。
それに一瞬僕は、何が起きたのか理解することが出来なかった。
フェニックスに留めを刺そうとしたジークさんには一切油断など無かった。
そもそも、もし油断があったとしても、あのジークさんがフェニックスに吹き飛ばされることは、僕には考えられないものだ。
何せ、フェニックスの筋力は超難易度魔獣の中で極端に低い。
火球などで攻撃したならともかく、ただの力押しでジークさんを弾き飛ばせる訳がない。
だからこそ数瞬の間僕は、動揺を隠すことができ無かった。
何事もなければ、さらに長い間呆然としていたかもしれない。
「RuiAAAAAAAAAAAAA!」
「なっ!」
だが移り変わる状況はは僕に、混乱する暇も十分には与えてくれなかった。
……くぐもった咆哮と共に身体が膨張し始めたフェニックス、それに僕たちは強制的に正気に戻らされた。
それは、あまりにも異様な光景だった。
今までぐったりとしていたはずのフェニックス。
だが今、その魔獣は僕たちが迷宮へと足を踏み入れた時同様、いやそれ以上の活力を身に宿していた。
その事を表すように、フェニックスの身体の膨張はさらに激しくなり、僕が着けたはずの傷が再生していく。
そのフェニックスの身に起きた異常に、この場を沈黙が支配することになった。
横目にはいるアーミアの顔に、まるで何が起きているのか分からない、と言いたげな表情が浮かんでいるのがわかる。
だが、僕はフェニックスの身に何が起きているのか、反射的に察知したいた。
何故ならフェニックスは、変異したヒュドラ、あの最悪の存在と同じ威圧感を放っていたのだから。
……そう、あのフェニックスは今、変異しようとしているのだ。
これでフェニックスの変異を許してしまえば、僕たちは苦戦を強いられることになる。
「くそっ」
次の瞬間、そう判断を下した僕は、短剣を強く握りしめて走り出した。
異常な速度で治癒されいくフェニックスの身体。
その光景を目にしながら僕は、焦燥を覚えていた。
身体が完全に治癒されれば、次にフェニックスは炎の鎧を纏い直すだろう。
そうなれば短剣しか持たない僕ではリーチが足らず、フェニックスに攻撃することができなくなる。
つまり僕は、その前に何とかして決着をつけなければならない。
……けれども、今の僕にはフェニックスを倒せる自信はなかった。
「させない!」
フェニックスの変異に気づいたのは僕だけではない。
僕と共に変異したヒュドラと戦ったナルセーナも、僕から一拍遅れてフェニックスの変異に気づいて走り出していた。
「はぁぁぁああ!」
僕よりもフェニックスに近い位置にいたナルセーナは、すぐにフェニックスを間合いにとらえ、殴りかかる。
次の瞬間、ナルセーナの拳は、まるで動こうとしないフェニックスの身体にめり込んだ。
「RuiaAAA!」
「くっ!」
……だが、そのナルセーナの攻撃を受けてもなお、フェニックスは少量の血を口から漏らしただけだった。
その攻撃でフェニックスは内臓が傷ついたはずだが、それは人間や通常の魔獣ならともかく、今のフェニックスにとってはすぐに治癒できる程度の傷でしかない。
武道家として、高い能力を有するナルセーナの攻撃を無抵抗で受けてもなお、炎の鎧を纏い直すまでの時間を数秒伸ばしただけ。
その事に、変異によって異常な程に底上げされたフェニックスの能力を思い知らされ、僕は自分ではフェニックスを倒せないという思いを強くする。
もし、フェニックスに攻撃するまでに時間があれば、僕はフェニックスを一撃で戦闘不能にできただろう。
そう、あのときのヒュドラのように。
しかしそれが無理なことを、僕は理解していた。
僕が着けたはずの傷は、最早殆どなおっている。
ナルセーナの着けた傷がすこしばかり時間を伸ばしてくれているが、フェニックスが炎の鎧を纏うまでにかかる時間はほんの少しだろう。
それまでに僕がフェニックスの元にたどり着き攻撃するのは、決して難しいことではないが、捨て身の強化をするのは不可能だ。
「それ、でも!」
そのことを理解しながらも僕は、諦め悪く自身の身体に強化を行おうとする。
立ち止まってさえ、不可能なはずの身体強化を、走りながらという酷く不安定な状況下でありながら。
全ては、少しでも強化を水増しするために。
「………え?」
── そして、僕が自分のみに起きていた成長というには大きすぎる変化に気づいたのは、そのときだった。
本来、魔力と気で行う強化は技術とも呼べない何かだ。
何せ、その強化は技術と称するにはあまりにも強引で歪なな、裏技と呼んだ方がいいものなのだから。
だから、その強化方法に限界や危険があるのは当然のことだと僕は理解していた。
だからこそ僕は、走りながらもその内心、驚きを覚えていた。
異常だと、そういってしまえるほど急激に成長していた身体強化にたいして。
走りながらの身体強化、それは今までの僕ならかなりの無理を覚悟しなければならないことだった。
身体強化のミスで傷を負いながら、それでも出来る強化は今までの強化を少し底上げする程度のもの。
だが、今の僕はその過去が嘘だったような滑らかさで魔力と気を組み合わせ、強化していた。
身体が軽くなる感覚、それに痛みが伴わないことに違和感を感じる。
いや感じる違和感はそれだけではない。
何で急にこれほどまでの変化が起きたのか、また何がきっかけでこうなったのか、様々な違和感が僕の頭に浮かぶ。
「これなら、いける」
だが、そのすべての違和感を今はどうでもいいと断じ、僕は笑った。
目に写るのは、未だ動こうともしないフェニックス。
今なら炎の鎧を纏う前に倒せる。
その確信と共に、僕は地面を蹴って短剣を振り上げた。
「ruaAAAAA!」
驚異に気づき、フェニックスが動き出したのは最早短剣が間近に迫った時だった。
フェニックスの表情なんて僕には分からない。
だが、絶望的な状況となって動き出したフェニックスが、まるで自分を批難してくるかのような感覚を僕は覚える。
何故、何時も急激に攻撃の威力を上げるのだと、そう言われているような。
「動き出すのが遅い」
それにそんな言葉を漏らし、僕は短剣を振り下ろす。
次の瞬間その短剣は、フェニックスの脳天を深く切り裂いた。




