第11話 決死の時間稼ぎ
「ぐっ!」
目の前に迫る火球。
それを僕は、横へと飛び去ることでなんとか避ける。
いや、完全に避け切ることはできなかった。
火球は僅かに僕の足を掠め、鈍い痛みが走る。
だがその痛みを無視して、僕は足に力を入れ、迷宮の地面を蹴る。
掠っただけとはいえ、超難易度魔獣フェニックスの炎。
本来ならば、これで足が使えなくなっていてもおかしくないかもしれない。
しかし現在僕は、耐火用の自作魔道具で身体を固めている。
掠めるくらいなら、痛みが走る程度で特に問題はない。
本当に今回、魔道具には助けられている。
それでも、この先もその魔道具に頼り切っている訳にはいかなかった。
魔道具は道具であり寿命がある。
つまり、僕の身体をフェニックスの炎から守るにも限りがある。
それに、幾ら魔道具だってフェニックスの火球に直撃したらどうすることもできない。
ライラさんの治癒魔法と併用すれば、火球もある程度防ぐことはできるかもしれないが、それにだって限度はある。
…… そのことは、想像以上に僕のプレッシャーとなっていた。
「RA─────A!」
「うおおっ」
どうやら、魔力探知を使わず戦うという今の状況に、自分は想像以上に緊張を覚え、ナイーブになっているらしい。
次に来た火球を、壁を蹴り宙を舞うことでぎりぎり避けながら、僕は現状をそう分析していた。
現在僕は魔力探知を使わず、気だけを用いた軽い身体強化で、フェニックスの攻撃から逃げ回っていた。
僕には、フェニックスを攻撃した後からフェニックスが火球を放つまでの期間では、複雑な工程が必要となる魔力探知を発動することができなかったのだ。
幸いにも、フェニックスと戦うに至り、魔力探知はあまり有用ではなかったらしい。
それどころか、魔力探知は探知範囲外から攻撃してくるフェニックスには、相性が酷く悪いと言っても良いだろう。
……だが、いつも周囲の危険を僕に教えてくれていた魔力探知が発動していないことは、想像以上に僕の負担となっていたらしい。
「RA ───A!」
「ぐあっ!」
フェニックスの火球を避けるため、全力で前に跳んだ僕は感じる痛みに、魔力探知の有難さを改めて感じさせられる。
今まで僕は薄皮一枚で攻撃を回避していた。
けれども今は、大袈裟な動きを取ってしまっている。
魔力探知が無いため、本当に攻撃を避けられているのかわからず、身体を必要ない程大袈裟に動かしてしまうのだ。
「はぁ、はぁ、」
……そしてその結果、僕は想像以上の肉体的、精神的にも、大きな疲労を覚えることになっていた。
最早、自分が一体どれ程時間を稼いだか、後どれくらい時間を稼げばいいのか、僕は分からない。
しかし、それでも僕の心から闘志が消えることはなかった。
「《エリアヒール》」
ライラさんの凛とした声とともに、僕の身体から傷が消え、疲労が少し回復する。
それは今の僕の疲労状態から考えれば、身体的には気休め程度の効果かもしれない。
だが、その《エリアヒール》は精神的には効果的な疲労薬だった。
フェニックスは、正直僕にとってはあまりにも相性の悪い敵だった。
変異前のヒュドラよりも遥かに厄介に思える。
だがそれでも、稲妻の剣時代にヒュドラと戦った時よりも僕は闘志に溢れていた。
後ろに感じる仲間の存在、それが僕の胸を奮い立たせる。
そう僕は笑みを浮かべ、邪魔になって投げ捨てた溶けかけの大剣の代わりに手に持っている何時もの短剣を握りしめる。
「ラウスト、下がれぇ!」
ジークさんの叫び声が響いたのは、その瞬間だった。
その言葉を耳にした瞬間、僕はアーミアの魔法の準備が整ったことを反射的に理解した。
戦闘中、時間の感覚が無かったせいか気づかなかったが、もうかなりの時間が経っていたらしい。
何とか自分の役目を果たせたらしいことを理解して、一瞬僕は安堵を抱く。
「RA────A!」
「っ!」
けれども、次の瞬間僕はあることに気づき、顔を厳しいものにすることになった。
……アーミアの魔法に気づいたのは、僕だけでは無かった。
最早フェニックスは、僕に対する関心を一切抱いていなかった。
その先にあるのは、目を閉じ集中するアーミア。
それを見て、僕はあることを確信する。
魔法が殆ど完成したせいで、フェニックスの魔力察知に気づかれたのか、それとも別の要因なのかは分からない。
だが理由が分からずとも、確実にフェニックスはアーミアの魔法に気づいていた。
「RA───────A!」
フェニックスは、怒りの咆哮をアーミアに向かってあげる。
どうやら、最後の最後で隠してきた切り札を、フェニックスに気づかれてしまったらしい。
「……これは、勝ったな」
だがそれを理解して、僕はそう笑った。
最早勝利は揺るがないと、そう確信して。
何故なら、フェニックスの取った手段、それは最悪の悪手だったのだから。
フェニックスとアーミアの間、そこにはジークさんとナルセーナの姿があった。
もし、数分前にアーミアの魔法にフェニックスが気づいていれば、状況は変わったかもしれない。
だが、今からどれだけ必死に火球を放とうが、フェニックスはアーミアに攻撃を与えることはできないだろう。
その前に必ずアーミアの魔法は完成する。
つまり、フェニックスが取った攻撃という手段は、まるで無駄でしかない。
そしてもう一つ、フェニックスは大きな見落としをしていた。
おそらく、その見落としにアーミアで頭が一杯のフェニックスは気づいていないだろう。
そのことを確信し、僕は逃げる最中投げ捨てた大剣の元へと向かって走りながら口を開いた。
「最初に僕が斬りつけたの完全に忘れているなあ……」
現在フェニックスはまるで僕に注意を向けていない。
だが、それは決して犯してはならない判断ミスだった。
僕が大剣を拾おうとしていても、フェニックスはそのことに気づかない。
戦闘の始めに、あれだけ深く切り裂いたにもかかわらずに、フェニックスはもう忘れているらしい。
僕が、フェニックスを傷つけられる存在であることを。
そのことに対し、呆れを覚えながら僕は大剣を持ち上げる。
大剣の刃は融解して、丸くなっていた。
おそらく刀身はかなり脆くなっているだろう。
だが、あと一度だけならば炎の鎧には耐えられる。
そう判断した僕は、魔力と気で身体強化を施し、柄を逆手に持ち、大剣を振り上げる。
「らぁああ!」
そして次の瞬間、僕は大剣をフェニックスへと投擲した。
自身に向かって飛んでくる大剣。
「RA────A!?」
それにフェニックスが気づいたのは、丁度火球を放とうとする直前だった。
フェニックスは、火球を放つのを諦めて身体を捩り、何とか火球を避けようとする。
……しかし、その行動は最早手遅れでしか無かった。
「RAAAAAAAA!?」
次の瞬間、大剣はフェニックスの身体を深々と貫き、フェニックスは悲痛な悲鳴をあげた。
「水の精霊神の加護を我に!」
アーミアの魔法が完成したのは、その時だった。
アーミアの最後の詠唱に反応するように、大量の水が現れ、フェニックスの身体を覆う。
通常の水であれば、超高温であるフェニックスの炎の鎧を剥がすことはできないだろう。
その前に蒸発してしまう。
だが、アーミアの魔法で作り出されたその水はただ大量なだけの水では無かった。
本来であれば水を一瞬で蒸発させる炎の鎧を消し去っていく。
「RA─────AA!」
フェニックスは水を身体から振り払おうとするように暴れるが、その行動は何の意味もないものだった。
それから数十秒後、フェニックスの身体を覆っていた炎の鎧は、消し去ることとなった。
そして炎の鎧が消え去った後の光景、それに僕たちは勝利を確信した。
「RAaaaa」
炎の鎧が幾ら強力だとしても、それを封じただけで勝利を確信できるほど、超難易度魔獣は易しい相手ではない。
超難易度魔獣は、最後まで警戒をすべき存在だ。
……だが、そう思っていても、ここから負けることはないと確信できるほど、フェニックスの状態はボロボロだった。
炎の鎧の下、露わになったフェニックスの身体には二つの大きな傷が刻まれていた。
戦闘の序盤と、鎧を剥ぎ取る直前に僕が付けた傷だ。
フェニックスが炎の鎧を纏っていたことで気づかなかったが、フェニックスはもう既に深い傷を負っていたのだ。
それも、超再生と呼ばれ、通常の超難易度魔獣を超える再生能力を有するフェニックスでさえ、治すことのできない傷を。
それでも先程まで、フェニックスは火球を放ち、必死に戦っていた。
だが、もうフェニックスも限界らしい。
火球さえ放てなくなったフェニックスの姿に、僕はそう悟る。
「長引かせる方が残酷だな」
僕と同じことを考えたのか、魔剣を手にしたジークさんはそう呟き、フェニックスの方へと歩き出した。
フェニックスに留めを刺す気なのだろう。
その姿に僕は、フェニックスの最後を確信した。
ここまでにかかった時間、それは通常であれば酷く短いと考えるべきなのだろう。
だが、長時間フェニックスを引きつけていたせいか、僕の身体には濃い疲労が浮かんでいた。
だがこれで、フェニックス討伐は終わりになる。
そう僕は気を抜きかけて……
「rAAAAAa──────aA!」
「………がっ!?」
……しかし次の瞬間フェニックスが、魔剣ごとジークさんを吹き飛ばした光景に、僕は呆然と立ち尽くすことになった。
「…………え?」




