第9話 討伐に向けて
「………案外、簡単に討伐出来そうだね」
夕暮れ、朱色に染まる喫茶店からの帰り道。
僕は、少し興奮した様子でそうナルセーナに話しかけていた。
「はい。本当に、ジークさん達は流石に直属冒険者としか言えないような、パーティーでしたね」
その僕の言葉に、同じく興奮気味のナルセーナが同意を示す。
その僕達の様子に、周囲の人が怪訝そうな目をこちらに向けてきていたが、僕はナルセーナがそんな状態になっても仕方がないことを理解していた。
フェニックス討伐に対する話し合い、そこで出た最終的な案は僕がフェニックスの注意を引き、その間にアーミアが魔法を放つ準備をすることだった。
僕に注意を引きつけることが出来れば、フェニックスがアーミアを攻撃の標的にすることは無くなる。
もちろん、幾ら僕がフェニックスの注意を引きつけようが、流れ弾でアーミアへと飛んでいく火球を防ぐことはできない。
たがジークさん曰く、流れ弾くらいならば、魔剣で弾き返すことができるらしい。
また、いざと言う時のためにナルセーナには、対フェニックス戦専用の魔道盾を持つことになった。
これで、フェニックス戦の最中になにか思わぬ事件が起きたとしても、乗り切ることが出来るだろう。
そう判断できたからこそ、僕とナルセーナは興奮を隠すことができなかった。
自分とナルセーナ二人だったとしても、フェニックス討伐は不可能ではなかったと、僕は考えている。
だが、賭けのような戦い方であることは否定できなかった。
だからこそ、僕達はここまで状況が改善したことに対し、興奮を隠せなかったのだ。
「だけど、気を抜くのは厳禁だ」
しかし状況が改善したこと、それは決して勝利が確定ことではない。
僕は以前、ヒュドラを討伐した時、三時間の激戦のすえぎりぎりまで追い詰めていたのにもかかわらず、サーベリアが毒を負わされたことを思い出す。
正直、超難易度魔獣はギリギリまで追い詰めようが、気を抜くことができない存在なのだ。
絶対絶命の状況であっても、勝負をひっくり返すことができるだけの力を持つのが、超難易度魔獣という存在なのだから。
そんな状況を避けるためには、準備を整えるしかないだろう。
「買い出しに行こっか」
「フェニックス討伐は数日後だから、今から準備を整えないといけませんもんね」
そう考えた僕は、ナルセーナと話し合いながら、街の方向へと足を踏み出す。
今から、フェニックス討伐のための素材を買いに行こうと考えながら。
「ちょっと待って!」
「………え?」
突然、僕達を呼び止めるような声が響いたのは、その時だった。
僕が振り返ると、そこにいたのはジークさんのパーティーの治癒師の女性、ライラさんだった。
僕達のそばに来た時、ライラさんの息は隠しきれない程荒れていた。
そして、そんな彼女の様子に何かあったのかと僕は一瞬、不安を抱く。
「伝え遅れてしまったけど、アーミアを立ち直らせてくれて本当にありがとう」
しかし次の瞬間、勢いよく頭を下げてそう告げたライラさんの言葉に、その不安が見当違いのものだったことを僕は理解することとなった。
どうやら、ライラさんが急いでこの場所に来たのは、何かあったわけではなく、この言葉を僕達に告げるためだったのだろう。
そう僕は理解し、冒険者では普通考えられない程義理堅いライラさんの姿に、思わず頬を緩めた。
どうやらアーミアは、今度こそ良いパーティーに入ることが出来たらしい。
「アーミアの前で言えなかったけど、ジークも貴方達に感謝しているわ。本当にありがとう」
だが次の瞬間、頭を上げ告げた言葉に、ライラさんの勘違いに気づいた僕は気まずげな表情へと変えた。
どうやらライラさんは、僕もアーミアの説得に関わったと思っているらしい。
その勘違いを正すべく、僕は表情を苦笑を浮かべて口を開く。
「僕はなにもしていませんよ」
「いえ、そんなことは無いわ」
「……え?」
「アーミアに、償うチャンスをくれてほんとありがとう」
……しかし次のライラさんの言葉に、僕は間違っていたのは自分であることに気づくこととなった。
話を聞かされていたのか、ライラさんはアーミアとナルセーナの間にあった、事の顛末を知っていたらしい。
その上で、ライラさんは僕に対して感謝しているらしい。
そのことをライラさんの様子から僕は理解したものの、戸惑いを隠せなかった。
正直、僕は別段なにかを求めてアーミアを責めなかった訳ではなかった。
だから、別にお礼を言われる必要などないと僕はライラさんに告げようとする。
「アーミアの犯したこと、本当に申し訳ありませんでした。貴方は今、幸福でアーミアに傷つけられたことを忘れているかもしれない。でも、それでアーミアが貴方を傷つけた過去が無くなるわけではないわ」
だが、僕が口を開くその前に、ライラさんは深々と僕へと頭を下げた。
「その罪は、アーミアだけでなく私達も償います。それはアーミアの果たさなければならない責任で、それでもあの子をパーティーに入れることを決めた私達の責任だから」
そのライラさんの言葉に、僕はアーミアが変化した理由を悟った。
ライラさんとの出会い、それがアーミアを変えることになったのだろうと。
「そして、貴女にもお礼を。本当にありがとう」
次の瞬間、頭をあげたライラさんはナルセーナの方へと向き直り、微笑みかけた。
「情けないことだけど、私達にはアーミアを立ち直らせることは出来なかった。貴女がいなかったら、アーミアはあのまま壊れてしまったかもしれない」
「えっ、あ、」
自嘲するような笑みを浮かべ、そう話すライラさんにナルセーナは戸惑いを隠せない。
どうやら、ナルセーナはこうやってお礼をされるとは思っていなかったらしく、驚きを隠せないらしい。
そんなナルセーナにライラさんは笑いかけ、次の瞬間大きく頭を下げた。
「だから、本当にありがとう。貴女がこの場所にいてくれて良かった」
「えっ、は、はい!」
ライラさんの言葉に対し、ナルセーナは顔に驚きを浮かべながらも、それでもどこか照れたように頷いた。
そんな二人の姿に、僕は知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。
どうやら、ジークさんのパーティーで一番情報がなく、どんな人間か分からなかったライラさんだが、人格的には信頼出来る人だったらしい。
「突然ごめんなさいね。どうしてもお礼が言いたくて。一応補足しておくけど、何も問題はないから」
少しして頭をあげたライラさんは、今度は僕へと顔を向け、そう罰が悪そうに謝罪した。
どうやらライラさんは、最初走ってきた時僕が動揺していたのに気づいていたらしい。
そのことに対して謝罪するライラさんに対し、気にしなくていいと伝えるべく、僕は口を開いた。
「いいえ。気にしないでください」
ライラさんの行動に誤解させられたことを、僕は全く気にしてはなかった。
何せ、ライラさんは僕達にお礼を言おうとしてここまで急いで来てくれたのだから。
それに、ライラさんが走って来なければ僕達はもう既にこの場所から去っていただろう。
その状況を考慮すれば、非難することなどできるわけがない。
「そう。そう言って貰って良かったわ」
その気持ちを、僕の行動と言葉から理解したのか、ライラさんは柔らかい笑みを浮かべてそう告げた。
ライラさんが、何かを思い出したような顔を浮かべたのは、その次の瞬間だった。
「フェニックス討伐に向けての準備があるから、もうそろそろ戻らないと……」
「ああ、そうですね。僕達も用意しないと」
ライラさんの言葉に、僕は自分達も街に行く直前だったことを思い出す。
それにライラさんの様子を見る限り、僕達のもとに来たのはアーミアに隠しているようだ。
アーミアに怪しまれないよう、早めに戻らないといけないのだろう。
「引き止めてしまって悪かったわね」
ライラさんはそう僕達へと告げ、元来た方へと戻ろうとする。
しかし、その途中で振り返って僕達へと笑いかけた。
「貴方達への感謝は、フェニックス討伐で活躍することで、一つ返させてもらうから」
それは、誓いの言葉というには過度な自信が込められたものだった。
フェニックス討伐で借りを返す、それは余程の自信がなければ発せない言葉なのだから。
その言葉の後、この場から小走りで去っていたライラさんが、振り返ることはなかった。
◇◆◇
ライラさんが去って少し経った後も、ナルセーナはライラさんが去っていた方向を見つめていた。
その視線に浮かぶのは純粋な驚き。
「……女性の高位冒険者で、あんなにかっこよくて品がある人いるんですね」
次の瞬間、ナルセーナが告げた言葉の中には、感嘆とも驚愕とも取れる感情が込められていた。
ナルセーナがライラさんの存在は、ナルセーナに衝撃を与えるものだったらしい。
「……ラルマさん、あんなんなのに」
「………あ、うん。師匠は例外というか、そもそも人間のカテゴリーに入れちゃいけないやつだと思う」
「……たしかに」
……だが次のナルセーナの言葉に、思わず脱力することになった。
どうやら、ナルセーナはライラさんの存在に影響を受けたというよりも、師匠の存在に毒されていたという感じらしい。
「はあ……」
何か文句でもあるのか?ということ凄む師匠の姿が脳内に浮かび、僕は思わず溜息を漏らす。
あの人と長いこといれば、ナルセーナのような反応をしてしまうのも仕方がないかもしれない。
何せ、師匠はそういう存在なのだから。
だが、師匠の存在はともかく、ライラさんは人格的に優れた人間であることは確かだろう。
能力的には未だはっきりと目にした訳ではないが、ジークさんのパーティーに入っているだけあり、中々のものなのだろう。
そう考えているうちに、僕はフェニックス討伐に対し、楽しみを覚えていた。
決して、フェニックス討伐は軽い気持ちで出来るものではない、そう自分に言い聞かせているのにもかかわらず、僕の口元の緩みが消えることはなかった。
どうやら、ナルセーナも僕と同じ気持ちを抱いているらしい。
そのことを横を向いた時に気づいた僕は、笑みを抑えることをやめ、口を開いた。
「それじゃ、僕達も街に行こうか」
「はい!」
フェニックス討伐に対する期待、それを街へと歩き出した僕達は、隠すことが出来なかった……
更新遅れてしまい、申し訳ありません。
ですが、なんとか次回からフェニックス戦に入る予定です。
……ついでに、1話目にフェニックス討伐を入れた時は、何故か9話までの内容を簡易な説明だけで終わらせようとしてました。




