第8話 討伐前会議
翌日の午後、僕はフェニックス討伐について話し合う場所として、ジークさんに指定された喫茶店へと向かっていた。
……しかし、大事な話し合いの前でもあるに関わらず、僕はどんよりとした空気を纏った状態で歩いていた。
昨日、冒険者達を街で奉仕させることで出てきた問題で、僕はかなり疲労することとなっていた。
まず、冒険者達が街に素材を持ち込むに至って必要な書類は、半数以上の冒険者がも字を書けなかったことで、今日の午前まで二十人以上の冒険者の書類を僕が書くはめになった。
それだけで重労働だったのだが、問題はそれだけではなかった。
冒険者と街の人達の仲はあまりにも険悪だったのだ。
冒険者達は街の人間を軽視しているし、街の人達はそんな冒険者達を嫌っている。
そんな状況で、問題が無く物事が進む訳が無かった。
昨日だけで僕は、街の若い女性に手を出そうとした四人の冒険者を半殺しにして、治療するはめになっていた。
……一体、何度前言撤回して、街への奉仕活動を無かったことにしようとしたことか。
それでも最終的に、冒険者の奉仕活動を続けることになったのは、そんな冒険者達にも頼らないといけない程、街に流れる素材が少なくなっていたからだった。
メアリーさんから聞いた話によると、どんどんとギルドの素材の値段は上がり続けているらしい。
そのせいで長年迷宮都市にいたにも関わらず、出ていく人もいて、冒険者達が素材を流してくれないのであれば、メアリーさんも迷宮都市を離れることを考えていたという。
その話に、最早僕はギルドが何をしたいのか、分からなくなっていた。
ただ、このままメアリーさんたちはかなり苦労することは確実だ。
さらに、ギルドだけでも厄介なのに、冒険者達という問題もある。
今回、僕が問題を起こした冒険者を痛めつけ力を示したことで、冒険者達はかなりおとなしくなった。
だが、だからといって冒険者が問題を起こす可能性はゼロだとは言えない。
「はぁ……」
解決方法の見えない問題に、僕は思わず嘆息を漏らした。
本当に、どうすればいいのか今の僕では全く分かない。
だからといって放って置ける問題ではなく、僕はさらに思わず眉間に皺を寄せる。
「……お兄さん、大丈夫ですか?」
その時響いてきたナルセーナの声に、僕は思考から我に戻った。
横へと振り替えると、僕を見つめるナルセーナは心配そうな表情を抱いていた。
その表情のまま、ナルセーナは口を開く。
「調子が悪いようなら、お兄さんは休んでいても……」
ナルセーナの言葉に、相当疲れているように見えるのかなと、僕は思わず苦笑してしまいそうになる。
実際、書類に昨日の騒ぎ、そして解決の目処がたたない悩みのせいで、かなり疲労感を覚えている。
自分の様子を見る暇なんて今朝は無かったから自分は気づいていないだけで、よっぽどひどい状態であるのかの知れない。
「いや、今日は話し合いだけだしいくよ。心配してくれてありがとね」
「……無理は駄目ですからね」
「うん、分かってる」
それでも今回の話し合いを欠席するつもりは僕にはなかった。
確かに僕は疲労しているが、それは主に精神的なもので、あまり過度に心配する必要はないだろう。
それに、フェニックス討伐での話し合いを欠席するのは、出来る限り避けたいことだった。
ナルセーナは能力的には僕よりも遥かに高く、頭脳においても例外ではない。
だが、まだ経験不足で魔獣に対する知識が浅く、感情的なところもある。
他のクエストならともかく、フェニックスなどの超難易度の魔獣相手ならば、念をいれて経験だけはある僕が同行した方がいいだろう。
「見えて来ましたよ!」
待ち合わせの喫茶店が見えて来たのは、丁度僕がそう考えを纏めたときだった。
その喫茶店を目にして、僕は改めて気を引き締める。
とにかく今は冒険者のことも、ギルドも頭から切り離してフェニックスに集中しよう。
そう決意を新たにした僕は、喫茶店へと向かう足を少し早めた。
◇◆◇
僕達が喫茶店に着いた時には、もうジークさんのパーティーは揃っていた。
どうやら、女性二人とジークさんがジークさんのパーティーメンバーらしい。
「その、先日はありがとうございましたっ」
「気にしないで。今はフェニックスのことだけに集中して」
「は、はい!」
その中には、アーミアの姿もあり、ナルセーナへと頭を下げる彼女の姿に、僕は思わず笑みを浮かべる。
「その、ラウストさん」
「………うん?」
……しかし、ナルセーナと会話をまじわした後、アーミアは僕の方へと向き直った時、僕は一瞬、何をしようとしているのか分からず、呆然としてしまう。
「その、今まで申し訳ありませんでしたっ!」
「え?」
アーミアはそんな僕の様子に気づくことなく、なにかを僕へと突き出すと同時に、勢いよく頭を下げた。
アーミアが前につきだしたものが何か、それがお金の入った皮袋であるのに、僕は一泊おいて気づく。
「あ、ああ。謝罪も謝礼金の方も受け取らせて貰うよ」
そのときになって僕は、アーミアが自分に対して謝罪しているのを理解し、慌てながら手を伸ばした。
「今はこれだけしか持ち合わせがないのですが、いずれきちんと払わせて頂きます。稲妻の剣で不当な扱いをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
僕が皮袋を受け取ったタイミングで、アーミアは一度頭をあげたが、その謝罪の言葉と共に再度頭を下げた。
「えっと、わかりました……?」
そんなアーミアの様子を見ながら、その変わりように僕は戸惑いを隠すことが出来なかった。
変わり身で言えば、迷宮都市の冒険者の方が明らかにヤバイのだが、どうやらアーミアは性格から大きく変わっているようだった。
前回の出会いの時、ぼろぼろだったので気づいていなかったが、アーミアの人格は以前とはかなり違っているらしい。
「それじゃあ、フェニックスについて話し合おうか」
その思わぬ変化に少しの間僕は動揺を隠せなかったが、ジークさんのその言葉に僕は我に戻ることとなった。
この場所に僕たちがいるのは、あくまでフェニックスの討伐に話し合うためで、アーミアの変化を御披露目するためではない。
僕は自分にそう言い聞かせて、驚きを胸の奥にしまい込み、椅子へと座る。
「では、始めるか」
僕が椅子に座ったことを確認して、ジークさんは頷きそう告げた。
そうして、僕たちはジークさんを進行役とし、話し合いを始めた。
フェニックス討伐のための話し合い、そういいながらもその本質はフェニックスの炎の鎧と呼ばれる能力を、どう攻略するかというものだった。
炎の鎧、それはフェニックスが纏う炎のこと。
フェニックスを守るように身体を覆うその炎は、まさに鎧だ。
そして、その炎の鎧こそがフェニックスの中で一番厄介な能力であると言われていた。
フェニックスは他の魔獣と違い、身体能力も耐久力も劣る。
スキルを有している魔法使いにさえ、比にならない魔法を放つが、遠距離攻撃しかないため、間合いに入られると一気に動きが悪くなる。
……それなのに、フェニックスは前衛殺しの異名で呼ばれていた。
その理由こそが、炎の鎧だ。
フェニックスの身体を守る鎧は、人間には再現不可能だと言われるほどの超高温を発している。
ほぼ全ての武器が、一撃や二撃で使い物にならなくなる程の。
生半可な武器では、そもそも攻撃することすらできないだろう。
……その炎の鎧の前では、僕とナルセーナは殆ど役に立たないと考えていいだろう。
ナルセーナが耐熱の効果がついた魔道具の籠手を装備し、僕が大剣で戦うことにしても、できる攻撃は一度か二度。
ジークさんが有している魔剣ならば、炎の鎧を突破することができるらしいのだが、ジークさん一人で超難易度魔獣を倒せる訳がない。
つまり、フェニックス討伐の主流になるのは、魔法使いであるアーミアが主になる。
だが、魔法使いがフェニックスにダメージを与えるのも決して簡単なことではなかった。
何故なら、フェニックスは魔法に対する感覚が鋭いからだ。
魔法使いが詠唱に入っただけで、フェニックスは標的を魔法使いへと変え、火球を放つ。
遠距離攻撃を放たれれば、前衛もヒュドラのような超難易度魔獣と同じように足止めすることはできない。
それらの特性は、本来他の超難易度魔獣よりも劣る身体を有しながら、フェニックスを酷く厄介な存在へと変えていた。
だから僕とナルセーナは、武器を大量に持ち込み、使い捨てで戦うことで強引に勝負を決めるつもりだった。
正直、ジークさん達のパーティーを迎え、魔法使いと共闘することになったが、人数は依然として少ないまま。
普通フェニックス討伐に、十数人の人間がいることを考慮すれば、下手にアーミアに頼ることをせず、強引に力押しした方がいいかもしれない。
フェニックス討伐のための情報の擦り合わせの中、僕はそんな考えを抱く。
「アーミアの魔法ならなら、無詠唱フェニックスに気付かれず、鎧を剥ぎ取ることができるんだが……」
「っ!」
─── だが、そんなジークさんの言葉で僕の考えは大きく変わることとなった。
炎の鎧さえどうにかすれば、フェニックスは大きく弱体化する。
「フェニックスの鎧を剥ぐことができるほどの魔法を無詠唱で放つには、いくら水魔法強化のスキルを持っているアーミアでも、かなりの時間と集中がいる。……火球を無差別に放って来るフェニックス相手には使えない」
「大丈夫だと思います」
「……え?」
そう考えた僕は、悩ましげな表情なジークさんが告げていた言葉を遮り、声を上げた。
「僕なら、フェニックスをある程度の期間引き付けられます」
「……は?」
その僕の言葉にジークさんは信じられないというように、一瞬言葉を失う。
だが、僕の言葉を肯定するように頷いたナルセーナとアーミアを見て、僕の言葉が真実であることを理解し、唖然と口を開く。
「さすが、あのヒュドラを倒した人間と言うべきか………」
しかし次の瞬間、ジークさんは呆然した表情を、獰猛な笑みに変えて口を開いた。
「これなら、確実にフェニックスをやることが出来る」
その言葉には、興奮と、隠しきれない喜色が浮かんでいた。




