第7話 被害妄想
どこか急いた様子で走り去るアーミアの姿を僕が見たのは、ナルセーナと別れてからある程度の時間がたった時だった。
少し離れたところを走っていたアーミアの顔を、はっきりと伺うことはできなかったが、それでもわかるほどアーミアの表情は生き生きとしていて、僕は思わず笑みを浮かべる。
「ナルセーナ、上手くやったんだな」
正直、前までのアーミアの様子はあまりにも痛々しいものだった。
だが、僕が手を出した所で問題は解決しない。
そのことを、過去初めて出来たパーティーに裏切られたとき、アーミアと同じどん底に陥ったことのある僕は理解できてしまった。
……僕がアーミアを許すと告げようが、告げまいが、根本的な解決にはならないと。
しかし、そこでどうすればいいのか分からず、諦めた僕とナルセーナは違った。
「この件、私に任せてもらって良いですか。……憧れの人に裏切られたことなんて私にはない。でも、想像するだけで胸が痛くて堪らないんです。……私には、あの子を放って置けないんです。」
ジークさんが去った後、ナルセーナはそう僕へと告げた。
正直、僕にはその言葉の意味が理解できなかった。
それでも、僕はそうナルセーナの言葉を了承するのを迷うことはなかった。
僕がどん底から立ち直れたのは、ナルセーナのお陰だ。
ナルセーナであれば、アーミアをどうにかしてくれるかもしれないという予感を僕は抱いていた。
そして、その予感は正しかったらしい。
走り去るアーミアの姿にそのことを僕は悟る。
これでジークさん達は安心することが出来るだろう。
「……本当に、ナルセーナは凄い」
そう考え、僕はそんな言葉を漏らしていた。
ナルセーナは自分とは違う、優秀で特別な存在だった。
その思いを改めて抱いて、僕はパーティーメンバーに対する誇らしさを抱く。
そして、その清々しい気分のまま、その場を後にするべく僕はあるきだす。
「ようやく、みつけたぁぁっ」
「ギルド職員の言葉を、信じて良かった……」
「……え?」
……しかし、次の瞬間響いてきた複数人の男性の声に、僕は足を止めることになった。
その声は知り合いのものではないものだった。
だが何故か既視感があり、僕は恐る恐る背後を振り返る。
「…………うぇぇ」
そして、そこにいた大人数の冒険者の姿を見て、僕は顔を引攣らせこととなった。
思わず僕が漏らした小さな悲鳴、それに気づくことなく冒険者達は大きく頭を下げて謝罪を始める。
「今まで、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
…… その冒険者達は、以前僕が謝罪を無視して逃げた人間達だった。
彼らは、じりじりと僕を囲み始め、そのむさ苦しい冒険者達の姿に、僕の頭に逃走の二文字が散らつく。
「お願いですっ!謝るんで、有り金全部渡すので、どうか!どうか命だけはぁ!」
……しかし、決死の表情でそう懇願してくる冒険者達の姿を見て、僕はそれは無理なことを理解する。
今ここで逃げたとしても、この様子では絶対に諦めないだろう。
例え僕が冒険者を殺すつもりなんて、これっぽっちも無くても、彼らはそんなことわからないのだから。
「……はあ」
そんなことを考え、僕は思わず嘆息を漏らす。
とりあえず、目の前の冒険者の誤解を説かなければ、僕がこの場から離脱することはできない。
「……とりあえず、落ち着いてくれません?」
そう判断した僕は、そう声を上げるのだった……
◇◆◇
「お願いです!どうか、命だけは……」
僕が、なんとか誤解を解くことを決めてから十数分が経っても、状況は全く動いていなかった。
目の前で頭を下げる冒険者の言葉を引き攣った顔で聞き、口を開く。
「いや、だから僕は別に命を狙おうなんてこれぽっちも考えていなくて………」
「い、いえ!大丈夫です!そんなに念を押さなくても、絶対に貴方があの件に関わっていたなんて口外しません!」
「はい!絶対に口にはしません!」
「だ、だから、命だけは……」
……だが、僕の言葉は全く冒険者達の耳に入ることはなかった。
別に命を狙おうなんて考えていない、その言葉を僕は一体どれ程冒険者達に繰り返したか、最早覚えていない。
しかしそれだけ言おうが、僕の言葉が冒険者の耳に入ることはなかった。
僕を見る冒険者達の顔には、隠しきれない恐怖が浮かんでいた。
その恐怖のせいで、冒険者に僕の言葉が届くことはなかった。
「……はあ。何て間が悪い……」
冒険者達の様子に、僕は思わず溜息を漏らす。
ここまで恐怖されている理由、それは僕が彼らを無視したからだけではなかった。
ここ最近、中層冒険者のパーティーが、上層で死亡という事態が多発しているらしい。
正直それはあまり無いことだが、この迷宮では決して無いと言い切れることでは無い。
だから、それは騒ぎという程の事でも無いだろう。
実際、僕も目の前の冒険者達に教わるまで知らなかった程度の話なのだから。
その冒険者達はどうせ、上層だからとして油断してホブゴブリン相手に負けたのだろう。
「有り金全部渡します!いえ、よければこの鎧もお付けさせて下さい!だ、だから、迷宮での闇討ちだけはどうか勘弁してくださいっ!」
……だが、何故か目の前の冒険者達は、冒険者の死亡は僕が闇討ちしたからだと思い込んでいた。
もちろん、それは冒険者達の妄想でしか無い。
冒険者達だって、通常の状態であれば、こんな勘違いなどすることはなかっただろう。
だが、ギルドで僕に無視されたことを、やり返すという言外の主張かもしれないと冒険者達が恐れていたこと。
そして、上層で死亡した冒険者達の中に、今まで僕を虐げていた人間が含まれていた事で、僕がやったのでは無いか、と思い込んでしまったのだ。
「お願いですっ!一生のお願いですっ!」
「今まで、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
「どうか、どうか、ご慈悲を!」
「何でもいうことを聞きますから!」
だからこそ、僕を犯人だと思い込んでいる冒険者達が、僕の言葉を真の意味で理解することはなかった。
死の恐怖で、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした冒険者達は、命乞いを繰り返しながら僕へと縋り付く。
「は、はは」
………その時最早、僕は乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。
冒険者にどれだけ無実を主張しようが話は聞かないし、だからといって冒険者達から装備を奪えば、違う問題が起こる。
こんなことになるのならば、冒険者ギルドで無視するのではなかった、という後悔を僕は抱く。
まあ、無視せず話を聞いていれば、二、三日ぐらい冒険者の相手で潰れただろうから、どちらが面倒臭いか、何て分からないのだけれども。
しかし、そんなことさえ判断が出来なくなるほど、今の僕は追い詰められていた……
泣きながら寄ってくるむさ苦しい男たちと、無駄に集まりだした注目。
それに僕は、もう今後も付きまとわれることを覚悟に、逃げ出そうかと考え始めて。
「………あ、」
とあるアイディアを思いついたのはその時だった。
それは土壇場の中、思考が鈍り始めていた僕には、奇跡的とさえ感じられるものだった。
これで僕はこの面倒な冒険者たちを撒くことができる上、あの人たちの助けにもなる。
「じゃ、条件がある」
「え?」
そう判断した僕は、自信を笑みに変えて顔に浮かべ、冒険者たちへとそう告げた。
突然の僕の態度の変化に、冒険者たちの顔に戸惑いが浮かぶ。
しかし、それを無視して僕は言葉を重ねた。
「今から三週間、迷宮都市の街の人間の要求に応えて、中層の素材を無償で持ち込んでくれ。その働きが満足できるものであれば、君達に僕は手を出さないし、報酬も出そう。もちろん、街の人間に暴力を働いたりすれば、それなりの罰を与えさせもらうけどね」
僕が思いついたこと、それは冒険者たちを街で労働させることだった。
そうすれば、値上がりしてギルドから素材を買えないと言っていたメアリーさん達も助かるし、目の前の冒険者達が僕に付きまとうこともないだろう。
「お、おい、命が助かると考えれば良い条件なんじゃ無いか?」
「そ、そうだな!よしっ!おれはやるぞ!」
「お、おれもだ!」
その僕の言葉に、続々と参加を決めていく冒険者達。
その姿を何でもない様子で眺めながら、僕は内心自分のアイデアを自画自賛していた。
本当に、あの状況からここまで良い状況を作り出せるとは。
「……僕も案外やり手なのかもしれない」
……しかし、そう小さく呟いた僕は忘れていた。
街の人間に、冒険者がどれ程警戒されているかということを。
その一時間後、冒険者を街て働かせるために必要な手続きの書類に埋まりながら、悲鳴を上げることになるのを、その時の僕は知る由もなかった………




