第33話 誘い込み
「ナルセーナ、遅かったね」
「あはは……ちょっと色々とありまして」
ギルドの前で立っていた僕は、ナルセーナがギルドの中から走ってくるのを見て頰を緩めた。
用事があると言ってギルドの奥に入って行ってから、中々戻ってこなかったので心配していたが、大丈夫だったみたいだ。
そう安堵した僕は少し冗談めかして口を開く。
「何事もなくて良かったよ。実はギルドの中に稲妻の剣が来ててさ。ナルセーナが絡まれているかもと思って、ギルドに戻るところだったよ」
「えっ!?」
「………え?」
……しかし、冗談のつもりで口にした言葉のはずなのに、何故かナルセーナは焦ったような表情を浮かべる。
そしてナルセーナの想像もしていなかった反応に、僕は間の抜けた声を漏らしてしまう。
次の瞬間、その驚きはナルセーナへの心配へと変わり僕は口を開く。
「もしかして、何かあっ……」
「お、お兄さんっ!は、早く行来ましょう!」
……けれども、僕が言葉を言い切る前に、ナルセーナは焦った様子で話を変えて歩き出してしまう。
そのナルセーナの態度は明らかに不審だった。
だから、僕は前を歩くナルセーナへともう一度尋ねようとして……
「……今はそれどころではないか」
……しかし、背後に複数の人間の気配を感じて、僕はそう漏らした。
ナルセーナの方も、この気配に気づいたらしく足を止めている。
ナルセーナの話は確かに気になる。
だったらこの件を片付け、ゆっくりと話を聞くことにしよう。
そう僕は一瞬で判断し、けれども敢えて何事も無いように歩き出し、ナルセーナへと笑いかける。
「行こっか。草原に」
「はい!」
草原、その言葉を出した瞬間僕らの背後にいる気配が微かに反応する。
そして、その反応に僕とナルセーナは気づき笑い合う。
「……よし、うまくいったな」
「……はい、いい加減に煩わしかったですもんね」
歩き出した途端動き出す気配。
それに僕とナルセーナは気づかないふりをしながら草原へと向かう。
……僕たちを追う人間は、自分達が誘い出されていることに気づいていない。
◇◆◇
冒険者ギルドを後にし、街を通って草原へと向かう途中、一度背後にいる気配は消える。
だが、草原へとたどり着いた瞬間、再度僕達を囲むように気配は現れた。
「ははっ!自分から追い込まれに来てくれるとは!」
次の瞬間、草原の中から大勢の数日間僕達を付け狙っていた冒険者達が現れ、そのリーダーらしき男が僕を嘲笑する。
僕をリンチし謝罪させ、ナルセーナに手を出すことを想像しているのか、その顔は嗜虐的な愉悦が浮かんでいる。
そしてその愉悦を顔に貼り付けたまま、その冒険者は僕へと口を開く。
「草原で殺せば、ギルドは冒険者同士の諍いだと思って介入しない!つまりお前はお前で自分の首を……あがっ!?」
「煩いよ」
……しかし、その冒険者は最後まで言葉を言い切ることができなかった。
顔に呆れを浮かべた僕が投擲したナイフ、それが冒険者の太ももに刺さり、強制的に黙らされたのだ。
「………え?」
「いやおかしいだろ……これだけ距離が空いているのに、ナイフを当てやがったのかあいつ!」
その光景に、冒険者の間に動揺が広がり始める。
そしてその光景に僕は、逆に嘲りを顔に浮かべ笑う。
「自分で自分の首を絞めた?そんな馬鹿なことをするわけがないだろうが。逆だよ逆。
ーーー 僕がお前達を追い詰めているんだよ」
「っ!」
僕は殺意を込め、冒険者達へとそう言い放った。
そう、僕が敢えて冒険者達に草原に行くことを伝えたのは、冒険者達のストーカー行為にいい加減鬱陶しく感じたからだった。
だから、もう歯向かう気が起きないよう、冒険者同士で争っても誰も気にしない草原へと誘い込んだのだ。
そして、自分だけでなくナルセーナにも危害を加えようとした冒険者を許すつまりは、僕には一切なかった。
「お前らを倒せば、余計な手出しをする人間は少なくなるよな。だから出来る限り惨めに負けてくれ」
だから僕は冒険者達を見せしめになれと笑いかける。
その僕の言葉に含まれた殺気に、冒険者達の顔に恐怖が走り……
「うぉぉぉぉぉおおお!」
次の瞬間、冒険者達は僕へと目掛けて走り出して来た……
◇◆◇
「なるほど、近づいたら投擲されないだろうと考えたか」
一斉にこちらへと走り出した冒険者を見て、僕はそう呟く。
どうやら、冒険者達は僕の投擲を危険視近づくことにしたらしい。
……けれどもその冒険者の認識は間違いだった。
何せ、僕の投擲など比にならないほど、ナルセーナの拳の方が危険なのだから。
「任せてください!」
そして、その威力を冒険者達に知らしめるべくナルセーナが、冒険者達の元へと走り出す。
「ぎぃやぁぁぁぁあっ!いでぇ!」
「やめで、下さい!ぁぁぁぁあ!」
スキルによって強化されたその身体は直ぐに冒険者の元へとたどり着き、直ぐに冒険者達に悲惨な悲鳴を上げさせる。
広い場所を縦横無尽に動き回るナルセーナの動きに翻弄され、冒険者の攻撃は一つとしてナルセーナに当たっていない。
「うん、ナルセーナは大丈夫そうだな」
そしてそのナルセーナの活躍に僕は頷き、自分は自分の働きをすることにした。
「しねやぁあ!欠陥治癒師っ!」
僕の方には、ナルセーナの方に行った人数よりもよりたくさんの冒険者がやって来ていた。
僕の方が楽に勝てそうと思ったか、それともただ気に入らなかっただけかは知らないが、大人気だ。
つまり今の僕は図らずとも冒険者を引きつける役目をしていて。
だったら、今の僕の役目はその人数をナルセーナの方へと行かさないよう引き受けることだろう。
そう判断した僕は、防御に徹することにする。
次の瞬間、僕は魔力の探知を自分の半径10メートル内だけに限定する。
それは数年間、ただ魔力の探知だけを鍛えていた僕が手にした、限定的でも精密な魔力探知。
その魔力探知が発動した瞬間、五感が鈍くなり半径10メートル以上の距離の認識が甘くなる。
ーーー けれども、そのかわり半径10メートルないの全てを僕は知覚する。
その魔力探知のお陰で、僕は自分に襲いかかってくる冒険者全ての行動を理解する。
何人が襲いかかっていて、どう避ければ攻撃を避け、冒険者同士を同士討ちさせることができるか、その全てを。
そして次に僕は、その全てを理解し、処理するために気である部分を強化する。
その瞬間、僕はまるで周囲がゆっくりになったような錯覚に陥り、口元に笑みを浮かる。
そう、僕が気で強化した部分、それは脳だった。
僕が気で身体を強化したところで、大した強化は得られない。
だからこそ、僕は一部分だけを強化出来るように気の扱いを鍛えて来たのだ。
そして脳を気で強化した今、もう僕が冒険者の攻撃にあたることはない。
同士討ちを発生させ、冒険者の動きを制限し、短剣で冒険者の攻撃を受け流し時間稼ぎに徹する。
途中、僕の10メートル離れている場所から火球が飛んで来たが、僕はあっさりと避ける。
この防御に専念する戦い方は、魔力と気の使い方を必死に考えていた中、生み出したものだった。
これがある限り、僕は足止めとして高い実力を発し続けることができる。
そして、僕が足止めに徹しているうちにナルセーナに倒され、どんどんと冒険者は数を減らして行く。
「くそっ!なんなんだよこいつらは!」
そんな僕とナルセーナを見てそんな悲鳴を冒険者が上げるのが聞こえる。
そして、その悲鳴に僕は勝利を確信して笑った。
今まで僕はずっとこのギルドで蔑まれる存在だった。
だが、この戦いに勝てばその状況は変わる。
僕はようやく実力のある冒険者として認められることになるだろう。
一ヶ月前の僕からは想像ができない姿で、そんなことが成し遂げられるのは、全てナルセーナの存在があったからだった。
おそらくナルセーナが居なければ僕は幾ら実力があろうが底辺冒険者のままだろう。
僕は自分を役立たずだと思い込んでいたのだから。
いや、そもそも数年前のナルセーナと出会えなければ、これだけの実力を得られなかっただろう。
そう考え、僕はナルセーナへと感謝する。
彼女の存在があったからこそ、僕はここまで来ることができて。
だから僕は戦いながら、ナルセーナに感謝を抱いて……
「なっ!」
………しかし次の瞬間、背筋に走った悪寒に僕は思考どころか戦闘さえやめて、振り返っていた。
「な、なんなんだこの感じは……」
「おいあそこを見ろよ!なんかいるぞ!」
戦闘を辞めたのは僕だけではなかった。
冒険者にナルセーナも何かを感じたらしく動きを止めている。
……そしてその周囲の態度に、僕は嫌な胸騒ぎを覚える。
この場にいる全員誰の動きを止める何か、その存在に対して、漠然とした嫌な感覚を僕は覚えたのだ。
その感覚を覚えた次の瞬間、僕は魔力探知と思考加速を辞め、代わりに気で視覚強化した状態で冒険者の一人が何かがいると声を上げていた方へと目をやる。
………そして次の瞬間、僕はここに猛スピードで向かって来るその何かを認識して、言葉を失うことになった。
「ーーーーっ!」
それは六つの首、その全ての黄色い目に敵意を浮かべながらこちらへと向かって来ていた。
「嘘だろ…」
その目はこちらへと注がれていて、僕は敵意を向けている対象は自分であることを理解する。
そしてその敵意と、その姿に、僕は全てを確信する。
ーーー こちらへと猛スピードでやって来る何か、それは僕が稲妻の剣に入っていた時、首を切り落としたヒュドラが、変異したものだと。




