第32話 突然の襲来
「………ラウスト、お前に言わなければならないことがある」
「…………何で、ここに?」
僕、ラウストが入っていたパーティー稲妻の剣のリーダーであるマルグルスに、突然そう話しかけられたのは災禍の狼と戦った二日後のことだった。
マルグルス達は冒険者ギルドで待ち構えていたらしく、ナルセーナが姿を消したその直後に現れたのだ。
今日僕とナルセーナが冒険者ギルドに来たのは、災禍の狼の件の後処理のためで、ようやく終わった面倒ごとに僕は清々しい気分を覚えていた。
……しかし、現れたマルグルス達の姿にそんな気持ちは消え去り、僕は思わず顔を歪めそうになる。
ギルドで噂になっていたこともあり、僕は二日前に稲妻の剣が、一流パーティーに与えられる権限の全てを、ギルド直属の冒険者によって剥奪されたことを知っている。
そしてだからこそ、現在マルグルス達と再会したことに僕は苦い感情を抱くことになった。
僕が稲妻の剣にいた時、マルグルス達は何か不機嫌になると八つ当たり気味に暴力を振るっていた。
そして今現れた理由も、そのためでは無いかと僕は思ったのだ。
「今まで申し訳無かった」
「本当に、ごめんなさい」
「…………え?」
だからこそ、突然僕へとめがけて頭を下げたマルグルス達に対し、僕は動揺を隠せなかった。
しかし、マルグルス達はそんな僕の様子に気づかず、頭を下げたまま言葉を続ける。
「もしかしたらもう知っているかもしれないが、俺たち稲妻の剣は一流から降格となった。……だが、それは自業自得だったのだと今の俺たちなら理解できる。何せ、自分のパーティーの一番の功労者である人間を追放していたのだからな」
「……本当にごめんなさいラウスト。貴方がどれだけ私達のパーティーのために働いてくれていたのか、私達は全く気づいていなかった」
そのマルグルス達の謝罪の言葉に、僕は動揺を隠せなかった。
何せマルグルス達の言葉、それは全て今までの僕が求めていたもので。
……だからこそ、こんな都合よくそんな言葉を囁いてくるマルグルス達に、僕は不信感を隠せなかった。
「……本当ならば、こうやって顔を出すことも恥だと思うべきかもしれない。だが、その恥をかいてもお前に伝えなければならないことがあった。お前は災禍の狼を倒したことで冒険者達につけ狙われている!……だから、お前を守るために、もう一度稲妻の剣に入ってくれないか」
「稲妻の剣はもう一流パーティーでは無いわ。でも、ある程度名の知れているわ。だなら稲妻の剣にラウストが入れば冒険者達は襲うのを躊躇うかもしれないし、もし襲って来ても私たちが一緒に戦える」
「あ、ありがとう」
だが、心から心配するような表情でそう告げてきたマルグルスとサーベリアのを見て、僕はそうお礼を告げる。
不信感を覚えないわけでは無いが、おそらく今に関してはマルグルスとサーベリアは敵ではないだろうと、僕はそう判断したのだ。
「でも、今の僕には頼りになる仲間がいる。だからそんなに心配してくれなくても大丈夫だよ」
「……え?」
だけど、僕はマルグルス達が敵意を持っていようがいまいが、稲妻の剣に入るつもりなんて無かった。
ーーー 何せそもそも僕は自分を襲おうとしている冒険者達を脅威だと見なしていないのだから。
僕たちが災禍の狼を倒したのを見て、報復を恐れたか、それとも欠陥だと見なしていた人間が実力を持っていたことが許せなかったのか、僕たちを襲おうとしている冒険者がいることに僕とナルセーナは気づいていた。
だが、その冒険者程度なら僕とナルセーナの二人ならどうにでも出来る。
それは自信ではなく確信だ。
だから、マルグルス達の提案を受ける気も必要も、僕には全く無かったのだ。
「ちょっと、待てよ」
「ん?」
……けれども、安心させようとして告げた僕の言葉に、何故かマルグルス達はその顔を青くする。
次の瞬間、マルグルス達は焦ったような様子で僕に向かって口を開いた。
「ラウスト、お前のパーティーメンバーはお前を利用しようとしているだけの女に違いない。だから悪いことは言わない。直ぐにパーティーを解約して稲妻の剣に……」
「は?」
マルグルスは必死に僕に稲妻の剣に戻るように説得しようとする。
……けれども、その言葉は逆効果でしかなかった。
何せその言葉により僕の中にあったマルグルス達への不信感が、明確な敵意へと変わったのだから。
「ら、ラウスト?」
明らかに変わった僕の雰囲気に、マルグルスは顔を青くする。
それは今までの僕とマルグルスの関係から考えれば、ありえない光景だった。
だが、そんなことさえ今の僕にとっては些事にしか過ぎなかった。
僕は怒りに突き動かされるまま、マルグルスへと口を開いた。
「別に僕は稲妻の剣を目の敵にはしていない」
「だったら……」
その僕の言葉にマルグルスの顔に希望が浮かぶ。
「僕の仲間はナルセーナ一人だ。その仲間に敵対するなら僕は稲妻の剣を潰す」
「っ!」
しかしそれを僕は冷ややかに見つめながら、そう吐き捨てた。
その言葉を最後に、冒険者ギルドを後にした僕に、マルグルス達が付いてくることは無かった……
◇◆◇
「お、お兄さんて災禍の狼の件からより私を大事にしてくれるようになったよね……」
マルグルスに、お兄さんが怒りを露わにしていた時、私、ナルセーナは物陰で顔を少し赤らめながらその様子を見ていた。
この頃気のせいではなく、明らかにお兄さんが私に対して優しくなっていて、私の中でお兄さんを大切に思う気持ちが強くなっていくのを感じる。
「何してるのよ、マルグルス!早くラウストを追いかけるわよ!」
「ま、待ってくれ。あいつ何時もと様子が……」
「もう一流になれなくていいの!」
「っ!追いかけない、と……」
……だからこそ、お兄さんの利用しようと好き勝手言っているその二人組みを見て、私は怒りを隠すことができなかった。
私はお兄さんがギルドからいなくなったのを確認し、口を開く。
「何が、パーティーを解約しろよ。お兄さんを利用しようとしているのはあんた達の方でしょうが」
「あっ?何だよお前、今俺たちは忙し………ほぅ」
突然響いた私の言葉に、反応してマルグルスはこちらを睨みつけてくる。
しかし次の瞬間、私の容姿を見たマルグルスのその顔は、下卑た欲望に緩んだ。
「気持ちが悪い」
「がっ!」
……そして、その表情に嫌悪感を覚えた次の瞬間、私はマルグルスを一撃で昏倒させた。
「………え?」
その突然の出来事にサーベリアの顔に驚愕が浮かべ、ギルド職員へと助けを求めるように視線を向ける。
だが、ギルド職員はまるで何もなかったように振る舞い、こちらを見ることはなかった。
いやそれどころか、ギルド職員は稲妻の剣と私がまるで見えないかのように振る舞うだろう。
何せ、マルグルス達がお兄さんの方を見ているのに気づいた瞬間、私はギルド職員と話をつけてきて、この状況になるよう仕組んだのだから。
「っ!」
サーベリアはギルド職員の反応を見て、すぐに逃げ出そうとする。
「待ちなさいっ!」
「ひっ!」
しかし、服を掴んで私は強引にサーベリアをこの場に押し留めた。
そして、その耳元で囁く。
「お兄さんは元パーティーであったあんた達に甘い。けど、私は違うから」
「っ!」
その私の小さくも、殺気が込められた声にサーベリアは顔を青くする。
お兄さんは、パーティーに入れてもらったことを感謝しているのか、稲妻の剣に対してはかなり甘い。
おそらく自分が虐げられていたことさえ許しているかもしれない。
だが私は違う。
大切なお兄さんを稲妻の剣は食い物にしようとし、利用するだけして捨てたことを知っている。
そして、そんなパーティーがお兄さんを再度利用しようとしているの見て、看過することなど出来るわけが無かった。
「厄介ごとが起きればお兄さんに面倒が掛かるし、今回は見逃してあげる。だけど次は無いから。もし、またお兄さんを利用しようとしたり騙そうとしたら、次こそ容赦しない」
「わ、わかりましたっ!」
その私の言葉に、サーベリアは顔を青くして何度も頷く。
その目には涙が浮かんでいて、サーベリアに恐怖を刻み付けられたことを私は確信する。
その態度に満足した私はサーベリアを離し、マルグルスを指差して告げる。
「こいつにも伝えといてね。次は無いって」
そして、その言葉を最後に私はお兄さんのところへと歩き出した……




