第31話 今更な後悔
前半アマースト、後半マルグルス視線となります。
「………何で、こんなことに」
宿屋の部屋の中、私アマーストは顔を手で押さえて項垂れていた。
頭に浮かぶのは、あの仮面つけたギルド直属の冒険者の存在。
「……何で、あんな奴が出てきたのよ!」
その男に私がいなければ、そう考えて私は自分の唇を噛みしめる。
あの男がいたせいで、私はさらに立場を落とすことになるだろう。
欠陥治癒師の件でもう既にかなり立場を落としていることを考えれば、致命的だ。
……けれども、今私の心を支配しているのは自分の立場が落ちたことなどではなかった。
何せそんなこと比にならない大きな問題を私は抱えていたのだから。
「……あの男さえ稲妻の剣に入れば、ヒュドラを倒せたはずなのに!」
実は私は、自分の専属冒険者である稲妻の剣に手柄を積ませるため、ヒュドラのクエストを隠していた。
他の冒険者の目からヒュドラのクエストを隠し、機を見て再度稲妻の剣に受けさせようとしたのだ。
ヒュドラを倒せば稲妻の剣の株は上がるし、そうなれば専属の受付嬢である私の評価も上がる。
だからこそ、欠陥治癒師の件で評価が下がっており、焦っていた私は迷うことなく行動を起こしたのだ。
「何で私はあんなことをっ!」
……しかし今私は、その自分の行いを激しく後悔していた。
ヒュドラなどの超難易度の魔獣は、長い期間生きていると変異することがある。
周囲の魔力を取り込み、さらに強くなるのだ。
特に、傷つけられている状態だと周囲の魔力を吸収するのが早く、変異しやすい。
だから、超高難易度の魔獣は一つの冒険者パーティーが討伐に失敗すれば、直ぐに他のパーティーに回さないといけない。
……そして、それを破ったギルド職員には特に厳しい罰が下される。
「どうすれば!どうすればっ!」
以前の私は稲妻の剣なら、時間をかければヒュドラを倒せる、そう確信していたからこそクエストを隠した。
しかし、稲妻の剣がヒュドラを倒せる見込みが無くなった今、私は激しい焦りを覚えていた。
もはや受付嬢の評価がどうとか私は全く気にしてなんていなかった。
ヒュドラのことを隠していた罰は、そんなものとは比にならない。
私は必死にどうすれば良いのか考える。
私は稲妻の剣の実力が落ちたと感じた時から必死に動いてきた。
ライラという優秀な治癒師に対し、パーティーから抜けられないという偽りの規約で抜けられないようにしたことも。
そして仮面の男が優秀な戦士だと知り、強引に稲妻の剣に入れたのも、マルグルスをそそのかし迷宮ボスと戦わせたのも私の仕業だ。
そして本来の予定であれば、迷宮ボスを稲妻の剣は無事倒し、自信を持ったマルグルス達はトラウマを解消し、ヒュドラを討伐する、そこまでが私の筋書きだった。
「くそっ!何でよ!」
……しかし、その計画は全部崩れていた。
どうすることもできない現状に、私は顔を青くする。
まだヒュドラが変異するまではある程度の時間がある。
しかし、いつかはヒュドラの変異は起こり、それをどうにかする手段が全く思いつけない。
その現状に、私の心は限界を迎えていた。
「あの無能が!何が一流パーティーよ!私が目をかけてやっていたのに!」
そして、その不安は怒りへと変わり、私はマルグルス達へと怒気を露わにする。
けれども、怒鳴ったところで状況が変わることもなく、ただ私の胸に虚しさが広がる。
今更そんなことを言ってもどうすることもできないのだから。
……そしてその時には何のせいで、全てが崩れ始めたのか、私は理解していた。
「あの治癒師の実力さえ見抜けていれば……」
欠陥だと言われていたあの治癒師が私の頭に浮かぶ。
マルグルス達が無能だと分かった今、私はようやくあの治癒師の価値に気づいていた。
しかし、今更気づいたところでもはや何の意味もない事も、私は理解していた………
◇◆◇
「………何で、こうなったんだ?」
それはギルド直属の冒険者、そう名乗る仮面の男に一流冒険者から降格された翌日のこと。
俺、マルグルスとサーベリアは、冒険者ギルドの中に作られている酒場の中、机にもたれていた。
冒険者ギルドから逃げた後、俺とサーベリアはすぐにギルド職員に捕まり、全財産を奪われた。
共同の家さえも借金返済のため売り払うことになり、文字通り俺たちは全てを失うことになった。
だがそれだけしても、罰金には少し足りなかった。
つまり、今から俺たちはまたクエストに行き働かなければならない。
「……やる気なんて、でねえよな」
「仕方ない、よね」
……けれども、俺たちにはそのやる気が出なかった。
少し前、アマーストが何事か告げ、どこかに消えたがそれすら俺はぼんやりとしか覚えていなかった。
「俺は、一流パーティーの冒険者だったんだよな」
今まで一流冒険者だった、その事実があったからこそ、俺はより一層虚しさを感じていた。
最早立ち上がる気さえ、無くなる程の虚しさを。
「……ラウスト、あいつをまたパーティーに入れられば」
……そしてその虚しさに耐えかねた俺は、思わずそんな言葉を漏らしていた。
「っ!」
その言葉にサーベリアも顔を歪める。
最早俺たちには、ラウストは欠陥だと思い込む意地さえなかった。
あるのは一流という立場に対する執着だけ。
「……戻ってくれるわけないでしょ」
……けれども、今からラウストに頼み込むことなど出来るわけがなかった。
サーベリアの素っ気ない言葉にそのことを改めて認識して、俺は唇を噛み締める。
今からラウストにパーティーに戻ってきてくれと頼み込んだところで、ラウストが素直に了承するとは思えなかった。
機嫌を損ねる未来しか見えない。
「……つけ込む隙さえあれば」
そこまで考え、俺は思わずそう呟いていた。
頭に浮かぶのは騙すため声をかけた、その時ラウストの姿。
誰にも認められず、他人から認められることを何よりも欲していたラウストは、詐欺に全く気づかず俺のパーティーに入った。
あの時のような何かさえあれば、俺はぼんやりと、そんなことを考える。
………そして俺の耳に、すぐそばに居た人間達の会話が聞こえてきたのは、その時だった。
「おい、早く準備しろ。あの生意気な欠陥治癒師を叩きのめすんだろ?」
「待てよ、あいつはあの災禍の狼をのしたんだぜ?もう少し人数を集めて明日襲うことにする」
「ちっ!まあ、仕方がないか……あいつがあれだけ強かったなんて思ってなかったからな……」
「ああ。だがどれ程強かろうが、あいつを認めるわけにはいかねえ。あいつには欠陥治癒師でいてもらわないと、俺たちが舐められる。徹底的にやるぞ」
それは、ラウストを敵視した冒険者達の会話だった。
そして偶然その会話を耳にした俺は、冒険者達がラウストを襲おうとしていることを理解する。
「いける、これならいける!」
その瞬間、俺はここが人目のある酒場であることも忘れ、叫んでいた。
そんな俺に対し、サーベリアが怪訝そうな表情を浮かべるのが分かる。
「なっ!」
サーベリアの耳へと俺が思いついた作戦を告げた瞬間、その顔色が変わった。
俺はそのサーベリアの様子を見て、笑みを浮かべながら口を開く。
「これなら、ラウストを稲妻の剣へと戻せる!」
そう口にした俺の顔には、勝利の確信が浮かんでいた。
もうすぐ一章佳境に入る予定です。




