第29話 罰金
「っ!」
その男の言葉に対し、サーベリアは一瞬動揺を顔に浮かべる。
「何言ってんのよ!ふざけるな!」
だが次の瞬間、サーベリアはそう仮面の戦士を怒鳴りつけた。
どうやら仮面の戦士への恐怖を怒りが超えたらしい。
そして、そのサーベリアの怒声につられて、痛みに悶えていたマルグルスも怒声をあげる。
「俺を殴ったな!冒険者の私闘は禁止だろうが!」
そのマルグルス達の怒声は、近くにあった冒険者ギルド内の人間の注意を引くことになる。
……そして次の瞬間、冒険者ギルドからアマーストが現れ、仮面の戦士へと非難の目を向けた。
「なんの騒ぎですか?私からは貴方がマルグルス様に暴力を振るったように見えたのですが!」
「アマースト!そうだ、こいつが急に……」
マルグルスはアマーストの登場にその顔を輝かせる。
そしてアマーストと一緒に仮面の戦士を責め立てようとして……
「俺はギルド直属の冒険者なんだが?」
ーーー だが、その仮面の戦士の一言で場の空気は大きく変わった。
ギルド直属の冒険者、王都にあるギルドの本部が契約している直属の冒険者だ。
その腕は一流以上で、ギルドの支部長に匹敵するほどの様々な権限を有していて、ギルド直属の冒険者はギルドの規約などでは縛れない。
「……っ!」
……そして、そんな相手に喧嘩を売ろうとしていたことを、理解したアマーストの顔から一瞬で血の気が引く。
「そ、そのマルグルス様、今回は……」
次の瞬間、アマーストは矛を収めようと、マルグルス達に告げようとして。
「はあ、ギルド直属の冒険者?王都でどれだけ偉かったか知らないが、ここは迷宮都市だぞ?そんな過去の栄光にしがみついていてどうする?」
「ほんとよ。なに?ギルド直属の冒険者だから自分の失態を見逃してくれ、とでも?」
……けれども、そのアマーストの言葉は手遅れでしなかった。
マルグルスとサーベリアは仮面の戦士を罵り続ける。
ギルド直属の冒険者である人間が、どれほどの権限があることも理解出来ずに。
未だ自分が何をしているのかに気づいていないその二人を、アマーストは何とか止めようとする。
だが、マルグルス達はそのアマーストの様子にすら気づかない。
「それとももしかして王都の冒険者だからこのパーティーから抜けたい、とでもいうつもりか?残念だが諦めろ」
「そう、迷宮都市では一度は入ったパーティーからは抜けられないわよ!」
……… そして次の瞬間、マルグルス達は致命的な言葉を漏らした。
ありもしない規約で冒険者を縛ろうとするという、致命的な行為を。
そう、実際には迷宮都市にもそんな規約などないのだろう。
私を騙すために、アマーストが反射的に作ったものなのだろう。
だが、そんなものがギルドの直属の冒険者に通用するわけがないのだ。
「なっ!」
その瞬間、唯一事態を理解出来ていたアマーストの顔が蒼白になる。
だがもう遅い。
「ほう」
マルグルス達とアマーストの様子を見て、仮面の戦士はそう呟いた。
「……ここまで腐っていたか」
そして次にマルグルスが漏らした言葉には、隠そうともしない怒気が浮かんでいた。
「ち、違うのです!マルグルス様は勘違いしていただけで……」
仮面の男が言葉を漏らした次の瞬間、浮かべたアマーストはそう必死に言い訳しようとする。
けれども、アマーストの言い訳は私が許さなかった。
「へえ?私の時は随分丁寧に説明してくれたじゃない?それが全部勘違いだったの?」
「なっ!余計な口を挟ま……」
私の言葉にアマーストはこちらを殺意がこもった目で睨みつけ、何かを言おうとする。
しかし、そのアマーストの行動を仮面の男は許さなかった。
「黙れ、言い訳など聞きたくない」
「っ!分かり、ました……」
その言葉にアマーストはその顔に絶望にも似た表情を浮かべ、口を閉じる。
アマーストが黙ったことを確認すると、仮面の戦士はマルグルス達へと向き直った。
……そして、その時になってようやくマルグルス達の表情に不安が浮かび始める。
「パーティー稲妻の剣、だったか。お前達は今日から一流冒険者ではなくなる。王都のギルドから正式に迷宮都市冒険者の調査を命じられた俺が、その権限において宣言する」
「なっ!」
「なんでよ!」
……けれども、その仮面の戦士の言葉を聞いた瞬間、マルグルス達は一斉に文句を言い始めた。
「この程度で、文句を言うのか?」
ーーー だが、仮面の戦士の怒気にマルグルスとサーベリアは強制的に黙り込むこととなった。
フェニックスと渡り合ったその戦士の怒気に、マルグルス達は息をすることさえ出来ない。
そんなマルグルス達の様子を見て、怒気を抑える。
「はあっ、はあっ、」
「がはっ、ごほごほっ!」
そして咳き込むマルグルス達を冷ややかに見つめ、話し始めた。
「仲間を騙して迷宮ボスの元へと連れて行った詐欺行為に関する罰金に、治癒師を騙してパーティーから出れないようにした罰金。そして帰還の魔道具の弁償代、それら全てをお前らは払わないといけないんだぞ?」
「…………え?」
………その仮面の戦士の言葉に、マルグルス達は言葉を失うことになった。
それ程までに、稲妻の剣に課された罰金は大きなものだった。
一流であったこともあり、稲妻の剣はかなり良い装備に、ある程度の蓄えもあるだろう。
その財産を売り払ってぎりぎり足りるかどうかの罰金だ。
「ま、待ってくれ、いやください!」
……そして、そんな罰金をどうにか減らすべく、マルグルスは声をあげた。
その顔に必死で愛想笑いを浮かべ、マルグルスとサーベリアは仮面の戦士をなんとか説得しようとする。
「いい加減にしてください!」
……だが、その言葉はアーミアの怒声により中断されることとなった。
マルグルスへと怒声をあげた時、アーミアの顔色は未だに悪かった。
おそらくフェニックスと戦った時の恐怖が抜けていないのだろう。
しかしそれでも、マルグルス達へと怒鳴りつけたアーミアの声はしっかりしていた。
「あ、アーミア……」
そしてそのアーミアの怒声にマルグルスの顔に困惑が浮かぶ。
何故、自分の味方をしてくれないのかと言うように。
……けれども仮面の戦士が、自分のことを殺意のこもった目で見ていることに気づいたマルグルスは顔を真っ青にし、その場から逃げるように走り出した。
その背を、サーベリアがスキルを全開にした速度で追いかけていき、それを確認した後アーミアは私と仮面の戦士へと頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。何とか、罰金は返済させていただきます」
その言葉を最後に、アーミアはふらついた足取りでこの場を去っていく。
その姿に、私は思わず追いかけそうになる。
けれどもその衝動を抑え私は仮面の戦士へと向き直った。
アーミアの前に、私には一つやらなければならないことがあったのだから。
「っ、」
向き直った私に対し、一瞬仮面の戦士は動揺を漏らす。
「迷宮都市は危険だ。君は王都のギルドにでも行くといい。王都は今、悪質な冒険者が捕らえられて、治安が良いはずだ」
……しかし次の瞬間には、何事も無かったかのような態度を装い、先程よりも明らかに低い声でそう告げた。
だがその言葉に私は反応しなかった。
ただ仮面の戦士を凝視し、そして口を開く。
「……何でそんな格好してるの?ジーク」
「なっ!」
……その瞬間仮面の戦士、もといジークは、明らかな動揺を示した。




