第25話 ラルマの企み
前半モーゼラル、後半ラルマ視点です!
「あがっ、」
ラウストの腹部への蹴り、それに俺、モーゼラルは全く反応できず、腹部に痛みが走る。
その瞬間息がつまり、痛みと合わせて地獄のような苦しみを俺は覚えることになった。
「絶対に逃がさないから」
そんな俺に向かってラウストは笑う。
その目に浮かぶ怒りを隠そうともしない表情で。
……そして、そのラウストの笑みを見た俺は激しい恐怖を覚えることになった。
頭によぎるのはかつて、自分の実力を過信して下層に挑み、死にかけた時の記憶。
だが、ラウストから感じるのはあの時でさえ比べ物にならない恐怖だった。
その恐怖に今更ながら俺は気づく。
今までラウストが下層に行けたのはただの運だと俺は思い込んでいた。
だが、その認識は間違いだった。
たしかに治癒師ラウストは欠陥を持ってはいるが、無能ではなかった。
いやそれどころか、一流冒険者に並び立つ実力をした化け物だったのだと、今更俺は気づく。
「何で、何だよ!」
……しかし、それを知った俺の胸に沸き上げてきたのは怒りの感情だった。
「ふざけるな!何でお前みたいなそんな雑魚がそんなに強いんだよ!俺の方が遥かに才能があるだろうが!」
それは数年間ずっと、迷宮中層で止まり一流にはなれなかった俺の魂の叫びだった。
最初、ラウストを虐めていたのはただの鬱憤を晴らすためだけだった。
……だが、ラウストが下層に行けるようになってからは変わった。
俺は、才能がないとそう言われ続けていたくせに、迷宮下層に行けるようになったラウストが妬ましくて堪らなかったのだ。
中層に一番近いパーティー、それは俺たちが褒め言葉のように傘下の冒険者に広めさせたからこそ、今では好印象を持つ言葉として使われる。
……だがその言葉の最初は、数年間ずっと挑戦し続けても中層止まりという悪口で、そのことに俺はコンプレックスを抱き続けていた。
「何でお前が下層に行けて、俺が行けないんだよ!」
だからこそ、俺はラウストに対し怒りを覚えるのだ。
……隠しきれない嫉妬と共に。
しかし、その俺の言葉はさらなる怒りを買っただけだった。
「何では、こっちの台詞よ!」
「がっ!」
次の瞬間、ラウストのパーティーメンバーである女に俺は殴られた。
「何でお前達はお兄さんの結果しか見ないの!何でお兄さんの努力を見ようとしないの!お兄さんの苦しみを、それでも必死に頑張ったその過去を認めようとしないの!」
そう言いながら叫ぶ女の目には、涙が浮かんでいて、俺は思わず言葉を失う。
俺には女が何を言っているのか分からないが、女が感情的になっていることだけは理解できたのだ。
「お前達だけは絶対に、許さない!」
そして女はその感情のままに腕を振り上げ、スキルを扱おうとする。
「ひっ!」
……その瞬間、先程女にスキルを食らったことを思い出し、俺は思わず悲鳴をあげ、頭を覆い身体を縮こめた。
その時俺が、思わずそんな態度を取ってしまったのは、これまでのことで心が折れかけていたからだった。
ラウストに恥をかかせるために仲間と共に来たはずなのに、待っていたのは全く想像してもいなかった事態。
そんな状態で、女のあの攻撃を受けられるほど、俺には精神的な余裕はなかったのだ。
「……うわあ、情けねえ」
……だが、周囲の人間がそんな風に理解してくれるわけがなかった。
突然響いた冒険者らしき声、それが呼び水となりこの場を俺を嘲る会話が包む。
その声に俺は呆然と頭をあげ、そしてようやくこの場所に、今までの騒ぎに引き寄せられた人が集まっていることに気づくこととなった。
「えっ!」
そして、そのことに女も今気づいたのか俺への攻撃を中断する。
……だが、それに俺が喜ぶことはできなかった。
「あ、ぁぁぁぁあ!」
何故なら、この場に集まった人間は全員俺に嘲りの目を向け談笑していたのだから。
そうして俺へと嘲りの目を向けてくる人間の中には、災禍の狼の傘下である冒険者もいて、俺は呆然と声を上げる。
その時俺は敏感に、今まで自分が築き上げてきたものが全て崩れ落ちていくのを感じ取っていた。
「うわあ……幻滅したわ」
「冒険者が情けないねえ……」
「言い様じゃねえか!」
ぼろぼろと、全てが砂のように崩れていくのを。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのことを理解した次の瞬間、俺は拳を振りかぶり衝動的に女の方へと走り出していた。
もはや俺には何もなかった。
ここからうまく逃げ切れたとしてももう俺は終わりだ。
そしてそのことに俺は女に対する怒りを覚えて……
「煩い」
「がっ!」
……だが、その俺の攻撃が成功することはなかった。
ラウストの冷ややかな声とともに身体に衝撃が走り、俺の意識は薄れていく。
そしてその日、迷宮都市の中で有力な冒険者パーティーとされた災禍の狼は、一日にして潰れることになった……
◇◆◇
「これで災禍の狼ももう復帰は出来ないな」
それは丁度、災禍の狼リーダーがナルセーナに襲いかかろうとし、再度ラウストに昏倒させられていた時。
私、ラルマはギルド奥の一室で茶と菓子に舌鼓を打ちながら、そうぽつりと漏らした。
ここは今、ラウスト達がいる場所からはかなり離れている上に、様々な遮蔽物で妨げられている。
けれども、超一流魔法使いとして潤沢な魔力を有し、あらゆる場所を探索できる私には、そんなもの全く関係なかった。
ナルセーナが災禍の狼に絡まれたその時から私は全てことの一件を見ていた。
「ナルセーナ、僕は大丈夫だから。そんなに泣かないで大丈夫だから」
「うえっ、だって、だってぇ!」
……ついでに、自然とラウストとナルセーナがいちゃついているのも目に入ってきて、私は思わず顔をしかめる。
「……鬱陶しい」
いちゃつき合う若者、それ程独身の心を蝕むものはない。
「……仕方がない奴らだ」
だが、気づけば私はその二人の様子に笑みを浮かべていた。
それは、二人の事情を知っているからこその反応で、自分が笑みを浮かべていることに気づいた私は苦笑する。
ラウストとナルセーナ、二人は常にお互いを思い生きてきて、だからこそお互いを大切に思っている。
特にラウストはもう会えないと思い込んでいた存在だからこそ、より一層ナルセーナを大切に思っているのだろう。
だからこそ感情を露わにしていたのだろうが、ナルセーナが誘拐されたかもしれないと焦っていたラウストの様子には、私もかなり驚いた。
何せ、ラウストのそんな反応は、私でさえ見たことがなかったのだから。
今まで私は、ラウストがあまり感情を表さないのは、辛い現実に耐えるための対応だろうと思い込んでいた。
だが、今なら違うことがはっきりと分かる。
ラウストが今までどんな状況であれ、必死に耐え感情を抑えられたのはナルセーナとの思い出があったからなのだろう。
その思い出が胸にあったからこそ、どんな辛いことでさえ耐えられて。
ーーー だからこそ、ナルセーナを傷つけようとした存在に対してラウストは、激怒するのだ。
「……まさに竜の逆鱗、か」
普段ののどかな様子からは想像もできない、激怒したラウストの様子を思い出し、私は思わずそう漏らした。
正直、私はラウストに対して感心を抱きこそすれ、脅威は感じていなかった。
倒すのは難しいかもしれないが、倒されれことは無いと思い込んでいた。
……だが、ナルセーナに危害を与えられそうになり、激怒したラウストの姿に、私はその考えを改めることになった。
「……ラウストの逆鱗に触れた、災禍の狼には同情するな」
その時を思い出し、私は思わずそう呟く。
正直、災禍の狼に対して私は嫌悪感以外覚えていない。
それでも同情してしまう程に、現在私はラウストに対して警戒心を覚えていた。
そして恐らく冒険者ギルドも今回の対応で少なからずラウストに不信感を覚えさせている。
ラウストは今後冒険者ギルドの利となる行動はしないだろう。
「まあ、私は仕事を終わらせないとな」
だがそこで私はラウストに対する思考を止めることにした。
正直ラウストのことが気にならない訳ではないが、今の私には他にもやるべきことがあるのだ。
実は私が迷宮都市に来たのは、アナレストリア家に頼まれ、ナルセーナの様子を見にきたから、だけでは無い。
「このギルド、明らかに何か企んでいるよな」
私のもう一つの仕事、それはこの頃明らかにおかしい迷宮都市の様子を探るためだった。
現在迷宮都市のギルドは何故か実力はあっても、素行に問題のある冒険者を招き入れ、代わりにいくら実力があっても評判のいい冒険者を迷宮都市から追い出そうとしている。
それだけで明らかに不審なのだが、迷宮都市がやっているのはそれだけでは無い。
迷宮の素材を迷宮都市に売る時だけ、明らかに高い金額を要求し、代わりに外に出来る限り安くして売っているのだ。
まるで迷宮都市に住む一般市民を追い出すかのように。
それは明らかに不審で、迷宮都市のギルドが何かを企んでいるのは明らかだ。
だが何を企んでいるのかは全くわからない。
だからこそ私が、何を企んでいるのか調べるために送り込まれたのだ。
「冒険者の犯罪行為を見逃す、これで大々的にこの迷宮都市のギルドを調べられるな」
そして、その企みを暴くための手がかりを私は掴んでいた。
ラウストに迷宮都市のギルドの注目が集まっている今なら、妨害が入る前に調査することができる、そう考えて私は笑みを浮かべる。
「確か、ロナウドの弟子が来ていたな……だったらそいつに警戒を任せて私は報告に行くか」
私は、自分が手札を握っていることをギルドの人間が気づかないその内に迷宮都市を去ることを決める。
そうして私は翌日、誰に咎められることなく迷宮都市を後にしたのだった……
次回から稲妻の剣視点になります!




