第23話 ラウスト激怒
「助けて来てくれてありがとうございます!」
そのナルセーナの言葉に僕、ラウストはその場に崩れ落ちそうな安堵を覚えた。
ナルセーナの危機、それに僕が気づいたのはギルドの受付で騒ぎが起きていたからだった。
普段は殆ど動くことのないギルド職員が、沢山の冒険者達と言い争っており、その騒ぎはギルドの奥まで響いていたのだ。
最初僕はただ好奇心でその騒ぎを覗いただけに過ぎなかった。
……だが、ギルド職員と言い争っているのが僕を敵視するパーティー、災禍の狼の配下の人間であることを理解した時、僕は猛烈に嫌な予感を覚えたのだ。
その瞬間僕は冒険者ギルドを飛び出し、魔力の有する探索能力を広範囲に展開してナルセーナを探し始めたのだ。
だが、師匠のような膨大な魔力を有していない僕には、精々半径100メートル程度しか調べることが出来ない。
そしてそんな範囲では中々ナルセーナを見つけることができず、先程まで僕は徐々に焦燥を覚え始めていた。
「よかった……本当によかった……」
だからこそ、大して大きな傷もない様子のナルセーナの姿を見て僕は、思わずそう何度も言葉を漏らす。
その時、僕は明らかに冷静ではなかった。
自分でもそう分かってしまうくらい、ナルセーナの無事に僕の心は動かされていた。
いや正確には、僕の心はナルセーナの身に起きた事件に対し、激しく揺れ動かされていたというべきだろうか。
そしてその衝動に突き動かされるまま、僕はナルセーナを抱きしめようと、手を伸ばす。
「くそ!」
……だが、その僕の行動は喚きながら立ち上がったモーゼラルによって遮られることになった。
モーゼラルは隠しきれない動揺を、その顔に浮かべていた。
僕の存在を役立たずなのに、パーティーに恵まれた幸運な人間だと思い込んでいた彼だ。
僕の身体能力に全く動揺を隠しきれていないらしい。
……だが、そんな状態でもモーゼラルは、この場を切り抜けるための判断を下し、動いていた。
次の瞬間、モーゼラルはナルセーナの方へと向け走り出したのだ。
「ーーーつ!」
……その姿に僕は、一瞬で僕に叶わないと判断したモーゼラルは、ナルセーナを人質にしようとしていることを理解する。
それは普通であれば、決して悪い判断ではなかっただろう。
弱った相手を狙う、それは戦術の基本なのだから。
「……モーゼラル、」
ーーー けれども今回に関して、そのモーゼラルの判断は裏目にでることになった。
今まで僕の胸に浮かんでいたナルセーナが無事であったことに対する安堵、それは一瞬で消え去る。
次の瞬間、僕の頭を支配していたのは、モーゼラル達に対する激怒だった。
そしてその怒りに背を押されるまま、走り出した僕は拳を握りしめた。
「お前だけは、」
ただ殴るだけでは僕の攻撃など、モーゼラルには全く通用しない。
僕程度では、いくら体術を鍛えようがスキル持ちには全く及ばない。
だが僕には数年間で何とか生み出した技術があった。
それは師匠や、僕を鍛えてくれたもう一人の超一流戦士であるロナウドさんの魔力や気の技術とは違う小手先の技術だ。
その使い方は簡単。
魔力と気、その二つを同時に発動して同時に身体強化するだけ。
それだけで魔術も身体強化も、殆ど役に立たないレベルしか使えない僕が、スキル持ちにすら匹敵する身体能力を得ることができる。
……だが、あくまでそれは小手先の技術でしかない。
いや、知識も根拠もなく、ただ経験と感覚だけで作り上げたこれは、技術というのも烏滸がましいかもしれない。
何せこれは技術といってしまうには、制限と代償があまりにも大きすぎるものなのだから。
魔力と気を同時に発動すれば高い身体能力を得られる代わりに、身体が持たないのだ。
魔力や気、単体で使用すればそんなことがないように身体の基礎から強化される。
けれども魔力と気を組み合わせるその方法は魔力や気の片方で身体強化するのと違い、身体がその強化に耐えられない。
その上、身体能力を自分ではコントロール困難で、今の僕でも防御などまともに出来ない。
だからこそ、敵が明確な隙を見せないと普段の僕はこの技術を使えない。
本当に、僕がこの技術を戦闘に使えるようになるまで、どれだけ時間がかかったことか。
何せ、強化状態で攻撃できるようになるまでにひどく苦労した上、魔力と気の配分を少しでも間違えると僕の身体はあっさり限界を迎える。
ーーー けれども今回に関して僕は、身体の被害を無視して大量の魔力と気で身体強化を発動した。
次の瞬間、僕の身体に身体強化特有の鈍い痛みが走る。
その痛みは重い衝撃を身体に響き渡らせ、その感覚に僕の背中に寒い何かが走る。
「許さない!」
「あぎぃぃぃっ!」
だが、僕は強引にその感覚を無視し、モーゼラルの顔へと殴りつけた。
奇怪な悲鳴が上がり、モーゼラルの顔面へと叩きつけられた僕の拳は、スキルにより鋼鉄並みに強化されたモーゼラルの頬骨を砕いてその身体を地面へと叩きつけられた。
さらにそれだけではなく、モーゼラルの身体が地面と叩きつけられた衝撃で、辺りの地面が揺れる。
地面に叩きつけられてもなお、優秀な身体能力スキルを有したらしいモーゼラル死んでいなかったが、白目を向いて痙攣しており、危機的状況であることは明らかだ。
「な、何が……」
……そしてそのモーゼラルの様子に、災禍の狼の人間は驚きを一切隠すことが出来ていなかった。
モーゼラルと同じようにら欠陥だと思い込んでいた僕が持つ実力、それが信じられないのだろう。
何せ災禍の狼達は数年前から思うように迷宮を攻略することができず、その鬱憤を僕にぶつけてきた人間だ。
自分達が今まで虐げていた人間が、実は自分達など比にならないほど強かった、そのことに強い衝撃を受けていることは考えに難くない。
だがそのことで僕が、災禍の狼に同情を抱くことはなかった。
いやそれどころかその災禍の狼の反応には嫌悪感さえ覚える程だ。
だから、災禍の狼の同様の隙をつくことに僕は何の躊躇も無かった。
「あぐっ!」
次の瞬間、僕は軽い身体能力強化を足にかけ戦士の方へと突っ込んだ。
「なっ!」
突っ込んできた僕に驚き、災禍の狼の戦士と魔導師はようやく臨戦態勢を取ろうとする。
「お前も同罪だ」
「あぎぃっ!」
……だが、その対応では手遅れだった。
戦士の男は、突っ込んできた僕に防御の態勢さえ取ることは出来ず、モーゼラルを殴ったのは反対の手で殴られ、壁に激突してあっさりと意識を失う。
それを見届けた僕は、残った災禍の狼のメンバー睨む。
「……そっちから手を出してこなかったら僕が何かするつもりはなかったのに」
「っ!ち、地の精霊よ!」
「ひ、ひぃっ!」
その僕の言葉に、魔導師は必死に詠唱を始め、治癒師は僕の横を通り抜け、最大戦力であるモーゼラルの方へと走っていく。
「《ハイヒール》《ハイヒール》治れ!治れ!」
……しかし治癒師の治癒魔法ではモーゼラルを完璧に治癒することができない。
つまり後残るのは魔導師だけだ。
「こっちも注意しないと!」
「がっ!?」
そして最後に残った魔導師を始末したのは僕ではなかった。
縛られた状態のはずのナルセーナが、いつのまにか起き上がっており、足で器用に魔導師の意識を刈り取ったのだ。
……肉体強化のスキルなど有していない魔導師はあっさりと崩れ落ち、勝負は決まった。
災禍の狼はもう少し続きます。




