第19話 超一流冒険者
お兄さんが超一流冒険者並みの実力を持っている、言い切った瞬間ラルマさんの顔には喜びが浮かんでいた。
それは自分の弟子がそれだけの実力を持つことを喜ぶ師匠の顔で、その表情に私は本気でラルマさんはお兄さんが超一流冒険者並みの実力を持つと思い込んでいることを知る。
そう思い込んでいるからこそ、喜びを露わにしているのだと。
「嘘………」
……けれども、そのことを理解してもなお私はラルマさんの言葉に納得することができなかった。
ラルマさんは才能が無い、そう言い切ってからお兄さんの実力は超一流並みと告げた。
けれども才能が無いのは弱いことで、実力があることは才能があることだと思い込んでいる私は、どうしてもその二つの言葉を繋げ合わすことが出来なかったのだ。
……それにそもそも私は、お兄さんが超一流冒険者の実力を持っていることが信じられなかった。
別にそれは私がお兄さんのことを弱いと思っているわけでは無い。
お兄さんは通常の一流冒険者よりも強いと私は信じている。
けれども超一流冒険者は別格なのだ。
一般人の中には、超一流冒険者は一流冒険者より強いだけの存在だと勘違いしている人間もいる。
だが実際のところは全く違う。
何せ、底辺冒険者から一流冒険者達の差よりも、一流冒険者達から超一流冒険者までの差の方が大きいと言われているのだから。
超一流冒険者とはそういう存在だ。
破格外過ぎて、だからこそわざわざ一流の上に無理やり作ってランク付けすることになった化け物。
「い、幾らお兄さんだって……」
……そして、お兄さんがそんな存在だとは流石の私も信じることができなくて、思わずラルマさんの言葉に反発する。
「お前は本当にそう思うのか?」
「……え?」
けれども、その私の言葉に対するラルマさんの反応は質問だった。
私は思ってもいないその反応に思わず言い淀む。
「防御に徹することで、ヒュドラの攻撃を全てかわす、そんなことは本当に容易にできるとお前は思うか?」
だが、そんな私に注意を一切払うことなくラルマさん喋る。
「そんなことあるわけないだろう。防御に徹する、それはただ防戦一方になるだけだ。なあナルセーナ、お前だって経験があるだろう。防戦一方になった時が。その時、お前はどんな状態だった?」
「あっ!」
その言葉にようやく私はラルマさんが言いたいことを理解する。
私はラルマさんの知り合いである超一流冒険者に指示して鍛えてもらっていたのだが、防戦一方になるのはいつも不利な時だった。
つまり防戦一方の状態とは押されている状態なのだ。
「……でも、お兄さんはそんな状態でいつも敵を足止めしていた」
「ああそうだ。それも牽制以外出来ない状態でな。……そんな状態でヒュドラの足止めをする、それがどれ程異常であるかようやく理解できたか?」
「ーーーっ!」
……ラルマさんの言葉にようやく私はお兄さんの異常性を理解する。
私の様子からそのことを悟ったラルマさんは一呼吸おき、机の上に置いてあった最高級の茶で喉を潤し、再度話し始めた。
「まあ、別にあの馬鹿弟子に私が負けることはないだろう。あの馬鹿弟子が攻撃できるだけの隙など私が晒すことは無いし、それならあの馬鹿弟子には負けまい。
ーーー だが、私があの馬鹿弟子に勝つのも難しいだろう。
私の最も得意な、超遠距離からの攻撃ならばともかく、中、近距離ならヒュドラの攻撃をかわし続けた馬鹿弟子を倒せる自信はない。……あいつ、体力だけはやたらあったからな」
「そういう、ことですか……」
ラルマさんの言葉に、私はようやくお兄さんが超一流冒険者並みの実力を持つことを納得する。
お兄さんの防御能力は異常だったことに今更気づいたのだ。
普通、人間は攻撃や攻撃する振りで相手の行動を制限する。
だがお兄さんは防御しかすることができない。
つまり相手は攻撃し放題なのだ。
それにもかかわらず、お兄さんはあの攻撃的で凶暴なヒュドラの攻撃さえいなし、その上足止めさえしてのけた。
それはお兄さんが超一流冒険者と言ってもいい能力を持っているなによりも証拠だ。
「でも、それならなんでお兄さんは才能がないんですか!」
そして、そのことを理解したからこそ私は、お兄さんが才能がないということに対する疑念をさらに強めることになった。
「確かにお兄さんは治癒師としての才能はないかもしれません!でも、あれだけ戦えているし、それに魔法さえ使える……」
私はラルマさんへと、お兄さんが超人離れしている部分を説明しようと言葉を重ねる。
「それがあいつの才能のない理由さ」
「……んです……、え?」
……しかし、その言葉を遮りラルマさんはそう告げた。
「だから魔法だよ。それがあいつには才能が無いと私が確信した理由さ。確かに今のあいつはかなりの実力を有している。だが、これだけは断言できる。
……あいつ、馬鹿弟子には冒険者としての才能なんて一切無かった、と」
◇◆◇
ラルマさんの宣言に呆然としている私を尻目に、彼女は机の上に置いてあるお菓子を口の中に入れる。
そうして一休みした後、彼女はまた話し始めた。
「私は馬鹿弟子が治癒魔法の才能が無いと聞いた時、新たな力、いや技術を教えてやることにした」
「えっと、聞いたことがあります……」
その言葉に、私は記憶を思い出しながらそう答えた。
お兄さんが魔法を使える、そう聞いた時私はお兄さんにどうして治癒師でありながら魔法が使えるのか聞いた。
そしてその時、お兄さんはスキル外の力というものを教えてくれたのだ。
「魔力と気、ですよね」
「まさか、ラウストからそんな話まで聞いていたのか!」
その私の発言にラルマさんは小さく驚愕を漏らした。
「いや、その話は今は置いておこう」
だがラルマさんはすぐに話を元に戻した。
「魔力と気、それはスキルの源とされ、人が超常の力を振るためも源だ。魔力が周囲に作用し、気が体内に作用すると言われている。まあ、魔力で身体能力を高めたり、気で体外に影響を与える例外もあるが。ついでに私が近接戦闘が出来るのも魔力で身体能力を強化しているからだ」
そこまでは私もお兄さんから聞いたことのある話だった。
だから私はあまり口出しせず話を聞く。
「もちろん、魔力と気を直接扱おうとするのはスキルに劣る。何せスキルは魔力や気の効果を倍増するからな。だが、ラウストの場合は治癒魔法が壊滅的だったので、魔力や気などのその技術の方が役立つと私は判断した」
それから一瞬、どこか昔を思い出すような表情をした後、言葉を続けた。
「……けれども、ラウストは魔力と気を習ってなお、戦闘に役立つ能力を得ることはできなかった。そこまでの次元にあいつは至れなかった」
「っ!」
そして次の瞬間告げられた言葉に、私はラルマさんがお兄さんに対し、才能が無いと告げた理由を悟る。
お兄さんは冒険者として生きていくため、自分が満足に使えない治癒魔法を捨て、新しい技術を得ようとした。
……けれども、その治癒魔法を補う為に藁を掴む思い出覚えた技術に関しても、お兄さんは才能が無かったのだ。




